第5話
おかしい。
アレだけクールにキメたのに、誰も話しかけてこない。俺の知るラノベとかアニメなら、かっこよく決めたあとにはチヤホヤタイムがあるはずだ。
それがない。
「…………」
ま、いっか。
前の世界では、他人の反応を気にしすぎて素の自分を隠しながら生きていかざるをえなかった。今まで接してきた涼葉の反応から察するに、この世界でも中二病的発言は痛いと思われるようだ
でも、あまり気にならなかった。
なぜなら、今の俺はイケメンだから。
俺がどれだけ頭のおかしい言動をしたところで「でも、あいつイケメンだし」で済まされる。俺がどれだけ誹謗中傷されても、鏡を見れば「でも、俺、イケメンだし」で忘れられる。
イケメンブーストによって世間の許容範囲が広くなっているからこそ、俺はもう他人の目を気にすることなく、自分が信じるかっこよさを貫けるというわけだ。
誰にも理解されなくたっていい。
そんな孤高さも含めて、俺が目指すかっこいい男なのだから。
「なあ、神門」
昼休みに自分の席でブラックコーヒー片手にプロテインバーを食べていたら、声をかけられた。朝にからんできたチンピラとは違い、ぱっと見、普通の男子生徒だ。黒髪の短髪で清潔感がある。
「えっと……すまない。朝、担任が言ってたように記憶がなくて……」
「木村。木村宗次だよ」
言いながら空いていた隣の席に腰をおろす。
「神門、お前さ、本当になにも覚えてないの?」
かなりフランクに話しかけてきた。これは、もしかしてTOMODACHI?
「ほ、本当だよ。いっさい覚えてないんだ。自分がどんな人間だったのか、それとなく聞いてはいるんだけど……」
「お前、無能力者のドクズだから、みんなに嫌われてたんだよ」
「初対面でビーンボール過ぎやしないか?」
自覚はあるけど、他人に言われると傷つくぞ?
「いや、悪い……てか、俺、お前のこと嫌いだったし」
「謝りながらのディスりはやめろ! 君も今朝の連中みたいなアレか?」
木村は怪訝そうな目で俺を見てから「本当に変わったんだな」と感慨深げに漏らした。
「いや、前の神門ってさ、本当にいいところが一個もなかったんだよ。嘘つきでいい加減でヘラヘラ笑ってるだけでさ。俺にこうして嫌味を言われても、ぜんぜん響かないんだよな。無能力なのに神門家の生まれだってことだけは自慢してくるし。実家に勘当させられたこと、みんな知ってたのによ……」
新手のいじめかな? と思えてきた。
「いくらなんでも、こんな面とむかって言う必要なくない?」
「いや、だって、お前、俺の幼なじみをヤり捨てたから」
「ごめんなさいっ!! マジでドクズだ、俺は!」
そりゃあ嫌われてもしかたがないよね!
てか、その話を聞いた瞬間、俺も本気で神門刀義が嫌いになったよ!!
木村はため息をついて「なんか、恨んでんのもバカらしいな」とボヤいた。
「ま、お前はたしかにリセットしたのかもしれないけど、俺みたいに恨んでる奴けっこういるぜ。今朝、お前にからんできた連中だって似たようなもんだろ?」
同じ男として神門刀義を好きになれる要素が一個もない。弁解の余地が皆無。どうして、そんなにクズなのさ? せめて、もう少しマシな男であっとけよ、神門刀義。ほんと、顔だけだな……。
「今さら謝っても意味ないかもしれないけど、ごめん。申し訳ない……」
「その件は許す気になれないけど、ほんと、変わったな、お前。人としてまともになった気がする。前のお前は軸や正体がないっつーか、小悪党のクズっつーか……」
言葉の数々に落ち込んでしまう俺を見て、木村がため息をついた。
「いろいろ言って悪かったな。こっちも確認したかったんだよ。今朝の認識阻害がプロ並みだったから驚いてさ」
「才能ないって言われてたんだけど?」
言いつつ認識阻害で姿を消したら、木村は目を丸くした。
「いや、それ、マジすげーから。目の前でいきなり見えなくなるとか、普通無理だから!」
認識阻害をやめ、俺は姿を現す。
「よくわかんないんだけど、これってすごいの?」
「あのな、ステージ1の能力なんて、どれもこれも役に立たないレベルの能力でしかないんだよ。完全透明になるとか、ステージ2の魔術とか隠形術とか、そういうレベルだぞ」
俺のステージ1なら、ステージ2くらいのことはできるってことか。それは、ちょっとした希望だな。
「でも、親戚の涼葉は才能ないって言ってたぞ?」
「神門は真人の大家だぞ。そういう連中のなかじゃあ、才能ないって扱いなのかもしれないけど……いや、それにしたっておかしいって! 前のお前、本当に無能力者だったんだぞ。姿なんて消せないし、マジでどうしてエイシアにいるのかわからないレベルだったんだぜ?」
言われてみれば、たしかに自主トレはしたけど、実際の能力を涼葉に見せてはいなかった。てか、特訓してると邪魔してくるし、あいつ。
「でも、ステージ2は使えないぞ?」
「ステージ2は俺だって使えないよ」
ステージ1のルールが<科学的等価交換>なら、ステージ2は<認知的等価交換>というルールになる。
例えば、牛の刻参りなどの呪術は、藁人形を五寸釘で打つという儀式を行うことで相手を呪殺することができる。だが、そこには科学的な因果関係や根拠はいっさいない。そういう文化的な根拠やロジックに基づく等価交換で起こせる現象が、ステージ2に区分されるそうだ。
俺が今からステージ2の能力を使えるようになるには、どこぞの宗教団体や魔術結社などに所属し、その教義や独自のルールを心底信じ抜かなければならない。そして科学的ルールより文化的ルールのほうが正しいと思い込まないと使えないらしい。それこそ、幼い頃から思想をすり込む教育をしなければいけないのだ。
だから、文明社会のルールにどっぷり浸ってしまっている俺に、ステージ2の能力開発は難しいということになる。
「もしかして、今の俺って強い?」
「……言いたくないけど、強いよ。今朝の認識阻害は普通じゃなかった」
小躍りしたくなる衝動を抑え、興味なさげに「フッ……そういうものか」とクールに受け流す。
「神門が能力者として強くなったことで、敵が増えるかもしれないけどな」
「どういうこと?」
「お前はいけ好かないクズだったけど無能力者だったから、溜飲を下げられたって部分はある。エイシアのなかだと、顔とか金とかより、
そこまで言って木村は椅子から立ち上がる。
「ま、強いんなら強いで、あいつならしかたがないなって思えるようになってくれよ。記憶喪失で完全リセットしたんだろ?」
木村は苦笑を浮かべて肩をすくめた。最初は失礼な奴かと思ったが、こうして話してみると、けっこういい奴なのかもしれない。
あ! そうだ、一個だけ聞いておかないといけないことがある。
「……非常に質問しづらいことを聞いていいか?」
立ち去ろうとしていた木村は「なんだよ?」とこちらへ視線を向けてきた。
「その、以前の俺には十二人の恋人がいたそうなんだが、もしかしてお前の幼なじみがそのなかの一人ってことは……」
心底呆れたようなため息をついてきた。うん、俺も同じ気持ちだよ。
「あいつとお前は切れてるよ。今は別の奴とつきあってるし」
「そっか……それはよかった」
ドクズとの関係が完全に切れているのなら幸いだ。木村は最後にため息をつき、立ち去ろうとする。あ、最後にもう一つ言わなきゃいけないことが!
「なあ、木村、もしよければ俺と友達に」
「それは無理」
「ですよね」
平気さ、だって俺はクールな男だからね……。
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