第8話 ミツメアウ

「ここ……は…………?」

目が覚めると真っ白な天井を見つめていた。

遠くから馴染みのある声がする。

何故か凄く優しい夢を見た気がした。

『クル』と呼ばれるそんな夢。

やけに頭がぼーっとして何が何だか分からない。

なぜ私がここにいるのか、

なんでふかふかの枕と、布団と、服を着てるのか、

思い出そうと「うーっ」と唸ってみるが全く分からない。


「お、起きたかクル」

その名前を聞いてビクリとする。

声の主の方見ると、あいつだ。

私を殺そうとしていた人だ。

そして全部思い出したんだ。

ライやみんなに裏切られたこと、

この目の前にいる男に殺されること。


逃げるのか、逃げるべきか。

当たりを見回しても出口は1つ。

唯一右側には窓があり、自分の腰あたりまである高さのヘリを上り窓を開けれれば勝機はあるかもしれない。


逃げる、逃げるんだ。

生きないと、生きないといけないんだ。


「まずクルにいろいろ説明しないといけないんだな」


そして、近くにあった椅子に腰掛ける。


ドアと直線上に並んだために走って横をすり抜けても行けるかどうか、ということは、窓……?

狭い空間を利用しなければ行けないのか……?


「まず……」

そう言うと、あいつは立ち上がりこちらに迫ってきた。


ダメだ、逃げないと……そう思っても体が震える。

けど目だけは逸らせなかった。


「ここから逃げようとか思ってもムダだ」


残酷な目をして、その声は弾んでいた。


「……っ!」


はっと気づいて布団をあいつに覆い被せて目くらましにする。


「おい!まて!」

その声を無視し、少し助走して私は窓に激突した。

軽々と台を超えて窓に飛び込む。


(ガシャン


微かにガラスの破片が首や喉にかすった気がしたが気にしない。

だって

感覚はあっても、痛みは感じなかったから。


「どん」

体に激しい衝撃が走る。

目を開けると、私は地面にうつ伏せになっていた。

そうか、てっきり地上階だと思っていたが、本当に上の階はあったんだ。

実際のところ、あの家は平屋で2階なんてなくてっきりこの世の中にはみんなあれが普通だと思っていた。


「おい!クル!!大丈夫か!!」

焦りながら走ってくるあいつ。

なんだ、なんなのだ。

焦って、心配して、怒ってる声がする。

なんで?なんでそこまでするの?そんなに残酷なことをしておきながら殺したいの?


「おい、大丈夫か……?」

そっと私の肩に手をおこうとする。

パシっ……

「一思いに殺せよ」


「何を言って……?」

ガバッと立ち上がり、戦闘態勢に入る。

今ある物は素手のみ。武器は一切ない。


でもきっとこれで……


終われる。


「さっさと殺して、犬の餌に混ぜればいいだろ!!そんな優しい真似して何になる!そんな心配してる素振り見せて私が懐くとでも思ったか???」

「違う」

「何が違うんだ、あんたは私を殺したいただそれだけの為になんでこんな無駄なことをする!!!」

「違う」

あいつの返す言葉は、どれも同じで冷静だった。

それにも腹がたって、悔しくて……


「ならばここで殺す!!」

一気に走り出し喉元に噛み付く。

走って走って、振り絞った残りの生気で一心不乱にっ……

きっとあいつは、これでほんとに殺してくれる。

生きる意味の無い私を、消してくれる。

「……っ」

思わず固まってしまった。

久しぶりの感触だ。

柔らかくて、弾力があって力を込めれば込めるほど歯が刺さって行くのが分かる。

口の中に広がるものが口から溢れて、スーッと伝わっていく。

目をそっと開けると、首元が赤く染まり、あいつの顔が近くにあった。


「これで満足か?」

動けなかった。

「思い出したか?あの時のことを」

あいつは何故か全てを知っていた。

両親から育児放棄され虐待を受けていたこと、

ハコの中で閉じ込められていたこと、

自らの手で母を噛みちぎったこと、

そして、ライやみんなと山で生き残っていたこと。

「もう少し早くに気づいて居たら、少しは辛くなかったのかもな……ごめん」

そしてぎゅっと抱きしめられた。

震えていた、彼の体は。

それは首からの出血による痛みで震えていたのか、それともまた別のことか。

いたたまれなくなり、ぎこちなく口を開けた。

くっきりとの歯型が残り、白い足まである長い服の腕あたりまでしっかりと滲んでいた。

「はなせ」

「いやだ」

離れたくて、足をもがくとさらにギュッと力を込めて抱きしめられる。

それに驚き思わず彼の両肩に手を置いてしまう。

「うっ……」

もうどうすればいいのか分からない……これは一体なんなんだ……?

「早くどけろ、また押すぞ」

「押されてもこんな痛みお前のに比べたら全然痛くないよ」

その言葉にドキリとして、体が熱くなる。


そしてしばらくの後、ようやく解放された。

「クル……?」

目を合わせたくなくて、伏し目がちになってしまう。

こういう時はちゃんと何かを言った方がいいのか、けどなんて、何をいえばいいんだろうか……


「クル、クルは俺に謝りたいか?」

「あやま…る……?」

ああ、と短く言いながらずっと見つめる。

謝る……それは自分が何か悪いことをした時と、怒られた時に言う言葉だ。

確かに私は彼に噛み付いて血を出したが、あれは、悪いことなのか?

「痛いか?」

「そりゃな」

血が治まった肩に少しだけ触れながら答える。

「痛いのだったら、川で傷を洗って草を擦ればいい」

そう言うと、彼は驚いたようでひどく笑った。

「な、なぜそんなに笑う!?」

「いや、すまんすまん」

「なぜ謝る?別に怒っているわけじゃない」

「いや、相手が怒っていてもいなくても、自分が悪いと思ったらしっかり謝るんだ」

「何故だ?それは狩りに失敗した時には謝るが」

「だって嫌だろ、謝った方がいいのか悩むのは」


「悩んでるってことは、自分の中にちゃんと謝りたい気持ちがあるんだよ」


そう言って立ち上がり、家に向かう。

さすがに動かすと痛いのか、右手を押さえながら歩いていた。


『悩んでるってことは、自分の中にちゃんと謝りたい気持ちがあるんだよ』


確かに私はさっき悩んだ、何を言ったらいいのかと。


気づいた時には体が動いて、白い布を掴んでいた。

「あの!」

首を向けて、見つめ合う。

「わ、悪かった!謝る!!ごめん!!!」


そう言うと、彼はニコッと微笑み、軽く私を持ち上げる。

「お、おい待て!傷が開くぞ!」

「そんなこと気にすんなっての、今俺最高に嬉しいよありがとう」

「お、おい!!血が滲んで……!!」

じたばたとあばれるが、そのまま抱き上げられて、ゆっくりと家の中に戻って行った。

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