第55話


 エンジニアの常田権治というおっさんをしばき、俺はシステムエンジニアのスキルを手に入れた。ついでに必要になりそうな動物とか虫もしばき回し、いくつか俺のステージ3の能力<アカシックバレット>の弾を増やしておく。


 しかしながらアカシックバレットの悪いところは起きてる時に使えないということだ。この能力のリスクは、そこそこでかいと思う。


 ステージ1の自己催眠で眠ればワンチャンあるんじゃね? と思って試してみたが、うまくいかなかった。なぜか自己催眠で眠るという能力だけが勝手にレジストされてしまうのだ。まあ、そりゃそうだ。


 自己催眠で好きなタイミングで眠れるのなら、いくらなんでも強力すぎる。と俺も思う。その認識がアカシックバレットの設定にも紐づき、自己催眠では眠れなくなってしまったのだろう。


 ほんと、マジで使い勝手が悪い。


 なので、結局、一日中、やることがなかったので筋トレなどで時間をつぶした。

 ダラダラ過ごしても、時間になれば眠くなるので、そのまま寝落ち。同時にアカシックバレットを発動し、半覚醒状態に至る。

 エンジニアの常田権治の能力を発動し、エンジニアの知識を手に入れはしたものの……。


「無理ぢゃん」


 常田権治の知識では無理だとわかった。常田さんが亡くなった時から既に五年経っており、その間に技術は日進月歩で進んでいるわけだ。だから、常田さんの知識だと、目の前のコンソールはちょっと追いつけないレベルだった。


 しかしながら俺のなかにある技術者魂に火がついてしまう。

 進んでるってなら追いつけばいい。技術革新てのは、積み重ねであり、土台にあるものが同じならば、自分に追いつけないわけがない。

 おっさんを舐めるなっ!!


「やってやれないことはない!」


 カブトマッスルでコンソールパネルを破壊、ついでに自分の右手もぶっ壊れた。プラナリジェネレーションで発狂しかける痛みで再生。涙と鼻水でグシャグシャになりつつ、再び常田さんのエンジニア知識でコンソールを弄っていく。


「……フッ」


 涙をぬぐい、鼻を啜りながら不敵な笑みを浮かべた。

 カチャリと鍵が回る音。さすがは物理系エンジニアだ。細かいことはいいから、鍵が開く回路を動かせばいいという強引な方法でどうにかなった。

 俺の脳内にいるおっさんがドヤ顔で笑ってる気がする。うざかったので、すぐさま能力を解き、タコの光学迷彩を発動。


 どうせリスカには視られるだろうが、他のメイドや護衛の目はごまかせるはずだ。ステージ1の認識阻害よりエネルギー効率がいいし、自分の姿が自分にも見えなくなるので、効果が実感できる。認識阻害の効いてるのか効いてないのかわからないのって、けっこうストレスなんだよな。


 そんなわけでタコのように姿を消しながら廊下に出た。扉を物理的にぶっ壊したので、すぐさまメイドさんたちが現れる。数は三人。光学迷彩で姿を消し、すれ違うと同時に能力を解除。すぐさまとあるハチのスキルを発動。指先にミームで針を形成し、三人の首筋をトトトンと刺していく。驚き振り返る時には、神経毒で三人は膝から崩れ落ちた。


 このハチの麻痺毒は神経毒であり、死にはしない。能力解除とともに毒の効果も失われてしまうため、これ以降は能力の二重使用<ダブルバレット>だ。


「さて、やりますか……」


 ぽつりとつぶやき、コウモリのエコロケーションを二重使用で発動。音の反響により空間認識を広げていく。さすがに屋敷全体までは把握できないが、足音などから人の位置を三次元的に把握できた。頭のなかに立体的な地図ができていく。


 近くにいるのは二名。おそらくメイドだろう。

 認識阻害で姿を消し、階段を降り、歩いてくる二人のメイドにハチの針を刺す。これで五人。だが、まだいる可能性がある。音によって脳内マップを塗りつぶすように移動し、控えていたメイドを把握。可能な限り無力化していく。


 俺の脱走がバレているようでメイドさんたちもてんやわんやで動いているからこそ、音で位置を特定しやすい。合計十人のメイドたちを無力化した。


「これで全部かな……」


 脳内マップ上にはベッドで寝ている人が一人だけいる。おそらく、これがリスカだろう。あれだけ騒ぎが起きても眠っているのだから、肝が太い。てっきり戦闘になるかと思って、邪魔になりそうなメイドさんたちを露払いしていたのだが、無駄足だったらしい。


「どこに行くのかしら?」


 予想外の声に振り返る。そこにはいるはずのないリスカが嫣然と微笑んでいた。おかしい。理解できない。頭のなかにある反響定位のマップ上に、リスカの存在が浮かび上がらない。


 どういうことだ? 意味がわからない。じゃあ、あのベッドに眠っているのは誰だ?

 瞬間、脳内マップにノイズが奔り、ベッドで眠っていたはずのリスカが消え、目の前に現れる。デタラメすぎやしないか? どういうことだ?


「ふふっ……不思議な力ね。触れただけで意識を奪う力。それがあなたのステージ3?」


 ナイトドレスを着たリスカの金色の目が光る。その輝きは虹色に流動していった。


「あなたの第七感拡セブンスがなんであれ、私に勝てると思ってるなら認識が甘いわね」


 不意に目の前にいたはずのリスカが消え、背後から声がする。幻覚の魔眼とか幻惑の魔眼とか、そういう力か?

 すぐさま目を閉じ、リスカの第七感拡セブンスに抗う。多少、体は重いが麻痺の魔眼の効きは薄くなってくれた。エコロケーションで位置は把握できているし、戦うことはできそうだ。


「そうね、視なければ魔眼の効果は薄まるわ。それでも私に視られている限りは、意味がないけど……」


 実際、指先が痺れて動きが鈍いし、足も思い通りに動かない気がする。


「逃げてどうすると言うの? 外に逃げれば、あなたは殺されるわよ」

「俺は黒の福音じゃない。そうあんたが説明すれば済むことだ」


 言いつつ構えた。

 頭のおかしいイカレ女とはいえ、殴りたくはない。そのために、あのハチの能力がある。一撃入れてしまえば、こちらの勝ち。

 リスカがため息をついた。


「刀義は、私があなたを陥れたと思っているのね?」

「実際、あんたが俺を監禁するために俺がテロリストだってでっちあげたんだろ!?」

「……あなたは黒の福音のメンバーよ。その証拠もある」

「は?」

「事実なの。でなければ、あなたを保護したりはしない」


 言っている意味がわからない。


「いやいや、なに言ってるんだよ? 俺が黒の福音? テロリスト? いやいや、いいとこ、三流の小悪党が関の山だろ?」

「記憶を失っているのなら、信じたくないのもわかるわ。でも、事実よ。私もあなたを保護することで危険な橋を渡っているの」


 思わず目を開けてしまう。リスカは悲しげに微笑んでいた。


「あなたが刺された件だけど、私も独自に動いていたし、警察も十王戦旗も動いているわ。動いていないのは米軍くらいかしら……」

「はあ? どういうこと?」

「あなたはもとから十王戦旗にとって要監視対象よ。当然でしょ? 勘当されているとはいえ真人の名家、この国の重鎮たる神門家の人間なんだもの」

「いや、それはそうだけど……」

「それでも、あなたは尻尾を出さなかった。刺されて記憶を失うまでは……」


 ため息をつく。


「黒の福音は常に優秀な能力者をスカウト、もしくは拉致して洗脳しているという噂がある。行方不明事件にマンティコアの妖害事件も、それに関係する事件よ」

「え? じゃあ、二つの事件はテロリストが起こしてたってこと?」

「正確にはマンティコアの妖害事件を起こしていたのは黒の福音メンバーよ。行方不明者は誰かに拉致されたり消されたわけじゃない。自ら消えたのよ」

「どういうことだよ!?」

「十六名全て、黒の福音のメンバーだったってだけ。既にウラは取れてる。マンティコアの能力者は十六名のなかの誰かでしょうね」


 行方不明者が全員、テロリストのメンバー?


「刀義が彼らと接触している証拠は集まってるわ。皮肉なことにあなたが動いたことで、その事実が明るみに出た」


 神門刀義が行方不明者に接触していたのは、妖害討滅を斡旋していたわけじゃないってことか?


「いや、でも、いなくなった連中、妖害討滅をするとか言ってたって!」

「一人で妖害討滅はしないわ。行方不明者は仲間を募ったはずよ。それこそ、能力者として優秀な人材をね。そうして騙してマンティコア討伐に参加させ、拉致。その後、洗脳、あるいは殺害。実のところ、行方不明になったのは十五人だけじゃなかったの。でも、あなたが調べていた十五人はピンポイントで黒の福音構成メンバーだった」


 リスカが肩をすくめる。


「米軍の機密情報よ。それをあなたは知っていた。あやしいに決まってるでしょ?」


 たんたんと事実だけを述べられても、俺の脳みそが受け入れてくれない。


「あなたが黒の福音メンバーである可能性は極めて高い。もし、私があなたに接触できなければ、他の誰かがあなたを拘束、あるいは殺害していたでしょうね」


 意味がわからない。


「刀義が記憶を失っているのは理解しているわ。でも、他の者は理解できないでしょうね。詐病だと思うはず。そうなれば、待ってるのは尋問と拷問よ」

「拷問? 法治国家で?」

「十王戦旗に理屈は通じないわ。警察に捕まっても、米軍に引き渡されるでしょうね。あいつら、テロリストが大嫌いだから」

「いやちょっと待て。いやいや、ありえんだろ。え? じゃあ、あんたは俺を守るために保護してたってこと?」

「そうよ。誰にもあなたを殺させたくないから。私にとって、あなたしかいないから」

「じゃあ、俺はもう、お前に保護されなければ生きていけないってこと?」

「ええ、そうね。でも、悲観しないで。あなたが良ければ、整形で顔を変えればいい。別人の戸籍なら手に入るわ。エイシアで暮らすことはできないし、日本を離れることになるけど、私が守ってあげる」


 なに言ってるのか、さっぱりわからない。

 わかることといえば、俺の置かれた状況はいつの間にか、クソほど最悪なことになっていて、もうどうしようもないということだ。


「……涼葉は?」

「取り調べは既に受けてるわ」

「拷問されたりするのかよ?」


 リスカは視線を横に流す。


「まずは警察の取り調べね。そのあと、あやしいと思われれば、秘密裡に処理されるでしょうね。黒の福音は米国にとって完全なるテロリストだから」


 なんだよ、それ……。

 俺だけじゃなくて、涼葉まで……。


「俺は記憶がないからわかんねーけど、あいつは違うだろ! あいつは、そんなテロとか起こせるバカじゃない! いや、バカだけど、ただの頭のおかしいダメ人間なんだよ!!」

「既にエイシア署のサーバーにアクセスした証拠をつかんでるわ」

「それも俺のせいだよ!! 課題を解決するためにしかたがなく!!」


 そんな理屈を信じてもらえるわけがないし、警察署のサーバーにハッキングさせた時点で俺のテロリスト疑惑が強くなるだけだ。結局、涼葉はテロリストの仲間だと思われる。


「……涼葉を助ける方法はないのか?」

「ないわ」

「……涼葉は対人恐怖症のコミュ障なんだぞ。あのバカが警察の取り調べだとか、尋問だとか、そんなのに耐えられるわけがない……」


 俺にだけは強いけど、他人に対してはびっくりするほど貧弱だ。


「あなたが目覚めて一ヶ月程度でしょ? たしかに恩義があるかもしれないけど、そこまで重要視する必要あるかしら? あなただって彼女の行動には迷惑を受けてたんじゃないの?」

「どうして知ってるんだよ?」

「千里眼で視てたから」

「ストーカーかよ……」


 チートすぎんだよ……。


「俺を見てたならわかると思うけどさ、俺はあのバカが嫌いだよ。でも、放っておけない。あいつ、ほんとバカだし、人のこと煽って腹立つこと言うし、マジで意味わかんない奴だよ。でもさ、なにも知らない俺にとって、あいつの存在が助けになったのも事実なんだ」


 だから……。


「……俺は涼葉を見捨てるわけにはいかない」


「警察にでも乗り込むの? 対異能力者用の特殊部隊だって控えてるわよ?」

「俺の無実を証明する。まだ状況証拠だけだろ? 物的証拠がないんだろ? てか、そんな状況で俺の拘束に踏み出すって、なんかおかしくないか?」


 俺だって確信もって俺が犯人だって思わないんだし。


「米軍は黒の福音に対してセンシティブになってるのよ。アメリカ大統領選挙も近いし、エイシアでテロを起こされることを恐れてるわ。それは、十王戦旗も同意見よ」

「だとしても、俺は自分が犯人だとは認めてない。確証がない限り、俺は抗う」


 俺が戦わなければ、涼葉が大変な目にあう。


「だからどけよ、覇眼王」

「それはできない。刀義を失いたくないから」

「わかった。なら——」


 目を閉じ、構える。


「——押し通る!!」


 怒声を発しながら俺は地面を蹴った。


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