第10話


「兄ぃ、ごめんなさ〜い! ボクが悪かったから許して〜!!」


 朝飯の準備をしていたら、涼葉が泣きながらすがりついてきた。露骨に胸を押し付けてくるところが、涼葉らしい。こいつと懇ろになる展開だけは死んでもごめんなので、強引に引っぺがすように遠ざけるが、ゾンビのように手をこちらへと伸ばして「許して〜、ごはん〜」と泣いていた。

 恥も外聞も無視している様は、心の底から哀れに思える。正直なところ、すぐに許す気はなかったが、ひっつかれ続けるのも面倒くさい。


 なにより、敗北という経験は人を優しくしてくれるようだ。


「もう俺の邪魔をしないか?」

「する」

「会話の流れおかしくない? 許してくれって言ったよね?」

「だって兄ぃが真人間になったら、ボクは誰にマウント取ればいいっていうんだよぅ! 嫌だよぅ、ボクと一緒に死ぬまで自堕落に生きてこーよぅ!」


 ダメ人間め……。


「あのな、涼葉、よく聞け。自堕落に生きていくにも金はかかる。今はまだ手切れ金が残ってるからいいけど、いつまでもそういうわけにはいかないだろ?」


 神門刀義と涼葉は神門家のなかでも、どうしようもない問題児だったらしく、同時期に揃って勘当され、縁を切られた。その際、けっこうな額の手切れ金をもらったそうだ。

 まあ、その貴重な金を神門刀義はFXにぶっこんで、半分以上、溶かしたらしい。ほんと、どうしようもねーな。

 それでもまだ数千万は残っているのだから、まだ余力はある。


「でも、ボクのお金をドブに捨てたのは兄ぃだよ? 責任とろうよ?」

「それはとるけども! だったら余計、俺が真人間になって、金を稼げる男にならんとダメでしょ!!」

「ダメなまま稼いでよ。なんか、前の兄ぃみたいにおにゃの子に貢がせて左団扇みたいな感じでさ」

「恋人料とか、そういうのは死んでもやらん!!」

「ああ、恋人料とかもあったね。でも、まだいろいろあるよ? そんなの氷山の一角やで?」


 両手で耳をおさえた。


「これ以上、聞きたくないっ!!」

「カノピリサイクル工場というシステムを兄ぃは発案しておりまして……」


 両手で押さえても聞こえてくる!! なんだよ、カノピリサイクルってさ! 彼女をリサイクルするってことかよ! もう嫌な予感しかしねーよ!!


「ぎゃああああああ! やめろおおおおおっ! こんなんじゃあいつまで経ってもクズって印象を払拭できないじゃないかあああ!!」


 頭を抱えて髪の毛をかきむしる。そんな俺を見て、涼葉がニコリと綺麗な微笑みを浮かべながら、ポンと肩に手を置いてきた。


「寝言は寝て言え。な? 兄ぃのイメージなんて極限マイナスに振り切ってるよ。それを覆すなんて、できるわけないじゃん。少なくとも、エイシアにいる限りは無理ぢゃよ?」

「嬉しそうに言うんじゃないよ!」

「兄ぃがどんなにがんばってもゴミクズの人間産業廃棄物だっていう印象は変わらないよ。そんな無駄な努力をするより、前みたいにおにゃの子を食い物にしてゲス笑み浮かべるカスになろうぜ。クズの錬金術師のほうがボクの愛する兄ぃだもんよぅ」

「絶対嫌だっ!」


 断固として拒否するしかない。

 ただでさえ、昨日のスルト掃滅戦は失敗に終わったんだ!!

 まだ当分は強くなれなさそうだし、それならせめて心だけはかっこよくありたい!!


「なあ、涼葉、俺はクズをやめる。つーか、そもそもクズじゃないし! お前がどれだけ邪魔しようと俺は真人間なんだよ!! 邪魔するってんなら、お前の分の飯は作らない!!」

「クズの作る飯はうまいんだけどな~……」

「だから俺はクズじゃないし!」


 クールに生きることだけが俺の生きる目的なんだ!!


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