第69話


 目を覚ましたから即退院というわけにもいかず、しばらく警察やらなにやらに任意で取り調べをされた。実際、知らないので知らないと言い続けることしか俺にはできない。ヘタなこと言えば、マクスウェル大佐に消されかねないし。

 取り調べついでに、その後の顛末を知ったあと、一人病室のベッドに寝ころびながら考えに耽る。


 結局、今回の一件は全て木村宗次が黒の福音幹部だったということで片付いた。当の本人は家族ごと失踪済み。鈴木三九郎が、たぶん殺したのだろう。

 俺の言動で人が一人消えたという事実は、いかんともしがたいものがある。とはいえ、俺をハメようとしてたのは木村君だし、自分と仲間を助けるためには正しい選択だったと思う。


「…………」


 他にも煮え切らないことはたくさんある。

 結果として、マンティコアを使った人体実験の計画は潰せたかもしれないが、その事実は明るみに出ないし、出たら俺が消される。


 結局のところ、神門刀義がなにをしたかったのか、なにをしようとしていたのかは、俺にはわからない。

 俺にわかるのは、神門刀義が米軍と黒の福音のダブルスパイみたいな立ち位置で、人を欺き陥れるクソ野郎だということくらいだ。


 そんでもって、俺もそんなクズ野郎の生き方に片足をつっこんでしまった。

 スパイってかっこいいけどさ、やることエグそうなんだよな。どれだけクールを貫けるか、今の俺にはわからないが、かっこ悪く生き残るくらいなら、クールに死んでやろうと思う。


 不意に病室の扉が開き「兄ぃ、お見舞いだってさ」と涼葉が入ってくる。その後ろに制服姿のキリエとパジャマ姿の八重塚がいた。八重塚の上着の袖からは包帯が見えている。まあ、あのイカレた王様とガチで殺し合ったのだから、無傷で済むわけがない。決まり悪そうに視線をそらす八重塚の横で、キリエは口を横一文字に結んでいる。


「刀義、なにか言うことあるよね?」


 怒ってるぞ、とアピールするかのようににらんできた。


「お前を巻き込むわけにはいかなかったんだよ」


 軽くキメ顔で言ってみたが、涼葉が「キモ」とつぶやき、全てをぶち壊しやがった。


「こっちは危険な目にあうのも込みで助けたんだけど!? それを催眠術で眠らせて、置いてくなんてひどくない!?」


 プリプリ怒りながら、ずかっと音を立てて丸椅子に座った。


「え? 兄ぃ、キリエたん、催眠術で眠らせてイタズラを画策したの!? マジかよ、クズぢゃん!! その話、もっと聞かせて!!」

「なにもしてねーよ!」

「とか言いつつ、おっぱいくらいは揉んだんでしょ? それでこそ兄ぃだよ!」

「揉んでないよ!」

「揉んだじゃないですか」


 八重塚の爆弾発言に「お前、なに言ってんの!?」とツッコミを入れる。そんなテンパる俺を見て、八重塚はしれっとした顔で答える。


「揉んだのは事実じゃないですか」

「お前のことじゃなくてキリエのことを言ってるんだよ!」

「え? あたしの胸、揉んだの?」

「揉んでないよ!」

「揉んだじゃないですか」

「だから、お前の話は置いとけよ!」


 ツッコミ気味に叫んだら「はあ?」とにらまれる。


「そんな横に置いておける話ではありませんよ。少なくとも私にとっては重大事です」


 涼葉が驚いた顔をしながら携帯端末を取り出し、高速でフリック入力している。


「お前なにしてんの!?」

「学校裏サイトに兄ぃが淡海たんやキリエたんのおっぱい揉んだって書き込んでるだけだよ!」

「現在進行形かよ!? 止めろ、そのバカを止めろ!!」

「あ、やっぱりやめるよ。だって、ボクが書き込まなくても、なんか兄ぃにセクハラされたとか書き込まれまくってるし。現在進行形で」

「手を動かしながら言うんじゃねーよ! 犯人お前だろうがっ!!」


 パシッと携帯端末を取りあげる。確認したら、こいつ、本当に書きこんでやがった。でも、俺単独でスレッドが立っている時点で、もうなんかどうしようもない気がする。


「おかしい、俺はもっと賞賛されてしかるべきなのに……」


 間接的にとはいえ、米軍の悪だくみをやめさせ、テロリストの幹部を消したんだよ? これってすごいことじゃない?


「とにかく! あたしは怒ってるの! なにか言うことは!?」

「悪かったよ。でも、しかたがないだろ。あの時はああするべきだと思ったんだから」

「だったら、どうして淡海は巻き込んだわけ?」

「だって、八重塚は頭がおかしいから」

「ぶっ殺しますよ?」


 ドスの効いた声で言われた。


「頭がおかしいと言うのなら、お前も充分おかしいでしょう? あれだけ追い込まれてても平気な顔してたじゃないですか」

「あの程度のアクシデント、俺にとっては些事でしかないさ」


 フッと不敵に笑ってクールにキメる。


「まあ、その些事にボクら全員巻き込まれたわけですが? そんな被害与えておいて、かっこつけてるとか、マジ、頭おかしいよね? 最高ぢゃん。萌えるんですけど?」

「ごめんなさい」


 深く頭を下げた。たしかに巻き込んだのは俺だ。


「てか、どうやって、無罪勝ち取ったの? あたしの家来た時、もう完全詰んでたよね?」

「それは……」


 言いたい! めちゃくちゃ吹聴して喧伝したい。きっと俺のクールかつエレガントで辣腕な有様を知ったら、みんなが俺をチヤホヤするだろう。考えただけでも脳が痺れる。

 だが、言えない!


「……言ったら、たぶん知った人が死ぬか消える可能性があるけど、聞きたい? エイシアの闇にがっつり足つっこむけど」

「じゃあ、いい。兄ぃ、口にチャックな」

「そうか、そんなに聞きたいか。そこまで言うんだったら俺も覚悟を決めて語るしかないな!」

「黙れよ、ダメ人間!」


 涼葉の強めの拒絶に舌打ちを鳴らしつつ、八重塚に「八重塚やキリエは聞かなくていいの?」と視線を向ける。手を前に出されながら「結構です」と丁重に断られた。その横でキリエも首を横に振っている。


「まあ、とにかく全員無事でよかったよ。正直、八重塚のことは本気で心配だったから」


 俺の言葉を受けて忌々しげに目を細める。


「……完敗でしたけどね」

「生きてんだから、まだ負けたわけじゃないだろ?」


 異能専で鈴木三九郎と会った時、八重塚が彼の<強くなってから殺すリスト>に入ったという話は聞いていた。


「あの男は最後まで刀を抜かなかった」

「舐めプされてんじゃんwww」


 涼葉の嘲笑に「ぶっ殺しますよ?」とにらみを利かす。想定外の反応だったのか涼葉がガタガタ震えだし、俺のほうへと逃げてきた。


「兄ぃ、どうしてボク、淡海たんにハシビロコウみたいな目でにらまれたの? やっぱりコミュニケーションの距離感わかんないよ。人との接し方がわかんない」

「煽んなきゃいいんだよ」

「じゃあ、どうやってマウント取ればいいって言うのさ?」

「マウント取ろうとすんなよ」

「マウントの取り合いが友情なんぢゃないの!?」

「まあ、それは否定できないが……」

「否定しなさいよ」


 呆れたようにキリエがツッコミを入れてくる。そんなこと言われたって、俺も友達とか皆無だったんだからしかたがないだろ。

 そんな俺たちを見て八重塚が深いため息をついた。


「とにかく、完敗ですよ。今の私に鈴木三九郎は倒せません」

「諦めるのか?」

「……諦めませんよ。私を殺さなかったこと、後悔させてやります」


 八重塚の中の怒りは消えていないらしい。それに対して思うところはあるけれども「復讐は無益だ」とか「前を向いて生きていこう」とか、安っぽい美辞麗句を言えるほど厚顔無恥ではない。

 だって、復讐ってクールだし、かっこいいと思う。俺にも、そんな設定が欲しかった。


「結局、よくわかんないけど、問題は解決されたってことでいいわけ?」

「そうなるな」


 俺の答えにキリエがため息をつく。


「課題はクリアーってこと?」

「それはどうだろうな……桐ケ谷先生、なにも覚えてないだろうし」

「どういうこと?」


 黒の福音に関する情報を覚えていたって、いいことなんてない。ただ、その情報だけをピンポイントで忘れさせることはできなかった。特に俺との関わりが深かったからだ。

 だったらもう、俺との記憶を消したほうが整合性を無くさないですむ。

 だから俺はステージ1の催眠術を使って、桐ケ谷先生の記憶を封印することにした。


「お前らみたいに巻き込んでしまったんだよ。だから、記憶を消すことにした」

「エッチなことして記憶を消すなんて、兄ぃ、やりたい放題じゃん! クズぢゃん! はっ! まさか、兄ぃ、ボクにもえちぃことたくさんしてるけど、そうやって全て忘れさせてるんじゃ……ありえるよ! 兄ぃなら絶対やる! 最低なところが最高ぢゃん!!」

「しねーよ!! どうしてお前は俺のいい感じの発言をそうやってぶっ潰してくれるの? やめてくんない?」

「でも、実際、兄ぃがやろうと思えば、催眠レイポーとかもできるんでしょ? 歩く性犯罪者ぢゃん」

「記憶の操作とか、本人の精神に深く関わることだと、当人の許可がないとまず無理なんだよ!! 信頼関係がないと使えないの!!」

「あたしの時は?」

「お前は俺を信頼してただけだろ?」

「そんなあたしを裏切ったってわけね……」

「やっぱ最低ぢゃん」

「悪かったよ! とにかく! 桐ケ谷先生は課題に関することは覚えてない。だから、俺たちが解決した問題は、課題として処理されない! そもそも行方不明事件は奉仕活動のリストになかったし、マンティコアは討伐証明がされてないからな」

「全部無駄足ってこと?」


 キリエがため息をつく。


「そういうわけで、俺たちチームは新しい課題をクリアーしないと放校処分になるかもしれない。その危機は残ってる」


 涼葉は「マジめんどくさ」とボヤき、キリエは苦笑いを浮かべる。八重塚はどこ吹く風だ。


「というわけでチームリーダーとして、いろいろがんばるから、俺についてきてほしい」

「いつリーダーになったのですか?」

「ほんとよ」

「兄ぃにマウント取られると、なんか腹立つんですが?」


 いまいちまとまりはないけども、それでも、こいつらがチームの仲間なのだ。

 たぶん、きっと、かろうじて、これからも、どうにかなるんじゃないかな? わからないけども……。


「ああ、それと、兄ぃ、ボクのリアルオカンからホットラインで連絡があったんだけども……」


 涼葉は神門家から勘当されているが、母親はこのダメな娘を心配しているらしい。


「あの超絶最強完璧激ヤバレジェンド暗黒俺TUEE女が家出したってさ」

「誰を指してるのか一個もわかんないんだけど?」

「だから、神門珠姫だよ」


 名前を聞いてもわからない。


「誰それ?」

「兄ぃが押し倒してレイポー未遂かましたリアルお姉ちゃん」


 ダブルで爆弾落としやがった。キリエは全力で引いた顔で俺を見ているし、八重塚は「お前も大概ですね」とあざけるように言いやがる。


「だから、俺は知らないことなんだよ!!」


 叫んでうやむやにするしかなかった。


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