第3話


 涼葉の部屋の前に立ち、ノックした。返答がないので、扉を開ける。


 あいかわらずゴチャゴチャした部屋だ。涼葉の趣味はパソコン作りやプログラミングらしい。そのせいなのか、いくつものハードディスクドライブや、サーバーらしき機械が並んでいる。コードやら基盤やらが床には転がっているし、カーテンは常に締め切られていた。ゴミが転がっているというわけではないのだが、整然としていない。

 部屋の主はベッドの上だ。「人間産業廃棄物」と書かれたクソダサTシャツにホットパンツ姿。耳栓にアイマスクをしているあたり、起きる気は皆無。涼葉のアイマスクを引っ張り、パチンと戻したら「なにすんだよぅ」とうめきながら、体を起こした。あくびをしながら惚けた顔で耳栓を外す。非難じりの視線で俺を見てきたので、俺は虫でも見るような視線を返してやった。


「学校、行くぞ」

「はあ? ボクが学校行かねばならないとかマジ意味わかんない。そもそも時代の最先端を生きてるボクが学校で学ぶこととかないですしwww てか、ボクがルールブックまである。そんなボクを学校に行かせて、兄ぃ、どうする気なの? はっ! まさかエッチなことするつもりなんじゃ? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!! あ、なら、いっか。行こ。行って兄ぃルートにフラグ立てよ♪」


 早口でキレて、早口で納得していた。今日も涼葉は、かわいそうな子だ。


「ねえ、兄ぃ、今、ボクを憐憫の眼差しで見たよね? そんなにかわいそうだと思うなら、責任取って結婚しろよ!」


 朝からテンション高いな……。


「まだ十七歳だし、法的に無理だよ」

「え? じゃあ十八歳になったらワンチャンあるの?」

「え? なんだって!?」

「聞こえてるだろ!!」

「え? なんだって!?」

「それやめろよ!」


 ラノベやアニメから男としての生き様を学んできた俺に、隙はない。

 ベッドの上でふくれっ面をしている涼葉に「さっさと準備しないと置いてくからな」とだけ言って、リビングへと戻った。

 神門刀義として目覚めてからいろいろあったが、どうにかこうにか退院し、今日から学校に復学することになっている。

 どうして俺が神門刀義になったのかはわからないし、誰に刺されたかもわからない。更に消えた津崎美知留を含め、十二人の恋人たちのことも謎のままだ。

 とはいえ、俺はこの世界を楽しむことに決めた。

 だって異能力あるし!


 人類の一部が第七感拡セブンスと呼ばれる異能力を使える世界だなんて最高じゃないか!


「はあ、学校とかマジめんどくさい」


 涼葉がボヤきながら歯ブラシを口にくわえ、リビングにやってくる。制服に着替え、髪の毛も整え終えていた。ダメ人間でも女の子なんだよなと、こういう時に思う。化粧っ気はいっさいないが、それでも顔立ちは整っていた。これで口を開かず、特殊性癖でなければ、モテるだろうし、俺だって好きになっていたかもしれない。


「はあ〜……学校行っても、保健室しか行けないんだけどな……」


 不機嫌そうにそう言い、洗面所に消えていった。涼葉はどうやら保健室登校生らしい。

 本人曰く高レベルの引きこもりらしいのだが、高レベルとか言う割に病院には来たのだから、外に出ようと思えば出られるのだろう。俺以外とはほとんど会話をしなかったし、話しかけられても聞こえないフリで逃げてはいたけど。


「はいはい、準備完了。マジ朝から下がるわ〜。この怒りはネトゲで初心者煽って発散するしかないな……」


 そんなことを言う涼葉と連れ立って家を出た。

 マンションのエントランスを出たところで、自動運転の無人タクシーが停まる。白のセダンのルーフにはカメラのような部品が取り付けられていた。全自動運転の無人タクシーだ。近未来だなーと思いながら二人で乗り込み、音声認識のデバイスに行先を伝えた。電気自動車は俺の知る自動車とは違い、ほとんど音がしない。ゆっくりと動き出し、窓の景色が後ろへと流れていく。


 アジア異能力研究島は異能力とかファンタジーな単語が入っているくせに島全体は最先端科学の粋が集められている。たしか英語だとAsian Science Island for Ability beyond that of humans 頭文字をとってASIAだったっけ? 普通に読むとアジアになるため、ちょっと発音を変えて、通称エイシアになるとかなんとか……。


 ああ、記憶が曖昧だ。思いださないと。


 エイシアは香川県の半分くらいの大きさがあるメガフロートだ。

 第二次世界大戦後にGHQによって千葉県の房総半島沖に建設され、一応、日本の領土ということになっている。何度か地震や津波に見舞われ、半壊したり流されたり大変なことになったそうだが、増改築に改良を重ね、世界最大最強の人工島となり、今日に至るらしい。ちなみにエイシアには米軍も駐留している。国際色豊かで、人口比率の半分は外国人。でも、ほとんど日本に帰化している二世世代であるため、日本語が九割通じるのだとか。


「はあ、学校生きたくないけど、しかたがないよな~。ボクが兄ぃを守ってあげないといけないしな~……チラ」


 チラリとこちらを見ながら得意げに言ってきた。


「涼葉にマウント取られるとか、屈辱しかないよ」

「これからもマウントだけは取ってくから。ほら、ボクって兄ぃくらいしかマウント取れないし」

「俺のこと好きって嘘だよね?」

「好きだよ。だって、兄ぃ、ボクよりダメ人間のドクズだし」

「俺はクズじゃない!」

「覚えてなくても、過去からは逃げられないんだよ、兄ぃ」


 とっさに言い返せなかった俺を「悔しいのうwww 悔しいのうwww」と煽ってきやがった。こういうところがムカつくのでデコピン程度の反撃はしておく。


「あ痛っ! これDVだよ、兄ぃ! やっぱクズじゃん。ふひっ」

「嬉しそうに言うなっ!!」


 狂ってやがる。


「やっぱり兄ぃはダメ人間だね。ボクがいないとダメなんだよ。ほんともぅしかたがないにゃあ。兄ぃみたいな無能力者はボクが守ってあげないとね~」


 俺は異能力が使える世界にやってきた。


 そして、異能力を使える素質もあった。


 でも、その素質が壊滅的に低かった。


 俺なりに能力開発の自主トレはしてるんだけど、自衛に使えるレベルなのかはわからなかったんだよな。涼葉に能力開発のことを尋ねても「兄ぃはクソザコナメクジのままでいいんだよ」とか言って手伝ってくれないどころか邪魔してくるし……狂ってやがる。

 ため息しか出てこない。


 実力の低さに加えて、神門刀義は十二股のサイコパスクズであるため、各方面に恨まれているらしい。普通なら、カラまれたりして大変な目にあっていてもおかしくはないだろう。だが、今まで襲われても、神門刀義はケガをしなかった。


 ——女の陰に隠れていたからだ。


「……なあ、涼葉、俺の彼女って学校にもいるの?」

「はあ? 他の女のことなんて知らないし! マジデリカシーない!」

「でも、俺はお前と別れたから」

「そんなの認めないって言ってるじゃんよぅ!」


 涼葉が言うには、神門刀義は涼葉ともつきあっていたらしい。いくら見た目が良くても、こんな人格破綻者とつきあうとか俺には理解できなかったので、その事実を知った瞬間、丁重に「別れよう」と伝えた。でも、ぜんぜん聞いてくれないから困っている。


「てかさ、本当にお前、俺の彼女だったの?」

「兄ぃにとってボクが本命じゃなかったら、世界が滅ぶよ!!」

「滅んじゃえよ、そんな世界」


 十二人の恋人たちのうち、失踪した津崎美知留以外、名前も顔も知らない。刑事さんも個人情報だからと言って、他の十一人の情報は教えてくれなかった。


「お前が俺の恋人とか嘘だろ?」

「ウソジャナイヨ! ホントダヨ!」

「じゃあ、本命彼女として、他の女のことを知らないってことはないだろ? お前、無駄に情報収集能力あるんだし」

「本当に知らないよ。ボク、ほとんど学校行かないし。兄ぃ、十二股のクズ野郎だったけど、その辺の隠蔽とか管理だけは神がかってたからね。絶対、家には連れてこなかったし、私生活、基本、謎だし」

「そうやって隠すのがうまい奴がどうしてお前にだけ女関係のこと、いろいろ話してんだよ?」

「ホンメイダカラダヨゥ、シンジテヨゥ……」


 目が泳ぎまくっていたし、語気に勢いはなかった。

 恋人が特定でき次第、誠心誠意謝って別れ話を切り出すしかない。それで相手が認めないとなれば、その時、考えよう。


 ……いや、待て、恨まれて刺されるとかないよな? 

 あれ? 実際、刺されてるじゃん……。


「なあ、涼葉、コンビニで雑誌とか買ってかない?」

「いきなりどうしたのさ?」

「不意に刺されても大丈夫なように、お腹に雑誌を入れてガードしておこうかなと……」

「雑誌とかエイシアに売ってるわけないじゃん」


 さすがは近未来な人工島。電子書籍がデフォルトか……。

 そんな会話をしているうちに目的の場所、エイシア異能力開発高等専門学校に到着した。


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