第52話


 覇眼王リスカが呼んだ無人タクシーに放り込まれ……というか、俺の体が勝手に動いてタクシーに乗り込んだ。表情は変わらないし、声も出ない俺の横でリスカは淡々と行先を伝える。


「怯えてるの? それとも混乱してるのかしら?」


 クスリと笑いながら、俺にしなだれかかり、太ももの上に置いていた俺の手をさするようにつかんできた。


 え? なに? このえちぃ感じの雰囲気は? 童貞にはレベルが高すぎて、頭がパニックしちゃうんだけど?

 クソ、がんばれ、俺!

 こういう時、俺の尊敬するキャラクターなら動じない。色仕掛けなど、俺には効かんのじゃい!!


「……俺になにをした?」

「もう喋れるのね?」


 驚きながらも嬉しそうな顔だった。そして顔が近い。吐息がかかる距離で、俺がちょっと顔を傾けたら、キスしちゃいかねない。鼓動がすごいよ!! エロいよ!!


「俺は君のことを知らない」

「でも、私は知ってる。あなたのことなら、全部知ってる。ずっと視ていたの。例えば、あなたが今日、鬼太郎電鉄で一位を取ったり、八重塚淡海の弟の話を聞いたり、ハンバーグを作ったりしたことも」

「え? ストーカー?」


 とたんに怖くなってきたよ。でも、さっきから俺の手をサスサスさすってくるからさ、恐怖がピンク色の波動に消されていくんだよね。


 だって、しかたがないじゃん!!

 こんな美少女と密着されて、手を握られたら、いくらクールな男だって反応しちゃうでしょーが!!


「……俺をどうするつもりだ?」

「それは秘密」


 いちいち言い方がエロいんだよなー!!

 こっちは恐怖以上にスケベ心がレッドスネークカモン状態なんだよ!!

 このまま状況に流されてしまいたい!! でも、ダメだ!! だって、色仕掛けにハマるなんて漫画だとダメな奴の役どころじゃん!! ぜんぜんクールじゃない! でも、エロい!!


 そんな葛藤をしているうちにタクシーは大通りを逸れ、林の中へと入っていく。人工島にも緑は多いのだが、森を抜けた先に現れたのは、科学万能には似つかわしくない巨大な洋館だった。周囲も林で囲まれており、異能専ほどの敷地はないにせよ、かなり広大な森だ。貴族が住んでいそうなシンメトリーな洋館が目に入る。ロココ建築って言うんだっけ?


 鉄柵が自動に開き、無人タクシーが館の前に停まると、玄関から数名のメイドさんが出てきた。みんな外人だし、漫画やアニメでしか見ないようなロングスカートのメイド服を着ていた。体は自由にならないってのに、心だけテンションあがっちまった。

 まったくもって、クソピンチだってのに、どうして俺はメイドさんのことばかり考えているのか?


 しかたがない。覇眼王がエロいのが悪い。

 いや、でも、考えようによってはクールじゃないか?


 要するに、今の状況は俺にとってピンチでもなんでもない日常茶飯事だということだ。常に戦場に置かれていた戦士にとって、たかが体の自由が効かないことなど、恐れることじゃない。そう考えると、俺はこのままメイドさんをガン見するのが正解だろう。


「お久しぶりです、神門さま」


 ショートカットのメイドさんが恭しく頭を下げてきた。栗色の髪の毛は玄関から漏れる光を浴びてつややかな光沢を帯びている。首を自由に動かせないから視線だけで確認するよりほかないが、みんな美人だ。メイドより俳優とかモデルをしているべきだと思う。


「すみません、あなたのことを知らない」


 メイドさんは「そうですか」と何事もなかったかのようにリスカへと視線を向ける。


「お食事はご一緒でよろしいですか?」

「いえ、彼は既に食べているから、私の寝室に通してちょうだい」

「え? 寝室?」


 こういう時は客間とかじゃないの?


「それとも先にお風呂がいいかしら?」


 押し殺そうとしても期待感がレッドスネークカモン状態だ。いかん、落ち着け。ただ、寝室で話をするだけだ。そんな出会って一時間も経たずに即、そういうことになるなんて、AVだけの話だよ。ありえんて、そんなわけないよ。


 いや、待て。ありえるぞ。


 たしかに俺にとっては出会って十数分程度の出来事だが、リスカにとっては違う。

 そもそも神門刀義と覇眼王リスカは、既にそういう関係という可能性もある。いや可能性つーか、ヤってんだろ、この距離感……。


「それじゃあ、先に行って待っててね、刀義」

「いや、待っててとか言われても!! 部屋、どこなの?」


 と叫ぶ俺の言葉に反して体が勝手に動いていく。勝手に階段を登ってってるし、廊下の奥の部屋に向かっているのは、どうして? てか、いい加減、この勝手に動く状況が怖いんですけど? これが彼女の第七感拡セブンスか?


 がんばって止めようと思うと、体の動きがやや鈍った。

 あれ? レジストできる? うん、がんばればできるかもしれない……。


「…………」


 ——いや、気のせいだ。


 レジストできないよ。できなくていいじゃん。

 ここはとりあえず、リスカの支配下に置かれたフリをしよう。虎穴に入らずんば虎児を得ずの精神であって、決してピンクな体験を期待しているわけではない。

 だって、本気で惚れた女の子とだけ、そういう関係になるのが俺の目指すクールな男。


 だが、しかしながら、だ。


 しかしながら、体の自由が効かずに強引に、そういうことになってしまった場合、それはどう考えても不可抗力であり、俺がクールを手放したことにはならない。むしろ、痛みを知ったこととか、将来的にちょっと大人な関係性をにおわせる展開は、むしろアリだと思う。結果的に童貞を捨てたことで、更なるクールさを手に入れるまである。


「クソ―、体の自由が利かないっ!!」


 あー、ダメだ! 体の自由効かないもん! こりゃあ、もうなるようにしかならないよ!! だって、俺、童貞だもんっ!!


「クソ! 俺の体を勝手に動かしやがって!! さすがは覇眼王……王を名乗るだけはあるな……」


 くっ殺女騎士ばりの言葉を吐きながら部屋の扉を開く。


 俺が入った瞬間、ランプシェードの火がともる。壁際には天蓋つきの巨大なベッド。薄いベールが垂れているベッドなんて、本当にあるんだ。知らなかった。


 そのまま俺は俺の意思に反したまま……。


 あれ? 体が自由になったぞ?


 いや、ありえない!

 だって、ほら、まだ微妙に足が勝手に動いてるし、俺はまだ不自由なままだ!!


「クソがっ!! 覇眼王め!!」


 とはいえ、さすがにこれ以上は自分を騙せなかった。


 ——俺はもう自由だ。


 未だかつて、こんなにも自由を憎んだことはない。

 だが、自由になってしまったからには、クールな男として逃げるなりなんなり、対策を取らねばならないだろう。このまま己を欺き、寝室でリスカが来るのを待つなんて、ケツの青いクソ童貞だ。


「クソ! 今日ほど自分のクールさを憎んだことはない。でも、ここで折れない俺はかっこいい!! ちくしょう、かっこいいじゃねーか、俺!!」


 いろんな思いのこもった涙をぬぐいながら、ステージ1の自己催眠を発動。部屋の窓のほうへと近づいていく。外は暗いし、すぐ近くが森なので、見えるものはない。こうなったら二階から飛び降りて逃げるか?


 うーん、ケガするかな?

 でも、着地できたら、かっこいいよな?


 力のベクトルを操作しちゃえば、どうにかなる気がする。

 窓の鍵に手を触れた瞬間、バチっと静電気が奔った。もう一回、手を近づけると再び静電気が奔る。


「結界か……やはり俺が逃げることくらいは読んでいたか……」


 実際、結界なのかは知らないけど、たぶん結界だろう。


「正面突破しかないか……」


 なに、この独り言……最強やん。

 我ながら、かなり久しぶりに超絶クール状態に入っている気がする。やっぱり、日本男児たるもの、一回くらい拉致られてからが勝負だろ? 隠しても隠し切れない危険な雰囲気が敵を作ってしまうってわけだ。くー! 自分のたまんねーな感に脳が濡れてくるぜ!


 そうとなれば、動きは決まった。

 王に捕まった後、そこから何事もなく脱出とか、めっちゃかっこいい。まあ、最悪、みつかって拘束されても、理不尽かつ強引にピンク色の階段を登るだけだし、ここで困難に挑戦しなきゃ男じゃない。クールな男はいつだってチャレンジャーたるべきだ。


「…………」


 いや、でも、おとなしく待って童貞捨てたほうが……。


 ダメだ、ダメだ!

 クールを忘れるな、俺っ!!


 敵地に潜入したスパイがごとく、扉脇の壁に背をつけ、気配を探りながら部屋の外を確認。廊下には誰もいない。部屋はいくつかあるし、廊下の先にも窓はある。でも、おそらく寝室同様、結界が張られているだろう。となれば、玄関から出るよりほかない。


「障害は六……」


 タクシーを降りた時に確認できたメイドは五人。それに覇眼王リスカを足して計六人だ。メイドさんたちも第七感拡セブンスが使えると考えておいたほうがいいし、王様の侍従となれば、それ相応の実力があるだろう。

 すぐさま認識阻害を発動し、足音が鳴らないよう意識しながら廊下を進む。


「っ!」


 階段にメイドさんが一人!?

 息を殺して壁に張り付く。俺に挨拶してきた栗色ショートカットのメイドさんだ。姿勢よく歩きながら、俺の前を通過。髪の毛からシャンプーだか香水だかの甘い香りが鼻孔に触れる。


 不意にメイドさんが俺の前に立ち止まり、俺のほうを見た。


 息を止める。心音ががなり声をあげる。

 メイドさんは何事もなかったように前を向き、歩き始めた。


 てか、寝室向かってね?

 やばい、バレるじゃん!!


 すぐさま、階段へと向かい、手すりにケツを乗せ、音もなく滑り落ちていく。一階に到着した後、二階で誰かが駆ける足音が聞こえた。

 どうやら逃げたことがバレたらしい。


「チッ」


 舌打ちを鳴らし、一気に玄関まで駆ける。

 よし、間に合う!


 ドアノブに手をかけた瞬間、体がその場に静止する。

 体だけじゃない。呼吸も止まった。


 なんだこれ?


「ひどいわ。何も言わずに逃げるなんて……」


 体が勝手に動き、後ろへと振り返る。部屋着と思われる赤いナイトドレスを来たリスカが立っていた。クスリと艶やかな微笑を携え、俺に近づいてくる。慌てた様子で栗色のメイドさんがリスカのもとへと駆けよってきた。


「リスカ様、申し訳ありません。神門様が……」

「あら、あなたには視えないの? そこにいるのに……」


 瞬間、第七感拡セブンスを自分で解除する感覚に襲われた。なんだこれ? もう勝手に動かさせられてるんだけど?

 そんな俺を見て栗色メイドさんは驚いた顔をする。


「フィオナの目を欺くなんて、驚きね……」

「申し訳ありません、リスカ様……」


 フィオナと呼ばれたメイドさんの謝罪などどこ吹く風で、リスカは俺を見ていた。


「本当に、刀義は素敵。こうして視ているのに、もう視えなくなった……」


 うっとりとした顔で頬を赤らめる。


「俺とあんたがどういう関係なのかは知らないが、俺はあんたのことを知らない。だから、いい加減、家に帰してくれないか?」

「ダメ」


 笑顔のまま首を横に振る。


「だって私のことを思いだしてくれないのでしょう? いいえ、知らないのかしら? どちらにせよ、もう我慢はしたくないの」

「我慢?」

「そうよ、がんばって我慢したの。私に我慢させるなんて、十王以外だとあなただけ」


 俺の前にぴょんと跳ねるように近づき、そのまま見上げてきた。小悪魔じみた動作に表情。そして何より超絶美少女である。だが、なんだろう? 俺のような童貞には綺麗すぎて手が出せないというか、性的な目で見れない感じ。


「私はね、刀義。いつだって、あなたのことを考えてたの。あなただって私のことを考えていてくれたわ。でも、あなたの中に私がいなくなってしまった。それはとても悲しいこと。でも、同時に喜ばしいことよ。だって、あなたは昔の私を覚えていないもの」

「よくわからないけど、俺とあんたはつきあってたの?」

「いいえ、違うわ。私があなたを愛していただけ。あなたはいつでも私を利用していただけ。フフッ……この私を道具扱いなんて、十王にだって不可能よ。でも、私はあなたの道具だった。道具でよかったの。それが嬉しかったから」


 恍惚とした表情で語りだす。

 やっぱり、ちょっと頭のネジが飛んでる気がする。

 いわゆるヤンデレというやつだろう。


「もしかして俺のこと刺したの、あんた?」

「違うっ!!」


 怒声でシャウトされた。今までの表情が嘘かのように目が釣りあがる。

 あ、やっぱり、怖い、この子……。


「ひどい! ひどいわよ!! 私が刀義を傷つけるわけないでしょ!! 私にとっての人間はあなただけなの!! ああ、許せないっ!! 私の刀義を傷つけた奴がっ!!」


 俺の胸元に縋りつくようにシャツをつかんで寄り添ってくる。

 感情の揺れ幅がピーキーすぎて、おっかない。


「私はね、刀義。なんでもできるの。私の両目は全ての魔眼につながる力を持ってる。私が視て望めば、神羅万象は思いのまま。サリエルの魔眼を使えば、視ただけで人を殺せるし、メドゥーサの魔眼を使えば、石にだってできる」


 言いながら俺を見上げた。


「でも、あなただけは視えない」


 金色の瞳に意識が飲み込まれるような錯覚に襲われる。なるほど、これが魔眼の力ということなのだろう。


「真正面から見ても、あなたの心は壊れない」

「え? 壊す気だったの?」

「ええ、バロールの魔眼で、あなたを殺す気で見てたわ」

「ちょっ!? 冗談でも、そういうことするなよ!!」


 リスカはクスリと笑い、俺から離れる。


「帰りたい?」

「帰りたいに決まってるだろ!」

「でも、ダメ。帰さない。もう二度と、あなたを帰したりはしない。だって、私と会ったすぐ後に、あなたは刺されてしまったのだもの」

「そうなの?」

「そうよ。だから、あなたは私の元で愛されていればいい」


 いきなり監禁とか、見事にヤンデレだった。どれだけ美少女で、どれだけエロくても、ヤンデレは御免だ。全力で縁を切りたい。


「それに、あなたには、もう居場所なんてないわよ?」

「それは俺がぼっちだって意味か、この野郎!! 言っとくけどな、俺はぼっちじゃなくて孤高なだけだから!! 中途半端なツレなら、いないほうがマシってスタンスなだけだから!! なに笑ってんだ、この野郎!! 聞いてんのか!?」


 一番、人に触れられたくないこと触れてきやがってよお!!

 こいつはもうダメだ。ねーわ、こいつ。


 どんなに美人でも俺のデリケートな部分を無遠慮に踏み抜いてきた時点で、アウトっすわ。どんだけヤンデレだろうと、もう絶対に俺の貞操はささげない。


「そういう意味じゃないわよ。だって、あなた社会的に死んだことになるから?」


 既に神門刀義は社会的に死んでると言ってもいいくら悪評しかないが、これ以上、どう名前を汚す要素があるのだろう?

 まさか、こいつ……。


「君、それは諸刃の剣だろ? その写真には君だって映ってるんじゃないの!?」

「写真? なにを言ってるの?」

「リベンジポルノでにゃんにゃん写真を、ゲイ専門の掲示板にアップするつもりだろ! 個人情報付きでさ!! 涼葉が口喧嘩で負けたからって、やろうとしてたやつじゃん! やめろよ!! 絶対やめろよ!!」


 その時はにゃんにゃん写真じゃなくて、俺の着替え写真だったけどさ!


「あなたたち兄妹って、そんな喧嘩の仕方してるの?」


 ヤンデレに引かれていた。さすがは涼葉だ。


「え? 違うの?」

「違うわよ。本当に社会的に殺すって意味」

「リベンジポルノ以外で?」

「あなたは<黒の福音>の一味だったと十王戦旗に報告してあるわ」


 黒の福音って、たしか異能力者至上主義のテロリスト集団だっけ?


「いやいや、俺、テロリストじゃないし!」


 リスカはニコリと天使のように微笑む。


「既に米軍と警察には、あなたが黒の福音のメンバーだったと伝えてある。今頃、あなたの実家やお友達の家には警察がいるんじゃないかしら?」

「え? 本気? ドッキリとかじゃなくて?」

「ええ、そのうえで、あなたは私が始末したとも伝えてあるわ。既に、あなたは社会的に死んだことになってるの」


 ガチのやつじゃん……。


「え? いや、意味わかんない? え? なんで? なんでそんなことするの!?」

「あなたを手元に置いておきたいから」

「いやいや、意味わかんない。怖い怖い怖い、もう言ってる意味、わかんないんだけど? え? 正気? 頭大丈夫?」

「そうね。正気かどうかを問われると、胸を張って答えられないけど……」


 そう言いながらフィオナと呼ばれたメイドさんのほうへと振り返る。


「フィオナ、私が十数え終わったら、舌を噛み切って死になさい」

「はい、リスカ様」


 嬉しそうにうなずいた。


「一、二……」


 フィオナは頬を赤らめながら口から舌を出し、白い歯で噛んでいる。


「やめて! 怖い怖い怖い! マジで!? やめて!!」

「フフッ、冗談よ。フィオナ、あなたは刀義の部屋の用意をしておいて。そうね、逃げられないように施錠できる部屋でお願い」

「承知いたしました」


 フィオナは無表情に頭を下げ、踵を返す。離れていく背中を惚けたように見ていたら、リスカが「私を見て」と視線の前に躍り出てきた。


「刀義があの子のことばかり見てるから、あの子を殺したくなっちゃうのよ?」


 なにこの子、マジで怖い。


「私はね、なんでもできるの。全ての人間は私が思うがままに振るまう。フィオナのように私の命令を聞くことが至上の喜びになるわ。あの子、もともとは私を殺そうとした暗殺者なのよ?」


 虚のような金色の瞳が俺を射抜いていた。


「ねえ? そんな私が他人を対等な存在だと思えるかしら?」


 もうやだよ……。

 だって、この子、完全にぶっ壊れ系サイコパスの最強キャラクターじゃん。

 なんだよ、それ。


 俺にも一個くらい寄越せよ、その属性……。


 暗黒系中二病キャラクターとか、マジで俺にクリティカルヒットなんだよな。お近づきにはなりたくないけど、サイコパスみある振る舞いには憧れる。


「みんな、私のオモチャなの。他の王にしたって、視えにくいだけ。本気でやれば、たぶん、みんな殺せるわ。視ただけで……」


 俺TUEEじゃん、この子……。

 ズルくね? なんだよ、そのチート能力さ……。

 クソが……だんだんムカついてきた。俺までお前の思いどおりになると思うなよ!


「被害者ぶるなよ」


 吐き捨てるように言ってやった。


「自分は他人と違いますってアピールが空けて見えて寒い。それでヤンデレサイコパスってか? 俺だってその気になれば子猫や子犬を好きに殺せるかもしれないけど、そんなこと絶対にしない。要するに、あんたは頭のおかしいサイコパスクソ女だってだけだろ?」


 リスカは怒ったように目を見開き、俺を見る。すぐさま泣き出しそうな顔で笑った。


「ほら、死なない。本気で視ても死んでくれない。ぜんぜん思いどおりにならない。あなただけよ、あなただけが私の傍にいることができるの」

「俺はお前みたいな女、御免だよ! 見た目がよくてチートだからって調子に乗るなよ!!」

「死んじゃえ♪」


 笑顔で魔眼を使っているのだろう。一瞬、ピリッとするけど、死なない。


「え? 今も死ぬ魔眼使ったのか!?」

「サリエルの魔眼よ」

「またまた……そんなこと言って、死なないんだろ?」

「あら、信じてくれないの? だったらメイドを一人視てみる?」

「やめてっ!! あんた、サイコパスすぎる!!」

「だって、刀義以外の人間なんて、全部アリみたいなものだもの。あなただって子供のころ、アリを虐殺したりしたことあるんじゃない? 私はそれができるってだけ」


 そう言ってから朗らかに微笑み、俺に口づけしてきた。


「俺のファーストキス奪ってんじゃねーぞ! クソアマーーーっ!」

「本当、どうして死なないのかしら? こんなに死の魔眼使ってるのに」

「お前、俺のこと好きじゃないだろ!?」


 どうして俺の周りの女は愛情表現がアレすぎる奴しかいないんだよ!!


「好きよ、刀義。あなたは壊れないし、殺せない」

「イカれ女が……」

「本当にひどい。でも、死んでくれない。ふふっ、こういう喧嘩も嬉しいわ」


 クスリと笑う。


「あなたは私に愛されているだけでいいの。私を愛してくれれば嬉しいけど……いえ、愛してくれなくていいわ。むしろ、そちらのほうが安心できる」


 俺にはリスカがなにを言ってるのか、さっぱりわからなかった。


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