第54話


「というわけで、だ。メルっち、俺は今、ピンチなんだよ」


 メルっちことメルクリウスは「そうなんだ」と興味なさげに相槌を打った。


「あっちがサリエルの魔眼とかバロールの魔眼とか使うってんなら、こっちもそれに対応して、サリエルとかバロール倒して能力をゲットするって感じなんだが、どう思う?」

「止めはしないけど、死ぬと思うよ」


 嘲笑混じりに言われた。メルクリウスは、その性格の悪さが笑い方ににじんでいる。


「じゃあ、やっぱりあの女の目をどうにかするしかないってわけか……」


 メルクリウスは、少しだけ考えてから口を開く。


「それでも勝てないと思うよ。魔眼というものは、基本、双方向だ。仮に彼女の目をつぶしたところで、おそらく魔眼は発動する」

「双方向?」

「対象を視るだけじゃなく、対象に見られるだけでも発動する。例えば、メドゥーサの石化の魔眼はメドゥーサを見ることで発動する。そもそも魔眼が最も強力に作用するのは、お互いの目と目が合う瞬間だしね。特に魅了の魔眼なんかは、顕著だ」

「でも、俺には効いてなかったぞ?」

「彼女が認識している世界において、君が異物だからじゃないのかな? 認知的等価交換において、あらゆるモノは認知されなければ、成り立たない。第七感拡セブンスを発動できる対象として、認知されない要因があったから、君に対して魔眼の効きが悪い。という推測は立つね」


 要するに、俺にはリスカの魔眼をレジストできるパッシブスキルがあるらしい。


「全視全能な彼女の能力が君にだけは効果が薄いという利点はあるけど、言い換えれば君以外の全てに効果があると思っていい。覇眼王の能力が本当に全ての魔眼を操れるのならば、君を殺すことは実にたやすい。バロールやサリエルの魔眼の効果は薄いかもしれないが、物理的に殺すことは簡単だ。目からビームだって出せるんじゃないかな?」

「マジで?」

「例えば、エジプト神話のメジェドは目によって撃ち、敵を滅ぼす。全ての魔眼を使えるのなら、メジェドの魔眼も使えるはずだ。仮に、その光線を君がレジストできたとしても、家を破壊して倒壊させれば君を殺すことはたやすい。単純に、君を殺せる者を魅了の魔眼で操って殺させることもできる。カタログスペック上、君が勝てる要素はない」

「俺がどんな能力を手に入れても?」

「全ての魔眼という概念の範囲にもよるけど、仮に集合的無意識にアクセスできるとしたら、たぶんあらゆることが可能だと思うよ。それこそ神話上の魔眼だけではなく、創作上の魔眼でも使えるし、なんなら使い手本人が魔眼と認知さえしてしまえば、どんなことだってできるんじゃないかな?」

「チートすぎやしないかい!?」

「まあ、視るというトリガーが必要だし、全能故のリスクもあるとは思うよ。彼女個人のメンタルは、ボロボロだろうしね」


 楽しげに笑っていた。


「リスカ・ミリアム・イリアステルは、もはや人間と呼べる存在じゃないって意味だよ。神だとか、そういう種別にしたほうがしっくりくるし、精神構造もそれに近い」


 神であるメルクリウスが言うと、シャレにならない気がする。


「じゃ、じゃあ、ロンギヌスの槍でならワンチャンある?」

「実際の神じゃないから効果はないよ。神が使った魔眼の類なら視線を<切る>くらいはできるだろうけど、そもそも盲目になるから細かい芸当、できないだろう?」

「さっきから絶望することしか言わないの、やめてもらえないか? 希望をくれよ」

「僕はあくまで道先案内人であって、アドバイザーでも軍師でもないからね。これ以上は自分でどうにかしなよ」

「絶望させて、あとは知らんってひどくないか?」

「それが神様の手口ってものだ」


 愉しげに笑っていた。やっぱり性格悪いんだよな、こいつ……。

 ともあれ、監禁された状態をどうにかするためには能力開発が必要だ。


「メルっち、新しい能力を手に入れたい」


 電子ロックを開錠するために必要なスキルを持っている人間は、神話の時代などにはいないだろう。


「エンジニアのおっさんをしばけば、その知識や能力は手に入るんだよな?」

「手に入るけど……ムシキングのあとはおっさんレンタルかい?」


 自分の発言がツボだったのか噴き出していた。

 しばらく、メルっちは俺の能力を<おっさんレンタル>と呼んでバカにするのだろう。もういい、好きにしろ。

 今はおっさんの力を借りてでも生き延びなければならないのだから……。


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