第13話


「そんで兄ぃはさ、結局、ボクを頼るんだよね? かー、もう、そういう他力本願なところ、兄ぃらしくていいよね」


 俺がキッチンで夕飯の用意をしていたら、ダイニングから涼葉の声が聞こえてきた。そろそろ、このダメ人間萌えの愚妹に、俺が真っ当かつクールな男だということを認識させる必要がある。


「愚妹よ、よく聞け!」


 バッと勢いよく振り返り、手を前に伸ばしてポーズする。


「過去の我は不義密通、不貞を働いていた男かもしれん。が、死を超えたことにより、無垢なる光を取り戻した」


 涼葉は冷めた顔で「で?」と先をうながしてくる。


第七感拡セブンスは願望の慟哭、魂の煌き。故、我が剣は死により鍛えられ、新たな銘を得た。混沌の時代に終わりを告げ、新時代の胎動を知らしめよう」


 涼葉は死んだ目で「ほう」と相槌を打って先を促してきたので、俺は勝ち誇った笑みを浮かべる。


「——覇道はこれより始動する」


「ひよこちゃんエプロンで言われても……」

「そういうツッコミはもっと早めに言ってくれないかな!?」


 ピンク色のエプロンにひよこのイラスト。どういう趣味のエプロンなんだよ、これ。


「とにかくだ……」


 フライパンの火を確認しながら続ける。


「俺の認識阻害の力はお前も理解してるんだろ?」


 言いながら姿を消した。たぶん、涼葉には見えていないだろう。


「兄ぃがちょづいてやがる……ダメ人間のくせに……ダメ人間のくせに!」


 認識阻害をやめ、油を敷いたフライパンの上にひき肉を置いた。肉が含んだ水に油が跳ね、ジュッと音が鳴る。


「まあ、そういうわけで俺はお前の知る俺より強い。現に今、ステージ3の能力開発も順調に進んでる」


 ため息を吐く音が聞こえたので、振り返った。涼葉はアンニュイな顔で、頬杖をつきながら俺を見ている。喋ってさえいなければ、美少女なんだよな、こいつ……。


「ちな、どんな能力なの?」

「それは秘密だ。異能力ってのは相性がある。俺の能力が最強であることはまちがいないが、それでも弱点はある。だから秘密」


 個人的等価交換には、リターンに見合ったリスクが存在する。万能かつ最強という能力は存在しないのだ。再びフライパンへと注意を傾けた。


「そういや、お前もステージ3の力使えるんだよな?」


 調理を再開しつつ問いかける。


「まあね。ただボクの第七感拡セブンスは完全趣味の力だから、戦闘に不向きだよ」

「どんな能力なんだ?」

「どんな状況でもネットに接続できる能力」

「え?」

「どんな状況でもネットに接続できる能力」

「なんだって!?」

「なんだ、バカにしてんのか、こんにゃろー! 言っとくけど、この力、すごく便利なんだからね!」

「どう便利なんだよ? エイシアって超科学都市なんだろ? どこでも無線LANで繋がるじゃん」


 有線ケーブルは過去の遺物だ。


「ボクが実家で引きこもってた時、ネット環境を全て切断されたことがあるんだ。その時、怒りのあまりステージ3の能力に覚醒した」


 ドヤってやがった。


「やめちゃえよ、そんな能力」

「なに言ってんの? ステージ3の能力は不可逆だよ。一回、決めたら、それで終わり。だから、ボクはこの第七感拡セブンスとともに生きて死んでいく」

「無線LANあるのに?」

「ない場合もあるじゃん! ミーム拡散濃度が高いと電波障害起きるし! そういう時でもボクの第七感拡セブンスなら端末、使えますし!!」


 せっかくの異能力を、そんなクソどうでもいい力にするなんて、俺には理解できない。


「まあ、いいんじゃないかな? お前がそれでいいならさ。俺はダメだと思うけど」

「今、バカにした? 兄ぃのくせにボクをバカにした!?」


 怒り出すとめんどうくさいので、できあがった料理を皿に乗せた。


「ほら、夕飯ができたぞ〜。今日は涼葉の好きなハンバーグだぞ〜」

「うわーい! ハンバーグ大好き〜♪」


 涼葉はバカにすると怒るけど、実際、残念だからしかたがないと思う。

 サラダにハンバーグにスープというシンプルなメニューだ。ものぐさな涼葉も、できあがった料理をダイニングのテーブルへと運ぶくらいは手伝ってくれる。椅子に座った涼葉はナイフとフォークを手にしながら「わくわく」と口にしながら待っていた。そういう様はかわいいと思うが、同時に精神年齢の低さに引いたりもする。俺が椅子に座ると同時に涼葉は「いただきます」と言いながら食べ始めた。


「うまうま! 兄ぃはダメ人間だけど料理だけは上手だよね、昔からさ」

「前の俺も料理してたのか?」

「うん、ただ前の兄ぃは、SNS映えしそうなシャレオツな料理しか作らなかったけどね。よく自分で作った料理の画像をネットに上げて、おにゃの子たちに『いいね』をたくさんもらってたよ」

「質問したのに、ごめん。昔の俺の話はやめないか?」

「あと、『俺は料理を使って教祖になる』とか言ってた。フリーセックスのオンラインサロン作るって夢を熱く語ってたよ」

「バカにしたこと謝るから! 謝るから俺を攻撃しないで!!」


 神門刀義の過去は、いろいろきつすぎる。話題を変えなきゃ!


「それで、チームカリキュラムの課題の件なんだけど、どうしたらいいと思う?」

「興味ない」

「いや、お前、放校処分になるかもしれないんだぞ?」

「ボク、ダークウェブ上だとスーパーハッカーとして有名だし、兄ぃ食わせてくくらいのお金は稼げるよ。ボクのヒモになればいいんぢゃよ?」

「ヒモとか絶対にやだ」

「ヒモがダメならホモでもいいよ?」


 ツッコミ入れるのもめんどくさい。


「お前がドロップアウトするのはかまわないが、俺は異能力者として強くなりたいんだよ」

「兄ぃが真人間になることにボクが協力するとでも?」

「じゃあ、もうお前の飯、作らないからな」

「手伝うよ! 手伝えばいいんだろ!! そうやって人の弱みに付け込んでさ!! クズかよ!? でも、好きだよ、そういうのっ!!」


 情緒不安定かよ、こいつ……。


「で、具体的にどうしたらいいと思う?」

「去年は兄ぃのチームに名前だけ入れて、あとは崩壊するがまま任せてたから、よく知らないんだけど、どっちの課題をクリアーするにせよ、まずは情報収集が先じゃない?」

「そう簡単に集まるもんなの?」

「警察の知り合いを作るとかすると、情報流してもらえるらしいよ。兄ぃはなんか婦警の知り合いがいるとか言ってたけど……」


 その辺はあまり触れたくない。ちくしょう、どこまで神門刀義の過去は俺を苦しめるんだ……。


「仮に情報が集まっても、妖害討滅はやめたほうがいいとボクは思うけどね」

「どうして?」

「ボクも一応ステージ2は使えるけど、ガワだけなんだよね。嫌々習ってたから中身がないって言うかさ。だから、ステージ1しか使えない異能力者になら効果あるけど、戦闘向けの力持ってる人には勝てないよ。ステージ3も趣味能力だし」

「でも、妖害って怪物と戦うんだろ?」

「妖害を起こしてる怪物。専門的には妖性体って言うんだけど、どんな雑魚でもステージ3の能力者相当だと思ったほうがいいよ。しかも、何人もブッコロな状況でしょ? ガチでリアルにマジやばば」

「俺もステージ3使えるし」

「すぐバレる嘘とか、マジ萌えっからやめてくんにゃい? ボクのおにゃの子な部分が反応しちゃうぢゃん……」


 なにを言っても、この残念な愚妹を喜ばせるだけなので、話を進めよう。


「俺のステージ1じゃダメなのか? 一応、全系統、そこそこ使えるぞ」

「大嘘おつwww 基本、兄ぃ、<空>の素質しかなかったぢゃん」

「自己催眠だよ。自己催眠で他系統の能力も使えるって思い込む」


 言いながら自己催眠で自分の認識を上書きし、フォークを宙に浮かせたり、小さめの放電現象を起こしたりした。ちょっとした手品だ。そんな様を見ていた涼葉は、最初驚いたように目を見開いたが、じょじょに冷めた顔になっていく。


「どうした?」

「兄ぃはさ、世界が覆ってもこいつだけは自分より格下の人間だと思ってた人がさ、ある日、突然、チートな片鱗を見せたら、どう思う?」

「どうも思わないよ」

「ちょづいてんじゃねーよ、カス! って思うよね?」

「思わないよ」

「兄ぃなら思うよ! そして全力で足を引っ張るに決まってる!!」

「引っ張らないよ! よーし、よくわかった! 俺ってけっこうすごいことできてるってことだな!?」


 涼葉は「プイ」と言いながらそっぽを向いた。


「全系統マスターってのは、やっぱチート能力だよな?」

「別にめずらしくないですしー。ただの器用貧乏で終わるってのがよくあるパターンですしー」

「本当のこと言わないと、お前の飯だけグレード下げてくぞ」

「普通にチートだよ!! ちくしょうめっ!! 普通、全系統の能力持ってる人なんていないよ! なにがあったの!? お腹刺されてから、兄ぃ、なんか変だよ!!」

「だから、生まれ変わったって言ってるじゃん」

「頭も変だしさ!!」


 言っても信じないし、ムカつくので無視することにした。とはいえ、自分の才能がチートだという事実は素直に嬉しい。なんか鼻の周りがムズムズしてくる。


「そうか、やっぱり俺はすごいのか……チートなのか……そりゃそうだよな。やっぱそうだよな。そうでなくちゃいけないよな」


 異世界転生してきてイケメンになれたと思ったら、予想以上のクズだったせいで、俺のメンタルは日ごと削られていくばかり。クール、キメたくても、愚妹が邪魔ばかりしやがるし。

 でも、やっぱり俺だってやれるわけですよね。


「涼葉も下ばかり見て生きてくのやめたら? 俺のように上を目指して生きていこうぜ」

「ボクの大っ嫌いな意識高い系みたいなこと言い出したあああ! うわああ!! 嘘だぁあああ!!」


 半狂乱になった涼葉を眺めながら俺は食事をつづけた。


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