第2話

 看護師さんに説教された後「兄ぃの嘘を証明してよ!」と涼葉は医者に懇願し、俺は細かく診察されることとなった。

 結果、俺は嘘をついておらず、本当に過去のことはなにも知らないということが証明された。心因性の記憶障害だと診断されたところで、やっと涼葉も事態を受け入れたようだ。


「記憶がなくっても安心してね。ボクが元のゴミクズ人間産業廃棄物に戻してあげるから!」


 いっさい安心できなかった。


 その後、入院しながら俺はいろいろと涼葉に尋ねることにした。これから神門刀義として生きていくのだから、情報が多いに越したことはない。

 とりあえず、ノートとペンを買ってきて、情報整理のためにメモっていくことにしよう。


「まずは、そうだな……」


 この世界には第七感拡セブンスと呼ばれる特殊な力が存在するらしい。

 ざっくり言って異能力だ。強さ的にはステージ1からステージ3まであり、俺こと神門刀義はステージ1の能力者であり、涼葉が言うにはクソザコナメクジらしい。もっと細かいことを知りたかったが、涼葉が「めんどい」の一言で断ってきたため、それ以上の情報は自分で調べるしかない。


 そして、俺たちが住んでいるのは<アジア異能力研究島>、通称エイシアと呼ばれる人工島だそうだ。大きさは香川県の半分くらいで、千葉県房総半島沖にある。このエイシアには国内外から様々な能力者が集められており、その研究が盛んなのだとか。


 以上のことから類推するに——


 ——俺は異能力のある世界に<異世界転生>してきたということになる。


 技術水準やら文化レベルは、俺のいた前の世界とほぼ変わらない。むしろ、少しだけ進んでいる。冷暖房完備でスマホもあるし、ソシャゲもガチャもあるし、ネット小説でも異世界転生が流行っている世界。無双や俺TUEEはできそうもないが、それでもイケメンに生まれ変われたのは大きい。


 そんなイケメン神門刀義は現在十七歳、高校二年生らしい。涼葉は俺のことを「兄ぃ」と呼ぶが、同学年だ。なんだったら涼葉のほうが誕生日は早いらしい。「どうして兄貴扱いなんだ?」と至極真っ当な疑問を口にしたところ——


「ボク、生粋の兄萌え豚だから」


 とアレな答えが返ってきた。

 そもそも平日の昼間に女子高生が病院にいるのがおかしいので、その疑問を口にすると——


「ボクは新時代の人間だから学校とか古い枠組みで測られたくないんだよね。まあ、気が向いた時には行くけどさ。てか、今ならネットで必要な情報とかわかるし、学校で知識を詰め込むとか時代に逆行してねwww」


 というこれまたアレな答えが返ってきた。

 俺は察した。涼葉はダメ人間だということを。

 俺も自分が中二病のオタクでアレだという自覚はあるため、そこをバカにする気はない。そういう風にしか生きられない人間だっている。実際、俺もそうだ。

 だから俺は笑顔に慈しみを込め、涼葉を指さした。


「チェンジ」

「どういう意味だよ!!」


 というようなやりとりをしつつ入院しながら、更に細かな情報を集め、ノートに記載していく。


 まず、神門刀義が刺された理由だ。


 神門刀義はエイシアの繁華街である十三番区画の裏路地で倒れていたらしい。腹部を刺され出血。見つかった時にはかなりの血を失っていたそうで、病院に搬送された後、処置中に一回、心肺が停止したのだとか。誰もが諦めた時、なぜか奇跡的に心臓が動きだし、今に至る。

 ちなみに神門刀義を刺した犯人はみつかっていない。


 意識を取り戻した二日後に警察の人がやってきたが、俺の記憶が失われていると知ってため息をついていた。警察の人も神門刀義という人物が、どんな人間なのか把握しているらしく、痴情のもつれの結果、こうなったと考えているようだった。

 というのも、神門刀義と懇ろになっていた女性が一人、行方不明なのだそうだ。


「津崎美知留という名前は覚えていませんか?」

「すみません。知りません……」


 二人組の刑事のうち、三条と名乗った角刈りの刑事は、やや呆れたような視線を俺に向けてくる。


「君は覚えてないかもしれないが、君と交際していたとされる女性は、こちらが把握してるだけでも十二人はいる」


 十二股とか刺されてもしかたがないと思う。


「そのなかの一人が津崎美知留だ。年齢は二十二歳、第七感拡セブンス能力者。エイシア内の製薬会社に勤めていた。が、行方不明になっている。君が倒れた日からね」

「その人が俺を刺して逃げたってことですか?」

「かもしれない。あるいは他の事件に巻き込まれた可能性もある。君が発見された時、携帯端末は持っていなかった。妹さんにも確認したが、家にもなかったそうだ。なにか心当たりは?」

「まったくありません」


 三条さんは盛大なため息をついた。


「なにか思いだしたら連絡してください」


 と苦笑いを浮かべて刑事さんが立ち去ろうとする。今まで黙って立っていた片割れの刑事が、俺をにらんできた。


「必ずしっぽをつかんでやるぞ。神門刀義」


 三条さんは同僚を「やめろ」とたしなめてから、苦笑いを浮かべ「すみません。失礼します」と頭を下げて病室を出ていった。

 どうして、あんなふうににらまれたのだろう? 神門刀義はなにをやらかしてたんだ?


「…………」


 考えてもわからない。

 今わかっているのは、俺に対して怒りを抱いている人間が、まだ捕まっていないということだ。しかも、つきあっていたと主張する女性が、津崎美知留を含めて十二人ほどいるらしい。

 いきなり十二人の彼女持ちとか、童貞の俺には考えられない状況だ。


 ——乗っちまうかい? このビッグウェーブにさ!!


 という言葉が一瞬だけ脳裏をよぎったりする。

 神門刀義がどんな女性たちとつきあっていたのか知らないが、労せず十二人の彼女をゲットできるなんて、棚から牡丹餅。約束されたハーレム展開。

 たしかに俺だって女の子は好きだ。彼女はほしいし、いつかは結婚したいと思っている。

 でも、生粋の童貞でありながら高校三年間ぼっちだった俺が、十二人の女性とうまいこと懇ろになれるとは思えない。

 そして、それ以上に、重要なことがある。


 ——俺が目指すかっこいい男たちは、基本、一途だということだ。


 これと決めた女のために操を立て、仮に他の女からチヤホヤされようとも、惚れた女を愛しぬく。

 それがクールってものだ。


 「俺の手でつかめる女はお前だけなんだよ」とか「右手に剣を左手に君を」みたいなクールなセリフを死ぬまでにはキメてみたい。

 というわけで十二人の恋人たちには、早急に連絡を取って別れを告げるのが正しい。そのうち一人は神門刀義を刺した容疑者だしね……。


 しかしながら、携帯を失くしているため連絡先わかんないし、誰とつきあってたのかも知らない。

 結局、今の俺にはどうすることもできないと結論づけることしかできなかった。


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