第14話


 気づけば、うさんくさい薄ら笑みを浮かべたメルクリウスが俺の前に立っていた。

 昨夜に引き続き、無限に広がる真っ白な空間が広がっている。一応、地面はあるが、地面を見ることはできない。足場という概念なんだろう。


「昨日は散々だったね、王様」


 開口一番嫌味なことを言ってきた。


「スルトを目視すると同時に熱波にやられて逃亡。向こうは王様のことを認識さえしてなかったよ」

「過ぎたことをネチネチ言うのはやめてくれない?」


 メルクリウスはクスリと笑う。


「昨夜のような尊大な物言いはやめることにしたのかい?」

「だって、あれだけかっこつけて、即逃亡だぞ。今さら、お前の前であの感じ続けてもギャグにしかならないだろ?」

「笑えるから楽しみにしてたんだけどな」


 なかなかいい性格をしている。でも、こういう皮肉なキャラは嫌いじゃない。


「真正面からスルトに勝負を挑んでも勝てないのはわかった。たぶん、他の英雄とかすごい奴でも結果は同じなんだろ?」

「試してみないとわからないけど、スルトより強大な神性がいることは確かだね」

「むしろ、昨日の敗北は運がよかった。向こうにしてみたら、こっちはアリみたいなものだし、狙われさえしなかった。狙われてたら死んでただろうな……」


 この夢の世界での死は現実の世界での死にもなる。

 個人的等価交換上、そういうルールになっているのだ。


「なら、諦めるのかい?」

「いや、諦めない。レーヴァテインは欲しい」


 炎の剣とかめっちゃかっこいいし、絶対に諦めない。既に<四劫を焔滅す破壊の剣>にルビでレーヴァテインって決めてあるくらいだ。


「でも、現状、俺の力でスルトは倒せない。だから、倒すための手段、いわゆる神殺しの力が必要だと思う」


 メルクリウスは愉快げに目を細め「ふ~ん」と相槌をうった。


「いろいろ調べたよ、神殺し系の武具。で、やっぱり人気や知名度から神殺しの槍、ロンギヌスの槍を手に入れるのが最善手だと判断した」

「たしかに、あの槍を持ってたのは、ただの人間だけどね……」

「それでも槍を持ってる奴に勝てるかと言われると、たぶん無理だ。それに古代ローマの時代の兵士なんだろ? 普通に殺されると思う」

「本当に学んでるんだね」

「当然だろ。敗北からなに一つとして学べないような愚か者であるつもりはないよ」


 フッと謀略系キャラクターのように冷静にキメていく。


「だから、ロンギヌス攻略のための能力が必要だ。まずはそれを手に入れることにした」


 そりゃあ、俺だってジャイアントキリングしたかったし、そっちのほうがクールなのは理解してる。でも、自分の実力を理解せず、同じ過ちを繰り返すのは、それ以上にクールじゃない。


「この世界は集合的無意識。人が持つ概念ならば、あらゆるものが存在している。その認識で問題ないよな?」

「そう君が定義づけたのなら、そうだよ」

「なら、なにも得られる能力は神や英雄だけじゃない。例えば、市井の偉人、例えば、動物……」


 だが、人も動物もガチで殴りあって確実に勝てる自信はない。なら、俺が勝てるのは……。


「例えば、虫」


 キメ顔で言ったらメルクリウスが「くっくっく」と笑いだした。


「裸の王様じゃなくてムシキングになるつもりかい?」

「そういうこと言うなよ! 俺だって思ったけどさー!」

「すまない。昨日からの落差が激しくて、思わず笑ってしまったよ。いや、いいよ。楽しいよ。僕は道化が好きだからね」

「で、可能か?」

「可能だよ。そしていい判断だと思う。確実に倒せる概念から打倒し、能力をあげていく。君たちで言うRPGの基本だ。最初はスライムを倒さなければ、誰も勇者にはなれない」

「スライムじゃなくて虫だけどな……」

「一応、スライムとも戦えるけどどうする?」

「俺が勝てると思うか?」

「まあ、無理だろうね。すぐさま顔に張り付かれて呼吸を止められ、そのまま捕食だ。僕に助けを乞うヒマもなく死ぬ」


 そうなると、やっぱり虫しかないんだよな。


「じゃあ、とりあえず、カブトムシと戦うよ」

「ムシキング……クックック……」

「笑うなよ! いいだろ、せめて昆虫の王様から倒したいんだよ!」

「オーケー、わかったよ」


 笑いを殺しながらメルクリウスがパチンと指を弾く。

 瞬間、足元にカブトムシが生じた。本当にただのカブトムシだ。容赦なく足で踏みつぶす。固いなにかがひしゃげる感覚を足の裏に感じたりした。夢のなかとはいえ靴は履いている。だが、まあ、気分のいいものではない。

 同時にカブトムシの情報が頭のなかに流れてきた。カブトムシは自分の二十倍もの重さのものを運ぶことができる。そういうデタラメな筋力増強能力だ。


「おめでとう、ムシキング。これで君はカブトマッスルの力を得た」

「勝手にスキル名つけるなよ!! なんだよ、カブトマッスルってさ!!」

「でも、この力は君たちで言うステージ1の筋力増加やステージ2の肉体強化系の能力よりも上だよ。負けていることといえば、名前がカブトマッスルってだけだけど」

「嫌だ! そんな能力名嫌だ!! クールじゃない!!」

「<百蟲王の爪牙>にルビを振ればいいんじゃないかい?」

「それならギリ……でも、カブトマッスルじゃないか!! ルビのほう変えろよっ!!」

「それはダメだね。この力はカブトマッスルだ。君の個人的等価交換的にも、かっこいい名前は与えられない。それが嫌なら強くなって、それ相応の能力を手に入れなくちゃね」


 たしかに、簡単に手に入る能力に<ブリューナク>とか<ゲイボルグ>とか名前がついてたら、それはそれでなんか違う。


「わかったよ、カブトマッスルでいいよ!! じゃあ、次だ、次!! どんどん持ってこい!」

「次は?」

「クマムシ!」


 メルクリウスは「ムシキング」と言いながら一人で爆笑していた。

 そんなこんなで俺は、カブトムシにはじまり、クマムシ、ノミ、プラナリアなど、指でつぶせる生き物を倒していった。


 ちなみにクマムシの力は<クマムシンキング>。乾眠状態に入ることで、極限状態でも耐えられるという力だ。でも、動けないので無力だ。使えねーな。


 ノミは<ハイテンションノミジャンパー>。ものすごく高いジャンプができるが、着地はできない。なんだ、この能力……。


 プラナリアは<プラナリジェネレーション>。<プラナ・リジェネレーション>と中点で区切ることで、プラナの部分は息吹などを意味するプラーナから取ったんだよ、と暗に主張できる。ギリ受け入れられる名前だろう。能力も超強力な再生能力だ。ただし、場合によっては二人に増えたりするちょっとホラー入った能力である。胴体真っ二つとかになって結合できないと二人に増えるんだってさ、こえーよ……。


 どれもそれなりに強力だが、どれもあまりかっこよくない。


 まあ、いいさ。今はムシキングでも、いずれ本物の王になればいい。それだけさ……。


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