第60話


 俺もそうだが、八重塚も天涯孤独で友人は皆無。ともすれば、頼れる奴なんて一人としていなかった。下手にホテルなどに泊まろうものなら、すぐさま位置情報をつかまれ、拘束されてしまうだろう。

 結果、俺と八重塚はマンティコアと遭遇した廃工場へと来ていた。米軍施設の近くということもあり、十王戦旗や警察もあまり近づきたがらないらしい。雨風をしのげるのは間違いないので、とりあえず八重塚の提案を受け入れることにする。


 埃まみれの工場の中へと忍び込めば、マンティコアの時同様、錆びた機械の残骸などが打ち捨てられていた。


「今日はここで休みましょう」


 八重塚は背負っていた鞄を放り投げるように置くと、中をごそごそと漁りはじめる。


「クーちゃん、夕飯は食べましたか?」


 こんな状況でも二人きりとなれば、狂った姉弟プレイがはじまるらしい。


「食ってないけど、弟の振りはしないといけないか?」

「はい。必要です。近いうちに決戦も控えていますし」


 ため息まじりに「わかったよ、お姉ちゃん」と応えた。八重塚も八重塚で、心の闇がかなり深い。直に地べたに座るのも嫌だったので、ちょうどいい大きさの木材を見つけ、埃を払って椅子代わりに腰かける。八重塚も椅子を見つけたようで、その椅子に座った。


「交代で見張りをしましょう。先にクーちゃんが寝てください」

「いや、夕方まで寝てたから俺は大丈夫だよ。先に寝てくれ」

「……私も眠れません」


 言いつつ鞄からピルケースを取り出し、しばらく眺めてから鞄のなかに再び押し込んだ。


「なんの薬?」

「睡眠導入剤です。もともと不眠症なんですよ」

「なんか不安なことでもあるのか?」


 俺の問いかけに八重塚は、しばらく答えなかった。別の話題を振ろうかと思ったところで、八重塚が「不安より怒りです」とつぶやく。


「目を閉じると、いつでもあの日のことが脳裏を過ぎるんです」


 闇のなか、八重塚の目が炯々と輝いているように見えた。


「クーちゃんが私を守ろうと前に立ったんです。私は怖くて動けなかったのに、クーちゃんは両手を広げて……でも、その背中から刀が出てきて……」

「悪い。無理に思い出させて……」

「いえ、かまいません。思いだす度にあの男への殺意を新たにできます。でも、それも終わりが近い……」


 ギシリと椅子が鳴る。


「私はお前が黒の福音のメンバーであろうと、なかろうと、どうでもいい。仮に、今、この瞬間、お前に騙されているとしても、かまいませんよ」


 アンニュイな物言いだった。おそらく本心なのだろう。八重塚にとって家族の敵討ち以外は全て些事でしかないのかもしれない。


「お前は昔の俺をどう思っていたんだ?」

「お前じゃなくてお姉ちゃんです」

「お姉ちゃんは神門刀義をどう思ってたんだ?」

「正体のない男だと思ってました。実際に話した印象と他人が噂する印象に大きな解離がある。そんなイメージです」

「お姉ちゃんの前だと、どんな奴だったのさ?」

「弟です。隙が多くて意地っ張りで、甘えるのが上手。まるで私が求めるものでも知っていたかのようなふるまいでしたね」


 事前にリサーチとかしてたのかもしれない。それくらいはしそうだ。クズだし。


「でも、時々、冷徹な顔をしてましたよ。私とお前の契約の話をする時は、ひねくれた笑みを浮かべることが多かった。学校で見る時の顔や振る舞いも違いましたし、なんというか、正体のない男でしたね」

「そんな奴と契約してたのか?」

「……誰でもよかったんですよ。クーちゃんの代わりを演じてくれるのなら、誰だって。そんな狂ったやり取りに乗っかってくれたのが、お前だっただけです」

「心療内科とかに通ったほうがいいんじゃないのか?」

「……私は狂ったままでいい。心を癒したところで、全て失ったと再確認するだけです」


 自嘲的な物言いだった。


「もし、鈴木三九郎を倒したら、その後はどうするんだよ?」

「未来など、なくてかまいません」


 なに、そのメタクソクールな物言いは?


「私の人生は、あの男を斬るためにあります。それが終われば、たぶん死ぬんじゃないですか?」

「いや、生きろよ」


 ていうか、それ以上、クールをキメるの、やめてほしい。


「目的も理由もありませんし、先を考えて勝てる相手だと思いません。この瞬間、死人でなければ、あの狂人には届かない」


 なんか、クールなことばかり言いやがるので、だんだんムカついてきた。かっこいいじゃないか、いちいちさ!

 でも、それ、俺が言いたいやつだから、全部!


「お姉ちゃんが不幸なのは理解してるよ。敵討ちをしたいってんなら止めない。止める権利もないしな。でも、嘘でも弟の前で死んでもいい宣言はするなよ」


 死地に赴くサムライみたいな空気をかもしていいのは俺だけだ。


「無様でもいいから泥水すすってでも生き残る気で行けよ。でないと、なんのために弟は盾になったんだよ? お姉ちゃんに生きてほしかったからだろ?」

「お前になにが……」

「わからんさ。わからないよ。でもな、少なくとも俺はお前を友人だとは思ってる。今、死にに逝きますって宣言するダチに対して『よし、わかった。逝ってこい』なんざ言えないっての。それとも俺にお前のかっこいい自殺の手伝いしろってか? 嫌なこった」


 ここは俺に任せて先に行け、とか俺も好きだし、いつか言ってみたい。結果、死ぬとしても、めちゃくちゃクールだと思う。

 でも、そんなクールをキメていいのは俺だけだ。


「八重塚、生きろ。でないと、お前が死んだあと、俺に姉弟プレイを強要した変態だったって噂をネット上に超流す。デジタルタトゥー刻んでやる。嫌だろ、そんなの」

「お前も私をお姉ちゃんと呼んでいたじゃないですか? 同罪です」

「死人に口なしだからな、好き勝手に改ざんしてやるさ。誰がかっこよく終わらせてやるかよ。死人に鞭打つ気概で、お前の悪口ばかり流してやる」

「最低ですね」

「最低でいいよ。お前がなんかかっこよく死ぬみたいな感じが嫌なだけだ。だから、そういうの、マジでやめてくれない?」

「……理解は求めませんし、お前の言葉を聞き入れる気も皆無です」


 たんたんとした口調だった。


「でも、記憶には残しておきます」


 ぎりぎり聞き取れる大きさでつぶやいていた。なかなかに頑固な女だ。無言が互いの間に横たわる。これ以上、二人一緒に起きていてもしかたがない。


「ま、やることないし、先に仮眠をとるよ。見張りの交代になったら起こしてくれ」


 寝れるかな? と思いつつ横になる。冷たく埃っぽい地べたで寝ることがあるなんて思わなかった。でも、どこでも眠れる肝の太さは戦う男には必要なスキル。

 などと考えていたら、じょじょに眠気が強くなってきた。


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