第59話


 幸い、俺の姿を把握できた人が一人しかいなかったため、どうにか警察の包囲を突破し、夜陰に紛れることができた。とはいえ、風に乗ってサイレンの音が聞こえてくるし、認識阻害が効かない人にも追われている。鈴木三九郎やリスカ以外、見破られなかったことから察するに、妖害や異能力者用の特殊部隊員も導入されているのかもしれない。


 シャレにならない。

 キリエの家を把握されたことから察するに、八重塚の家にも警察はいると思う。

 どうする? 頼るか?


「……ああ、クソ!」


 少しでも過去の神門刀義に関する情報を手に入れなければならない。こんなことなら、もっといろいろ事前に聞いておけばよかった。

 後悔先に立たずという言葉を脳裏のすみっこに追いやりながら、八重塚の住所を目指して歩く。キリエの家からしばらく歩き、アパートに到着。予想どおり、パトカーが二台ほど停まっていた。だが、誰も乗っていない。


 今、取り調べでもしてるのか? と思ったら、窓の割れる音とともに二階から人が降ってきた。刑事と思われる中年男性が、意識を失い、倒れている。割れた窓の位置は、八重塚の部屋。その部屋から「おとなしくしろ!」だとか「やめろ!」だとか、野太い怒鳴り声が響いてくる。

 だが、その声もすぐさま静かになった。筋力増加と助走でジャンプし、二階の窓に足をかける。その俺の眉間に鞘に入った刀のこじりが突き付けられ、すぐさま認識阻害を解いた。八重塚は鋭い眼光で俺を見据える。


「……無作法ですね」


 言いつつ刀をクルリと回し、攻撃体勢を解いた。


「いや、叫び声が聞こえたので……」


 彼女の足元には三名の中年男性が意識を失い、倒れていた。


「この人たち、警察だよな?」

「任意同行を断ったのですが、高圧的に言ってきたので、つい……」

「だからって倒しちゃダメだろ。俺の仲間だって疑われてるんだから」

「一応、チームカリキュラムの仲間のはずでしたが?」


 しれっと言いつつ鞄を取り出し、中にいろいろ詰めていた。


「俺がテロリストだと思われてるの、聞いてないのか?」

「聞いてますが、どうせ違うのでしょう?」


 ため息まじりに鞄を背負い、部屋を出ていくと、靴を持って戻ってきた。


「行きますよ」

「え? どこに?」

「どうせ逃げるつもりなのでしょう? 途中まではつきあいます」

「いいのか?」

「私には私の目的があります。むしろ、お前のほうから来てくれて助かりました」

「どういう意味?」

「先ほど、この偽警官どもから聞きましたが、お前の捕縛のため十王戦旗の王たちも何人か動いているそうです」


 なるほど、そういうことか……。


「俺を追いかけてきた鈴木三九郎と戦いたいってこと?」

「はい。ですから、この警官たちが仮に本物だろうと些末なことです。罪に問いたいなら好きに問えばいい。私は鈴木三九郎を斬れれば、それでいいので」


 ため息が出てきた。


「俺は自分の無罪を証明するために動くつもりだけど、それでいいか?」

「かまいません。鈴木三九郎と遭遇した場合、私のものです」


 据わった目で威嚇しつつも口元だけは笑っていた。八重塚は頼りになるけど、なかなかにヤバい女だと思う。


「ああ、それでいい」


 このままここにいるわけにもいかない。俺と八重塚は、アパートを出て夜の街へと消えていった。


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