第53話
放り込まれたのは窓のないビジネスホテルのような部屋だった。
ベッドにテレビ、小さなテーブルと椅子、それにトイレ付きのユニットバスがついた部屋だ。これで小型の冷蔵庫があればパーフェクトなのだろうが、さすがにそれはなかった。代わりに天井の隅にはドーム型の丸い監視カメラ。扉はユニットバスのほかに出入口のものが一つあり、当然、鍵がかかっているため開かない。
「……いいね、こういう展開。俺は好きだよ」
拉致監禁されるとか、めっちゃクールだと思う。
リスカの動機が狂った恋愛感情だとはいえ、誰かに「いや、二日ほど監禁されててさ」と疲れた顔で言おうものなら、クールすぎて脳が濡れるというものだ。
とはいえ、抜け出せないことには自慢もできない。すぐさまクールに脱出し、あの腐れイカレ女に完全勝利しなければならなかった。
だが、それが現状、難しい。
頭がおかしい女だけあってキレ者だ。先に俺のことを社会的に殺して逃げ場や反撃の機会を奪ってやがる。今頃、俺は黒の福音のメンバーだったということにされているのだろう。仮に脱出に成功しても、俺は警察やら米軍やら十王戦旗の連中に追われるし、逃げ場がない。
「……あれ? 詰んでない?」
リスカはイカレていても十王戦旗。社会的な発言力はあるし、公的機関とも昵懇だろう。対して俺は、十二股のドクズ。無能力者と蔑まれ、ケチな小悪党のように裏の仕事を斡旋していた。
俺が仮に真実を伝えたとしても、信じてはもらえないのではないだろうか?
「……信じてもらえるわけねー」
改めて自分の状況をメタ認知したら、あまりのしんどさに泣きそうになる。このまま絶望感に打ちひしがれるわけにもいかないので、自己催眠で強制的にメンタルを整えた。
「フッ……俺としたことが弱気になっていたようだな」
クールな男は最後まで戦い続けるし、こういう権力の腐敗やら暴走を許しはしない。
俺が無実だという証拠さえ提示できれば、俺の信用は回復され、クソアマリスカの余裕ぶった笑みに社会的制裁の一撃をぶち込める。
……でも、無実の証拠といってもなあ。ないんだよなあ。
テロリストではないとはいえ、いろいろあやしい動きしてたからなあ、神門刀義……。
「どちらにせよ、ここから逃げ出さないことにはなにもできないが……」
ベッドから立ち上がって、ドアへと近づく。扉の右わきには指紋認証のコンソールがついており、当然、俺の手を添えてもエラーの表示しか出ない。
抜け出すには、食事などを持ってきたメイドさんを捕らえて交渉とかか?
不意にピーと音が鳴り、コンソール脇の壁が引き出しのように飛び出してきた。そこには出来立てのビーフシチューとパンが置かれている。
メイドさんとの接触の機会はないということだ。
「…………」
抜け出す方法なくね?
この部屋の扉が開くとしたら、リスカが接触してくる時くらいだろう。だが、あの女に認識阻害を含めたステージ1の能力は通用しないため、まともにやりあっても勝てる気がしない。
だが、それは今の俺だ。
俺の強みは、どんな状況でも寝てしまえば修行ができるという点にある。
「だから、もう、今日は寝る!!」
おやすみなさい!!
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