第12話


 異能専では、全生徒にタブレット状の携帯端末が支給される。全教科の教科書がインストールされており、ノートとして使う生徒も多い。見た感じだと紙のノートとタブレットを使う生徒は半々くらいだ。ちなみに学校からの連絡などもメーリングソフトで送られてくる。


 今朝、担任に言われたチームカリキュラムに関するメールもタブレット上に残っていた。学校側で選んだチームメンバーのリストが記載され、俺以外の四人は全て女子だった。そのうちの一人が涼葉ではあるのだが……。


 しかしながら、義理とは言え、兄妹そろってチームが組めないとか、ダメすぎると思う。


 一日の授業を大過なく終えた俺は、放課後に涼葉の待つ保健室へと行った。涼葉はチームメンバーとの顔合わせなど行かない、とか言うと思っていたのだが、予想外なことに参加する気満々だった。


「兄ぃ、クズはクズでもボク以外のおにゃの子に手を出したら、マジぶっころだから」


 ということらしい。涼葉の言うとおり、男一人に複数の女の子というのはラノベでよくある展開だし、普通なら喜ぶべき事態なのだろう。


 でも、俺個人としては全然嬉しくない。

 マジでびっくりするほど嬉しくない。


 だって、チームって言ったら、主人公とライバルキャラが一緒に放り込まれて、ぶつかりあいながら切磋琢磨し、互いに成長していく展開がクールってもんだ。

 俺の目指す飛影やリヴァイ兵長が、女の子に囲まれてラブコメ展開に巻き込まれるなど、誰が見たいって言うんだ? 少なくとも、俺は見たくない。

 だから、この状況はぜんぜんクールじゃない。しかしながら、俺の憂鬱なぞ誰にも理解されないだろう。


「そういえば、去年のチームでは兄ぃがサークラになって大変だったんだよね……」


 保健室から目的の教室へ向かって歩いていたら、これまた知りたくないクズエピソードをぶち込まれた。


「サークラってなに? 桜の花のこと? 綺麗だね、素敵だね、雅だね」

「サークルクラッシャーって意味だよ。知ってるでしょ?」


 現実は問答無用である。


「……そういうエピソードはもうお腹いっぱいだよ。聞きたくない」

「結成して一ヶ月でチーム内の人間関係ぐっちゃぐちゃになったんだよね」

「聞きたくないって言ってるじゃないかっ!」

「へえ? 過去から逃げるのが兄ぃの目指す真人間ってわけなの?」

「俺が目指してるのは真人間じゃない。あくまでクールな男だ。クールな男は過去を引きずらないから俺的にはオッケーなんだよ!」

「そういうとこ、しゅき」

「クズ発言じゃないし!」

「言い訳する兄ぃ、マジ萌えだよぅ」


 涼葉と話してると俺のクールさにデバフがかかっていきやがる! 話題を変えねば!!


「そう言えば、チームカリキュラムってどんなことするんだ? 具体的にどんなものなのかまでは知らないんだけど?」

「去年の兄ぃはチームメンバーだった女の子二人を同時に……」

「俺個人の話を聞いてるんじゃないんだよ! 一般論! 一般論教えて!!」

「話題を逸らそうったってそうは行かないよ。ボクはね、兄ぃがどれだけ救いようのないゲスクズだったかを、思い出してほしいんだ。それでね、去年の兄ぃはね……」


 嬉々とした顔で神門刀義の悪行を語り始めやがったので、俺は心を閉ざすことにした。相槌も打たずに涼葉の話を聞き流していたら、会議室に到着した。ノックをしたが反応がないため、そのまま「失礼します」と入室する。まだ誰もおらず、誰も座らない机だけが並んでいた。


 異能専は日本の高校とは違い、持ち運びできる机と椅子を使ってはいない。備え付けの長い机と椅子だったりする。アメリカのドラマなどに出てくる教室みたいだ。

 ひたすら神門刀義のクズエピソードを諳んじる涼葉を無視し、空いている席に座った。手持ち無沙汰になったのでタブレットを開き、どんどんエスカレートしていくクズエピソードに心を閉ざし続ける。


 よし、改めてチームカリキュラムに関する概要を読むぞ! だから、涼葉の言ってることなんて、なにも聞こえないぞ!!


 チームカリキュラムとは、最低五人の生徒でチームを組み、様々な課題をクリアーしていくというカリキュラムになる。このカリキュラムを通して、生徒のコミュニケーション能力や自発性を育んでいくそうだ。カリキュラム中に起業した生徒や、学会を震撼させるような研究論文を提出したチームなどもあったらしい。


「なんかチームカリキュラムってクリエイティブで意識高い系な雰囲気がするんだな」


 そんな俺の言葉に真横に座っていた涼葉はため息をつく。


「そんなの対外的な資料なんだし、いいことしか書いてないよ。現実はもっと過酷だよ」

「そうなの?」

「そうだよ。チームカリキュラムの課題のなかには奉仕活動ってのがあるぢゃん。その奉仕活動がガチでヤバめ。毎年、死人も出てるし」

「俺がなにも知らないからって、テキトーなこと言うなよ」

「本当だよ。ボクが兄ぃに対して嘘ついたことある? 今までのことを振り返ってみなよ? ないでしょ?」

「どうして曇りなき眼でそんなこと言えるの? あるじゃん。昨日、俺を騙したし、なんなら目覚めた瞬間、騙してきたじゃん」

「兄ぃは過去を引きずらない男じゃなかったの? 嘘なの?」

「引きずりはしないけど覚えてはいるから」


 ため息混じりに「で、奉仕活動ってそんなにやばいの?」と話を元に戻す。


「妖害ってあるじゃん」


 妖害とは、妖魔災害のことだ。

 俺も詳しくは知らないが、天気予報のようなノリで妖害速報とか妖害注意報なんかが流れてくるのが、この世界の日常だ。疑問に思って涼葉に尋ねてみたら、いろいろ説明されたので、ざっくりと把握はしている。


「妖怪とか怪物が人を襲うってやつだろ?」


 ラノベとか漫画でよくあるやつだ。


 繁華街の裏路地でいきなり怪物に襲われたり、心霊スポットで謎の化け物に襲われたりする例のあれだ。そんな現代異能力モノ的アクシデントが、この世界では日常茶飯事らしい。しかも、かなりの頻度で。


「でね、兄ぃも気づいてると思うけど、エイシアって妖害の発生率がバリクソ高いんだよ」


 米軍の実験のせいだとか、そもそも異能力者が多くいる所には妖害が発生しやすいとか噂されているが、公式な発表はない。


「でも、退魔特殊部隊だっけ? そんなかっこいい特殊部隊があるんだろ?」

「警察の退魔隊って、基本、本土の妖害討滅に回されるんだよね。そのうえ、人材も少ないでしょ?」


 妖害は一般人では対処できないため、第七感拡セブンスを持つ異能力者だけが退魔特殊部隊に入れるらしい。実際、異能専の卒業者は、警察の退魔特殊部隊や自衛隊の第七感拡セブンス部隊などに進むことが多いそうだ。


「兄ぃも知ってのとおり、エイシアって割とすぐ妖害討滅完了するでしょ? それは異能専の奉仕活動のなかに妖害討滅が含まれてるから。うちの生徒が授業の一環で怪物退治してるってわけなんだよね」


 それは……。


「……俺の時代が来たってことか?」


「なに言ってんの?」

「妖害ハンターとか、めちゃくちゃクールじゃん! もう、将来の夢にするしかない!!」

「ステージ1の弱小無能力者なのに?」


 小ばかにするような目で見られたが、俺はいつまでも俺のままじゃない。


「それは昨日までの俺。今日の俺はステージ3に少しだけ手がかかってる。いずれ見せてやろう。俺の真の力を」


 フッとニヒルに笑ってやった。


「あのね、兄ぃ、ボク、クズは好きだけど、頭のおかしい人はちょっと……」

「頭のおかしいお前にだけは言われたくないんだけど?」

「だったら、お互いに頭がおかしいわけだし、お揃いだね。最早、これは運命だよ。結婚しよぅ」


 女の顔をしながら腕を組んできた。クソ、罵詈雑言まで通じなくなってきたぞ。こいつ、メンタル強くないか?


「離れろよ」

「運命やし」


 なにを言っても「運命やし」と返してくる。そんなやり取りをしていたら、会議室の扉が開気、二人揃って視線を向ける。


 入ってきたのは金髪ロングの外国人だ。緑色の瞳にクリクリと大きな瞳。華奢で小さな顔。妖精のように儚い雰囲気をまとうかなりの美少女だった。

 そんな美少女が俺を見るなり、パッと笑顔を浮かべ、小走りで近づいてくる。


「あ~、刀義ちゃんだ~! ひさしぶり~、元気してた~?」


 どこか舌足らずな喋り方だ。机に手をつきながら目の前でニコニコ笑っている。見知らぬ美少女の好意が混ざった視線に、気おされ「お、おう」と変な声が出てしまう。美少女は、そんな俺を見て、一回、小首をかしげてから「あー!」と大きな声をあげる。


「しまったー! 学校で話しかけちゃダメって言ってたじゃん! やってしもたー!」


 両手で口を押えていた。


「えっと……その、誰?」


 美少女は口を手で押さえたまま首を横に振る。話すつもりはないらしい。この子、大丈夫だろうか? と心配になってくる。見た目はものすごい美少女だ。胸は大きいし、腰は細いし、足は長い。男の願望をしこたま詰め込んだエロさの妖精だ。


 なのに、びっくりするほどアホっぽい。ほら、見ろよ、口ごと鼻を押さえてるから、呼吸できなくなってるじゃん。顔、赤くなってるよ? 大丈夫? この子のアホさは、ちょっと心配になってくるんだけど……。


「ぷはー! 死ぬかと思ったー! ちょーおもしろーい!!」


 ケラケラ一人で笑い始めてから、不意に表情が消え、驚いたような顔で俺を凝視してくる。あれ? なんか顔つきが変わった?


「わ、わ……」

「わ?」

「今見たこと、忘れなさい!! なんであんたにこんな醜態っ!!」


 いきなりキレだしやがった。


「……この女、やべーやつか?」


 やべー奴筆頭の涼葉がぽつりとつぶやく。悲しいかな、俺も涼葉と同じ思いだ。


「あの、えっと……知り合い?」


 俺の問いかけに金髪美少女は目を丸くしてから、ものごっつい形相でにらんでくる。


「うるさいっ!! 話しかけるな!!」


 怒りながら、俺たちから離れていく。「自分から話しかけてきてキレるとか、やべー奴じゃん。あとで写真撮ってネットにさらそ」とかボソボソ言う涼葉に「やめろ」と釘を刺しておく。


 いろいろありすぎて驚いたけど、どうやら、あの金髪やべー美少女は、俺と知りあいのようだ。出会い頭に「刀義ちゃん」と呼んできたし。話しかけて詳細を聞こうにも、金髪やべー美少女はムスッとした顔で頬杖をつきながら俺たちをにらんでいる。ついでに、涼葉が俺にひっつき「兄ぃ、しゅきしゅき」とセクハラをかましているため、動けない。


「離れろよ」

「断る。あの泥棒猫にボクという正妻がいるってことを見せつけるんだ。そんで、ネット上でエロコラ画像流出させて、外歩けなくさせてやるんだもん!」

「やめろよ!」

「大丈夫だよ、兄ぃの目には黒い線入れるし」

「ターゲット俺!?」

「見た瞬間、百年の恋も醒めるだろうね。まさか、兄ぃが全裸スカイダイビングの好きなエクストリーム変態だったなんて……」

「そこまで行くと、逆に見てみてーよ……」

「ちな、これな」

「既に作ってんじゃねーよ!!」


 見せられた端末のディスプレイには、パラシュート以外なにもつけていない男性が、青空のなかで両手両足を開いていた。顔だけ俺だ。無修正だし、ナチュラル加工すぎる。どんな状況で、撮られたんだよ、この元の写真……。


 さりげなく画像を削除したら、再び扉が開いた。


 次に入ってきたのは黒髪ロングの美少女だ。二重まぶたの目は切れ長で、ぱっと見、鋭い印象を見る者に与える。だが、だからこそ記憶に焼きついた。これまた先ほどの金髪美少女とは違うベクトルの和風美少女だ。


 更に目を引くのは、異能専の制服ではなくセーラー服を着て、刀袋を手に持っている点だ。武器の携帯はステージ2以降なら許されるというから、ステージ2以上の能力者なのだろう。


 その冷然とした瞳は俺を見るなり、細められる。金髪美少女同様、まるで汚物でも見るかのような視線を俺に向けてきた。涼葉のバカップルを装ったセクハラが続いているのだから、当然だ。


 和風美少女はそれ以降、俺や涼葉を一瞥もすることなく、窓のほうへと歩んでいき、外を眺めながら立っていた。

 別に最初から和気藹々とした仲良しグループなんて求めちゃいない。異能力モノでチームを組む場合、ギスギスしながら始まるのが王道。でも、こういう嫌われ方は違う。ぜんぜんクールじゃない。


「……涼葉、いい加減に離れないと、俺も怒るよ?」

「え? 借金は?」


 おかしい。俺のせいじゃないのに、どうしてなにも言い返せないんだ?

 そんなまったくクールじゃないやり取りをしていたら、また扉が開いた。


 入ってきたのはショートカットの女性だ。胸にカードキーをかけているから教員だろう。年は二十代前半くらいだろうか。明るい雰囲気の美人だ。そんな女性教師も俺と涼葉を見てから、一瞬固まる。だが、すぐさま屈託のない笑顔を浮かべた。


「ごめんごめん。遅れちゃった。えっと……」


 言いつつ室内の四人を見回す。


「あれ? まだ一人来てないの?」


 涼葉にひっつかれた状態で俺は「はい、まだ来てませんね」と答える。女性教師は「そっかー」と苦笑いを浮かべながらホワイトボードの前に立ち、窓際に立つ少女に「八重塚さんもテキトーに座っちゃって」と声をかけた。八重塚と呼ばれた黒髪美少女は無言のまま、すぐ近くの椅子に座る。


 ——あいつ、一人でなにクールな雰囲気出しちゃってんの? 窓の外眺めながらたそがれやがって。なに、俺以上にクール、キメてんの? マジありえねーんだけど?


「兄ぃ、どしたの?」

「別に……」


 負けじとクールに振る舞うが、涼葉に胸を押しつけられてる状態でキメても、ただのスケコマシにしか見えない。

 ほんと、こいつ、マジで離れてくれないかな?


「時間だし、はじめちゃうね。私はチームカリキュラム担当教諭の桐ケ谷美晴です。新任なので、あまり先生っぽくないかもしれないけど、よろしくお願いしますね」


 笑顔で頭を下げてきた。時々、こちらを見てきて苦笑いを浮かべられてしまうが、涼葉のセクハラは咎められない。でも、教師としてきちんと咎めてほしい。


「えっと、非常に言いづらいことなんだけど、ここに集められた皆さんは、それぞれいろいろな理由でピンチです」

「どういうことですか?」


 思わず問い返してしまう。


「具体的に言うと放校処分の危機にあります。例えば、神門涼葉さんは、出席日数が壊滅的です」

「ま、しゃーなし。時代の最先端生きてますから。いい加減、ボクの速さに時代が追いついてほしい」


 俺にだけ聞こえる声で強がるなよ。


「八重塚淡海さんは……少々暴力事件を起こし過ぎです」


 あいつ、無口クール以外にも狂犬属性持ってんのかよ!? キャラかぶるんだけど!?


「納得いきません」


 毅然とした八重塚に桐ケ谷先生は苦笑いで答える。


「……八重塚さん、ここ二日で何人を殴りましたか?」


 八重塚はなにか考えるように視線を虚空に投げる。


「十人から先は覚えていませんが……?」

「覚えられないほどの人を殴っちゃダメだよ。いろいろ被害届や相談が来てるんだよ?」

「それは私に喧嘩を売ってくるからです」

「被害者は八重塚さんに喧嘩を売られたと言ってるけど?」

「それはありえませんね。間違いなく口止めはしているので、それらの証言はすべて虚言です」

「うん、それ堂々と言っていいことじゃないよ? もしかして、まだ学校側が把握してない被害者いるの?」


 八重塚はハッとした顔を浮かべてから桐ヶ谷先生を無言でにらんだ。


「じゃあ、あたしはなにが問題なんですか? ここにいる人たちとちがって生活態度はいいと思うけど?」


 金髪やべー美少女が声を不機嫌そうに声をあげた。


「キリエ・マクリーシュさんは単純に成績が悪いからです」

「だって、それは!!」


 となにか言いかけてから、歯噛みするように黙った。


「マクリーシュさんは奨学生という立場なので、成績が悪いのは問題だね」


 忌々しげに表情をゆがめ「ほんと、最悪」と頬杖をついてそっぽを向く。そんなキリエを見て桐ケ谷先生はため息をつき、続けて俺へと視線を向けてきた。


「そして刀義君は、アレだね。ちょーっと不順異性交遊が目立つかな」

「でも先生! 俺、まったく知らないんですよ!!」

「……記憶喪失になったことは聞いてるよ。でも、事実は事実だし、君の場合、事件にも巻き込まれたでしょ? それで、いろいろ問題にもなってるんだ」


 そりゃあ、そうですよね。なりますよね、刺されてるんだし。大事件ですよね……。


「揃いも揃ってダメ人間しかいにゃいにゃあ……すこすこのすこ……疑似ハーレムだよぅ」


 俺にだけ聞こえる声で涼葉が嬉しそうにつぶやいた。ダメ人間なら男女問わない涼葉にしたらキリエも八重塚も性癖ストライクなのだろう。そんなこいつが一番ダメな気がする。


「皆さんも知ってのとおり、異能力者の数は多くないんです。ですから、学校としても放校処分にして才能を摘みたくはありません」


 桐ケ谷先生がピンと人差し指を立てる。


「そこで、学園側で課題を用意しました。その課題をクリアーできたら、皆さんの問題点に関して、今回は目をつむろうということになっています。あ、一応、これは秘密でお願いね」


 立てていた人差し指を口の前に持ってきた。


「質問いいですか?」


 凛とした声でキリエが言う。


「その課題は一人でクリアーしてはいけないの?」


 クソ! やられたっ!!


 「そんな課題くらい一人でクリアーできますがなにか?」っていう強者アピールを取られた!! 八重塚だけかと思ったが、アイツまでクール、キメてきやがった!!

 おいおい、ここにいる奴、全員、俺の敵か?


「チームカリキュラムなので、それはダメです。というか、一人で解決できるような課題は用意しません。あなたたちへの課題は学生レベルでは対処が難しいレベルの危険なものになります」


 不意にガタリと音がした。八重塚が立ち上がったのだ。そのまま扉のほうへと歩いていく。まさか、こいつ、部屋から出ていくつもりか?


「八重塚さん、待ちなさい」

「あとで端末に課題の詳細を送ってください」


 それ、俺がやろうとしてたやつじゃん!!


 「協調性? そんなもの私の実力の前に無意味ですがなにか?」アピールじゃん!!

 

「八重塚さん、話は最後まで聞いてもらわないと困ります。放校処分になれば、エイシアでの居住権も失うんですよ?」


 八重塚は「わかりました」と不機嫌そうに言い、再び椅子に座った。


「あなたたちには協力してもらう必要があります。でないと、冗談じゃなく、死んでしまうかもしれませんので」


 俺も早くクールをキメなければ、死んでしまう!


「それは面白そうですね」


 よし! 今の強者アピール、クールにキマった!!


「まあ、兄ぃはどうせボクの背中に隠れてるだけだし、見てるだけなら面白いだろうねwww」

「邪魔しないでくれるかなっ!? 俺は一人でも強いですから!!」

「弱いくせに吠える兄ぃ、マジ、クリティカルだよぅ……強がり越えて嘘だもんよぅ……尊すぎだよぅ……脳汁で脳が濡れるよぅ……」

「嘘じゃねーし! なんなんだよ、お前!! 邪魔ばっかすんなよ!!」

「テンパってるテンパってるwww フヒッ、たまんないよぅ……兄ぃ、マジ萌えりゅ……」


 クソがっ!! 認識阻害を披露して強者アピールしたくても、こいつ引っ付いてるから証明できないし!! なんなんだよ、こいつ、もうほんとによー!!


「先生、話、進めてもらえますか?」


 冷静なキリエの声が、俺のクールにトドメを刺した。


「本当は五人そろってから話したかったんですけど……」


 桐ケ谷先生は、なぜだか俺をチラリと見てからため息をつき「やっぱり来ないみたいだね」とボヤいた。五人目の名前はメールに記載されていたはずだ。名前は立花リスカ。リストカットする子なのかな? と思ったので覚えている。


「では、あなたたちに解決してほしい課題を提示します。課題は二つになります」


 言いながら手にしていたタブレットをタップしていく。すぐさま俺たちのタブレットにも情報が表示された。


「今、あなたたちの端末にも情報を転送しました。説明後、情報は削除されるので、確認しながら話を聞いて覚えてください」


 横で涼葉がタブレットをタップしていた。こいつ、動画サイト開いてやがる。


「解決すべき問題は妖害討滅20200035号と、ここ数ヶ月で十五名の異能力者が行方不明になっている事件の二つです」


 送信されてきたデータに詳細が書かれている。念のため、先生にはバレないようにスクリーンショットで残していく。


「まず妖害討滅の件ですが、こちらは八番から十二番区画で起きている事件になります。状況的に同一の個体による捕食活動だと類推されてますね」


 捕食活動? え? ちょっと待って。食われるってこと? 誰が?


「これまで正規非正規問わず、討滅作戦が三回ほど行われていますが、その全てが失敗に終わっています」


 要するに妖害討滅のプロも失敗しているということだ。


「敵の詳細は?」


 八重塚の言葉に桐ケ谷先生は「資料に書かれている以上の情報はありません」と答えた。


「てことは、妖害に遭遇した人はみんな死んじゃったってこと?」


 キリエの言葉に桐ケ谷先生が「そういうことになりますね」と鎮痛そうに眉根を寄せた。


「一応、妖害討滅が主目的となっているけど、課題としては妖害の主体である妖性体の情報を持ち帰るまでとなっています。その姿を画像や映像に残してくることですね」


 要するに倒さず逃げてくるだけでもいいということだ。


「でも、先生、倒せるなら倒してもいいんですよね?」


 俺、超クールっ!!


 涼葉の横槍が入るかと思ったが、既にこちらに興味を無くし、動画を見ていた。俺が言えることじゃないけど、この子、マジで社会性がない。


「う~ん……学園側としては、無理はしないでほしいかな。倒せるに越したことはないけど、一応、民間の討滅部隊も被害を受けてるから」

「プロといっても小さな下請け会社ですよ? あたし、この会社知ってるけど、雇ってる異能力者の質は低いです。ステージ3の異能力者はゼロだし、ステージ2も数えるほどだし」


 キリエの指摘を受け、桐ケ谷先生は苦笑いを浮かべた。


「それに、この成功報酬も破格じゃないですか。あたしは妖性体の討滅を目的にします」


 資料の下のほうに成功報酬という額が書かれていた。奉仕活動とかいうくせに金ももらえるらしい。キリエの言うように百万円の成功報酬は大きいと思う。命を賭けるに値する額かと言われると疑問ではあるが……。


「最終的な判断はお任せします。でも、学園側は討滅までは推奨しません」


 きっぱりと言い切った。責任は取らないぞ、ということらしい。


「じゃあ、もう一つの課題、行方不明事件の説明に移りますね。こちらはミーム拡散指数120以上の優秀な異能力者が連続で失踪している事件です」


 ミーム拡散指数というのは、どれだけのミームに影響を与えられるか? という数値のことだ。IQ測定のような測り方をするため、100が平均的な能力値になる。120になると能力者の上位20パーセントくらいの力を持っていることになるそうだ。ちなみに神門刀義のミーム拡散指数は70だ。これは下位5パーセントに入るらしい。70というのは、ほぼ一般人に毛が生えた程度の力なのだとか。


「被害にあった能力者ですが、年齢国籍所属を問わず、忽然と姿を消してしまっています。エイシアの外に出たという証拠もありませんし、状況的にも考えられないそうです」


 どう考えても警察の仕事だと思うが、人手不足で手が回らないからこその奉仕活動なのだろう。


「こちらも原因究明までが目的ではなく、新たな情報を警察に提出するまでを課題とします」

「犯人捕まえなくていいんですか?」


 俺の問いかけに桐ケ谷先生がニコリと微笑む。


「現行犯以外の逮捕権は警察の特権だからね。犯人がわかっても逮捕は警察に任せたほうがいいよ」


 まあ、多少めちゃくちゃでも法治国家の一部ではあるのだから、当然だよな。


「以上が今回の課題になります。詳細は資料で確認してください。それと、一応、チームカリキュラムではリーダーの選出が……」


 言い切る前にキリエが「あたしがやります」と言った。


「このなかだと、あたしが最適だと思いますし」


 ドヤりながら言ったところで、八重塚の目が細くなる。


「……勝手に決めないでもらえますか?」


 その言葉を受けたキリエも、ムッとしたような顔で八重塚を見返した。


「あたしがリーダーだと問題でもあるの?」

「私は自分より弱い人間の命令を聞く気はありません」


 さすがは暴力事件を起こしている女だけはある。考え方がバトル漫画の登場人物みたいだ。クソ……ちょっとかっこいいじゃないか。負けてなるものか!


「それを言うなら俺だって君たちの下につく気はないよ」

「めんどくさ。さっさと決めろよ、カスども」


 俺にだけ聞こえる声で涼葉が悪態ついていた。そんななか、キリエが口を開く。


「今回の課題は戦闘も想定される高難易度の討滅があるでしょ。だったら、リーダーに求められる資質は指揮能力だと思うんだけど? 奨学生という特待生が一番向いてるんじゃない?」

「でも、赤点なんだろ?」


 俺のツッコミにキリエは顔を真っ赤にした。


「しかたがないでしょ! だいたい、あれはそもそもあんたが!!」


 となにか言いかけてから「死んじゃえ!」と吐き捨てられた。絶対、この子、過去に神門刀義となにかったよ。そういう感じがするよ。触れたくないし、聞きたくないので、俺はクールに肩をすくめることにした。そんな俺たちを見て、八重塚がため息をつく。


「くだらない。そもそも戦闘がメインの課題において必要なのは第七感拡セブンスの強さです。私はステージ3の力が使えます」


 それはたしかにすごいけども……。


「ステージ3なら俺も開発中だ」

「無能力者のあなたがですか?」

「たしかに今の俺はステージ1しか使えない。でも、そこそこ強いぞ」


 そこまで言ってから涼葉に「ちょっと放してくれ」と言った。


「嫌だ」

「……いや、だから、俺のステージ1がそこそこ使えるってことを証明するから放してほしいんだ」

「それは知ってるよ……」


 俺にだけ聞こえる声で涼葉がつぶやく。


「兄ぃとチンピラの喧嘩はボクも見てたし。驚いたよ、ステージ3さえ使えるボクでも兄ぃの姿は見えなかった……」


 腕に組みついてくる力が増した。


「そんな事実の公開をボクが認めると思う? 兄ぃは今までどおりクソザコナメクジでいいんだよぅ……」

「放しやがれ!! 俺の認識阻害のすごさをアイツらに見せつけてやるんだ!! そしたら俺だって、もっとクールになれるんだ!!」

「そうやって透明になって、またエッチなことするつもりなんでしょ!! ボクがこうしてひっついてないと、また痴漢みたいなことするんでしょ!!」

「したことないわ、そんなこと!!」

「嘘だっ!! ボク、知ってるんだからね!! 兄ぃがボクのお風呂を覗いてることくらい!!」

「覗いてきたのはお前だろーが!!」

「アレは兄ぃが開けっ放しで見せつけてきたんでしょ!!」

「それもお前がやったことだろーが!!」


 そんなやりとりをかましていたら、キリエと八重塚に感情のない目で見られた。


 あ、これはもうダメだ。


 俺の認識阻害がどれだけすごくても、既に<認識阻害=痴漢行為>の方程式が成り立ってしまっている。その証拠にほら、涼葉が俺から離れ「じゃあ、使えば?」と煽ってきてるもん。どうせ、俺が消えたら、触ってもいないのに「おっぱい揉まれた!」とか「舐められた!」とかテキトーなこと言って、俺のクズイメージを強固にしていくんだろ? そこまで読み切った上で、お前は勝ち誇った笑みを浮かべるんだろ?


 ——調子に乗るなよ!!


「俺がどれだけ使えるか見せてやるよ!」


 すぐさま認識阻害して、涼葉から離れる。涼葉は「兄ぃ、やめてよ! セクハラだよ!」と案の定叫んでいたが、俺を舐めすぎだ。

 すぐさま俺は移動を終え、八重塚の近くに——


 俺が認識阻害を止めると同時に光がきらめいた。


「たしかに、ステージ1とは思えない隠形です」


 いつの間にか八重塚の刀が俺の首の前にあった。え? なにこれ? どういう状況?


「見えはしませんが、どこにいるかはわかります。私に痴漢行為は不可能です」

「ち、痴漢なんてするわけないじゃないっすか……」

「……信じられませんね。お前がどういう男かは知ってます」


 言いつつ刀を納め、刀袋のヒモを縛る。ホッと一息つきつつも、すごく負けた気がするので、なにか言いたい。


「ま、まあ、今の認識阻害は小手調べだよ。俺もステージ3は使えるから」


 キメながら言ったが、負け惜しみにしか聞こえない。


「信じられませんね。仮にそれが真実だとしても、私はお前をリーダーにするのは反対です」


 八重塚は俺を静かににらみ、キリエも「あたしだって嫌!」と叫んだ。桐ケ谷先生は困った顔でオロオロし、涼葉は「さっさと帰ろうよぅ」と言っている。そこでキリエが「だったら」と声をあげる。


「こういうのはどう? 妖害討滅、行方不明者の捜索、このどちらかの課題を最も早く解決した人がリーダーってことにしたら?」


 キリエの提案に桐ケ谷先生が「マクリーシュさん、それは……」と言ってくるが「大丈夫ですよ」と笑顔で制止する。


「認めたくないですけど、このチームは今年一年続くんです。それなら、ここできちんと誰がリーダーか、決めておいたほうがいいと思う。一人で解決なんて無理だと思ったのなら、誰かに助けを求めたらいいだけだし。その場合はリーダーになる権利は失われる。そんな感じでどう?」

「手っ取り早いですね。もとより私一人で解決するつもりでしたし」


 まあ、それなら……。


「俺もかまわないよ」


 こうして仲間同士協力するチームカリキュラムは、誰も協力し合わないという最高にクールな形でスタートすることになった。桐ケ谷先生はため息まじりに「あなたたちがそれでいいなら」とつぶやく。解散となったところで、俺は「キリエ・マクリーシュさん」とキリエに声をかけた。キリエは「なに?」と目を細めて俺をにらんでくる。


「俺、記憶喪失なんだ。もしかしてなんだけど、俺と君って知りあいだったりする?」


 眉間にものごっついシワが刻まれ、視線で穴でも開けるつもり? と思えるくらいの眼力でにらまれる。


「知らない。話しかけないで」


 吐き捨てるように言い、踵を返して会議室を出ていった。立ちすくむ俺の横で涼葉が「被害者か」とつぶやく。とりあえず、今の俺には「フッ」とクールに笑って棚上げすることしかできなかった。


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