第6話


 保健室の涼葉はベッドの上で寝ころびながら携帯端末で動画を見ていた。

 保健室登校してるなら、もう少ししおらしくしとくべきじゃないか?


「お前、余裕だな」

「はあ? 意味わかんないし。ボクのハートはブロークンマイハート状態なんだよ。兄ぃのために無理して学校に来たってのに、兄ぃは放課後までボクを放置。はあ、マジ鬱。帰ってリスカしよ」

「そんなリスカしたい奴に悪いんだが、一人で帰ってくれないか?」

「ボクに死ねと?」

「下校するだけだろ? 校門まで歩いて無人タクシー拾うだけじゃん」

「保健室から校門までの間にボクが屈強なむくつけき男たちに拉致されて、そのままハイエースされて廃人になってリベンジポルノかまされてエターナルフォースブリザードみたいに最終的にボクは死んでもいいって言うの!?」


 途中から言ってることが一個もわからない。


「……このあと、ちょっと呼び出しくらってるんだ」

「おい、初日に女ひっかけるとか本妻の前でいい度胸だな」

「なぜ服を脱ごうとする?」


 ブラウスのボタンをはずしかけてる手をつかんだ。


「泥棒猫に奪われるくらいなら、ここでいっそ既成事実作ってやろうって思ったんだよ。なんか文句あるんけ? お?」

「頭、本当に大丈夫?」

「大丈夫なんだな、これが」


 ドヤ顔だった。そうだ。これが涼葉という女だ。


「そもそもボクを放置しすぎなんだよ! 休み時間の度に様子見に来てよっ! 授業中には最低十回はメッセ返してよっ!! さみしくてさみしくて震えることしかボクにはできなかったんだからっ!」

「動画見て笑ってたじゃん」

「だって、あいつら生放送中に親凸されて修羅場ってんだもん。マジウケるwww 親の金をFXで溶かすとか最高! 大しゅき!!」


 そんな動画ばかり見てるから、こんなかわいそうな子に育っちゃったんだろうな……。


「今、ボクをバカにしたかな?」

「そんなことはどうでもいい。とにかく呼び出し相手は男だ」

「え? ホモなの?」


 こいつ、なんで嬉しそうなんだろ?


「俺を呼び出したのは俺に恨みを持ってる連中だよ」

「輪姦されるってわかって行くんでしょ? やっぱホモじゃん」

「いい加減にしないとマジで夕飯作らないぞ?」


 涼葉は「口にチャック」と言って大人しくなった。


「原因は昔の俺の女癖の悪さにあるみたいだしさ。謝罪しようと思ってるんだよ」

「話し合いで済むわけないじゃん。絶対、輪姦……じゃなくてボコボコにされるよ。兄ぃ、弱いんだし」

「まあ、それでも死にはしないだろ、さすがにさ」


 涼葉は人を小馬鹿にするような笑みを浮かべ「やれやれ」とため息をついた。


「なるほどね、わかったよ。要するにボクに助けてほしいんだね? いいよ、助けるよ。そうやってボクを頼るほうが兄ぃらしいしさ。はぁ~、もうこれだから兄ぃはダメ人間だよね。ふひひ……たまんねっすわ……」

「いや、マジでいらないから」

「はあ? どうして?」

「俺はこれから神門刀義がドクズだというイメージを可能な限り払拭していきたい。だから、お前の助けはいらない」

「はあ!? マジ意味わかんないし! 兄ぃが真人間になったらボクは誰にマウント取ればいいの?」

「親凸される生主とか、まだいるじゃん」

「いるけども! ボクが神門家からもらった手切れ金を勝手に使ってFXで溶かした兄ぃには負けるよ!!」


 五千万の借金の正体がそれかよ!!


「俺、どんだけ十字架背負ってんだよ!?」

「背負ってるのは十字架じゃなくて借金だよ?」

「どうして日に日にクズエピソードが増えていくんだよ!!」

「ほらね? 今さら兄ぃががんばっても、イメージはよくならないよ? なら、もう開き直ってクズでいいじゃん。大丈夫だよ。世界中のみんなが兄ぃをゴミカスのゲスクズだって見捨てても、ボクだけは兄ぃの味方だよ」


 慈愛のこもった微笑を浮かべていた。もうやだ、この義妹……。


「うるさいっ! 俺はかっこよく生きるの!!」


 涼葉はムスッとした顔で俺を見てから、諦めたようにため息をつく。


「ボコボコにされて前歯欠けた兄ぃもビジュアル的にクズっぽくてツボだし、好きにしなよ。骨は拾ったげるよ」


 そう言って再び携帯端末の電源を入れ、アレな生主の動画を見始めていた。


「終わったら迎えに来てね」

「ボコボコにされるかもしれないのに?」

「それで借金五千万を少しだけボクが忘れるんだからいいぢゃん?」


 五千万は本当に重い十字架だった。


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