第56話


 覇眼王リスカの第七感拡セブンスは、遍く魔眼を使用できるというものだ。

 相手を視ることで、あるいは相手に視られることで、様々な影響を与えることができる。それこそ視ただけで相手を殺せるし、視られただけで相手の動きを止めることだってできるのだろう。


 あらゆる<視線>を支配する力と言っていい。


 しかしながら、なぜだか俺に対してのみ、この能力は十全に発揮できないらしく、その効果を減衰できるのだ。とはいえ、視られていることにかわりはなく、体は痺れて動きが鈍くなる。特に近づけば近づくほど、効果が強くなるのだ。


 俺がこうして目を閉じながら戦ったところで、距離を詰められれば、麻痺の魔眼で動きを止められてしまう。

 そうとなれば、こうして近くにある花瓶をつかんでリスカに向けて投擲するのだが、リスカが花瓶を視界に入れただけで、物理法則を無視して静止し、その場に落ちた。


 なるほど、全視全能の魔女という異名はダテではないらしい。たぶん、視ることで考えうるあらゆる影響を与えることができるのだろう。その気になれば、花瓶をさく裂させたり、投げ返したりできたかもしれない。

 それをしないということは、たぶん……。


「諦めて、刀義。あなたに私の魔眼は効果が薄いけど、それでもあなたは私に勝てない」


 俺を舐め切っているのだろう。

 たしかに近づけば、魔眼の効果が強くなるし、遠距離からの攻撃は不可能だ。正直、どん詰まりであることは、否定しようがない。

 俺一人じゃあ勝てないと思う。

 なので、退くことにした。


「刀義、お願いだから私の言うことを聞いて」


 中指を立てつつ後ろに逃げる。逃げた先で倒れていたメイドに蹴つまづくように倒れた。まあ、目を閉じてるからね、無理はないよね。まあ、エコロケーション使ってはいるけどさ……。

 すぐさま立ち上がり、さらに後ろへと逃げる。


「私に本気を出させないでほしい。あなたを傷つけることくらいできるのよ?」

「メジェドの魔眼とかか?」


 メルクリウスが言っていた目からビーム攻撃である。たしかに、それは躱せないだろうし、当たれば大変だ。


「ほかにもいろいろと方法はあるわ。今、あなたの力で意識を失ってる彼女たちを使うことだってできる」


 ちょうど、足元に二人ほど倒れているはずだ。


「彼女たちもステージ3を使える。刀義の奇襲には対応できなかったみたいだけど、私の魔眼でスペックを向上させることも可能よ」


 バフ能力まで持ってるとか、本当にチートだよな……。

 実際、その言葉どおり、倒れていた二人がゆらりと立ち上がった。


「降伏してほしいわ。悪いようにはしないから」

「どうして、そこまで俺に固執するんだ?」


 目を閉じつつも、リスカのほうを向いた。


「あなたを愛しているから」

「その理由を聞いてるんだ。今の俺はあんたとつきあいは浅いし、昔の俺はクズ野郎だ。あんたのようなチートな王様に愛される理由がわからん」

「あなたが私の自由にならないからよ」


 悲しげに言った。


「私の第七感拡セブンス、<全視全能の魔眼(アルティメットアイ)>は、視ただけで全てを自由にできる。一目見ただけで、誰もが私に魅了されるし、簡単に殺せてしまう。十王戦旗のように効きづらい相手はいるけど、あくまで程度の差よ。絶対に効かないわけじゃない」

「そんなの俺だって同じだろ? 未だにピリピリするしさ」


 まあ、目を開けば見惚れてしまう。


「いいえ、あなたは違う。たしかに、ある程度の効果を与えることはできるわ。でも、それ以上は絶対に無理なの。だって、視えないの。あなただけは私には理解できない」

「どういうことだ?」

「あなたの魂はモザイク状になってるのよ。あなたという存在は昔から歪でとらえどころがない。だから、絶対に私の自由にならない」


 感極まるように言う。


「それが私にとって、どれだけの救いかわかる? ねえ? 私にとって人間なんて塵芥と変わらない。だって、望めばどんな命令も聞くし、願えば喜びながら死んでいく。そんなものを自分と同じものだと思える?」

「思えるよ」


 俺の返答にリスカが息を飲む。まるで怒りを露わにするように。


「思えないわ! あなたにはわからないっ!! 私の孤独がっ!! 私の絶望がっ!! 人であることをやめざるをえなかった存在の慟哭がっ!!」

「わからないね。わかるわけない。お前がどうこう言おうと、お前に慈悲やら優しさがないってだけだろ? 自分の思いどおりになるから愛せないとか、簡単に殺せるから価値がないとか言いたいんだろうけどさ……」


 要するに傲慢ってだけだ。


「弱い人を守ろうとか、自分の能力をコントロールしようとか、自分でルールを作れば、人のなかに入っていけたんじゃないのか? でも、あんたはそういう努力を怠って、まるで自分一人が不幸の神様みたいに浸ってるだけだろ? それで偶然、あんたの思いどおりにならない俺に出会ったからって、俺にすがったってわけだ。救ってくれるかもしれないってか? そんなイカレた自己中女、救うわけねーだろ? いい迷惑だっての!」


 吐き捨てるように言う。


「本当に欲しいものがあるなら、自分を殺してでも突き進めばいい。人に救えるのは自分だけだし、自分の足で立つ気のない甘ちゃんなんざ、俺は知らん。お前は、ただ不平不満をのたまうだけのクソアマだ」


 中指立ててやった。


「あなたを愛してる……でも、今のはすごく、とても、たいへん……腹が立ったわ」

「はっ! 図星突かれてキレんなよ。すごい力があってふんぞり返ってるだけの裸の王様だって認めたくないのか? 今までの会話でなんとなくわかった。お前、バカなんだから、俺の邪魔すんじゃねー」

「うるさいっ!」


 ブチギレられた。とっさに横にジャンプしたら、熱波が横をかすっていく。

 あの王様、目からビームだしやがった。

 ビームはさすがにエコロケーションじゃあ、躱せないし、どこ来るか、わかんねー!!


「愛してるのに!! どうしてそんなこと言うの!! どうして私をわかってくれないの!! でも、そこがっ!!」


 熱波が肩を抉る。


「いいのっ!! 愛してるのっ!! 私の自由にならないあなたが愛おしいのっ!!」


 泣き叫ぶ声。肩から激痛。もう一回、中指を立てる。


「うるせぇ! 俺はお前が嫌いだよっ!!」

「いいわよ、それで!! あなたが私を愛してくれなくたって!! 他の女を愛したって!! それでも、私にはあなただけなんだからっ!!」


 ヒステリックに泣き叫びながら光が何本も奔っていくのが、瞼越しにも見える。


「愛してるとか言いつつビーム放つんじゃねーよ!!」


 どうして俺の周りの女どもは、揃いも揃って愛情表現歪んでんだよ!!


「ロンギヌス!」


 叫びつつ能力の三重使用でロンギヌスの槍を具象化。とっさに前に出し左右にブンブン振り回す。なにやら感覚でわかるんだけども、槍の穂先がビームを弾いているらしい。


「次から次にっ!!」


 リスカが泣き叫ぶ。瞬間、俺は自分の指先に意識を傾ける。


「残念だったな、覇眼王。お前は一人じゃないぞ」


 横に立っていた二人のメイドがリスカを抑え、片方がリスカの目をその手で覆った。


「なっ!! 放しなさいっ!! フィオナ!! アシュリー!!」

「無駄だ」


 言いつつ距離を詰めていく。左肩がビームで抉られて痛いけど、プラナリジェネレーションはもっと痛いし、四重使用は絶対いやなので、まだ我慢だ。


「いったい、なにを!?」


 右手の人差し指にハチの針を具現化し、トンとリスカの首を突いた。リスカの体から力が抜け落ち、そのまま倒れる。


「あんたの敗因は、足元を見なかったことと、俺を舐めすぎたこと。あと、感情に呑まれたことだな」


 ジャイアントキリングするには、自分の手札を十全に利用して戦うしかない。


「あんたは俺を守るためだとか言うけど、余計なお世話だし、押し付けも甚だしい。だいたい思いどおりにならないとか言っておいて、俺のこと思いどおりにしようとしてただろ? 矛盾じゃん、それ」


 言いつつロンギヌスの槍をクルリと回し、穂先をリスカへと向けた。


「これは神殺しのロンギヌスの槍だ。刺されば神性の類を消し滅ぼす」


 エコロケーションでうつむきに倒れているリスカを確認。変なところを刺さないように、しっかり狙いを定める。


「神話の魔眼くらいは消せるかもな。全視全能が嫌なら、試してみるか?」

「おね……が……い……消し……て……」


 呂律の回らない口調だ。


「さっき、いろいろ言って悪かったよ……あんた、本当に苦しんでたんだな……」


 リスカの肩をロンギヌスの槍で軽く刺す。

 これで本当に神性の魔眼が消えたかどうかはわからない。あとは、知ったこっちゃないので、ロンギヌスの槍を消してリスカの元から離れていった。


「どう……し……て? メイド……」


 メイドが勝手に動いたことを知りたいのだろう。

 ムシキングの能力だ。


 メイドを刺した時に使ったハチの正式名称がエメラルドゴキブリバチ。なんともアレな名前だが、このハチはゴキブリを刺すことで、そのゴキブリを自由に操る能力を持っている。まずはゴキブリを麻痺毒で麻痺させたあと、その後、脳に針を刺し、寡動という自分の意思では動けない状態にさせる。


 実は俺がメイドに蹴つまづいて倒れたのは演技だ。あの時、起きるフリをしてメイドさんの頭を針で刺していた。あとは、こちらの思いどおりに動かすことができるようになる。とはいえ、素早い動きなどは不可能なので、煽りまくって怒らせ、注意をこちらに向けさせてからメイドを動かし、目隠しアンド拘束をした。


 というのがネタバラシである。

 でも、そんなこと、教えるわけがない。


「自分で考えろよ、それくらい。そうやって楽しようとするから、グルグル回って、わけわかんないことになってたんだろ? 結果、こんなろくでもない男に惚れてさ……」


 チート能力者はチート能力者なりの悩みや葛藤を持っているのだろう。

 俺に言わせれば、ちゃんちゃらおかしい悩みでしかないが、悩みなんて他人にしてみれば取るに足らないものでしかない。惚れた女の悩みなら、くだらない悩みだって全力で傾聴するが、イカレストーカー女の悩みなど知ったこっちゃないのである。


「王様は王様らしく、せいぜい下々の者を大切にするんだな」


 言いたいことだけ言って、俺は覇眼王のもとを後にした。


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