第4話


 エイシア異能力開発高等専門学校。略して異能専。

 第七感拡セブンスを持つ異能力者の能力開発と教育が目的とされているため、異能力者でなければ入学できない。


 エイシア一のマンモス校であるため敷地は広く、大学のように複数の校舎があった。制服を着ている生徒もいれば、私服姿の人もいる。


 無人タクシーを降りた瞬間、涼葉はパーカーのフードをかぶって顔を隠し、猫背になった。人の多いところが苦手らしい。

 そんな涼葉とともに赤レンガで舗装された道を校舎へと向かい歩いていく。敷地内には警備ロボットや警備ドローンがせわしなく動き、あたりを監視していた。そういえば、チラホラ刀袋を背負ったり、刺突剣を腰に佩いた生徒をちらほら見かけるんだよな……。


「なあ、涼葉。武器持ってる生徒いるんだけど? あれ、どういうこと?」

「ステージ2以上の人は申告したら武器を持ってもいいからだよ。銃はダメだけどね」


 テンションあがってきたんだけど!?


「え? じゃあ俺も日本刀とか持っていいの?」

「兄ぃはステージ1だから……」


 かわいそうな人を見る目で見られた。

 俺の第七感拡セブンスは三段階ある区分けのなかで一番下のステージ1。

 そのなかでも、効果が薄いと言われる精神系の能力。

 たしか、教本によると、ステージ1だから弱いというわけではないそうだ。でも、一般的にいってステージ1からステージ3になるにつれ習得が難しくなり、使える能力のデタラメさはあがっていくとか書いてあった。


「なあ、どうしたらステージ2になれると思う?」

「無理オブ無理だと思うよ。兄ぃも実家で祓太刀や巫覡の術とか叩きこまれてるはずなのに、実際、これっぽっちも使えなかったし」


 神門家は大昔から続く妖怪やら怨霊やらを討滅する<辟邪の武士>という家柄だそうだ。ラノベやマンガによくある退魔士の一族みたいなものだから、テンションあがる。ざっくり<真人>とも呼ぶとか言ってたっけ?


「そっか~……やっぱステージ2は難しいよな……」


 ステージ2は努力や才能以上に、育ちがかかわると教本には書いてあった。

 昔から続く退魔の家柄だとか魔術師の家に生まれたとか、そういう境遇で且つ特殊な教育がなされていないと使えない。神門刀義は特殊な境遇で生まれ、特殊な教育を受けていたのに使えなかった。クズだから。


「兄ぃ、才能はなかったけど精神系の能力は、気持ち程度は使えてたし、一般人にはマウントとってたよ……はっ! 兄ぃ、もしかして精神干渉使って十二股してたの? マジ、ボクの兄ぃ、サイコパスってるwww クズすぎでしょwww はあ~、マジ神ってるんですが?」


 欲情の色がこもった目で見られた。

 学校でも涼葉のクズ萌えという難儀な性癖を隠すつもりはないようだ。本人曰く『ダメ人間を見ると男女問わず滾ってくる』らしい。終わってる。


「涼葉、お前はありのままで生きていきなよ。まあ、俺は(お前を置いて)上に行くつもりだけど、涼葉はそのままの涼葉でいいと思う」


 穏やかな表情で優しい口調を意識した。


「……なんかいいこと言った雰囲気だけど、ボクを切り離す気満々だよね? あと、露骨にバカにしたよね?」

「え? なんだって!?」

「聞こえてるだろ!! なに早歩きしはじめてんのさ!! こんなアウェーでボクを置いてかないで!!」


 そんなやりとりをしているうちに校舎の中へと入っていく。俺が前の世界で通っていた高校と違い、上履きに履き替えないようだ。アメリカ的文化なのかもしれない。

 校舎に入り、生徒の姿が増えてきたせいか、涼葉は俺の腕にすがりつくようにくっついてくる。彼女アピールかな? と思って振りほどこうかと思ったが、真っ青な顔で小刻みに震えながらボソボソと「死ねよ」とか「見んじゃねぇよ」とかつぶやいていた。

 病院の見舞いには来ていたから、大丈夫なのかと思っていたけど、学校の中にまで入ると壊れたスピーカーのようになってしまうらしい。


「大丈夫か?」

「ぜんぜん平気だし……むしろ、どんと来いだし。こんなクソザコナメクジどもに負けたりしねーし。余裕っしょ? 勝ち確BGM流れてるの聞こえない? ボクには聞こえる」

「幻聴まで聞こえてるなんて……末期だな」

「人間末期の兄ぃに言われたくないんだな、これが」


 なに言ってるのか聞こえないくらい声が小さかった。さすがに教室へ連れていくのはかわいそうだ。

 引っつく涼葉を連れて保健室を目指すことにした。



 壊れたスピーカーと化した涼葉を保険医にお任せし、俺は自分のクラスである二年A組に向かった。


 神門刀義が刺されて死にかけたのが三月の春休み。退院したのが四月の中頃。それから一週間ほど家で養生してから今日に至る。まだ新学期がはじまってから一月も経っていないため、人間関係の構築は間に合うはずだ。


 意気込みながら俺が教室に入った瞬間、ものすごく注目されていることに気づく。女子は露骨に警戒し、男子は敵愾心を乗せた視線を向けてきた。

 予想どおり神門刀義がクズだというのは周知の事実らしい。

 そんな教室内の空気を感じ、俺は全て察した。


 またぼっちか……。


 前の世界では、空気系のぼっちだったが、今回は嫌われ系のぼっちだ。

 しかしながら、俺が目指すかっこいい男は、こんな空気に負けたりしない。そもそもクールな男は他人にへつらわない。ぼっちこそ孤高の男。てか、ぼっちって言葉が良くない。なんかつまはじきものみたいだし。


 そう、俺たちは、ただ孤高なだけ。


 俺は無言で教室という箱庭を俯瞰しながら全てを把握し、有用な人材を探してるだけだ。やれやれ、いつかお前らには駒として働いてもらわないとな……。


 ——みたいな妄想をしてたから三年間ぼっちだったわけだ。


 過去から学べよ、俺!

 同じ轍を全力で踏み抜こうとするなよ!!


 それはわかってるんだけど、クールな男はいつでも一人だし、媚びるのは違う。クールを貫けないなら、俺はぼっちでもいい。そう、クールが一番大事っ!!


 俺はクールに腕を組んだ。黒板の上に設置されてる時計を見ても、まだ朝のホームルームが始まるまで時間があった。


 どうしよう? やることがない。


 いや、話しかけようと思えば、ぜんぜん話しかけられるんだけどね。アルバイト先ではアルバイトリーダーとして普通に明るく喋れてたし、俺はコミュ障じゃないから。ほんと、マジでコミュ障ってわけじゃないから。パリピ装うくらいわけないし。


 ——だが、それは偽りのペルソナ。


 社会に迎合し、己を貫けなかった弱い頃の俺。

 それこそ、同じ轍ではないか!!


「…………」


 あれ? でも、待てよ。ものは考えようじゃないか?

 偽りのペルソナかぶって、実は裏で謀略張り巡らしてるってパターン、かっこよくない?

 それで行けば——


 ——その設定、前の世界でも使ってたじゃん!!


 アルバイトや学校の俺は偽りの人格で、主人格の如月狂夜はサイコパスの戦闘狂で謀略家だった。家でナイフ格闘術ハンドブック読みながらナイフの素振りしてたら「良ちゃん、戦争は終わったのよ!」と祖母ちゃんに泣かれたじゃないか。祖母ちゃんだって戦争知らないのに……。


 クソ、偽りのペルソナもダメだ。

 やはり俺は俺らしくクールに行くしかない。


 ——となればもう、目を閉じて瞑想するしかないな。


「…………」


 いいのか? 本当に……。

 本当にこれでいいのか!?


「おい、神門」


 瞑想をはじめた瞬間、男子から声をかけられた。

 俺が目指すのは男が男として憧れちゃうクールな男。やっぱり隠したところでクールってのは、にじみ出てしまうらしい。しかたがないな、新しい仲間に対してクールに対応してあげよう。アルカイックスマイルを浮かべながらゆっくりと目を開いた。


「なにかな?」


 五人の男子生徒に囲まれていた。しかも、みんな気合の入った格好をしてる。

 あれ? これが俺の新しい仲間? 不良系はちょっと……。

 いや、でも、見た目は怖いけど、家では子猫をたくさん飼ってるタイプかもしれない。

 ゴンと粗雑に机を蹴られた。


「お前、刺されたんだってな? マジウケんだけど?」


 飼ってる子猫も蹴飛ばすタイプだ。

 ——クールな男なら、ここでビビったりはしない。


 俺は古武術を修めていたしね。


 ネットの古武術系動画の動きとか真似してた俺は、ほぼ古武術を習っている人間と同じ強さになっていると思う。縮地とかナンバ歩きとか、動画で見てマスターしたし。


 とはいえ、喧嘩をした経験は微塵もないし、なんなら、ぶっちゃけ、現状、めっちゃ怖い。そんな状況でもアルカイックスマイルを浮かべ続けてる俺は、今、最高にクールだと思う。


「なにニヤニヤ笑ってんだよ?」


 机を蹴ってきた人とは別の人がにらんでくる。どう返すのがクールだろうか?


「ごめんよ。君の顔があまりに面白かったから」


 クゥゥゥル! 俺、超クゥゥゥゥル!!


 でも、そうじゃないだろ! これ完全に挑発じゃん!!


「ちょっと来いよ」


 教室から出ろ、とジェスチャーされた。


「人に頼みがあるのなら、もう少し礼儀というものがあるんじゃないかな? 悪いけど、俺は君たちの頼みを聞く義理も義務もないし、なにより興味がない」


 いや、この物言いはかっこいいんだけどさ、どんどん相手の怒りを煽ってるよね? どうすんだよ? 俺はどうしたらいいんだよ!? さすがの俺もYOUTUBEの力を信じて古武術で戦おうとは思わないからな! ナンバ歩きだけでチンピラを倒せるなら、みんな達人だっての!!


 ——こうなったらもう、第七感拡セブンスで切り抜けるかしかない。


 いや、でも才能ないって言われてるし……。

 神門刀義が唯一安定して使えていたのが五系統のうちの<空>属性。精神に働きかける能力だけだ。自主トレでは他人への効果がどれだけあるか調べようがなかったし、教本にも『ステージ1の精神干渉は催眠術程度の効果しかない』と書かれていた。


 先ほどから「来いよ」とか「ビビッてんのか?」とか「ああ?」とかすごまれまくっている。もう逃げられない。どうあがいても逃げられる気がしない。ちくしょう。せっかくクールにキメたかったのに、初日からクールを維持できないかもしれない。


 いや、諦めるな!! 俺はクールを貫くために、今、ここにいるんだろ!? クールじゃない俺なんて、もう生きてる価値のない人間産業廃棄物だ。


 やってやるよっ!!


 第七感拡セブンスは自分のイメージを世界に敷衍する能力。

 ステージ1のグランドルールは<科学的等価交換>。

 能力発動によって物理的なルールに働きかけ、その現象に応じたエネルギーが消費される。使い方は目の前の世界に自分のイメージを上書きする感じ。

 使う能力は精神系の<認識阻害>。俺は俺の姿が見えない世界をイメージする。


「消えた!?」


 瞬間、俺を囲っていたチンピラたちが、目を丸くしてうろたえる。

 成功した!!


 チンピラが視えない俺を探そうとするかのように腕を振り回してくる。とっさにつかんで立ち上がり、無意識のうちに立ち関節を極めていた。自分でも驚くほどなめらかに体が動いた。古武術系動画の力、ハンパねえ!!

 YOUTUBEありがとう!! やっぱり俺、古武術使えてんじゃん!!

 関節を極めた瞬間、俺の姿は認識されてしまったようで「てめぇ!」とか「放せよ!」とかすごまれた。


「他の人の迷惑になるし、そろそろホームルームがはじまる」


 言いながら極めていた腕を放し、笑顔のまま五人を睥睨する。


「用があるなら放課後に話を聞くよ。そこなら、邪魔は入らないだろ?」


 余裕溢れるジェントルマンな立ち居振る舞い。紳士的な恫喝。そんな強者感あふれる俺に気圧されたのか、チンピラどもはにらみ返してくるだけでなにも言わなかった。無言が周囲に横たわり、俺の心音だけがうるさく響いている。

 不意に教室の扉が開き、担任教師が入ってきた。


「おい、なにしてるんだ? 自分のクラスに戻れ」


 教師の言葉にチンピラどもは舌打ちを鳴らし「放課後、忘れんなよ」と言い捨て、教室を出ていった。


「神門、お前も座れ」

「はい。すみません」


 笑顔で返し、静かに自分の席に座る。

 教室内の視線が俺に突き刺さっていることを肌で感じた。


 これだよ……。

 これが俺の求めていたかっこいい男だよ!!


 ああああああ! たまんねぇ!! 脳汁がぁぁあっ! 脳汁が出てりゅぅぅぅ!


 やっべ? 俺クールすぎない? かっこよくない? 今日のこと日記に書かなきゅちゃ! 何なら今すぐメモらなきゅちゃあ! テンションあがりしゅぎて言語野崩壊してるのぉぉっ! ああああ、やっべ、もう、ほんと、マジ俺かっこいい。しゅきしゅき! こういう展開大しゅき! もうらめぇぇぇっ!! うひゃひゃひゃひゃ!


 脳内はパライゾメガフルハッピーだったが表情には出さず、アルカイックスマイルを浮かべる。「あの程度のトラブル、俺にとったら些事ですがなにか?」みたいな態度の俺、超クール!!


 ああ、これだからクールだけはやめられない。

 もっと欲しい、もっと欲しい。俺はクールをもっとキメたい!!

 認めるさ、俺はクールジャンキーだ。


 今日は気持ちよく眠れそうだ。


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