第61話


 夢の世界に入ると同時に失われてしまったロンギヌスにコウモリ、エメラルドゴキブリバチ、プラナリアをしばき倒し、再び能力を手に入れた。ロンギヌスのおっさんが、前より徐々に強くなってきているため、先行きが不安である。次は勝てないかもしれない。


「それで、まだ時間はありそうだけど、どうするんだい?」


 メルクリウスの問いかけに「うーん」とうなる。

 俺は現状、超絶ピンチだ。

 数日中に警察に捕まるか、十王戦旗に捕縛されるだろう。最悪、戦闘になって殺されるかもしれない。

 <悪鏖王>鈴木三九郎のように正体不明なデタラメな能力があるならば、暴力によって盤面をひっくり返せるかもしれない。だが、そんな力はない。スルトでも無理だろう。第一、そのデタラメ魔王鈴木三九郎が敵に回っている。

 あれ? 改めて自分のことを考えると、マジでシャレになってなくない?


「あかんやん!」


 思わず叫んでしまう。

 いや、慌てるな、俺。


 冷静になって客観的かつメタ認知で物事を考えろ。ここは水平思考だ。

 俺個人の力では、既にどうしようもなくなっているのは間違いない。更に手伝ってくれてる八重塚の力でも、たぶんどうにもできないし、ほかに助けてくれる人もいない。


 詰んでいる。


 普通なら、諦めると思うし、俺も半分泣きそうな気分だ。

 でも、諦めないし、泣くわけにはいかない。なぜなら、俺が目指すクールな男は、どんな状況でも諦めないし、泣いたりしない。なにより、ここ最近、クールな言動を八重塚に取られている気がしてならない。


 自分の実力は素直に受け止めよう。

 もう俺の力じゃあ、どうしようもない。

 でも、その逆境を覆す力が俺にはある。


「かしこい人の力が必要だ」


 だって、現状、俺には自分が無実かどうかがさっぱりわからないし、涼葉を助ける方法だって一個も思いつかない。

 鈴木三九郎が敵という時点で暴力による解決は絶望的だ。ここは高度な政治的な判断が重要だと思う。政治的判断って、なんだろう? よくわかんないけど、かっこいい。

 とにもかくにも、頭の回転の速さとか、情報の処理能力が、今の俺には必要だ。生き残るための戦略が間違っている時点で、戦ったところでどうしようもない。


 頭のいい人……頭のいい人……。

 例えば……。


「……シャーロック・ホームズとか創作上のキャラクターとかとも戦える?」

「集合的無意識上には存在しているよ。君の能力でも以前は使えた。でも、多重使用の設定後は不可能になったよ。現状、君が手に入れられる能力は、あくまで歴史上の人物や怪物に限定される。実在の可能性がゼロではないと認識されているものだね。最初から創作として作られ、創作として広く認知されているモノは対象外だ」


 まあ、そううまくはいかないよな……。

 シャーロック・ホームズがOKなら、ガンダムやドラゴンボールの孫悟空だって可能ってことになる。まあ、勝てる気しないけどね。


「あれ? てことは二次元のキャラクターとも会えたってこと?」

「集合的無意識上には存在してるよ。多重使用前なら会うことはできたね」


 膝から崩れ落ち、地面を叩く。


「設定しくじったぁぁぁぁっ!!」


 悔やんでも悔やみきれない……。

 だって、憧れの飛影とかリヴァイ兵長とかルルーシュとかに会えたかもしれないんだぞ! いや、待て。それどころじゃない……。

 エロゲーとかエロ漫画に出てくる現実では絶対存在しないようなエッチなお姉さんと出会うことだって、俺にはできたかもしれないってこと……?


「え? 嘘? なにそれ? え? 俺、なにしてんの?」


 多重使用なんて設定しければ、俺は夢の世界でリアルピンクな天国に逝けたってこと?


「ぢぐじょおおおおおおおっ!!」


 大号泣した。

 こんなことで泣いている状況じゃないことは理解している。でも、失ってしまったものが、あまりにも大きすぎた。


「ただ強くなる……そんなことばかり考えていたから俺は……無限の可能性から目をそらしていた……なんて無様……度し難い……」


 這いつくばったまま歯を食いしばり、手に血がにじむほど強く握りしめた。


「エロ漫画はファンタジーだって知ってるさ!! でも、そんな世界に行きたかった!!」

「実在した色情狂なら会えるよ? ほら、君だってIQ400の彼を知ってるだろ?」

「そういうことじゃないんだよ!!」


 メルクリウスは呆れたようにため息をつき、話を進める。


「嘆いているところ悪いけど、それよりもっと大きな問題が一つある」

「なんだよ?」

「数量オーバー。君が覚えられる能力は最大で十個まで。もう君は別の能力を使うことができない。先ほど習得したコウモリとタコはキャンセルされたね」


 ショックのあまり、たいした問題じゃないと聞き流しそうになったが、聞き流せなかった。


「え? てことは、今、手持ちの能力だけでどうにかしろってこと?」

「あるいは、どこかのタイミングで二つ以上のスキルを使い、取得し直すってところだね」


 現状、ロンギヌスの槍、カブトマッスル、ノミ、プラナリジェネレーション、カマキリ、イルカ、エンジニアのおっさん、エメラルドゴキブリバチ、クマムシ、使えないIQ400スケベバカ。

 この十個のスキルだ。二重使用で消すとしたら、ノミと使えないスケベバカの二つだが、使えないスケベバカの能力を使った瞬間、どうなるかわかったものじゃない。


「2πR二乗。πって言葉を聞く度に胸が高ぶる。そんな俺、推参……」


 いつの間にか具象化したバカがキメ顔で立っていた。


「すっこんでろ、色ボケカス」

「たしかに俺はスケベだ」


 真っすぐな目で言われた。


「性とはすなわち命の探求であり、生命史へのグレートジャーニー。俺はセックスがしたいがため、死ぬほど勉強してきた。志半ばで倒れはしたものの、俺のIQが400を超えるのは事実だ、ソウルマイフレンド」

「じゃあ、お前とノミ使ってオサラバだな」

「やめろっ!! ほんとだから!! 俺、めっちゃ頭いいから!!」


 半泣きで縋り付いてきた。


「さて、カブトマッスルと……あれ? なんか発動しないんだけど?」

「彼の場合、きちんと発動トリガーにのっとらないと使用できないよ」

「そういうことだ! この世界でもおっぱいがない限り俺の力は使えない!」

「自分の乳でも揉んどけや。無理じゃん! 使えないじゃん!!」

「そこをどうにかするのがお前の役割やろがいっ!!」


 なんか、肩をつかまれブチギレられた。


「お前、今、黒髪ロングの美少女とキャンプ中やろがい!! 土下座でもなんでもしくさって、揉ませてもろたらええやんけ!!」

「お前、どこ出身だよ?」

「いや、ほんと、マジでおっぱいさえ揉めたら、めっちゃ頭回るから! すごいから!! そこだけはマジで回るから!!」

「こいつより頭の回る人とかいるでしょ?」

「IQ400は難しいね。探せばいるけど、君が倒せるかどうかは別だよ」


 マジか……。

 この色ボケカスを使わないといけないのか? しかも、八重塚の胸を揉ませてもらう?


 無理無理。絶対無理、殺される。殺される自信がある。


「はやくしないと、起きちゃうよ!! 能力使わなくてもいいの!? 俺はいいよ? 別に俺が死ぬわけじゃないし。ほら、はやく決めないと~」

「なんてクソな恫喝……」


 だが、時間がないのは事実。背に腹を代えられないのも事実……。

 覚悟を決めると同時に、真っ白な世界が真っ黒に変わった。


「キター!! キタキタキタキタ!! キタ見た勝った!! ダンケダンケ!!」


 色ボケカスのテンションが高くてうざいなか、覚醒に意識を傾ける。


 すぐさま、暗い工場に放り込まれた。窓から差し込む月と星、遠い街灯の明かりだけを頼りに身を起こす。暗闇のなか、八重塚は一人、刀を抱えながら座っていた。俺が起きたことに気づいたのか「まだ交代の時間ではありませんよ」とつぶやく。


 今から本当に「胸を揉ませてくれ」と、この重い過去を背負った少女に頼まなきゃいけないのか? いやいや、ありえない。でも、IQ400とか頭悪いくらい頭良くならないと、このどうしようもない状況を打開する手段は思いつかないのも事実。

 覚悟を決めるしかないのか?


「……なあ、八重塚、IQ400ってすごいと思う?」

「……すごいのではないのですか?」


 質問の意図をうかがうかのような声音だった。俺は大きな深呼吸をする。


「今からすごいことを言うぞ。可能なら、怒らずに聞いてほしい」

「内容によります」


 ほら、言いたくない。絶対、怒るじゃん、こいつ……。


「現状、俺は八方ふさがりだ。この状況を打開する方法はいっさい思いつかないし、なんの希望もない。冗談じゃなくヤバいと思う」

「今さらなにを言っているのですか? これまで平然としていたお前のほうが異常です」


 サイコパスに異常言われるのも釈然としないが、今はスルーだ。


「でも、この状況を打開する方法があるかもしれないって言ったら、どうする?」

「打開したらいいじゃないですか」

「君の協力が必要だって言ったら、手伝ってくれる?」

「はい」

「じゃあ、怒らないで聞いてね」


 言ってから覚悟を決め、この暗闇のなかでも可能な限り、誠意を込めた表情を作る。


「八重塚、お前のおっぱいを揉ませてほし——今、鯉口切った!?」


 今、鍔元が光ったよね!?


「聞き間違えですか? 下卑たことを言われた気がするのですが?」

「落ち着いて聞いてくれ! 俺の第七感拡セブンスの一つに、ものすごく頭がよくなる能力があるんだ」

「それで?」

「女性の胸を揉んでいる間、IQが400に——って、抜いた!? 刀、抜いたよね!? 見えるぞ!! この暗闇のなかでも白刃の煌めきは見えるからな!!」


 クルリと銀の軌跡が閃き、光の残滓を帯びながら納刀される。


「なんて、くだらない能力なんですか? それがお前のステージ3ですか?」

「いや、これだけじゃない。いくつかある能力のうちの一つだ。ただ、この能力以外、現状を打開する術がないんだよ」


 きっと、虫でも見るような目で俺を見ているのだろう。


「……本当にそれでどうにかなるんですか?」

「なると思う。試してみないとわからないけど、IQが400になるのはマジなんだ!!」

「IQ400とか、漫画でも見かけませんよ?」

「俺もそう思うけど、そういう能力だから……」


 無言が暗闇に横たわる。

 闇のなかで八重塚が「うーん」とうなっていた。どこかで「あともう一押しじゃ、ボケ!」という色ボケカスの声が聞こえる。後悔が一気に襲ってきた。


「やっぱり、こんなのダメだ! お前みたいに真っすぐ自分の目的にむかって突き進んでる奴に対してセクハラとか死んだほうがいい!!」


 ギリ踏みとどまったから、ギリクールだろ?

 などと考えていたら、八重塚が深いため息をついた。


「服の上からですよね?」

「え?」


 予想外な返答なのだが……。


「もともと私の身は仇を討つためにあります。共闘関係のお前にとって必要なことなら、手伝いますよ」

「いや、ダメだろ! そういうのはダメ!! もっと自分を大切にしなさいっ!!」

「セクハラしてきたくせに、どの口が言うんですか?」

「そうかもしんないけど! でも、そういうのは良くないよ!! 愛がないとさ!!」

「ですから、どの口が……」

「だから、踏みとどまったんじゃないか!! 俺も余裕がなかったんだよ!! すまんかった!! 忘れてくれ!!」


 八重塚が盛大なため息をつく。


「ですが、このままだとお前は捕まります。それは私の望むことではありません。それに、まあ、この暗闇ですし、お前をクーちゃんだと思えば、耐えられます」

「……こんなこと言う資格ないけど、お前も大概、やばい奴だよな」

「ぶっ殺しますよ?」


 鯉口切られる前に「すみません」と謝罪した。


「とにかく、必要なことなら、さっさと終えてください」

「いや、でも……」

「犬にかまれたと思って忘れますから、さっさと揉んでください」

「でも、セクハラになるし……?」

「どうして私がお前に胸を揉んでくれと頼まないといけないんですか!?」


 ブチギレられたので「すみません!」と、すぐさま謝罪する。


「なんなんですか!? この状況!! これじゃあ、私がまるで痴女ではないですか!! これでも一応女なんです!! 好きでもない男に胸を揉まれたいわけないじゃないですか!!」

「ああ!? それなら、俺だって同じだよ!! 惚れてもいない女の胸なんか揉みたくねーし、この色ボケカスな能力だって使いたくない!! 使いたくねーけど、現状、この方法しかないんだよ!! ないけどさ!! 俺だって、初めては好きな女の子がいいに決まってんだろ!!」

「なに逆ギレしてるんですか!? あなたが言っていいことじゃないでしょう!?」

「悪かったよ! 悪かったから、やっぱりいいって言ったんじゃん!! なのに、お前、一人で覚悟決めて、しかたがないみたいに全て諦めたみたいに言ってさ!! じゃあ、なにかい? 復讐のためなら、きったないおっさんにだってエロいことさせるのかよ!?」

「させますよ!! それが必要なことなら!! そう思ってないとやってられないじゃないですか!!」

「それが嫌だっつってんだよ!! 今回、俺に胸を揉ませたから、次はもっと平気になるってか!? お前の破滅的な生き方のスタートを俺で切ろうとするなっ! 俺のせいで、俺が嫌だって思う生き方をお前にしてほしくないんだよ!!」

「なんの権利があって私の生き方に口出しするんですか!?」


「お前が仲間だからだよ!!」


 八重塚が息を飲む。


「お前がどう思ってるか知らないし、昔の俺はクズだったかもしれないよ!! 現に、さっき胸揉ませろとか超セクハラもしたさ! 揉まなきゃ、たぶんやばいことになるよ!! でもさ、割り切れねーんだよ!! お前の捨て鉢な生き方を受け入れるみたいで嫌なんだよ!!」

「なにを勝手なことを……」

「勝手だよ!! でも、それが俺だ!! 俺は俺がかっこいいと思えないことはしたくないっ!! そりゃあ、余裕なくなれば、さっきみたいなセクハラじみたことを言ってしまうこともあるけど!! 間違いは修正できるし!! 俺は己の間違いを受け入れられる男だから!!」

「私の生き方は私のものです」

「ああ、そうだよ。好きに生きればいいさ。でも、俺は仲間として、お前の生き方や考え方を認めたくないね!! だから、ナシ!! この話はこれでお終い!!」

「じゃあ、他に方法があるんですか?」

「ねーよ!! でも、俺はかっこ悪く生きるくらいなら、クールな死を選ぶ!!」


 ここまで来たら、もうあとには引けない。もうなるようになればいい。


「要するに、お前は私が捨て鉢になって目的のために手段を選ばず、この身を顧みないのが弟として許せないということですか?」

「弟としてではなく、仲間としてだけどな」

「私の代わりにこの身を大切に思っているということですか?」

「……そうなるのか? じゃあ、それでいいよ」


 長い無言のあと、八重塚が立ち上がる気配がし、俺の前に腰を下ろした。不意の気配に「なんだよ?」と上ずった声があがってしまう。


「……私は自分を大切にすることができません。目的のためなら手段を選びませんし、それを変えられるとは思えない」

「それがお前の生き方なんだろ。でも、その生き方を俺は許容しない」

「ですから、この身はお前のものにしておきます」

「はあ?」

「私はどうでもいいと思っているものを、お前は大切に思っているのなら、お前が管理したらいい。でしたら、お前の言うように、捨て鉢な使い方はしなくなるかと思います」

「なに言ってんの?」

「弟の許可もなく捨て鉢な使い方はしません。まあ、状況にもよりますけど」


 こいつの言っていることが、俺にはさっぱりわからない。


「考え方がサイコパスすぎて、軽く引くんだけど?」

「セクハラ野郎が偉そうなこと言わないでください。ぶっ殺しますよ?」


 本気の殺気を感じたので「すみません」とすぐさま謝る。


「クーちゃんが嫌だと言うのなら、自分のことを雑に扱わないということです。その辺が妥協点ですね。なので、さっさとやることやって終わらせなさい」

「いや、だから……」

「お前が揉まないのなら、私はこれまで同様、捨て鉢に生きていきます。それはそれでお前の信念とぶつかるのでは? 私の生き方を許容するということですよ?」


 あれ? そういうことなのか?

 うん? たしかに……そうなるの?


「まだ理解できないのなら、もっと簡単に言います。この胸はクーちゃん以外に触らせません。そういうことです。それなら、いいのですよね?」


 そうなのか?

 なんか違う気が……。


「女の私が覚悟決めたんですよ。男のお前が戸惑うなんて、かっこ悪すぎませんか?」


 煽るじゃないか、こいつ……。

 そこまで言われたら、退くわけにはいかない!!


「わかったよ。やればいいんだろ! ちくしょう、あんな提案しなきゃよかった!」

「どうしてお前が嫌々なんですか? だんだん腹が立ってきたんですが?」

「それで、俺はどうしたらいいんですかね!?」

「それを私に聞きますか?」


 こうやって会話でごまかさないと緊張で頭がさく裂しそうだ。さっきから心臓の音がドキドキ鳴っててヤバい。口の中が乾くし、どうしたらいいのかさっぱりわからない。


 とりあえず、現状、八重塚は俺の前に三角座りで座っている。俺は木材の上に胡坐をかいているのだが、この距離感をどう縮めたらいいのかわからない。不意に、俺のほうにもたれるように八重塚が体を近づけてきた。その動きに合わせて俺は足を開いて、八重塚の体を受け入れる。空気の壁がなくなり、体温を直に感じた。人の体というのは、こんなにも熱を帯びているものなのか? と驚い瞬間、自然と唾を飲み込んでしまう。

 こうなっては覚悟を決めねばならない。


 両手で行くのか? それとも片手か? 横から行くのか? 肩の上から行くのか? それとも脇の下から行くのか? どうしたらいいんだ?

 ただ後ろから胸を揉むだけなのに、現状、六パターンもありやがる。しかも、服の上から、ダイレクト、ブラ越しまで含めると十八パターンだ。


 いや、それどころか、後ろからじゃなくて前からも含めると、その倍……三十六パターンだと? そのなかから正解を選び抜くなんて、童貞の俺には難しすぎやしないか? センター試験のマークシートだって三十六個から選ぶ問題はないぞ? おっぱいを揉むという行為がセンター試験より難しいなんて、知らなかった……てか、なんで胸を揉む時にセンター試験のことが脳裏を過ぎってんだよ? 意味わかんねーよ……。助けて俺のチャート式問題集!


「あの……早くしてくれませんか? こちらも、その……」

「わ、かってる……ますよ?」


 ええい! 男は度胸じゃあい!! あとは野となれ山となれ!


 右手を横から八重塚の胸元へと回し、そのままの勢いで猛々しく行こうと思ったのだが、乱暴なのは紳士的ではないと、すぐさま判断。ゆっくり軟着陸するようにそっと胸の形を覆うように触れた。

 おかしい、ぜんぜん頭の回転が速くならない。


「……添えるだけでいいのですか?」

「これ以上を求めるってのか!?」

「私は求めてませんよ!! 触れてるか触れてない程度でいいのなら、かまいませんが……」


 いや、たぶん、ダメだ。もっときちんとおっぱいを揉まないと俺は死んでしまう。おっぱい揉まなきゃ死ぬとか、どんな状況だ?


 意を決して力を込めた。


 八重塚が息を飲むのを気配で感じる。

 ぜんぜん柔らかくはない。いや、柔らかい? 服の感触のほうが強いって言うか、その奥にもブラジャーがあるし、ごわごわすると言うか……。


 瞬間、思考が高速回転を始めた。


「なんだ、これ……」


 ブラジャーと意識した瞬間、今まで生きて見てきたブラジャーの画像や映像が脳裏に浮かぶ。それこそ鮮明に、何千パターンも。てか、ほぼエロ動画とエロ画像とか、デパートで目に入ってしまう下着売り場とか。おいおい、値段までくっきり思いだせるし、その気になれば、その日の出来事を朝から夜まで全て鮮明に高速回転で追体験できる。


 これがIQ400の世界だと?


 エロ動画をいつでもどこでも好きな時に百パーセント完璧に再生可能とかすごくない? それどころか、応用できるだと? なにこれ!? エロ動画を体験した記憶のように編集までできる!? セルフVR機能じゃん!! 童貞なのに、もう俺、童貞じゃないじゃん、こんなの!! しかも、何倍速で理解できし!!


 やばい。教科書の記述を一言一句確実に思いだせるし、パソコンのデュアルディスプレイみたいに並列に呼び起こせる。なにこれ? すごくない? めっちゃ、頭良くない?


 それどころか、未来予測までできるじゃん。過去情報の分析からの類推だけども。


 いや、そんな脳みそのスペックを楽しむより先に俺がどうしたら助かるかだ!

 そこに意識を傾けた瞬間、俺が目覚めてからの出来事が超高速で再生された。目的達成に必要と思われる情報がいくつもピックアップされ、頭のなかに浮かんでくる。


 パズルのピースが、綺麗に組み立てられたように俺は答えを得た。


「あ、俺、助かるわ、これ……」


 この流れに沿えば、状況次第で三十七パーセントの確率で元の生活に戻れる。涼葉を助けるだけなら五十八パーセントだ。今までゼロパーセントだったのだから、だいぶよくなった。


 それに、とある重要なパズルのピースが推測どおりだったなら、七十パーセント強の確率で俺は助かる。


 まあ、俺が戦闘であの人に勝てるかどうかが、かなり大きな不確定要素ではあるのだが……。

 そこで八重塚の胸から手を放した。瞬間、今まで理解していた全てが霞のように消えていく。


「ありがとう、八重塚……」

「この状況でお礼を言われるのは、大変複雑なのですが?」


 しかし、この能力は危険だ。

 再び、あのクリアーな世界に行きたくなってしまうのだから。


 もう一度、おっぱいを揉みたいと思ってしまったが、さすがに我慢した。


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