第7話


 放課後の教室で待っていたら、金髪ロン毛の外国人がやってきた。今朝、からんできた中にいた一人だ。彼は俺に「来い」と言い、体育館のような場所へと連れていく。

 俺の知る体育館と違う大きな点は、窓がないことだろう。ところどころすすけていたり、ヒビが入っているが、部分的な破壊の痕跡を除けば、概ね新しい建物だと思う。


「ここってなんなの? 体育館でもないみたいだし」

「演習場だ」


 金髪ロン毛はぶっきらぼうに答える。


「演習場って?」

第七感拡セブンスの実技演習や測定で使うとこだよ。そんなことも忘れてんのか?」

「悪かったね。ついでに教えてくれてありがとう」


 なるほど、演習という名目で俺をボコボコにするということか……。

 朝、俺を囲んでいた五人以外にも三人ほど人数が増えていた。隣に立つ金髪ロン毛を含めて計八人が俺に対して報復をしたい連中みたいだ。


 溜息まじりに奥に立つ連中へと近づいていき、声の聞こえる場所で立ち止まる。向かいに立つ七人は全員怒りのこもった視線を俺に投げてくる。心臓がうるさい。ドキドキしてる。怖い。だが、ものは考えようだ。


 ——ピンチこそクール!


 絶体絶命な状況でもかっこよさを失わなければ、俺の脳汁は大変なことになるだろう。それを思うと、違う意味で震えそうになる。


「……俺は記憶喪失だ。だから、君たちに恨まれる理由に心当たりはない」


 俺の言葉に「ああ?」とひときわ目つきの鋭い男子がにらんでくる。怖い。


「かつての俺がどういう人間だったかは把握してる。そのことで君たちの怒りを買ったんだろうね。だから、謝罪するよ。ごめん」


 綺麗に頭を下げた。


「それで済むわけねぇだろ!」


 金髪ロン毛に怒鳴られた。


「なら、どうしたら許してもらえるかな?」

「演習だ。俺たち全員とな」


 そういう金髪ロン毛に背中を強く押される。俺はその勢いのまま前に出た。背後の金髪ロン毛。前方の七人。まあ、こうなるだろうな、とは思ってましたよ。


「……どっちが勝っても恨みっこなし。それで終わりって言うなら、やってもいい」


 瞬間、背中を蹴られた。それがゴング代わりだ。すぐさま認識阻害で姿を消す。


「また消えやがった!」


 誰かが怒鳴り「卑怯だぞ!」とか言われた。


「それを言うなら八対一のほうが卑怯じゃないか!」

「そこだな、おらぁぁっ!!」


 金髪ロン毛が腕を振り回す。ただ素人が振り回すという生易しい動きじゃない。突風を巻き起こすほどの剛腕だ。おそらく第七感拡セブンスで自分の肉体を強化しているのだろう。隠し切れない殺意を感じた。これ、ただの喧嘩ではすまないんじゃないか?


 だったら、こっちだって本気を出すしかない!


 ステージ1の第七感拡セブンスは科学的等価交換。


 エネルギーを消費することで、そのエネルギー内で起こせることなら、発生させることができる。とはいえ、なんでもできるというわけではない。


 第七感拡セブンスの発動に関わっているのが<ミーム>と呼ばれる素粒子だ。前の世界でも文化的遺伝子やらなにやら言われているが、概念としては同じらしい。この世界と前の世界の大きな違いは、この<ミーム>と呼ばれる素粒子が、世界の最小単位であるという認識だ。


 第七感拡セブンスは、このミームを感知し、それを操ることで世界を書き換える能力。


 一般的に俺が得意とする<空>属性の精神系能力は、効果が弱い。というのも、能力者の周囲にはその人が支配下に置いているミームが滞留しており、その範囲を<ミーム拡散力場>と呼ぶ。能力の効果範囲のことだ。


 当然、効果範囲がぶつかりあえば、互いに効果を打ち消しあう。ゲーム風にいえば、レジストする。そのレジストを無視して影響を与えるのは、かなり大変なことなのだ。なのに、俺はなぜだかできている。不思議だ。


 まあ、今はそんなことを考えてもしかたがない。


 金髪ロン毛が使う筋力増加は<水>属性である生体系。他者に影響を与えないため、レジストが少ない反面、筋肉痛とかフィードバックはエグい。

 対する俺は精神系しか使えないので、戦闘に使えるような力はない。ゲームっぽく言うとバフスキルしか持ってないサポーターだ。でも、サポーターなんてクールじゃない。俺にだって闘い方はある。


 認識阻害が他者への精神干渉なら、自分への精神干渉も可能だと思う。


 思いついたのが昼休みだから、完全ぶっつけ本番だ。でも、やるしかないっ!!

 俺は<自己催眠>によって自分の在り方を上書きする。目の前の金髪ロン毛のように生体系の<筋力増加>を使えると思い込み、そんな自分を想像。見えている自分の腕に想像上のぶっとい腕を重ねるようにイメージ。


「俺は<筋力増加>を使えるんだよ!!」


 俺が思い描いた世界こそ真実であり、目に見える世界を否定したら、ほら見ろ、腕が太くなった!

 腕をぶん回している金髪ロン毛に近づき、顎を殴り飛ばす。一瞬、驚いたように目を見開いてから俺を認識。膝から崩れ落ちた。


「いたぞ!」


 背後で七人が叫ぶと同時に再び認識阻害。

 あとは、これの繰り返し。


 うん、認識阻害と自己催眠、めっちゃ使える。やれば、できるじゃん、俺!!


 と言えるほど甘くはない。

 めっちゃ疲れてるんだよな……。


 やばいな、これ。目がかすんでるし、頭がガンガンする。


 類推するに、自己催眠での才能拡張は精神系と生体系の二重使用で、本来才能のない生体系を使っているから、消費エネルギーが多いのではないだろうか? さらに認識阻害も同時使用だから三重展開だ。俺TUEEって思ったけど、数分でこれだけ消耗するってなると、長期戦はほぼ不可能じゃないか?


 ラスト一人になったところで認識阻害を解いた。


「まだやるかい?」


 自分のクールさに脳汁がじんわり出てる気がした。疲れも忘れる恍惚……。


「やってやるよ! やってやるに決まってんだろ!!」

「俺は君になにをしたんだ?」


 顔を真っ赤にしてにらまれた。相当なことをしたらしい。


「てめぇが……俺の好きだった子に手を……出したんだろ……」

「……それは、ごめん」


 もう謝ることしかできない。


「そうやって謝れば許してもらえると思ってんのか?」

「いや、そうは思ってないよ。でも、可能な限り謝罪したい。どうしたら許してもらえるかな?」

「……殴らせろ」


 こうなってはしかたがない。これから神門刀義として生きていくのだから、ここでいろいろ決着をつけておいたほうがいいだろう。


第七感拡セブンスなしの素殴り一発。顔はなし。それならいいよ」

「あ? 本当にいいのか?」

「しかたがないだろ。殴られて当然のことしてるんだしさ……」


 どうしてこんなドクズに転生しちゃったのかな、俺は……。


「君たちもそれでいい?」


 脳震盪で倒れている七人に向けて言った。不承不承ながらも連中も了承してくれる。最後に立っていた角刈り男子はパンパンと手のひらを右拳で打ち鳴らしながら近づいてきた。


「腹でいいか?」

「ああ、いいよ」


 答えながら、ふと思い出す。

 あれ? そういえば、俺ってお腹刺されてなかったっけ?


「あ、お腹はちょっ!」

「うるせぇぇぇっ!!」


 予期した衝撃と痛みに身構えたが、なにも起きない。殴りかかろうとしてきた角刈りは、うめくようにお腹を押さえて膝から崩れおちる。


「え?」


 代わりに俺の前に立っていたのは、木刀を持った涼葉だった。


「ぼ、ボクの兄ぃになにするだぁぁぁっ!!」


 涼葉は泣き叫びながら木刀を振り回し、それによって生じる衝撃波やら電撃が倒れたチンピラどもを襲う。

 これがステージ2の暴力ですか?


「ぎゃああああ!!」


 チンピラたちは絶叫をあげながら、みんなして白目を剥いていた。足元に倒れていた角刈りが俺の足をつかみながら涙を流す。


「……卑怯……だぞ……てめぇは、いつも……女の陰に……」

「違う! 俺の思ってた展開と違う!! ほんと、マジで——」

「もう兄ぃはいっつもボクを頼るんだから。でも、いいよ。ボクが兄ぃを守ってあげるからね。今日もそういう予定だったもんね!」

「やっぱり、てめぇ……クズじゃ……ねぇか……」

「ちが——」


 言い切る前に涼葉が角刈りを木刀で突き「ぎゃっ!」と短い悲鳴が響いた。電撃でやられたらしい。

 死屍累々となった演習場を見渡し、俺は首を横に振る。


「……違う……思ってたのと違う。俺は、こんなこと望んでなかった! なんか、お互い拳で語り合って水に流してから、それから、互いのピンチとか助ける展開とかあって、そんでもって友達に……」

「やってやったぜ!」


 涼葉がサムズアップしてアピってきやがった。


「お前、なにしくさってんの!? 保健室で俺の決意を汲み取ってくれたんじゃないの!?」


 へっと涼葉が笑う。


「兄ぃが真人間になるなんてボクが許すわけないじゃん。いいんだよ、兄ぃは兄ぃのまんまでさ。ボクみたいに強いおにゃの子の陰に隠れて勝ち誇ってればいいんだよ。ほら、今すぐボクにバブみを感じてオギャってみ?」


 屈託ない笑みで言い放ちやがった。


「チェンジ! お前みたいな義妹はチェンジ!」

「はあ!? チェンジする前に借金返せよ! できないんなら、ボクが望むクズな生き方を選んでよ!! ボクにバブみを感じろよ!!」


「感じるかバカーーーっ!!」


 せめてもの罪滅ぼしとして、保険の先生を呼ぶことしかできなかった。


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