第8話:大商人とサガイ風お好み焼き その3

 不思議な料理を作っていたのは、黒髪の青年だった。

 この者はメシ番という蛮族軍の役職。


 他国との交渉後の晩餐の食事を、任された料理人である。


「なるほど、メシ番はん、ですか……ほう、これは奇妙な料理を作っていますな?」


 初っ端は動揺したカネンだが、すぐに平常心を取り戻す。

 声質を変えて、黒髪の料理人に声をかける。

 

 相手に不快感を与えないように、距離を一気に縮める口調。

 だが会話の主導権を握るリズムで。


 これは商人独特の交渉テクニックの一つだ。


「これは鉄板料理ですか? ワシらの国サガイにも、鉄板料理は沢山あります。それも高級食材を、堪能たんのうできる料理がね」


 カネンは青年を、まくし立てるように言葉を続ける。

 何故なら国家間の交渉では、隙や弱みを見せた方が負けである。


 こうして相手国の用意している食事に、難癖をつけるのも常套手段の一つ。

 精神的に揺れ動いた料理人は、思わぬミスで自滅するのだ。


「それにしても奇妙な鉄板料理ですな? キッシュかピザの一種……いや、違いますな……」


 黒髪の青年が調理していたのは、不思議な料理であった。

 ドロドロの液体と野菜と肉、それらを熱々の鉄板の上で焼いている。


 野菜も肉もサガイでもよく見る食材ばかり。

 だがカネンですら見たこともない、奇妙な組み合わせである。


 しかしカネンは動揺を隠して、言葉巧みに相手の料理を妨害しようとする。


「それに、その食材は……」


つばが料理に飛ぶ。少し黙っていろ」


 カネンの妨害に反応して、黒髪の青年が口を開く。

 料理の邪魔をするなと、静かに脅してきた。


「なっ、ワシのことを誰だと、思って……」

「黙れ」


「なっ……」


 激高したカネンは、思わず言葉を止める。

 言葉を続けようとしても、声が出ないのだ。


(バ、バカな……このワシが……威圧されている……だと⁉)


 心の中でカネンは驚愕する。

 何故なら自分の肝の太さは、尋常ではない。

 

 曲者揃いの商人たちを跳ね除け、商国サガイの頂点までたどり着いた猛者。

 明らかに年下の青年の眼光に、そんな自分が恐怖して絶句してしまったのだ。


(こ、こいつ……どんな修羅場を……)


 青年の鋭い視線が、カネンを射抜いてくる。

 まるで歴戦の猛者のような、鋭い気をまとった眼光。


 サガイが雇う荒くれ傭兵団でも、これほどの鋭さは見たことがない。


「そうだ。静かにしていたら大丈夫だ」


 青年はそう言い放ち、再び口を貝のように閉じる。

 何もなかったかのように調理を続ける。


 先ほどのドロドロの液体と具材で、鉄板の上に形を成していく。

 両手のヘラを自由自在に使い、次々とその円形状の料理を完成させていく。


「これは凄い……」

 

 青年の見事な動きに、カネンは思わず称賛の声を発する。


「サガイでも見たことがない技や……」


 見たことのない見事な調理の手際の良さであった。

 大陸中の料理人が集うサガイでも、見たことがない料理と技。


 その動きに、カネンは思わず見とれてしまう。


「ひっくり返すぞ。気をつけろ」


 ――――その時だった。


 青年は忠告してきた。

 鉄板を食い入るように見ていた、カネンへの警告だ。


「なんやて? ……うわっ!?」


「カネン様、危ないです!」


 目の前で料理が飛び上がり、カネンは思わず腰を抜かす。

 黒髪の青年が料理を、空中で半回転させたのだ。


 一歩間違えばカネンの顔に、料理がぶつかっていた大事件だ。


「キ、キサマ、もしや、カネン様の命を狙っての蛮行か⁉」


 突然のことに従者リットンは、腰から短剣を抜き構える。

 まさか、コイツ⁉ 蛮族軍の料理人は調理に見せかけて、カネンの暗殺を画策していたのか?


 主を守ろうとするリットンは、多少の剣の心得はある。


「まて、リットン。これは調理法の一つらしいぞ……」


「えっ……カネン様……?」


 興奮した従者を、カネンは制止する。

 何故なら黒髪の青年は、こちらに一瞥いちべつもしていない。


 先ほど同じように、ひたすら調理に集中しているのだ。


「な、なるほど……そうか! 鉄板で両面を焼きながら、中身を蒸し焼きにしているのか!」


 凝視して、カネンは思わず声を上げる。


 青年は円形の料理を半回転させることで、両面焼きにしている。

 つまり表面をこんがりと焼きながら、同時に蒸し焼きにしたのだ。


 初めて見るその調理法に、カネンは心から感心する。


「最後の仕上げだ」


 青年はそうつぶやきながら、料理の仕上げに入る。

 褐色の液体を取り出し構える。


「ソースが跳ねるかもしれない。気をつけろ」


 青年がソースを、料理の上に塗り始める。


「ん? そのソースは一体? うおぉぉお⁉」


 直後、カネンは声を上げる。

 鉄板の上で、凄まじい煙が立ち始めたのだ。


「カネン様! お怪我はないですか⁉」


「だ、大丈夫や、リットン。それに分かったぞ! そのソースか! 先ほどの香ばしい匂いの正体は⁉」


 料理からこぼれたソースが、鉄板と反応していたのだ。


 先ほどの何倍も香ばしい匂いが、カネンの鼻孔と胃袋を直に刺激する。

 熱々の鉄板の上で、ソースがグツグツ沸騰していたのだ。


「これは数種類の香辛料と野菜……それにスープと……」


 香りを嗅ぎながら、カネンはソースの消褪を分析する。

 大商人であり美食家でもあるカネンは、食にも通じていた。


 色と香りから、不思議なソースの正体を突き止めようとする。

 サガイの大商人を舐めたらいかんと、ばかりに。


(だが最後の一つが分からん……何だ、この決め手となる材料は……)


 だがカネンはソースの材料を分析できなかった。

 どうしても分からない材料と、調味料があるのだ。


 数多の高級食材やソースを食べ尽してきたカネンでも、知らない香りである。


(これ食べたら分かるのか……いや、だが、ここで食べてしまったらワシの負けや……)


 商人にとって交渉の後の宴は、戦いの場である。

 敵の出した料理を欲に負けて食べるなど、負けを認めると同義。


 食を制するものは大陸を制するのだ。


(だが……これを知らずに……食べずにいたら成仏もできないぞ……)


 カネンは無意識のうちに、唾をゴクりと飲み込む。

 そういえば今日は忙しすぎて、朝から何も食べていない。


 ここまま料理に手を伸ばして、直接自分の口の中に放り込み食べたい。

 そんな原始的な食の欲求に襲われる。


「さあ、できたぞ」


「ああ……これは……⁉」


 料理が完成してしまった。


 だがここ食べたらカネンの敗北になってしまうのだ。

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