第7話:大商人とサガイ風お好み焼き その2
商国サガイと蛮族軍との交渉は終わる。
時間は驚くほど短かった。
今は内容の最終的な確認をしている。
「ふむ。想定内の通りだったな、リットン」
「はい。カネン様の情報の通りでしたね」
カネンとリットンは二人きりで、蛮族軍からの条件を再確認する。
蛮族側が提示した条件は二つ。
『降伏するか。徹底抗戦するか』その二つの選択だけであった。
「もしも降伏した場合の条件も、情報と同じでしたね、カネン様」
「ああ、そうだな」
蛮族軍に降伏した国には、次のような条件を守る必要がある。
――――◇――――
・決められた徴税を治めれば、今までの自治や宗教も認めてくれる。
・遠征軍への軍役の義務はあるが、民族や男女の差別はなく平等に恩賞を貰える。
・もしも反乱を起こした場合は容赦なく攻め落とされる。
――――◇――――
「やはりワシが銭で手に入れた、情報通りだったな」
降伏後のこの条件も、カネンが入手していた情報と一致していた。
特にバルカン公国に潜ませていた、間者からの情報。
そこから入手した情報を分析して、カネンたちは今回の作戦を立てていたのだ。
「ふむ。この蛮族軍は思いのほか、一貫主義といったところか……」
カネンはこれまでの情報を、頭の中で総括する。
蛮族軍はこれまで併合してきた全ての諸国に、この同じ条件で対応していた。
大国小国の区別なく、自治を与えてきたのだ。
「それに蛮族王が、口を開かないもの作戦の一つか?」
カネンたちの交渉の相手は、蛮族軍の外交官が担当していた。
交渉の間にいる蛮族王は終始無言。
呪術が描かれた不気味な仮面を被り、毛皮で覆われた椅子に鎮座している。
「蛮族王はん……これは案外、食えない相手かもしれんな」
好敵手の出現に、カネンはニヤリと笑みを浮べる。
これまで大森林の蛮族たちは、低い文明度しかないと思われてきていた。
弓矢で獣を狩り、生肉を素手で食す。
国も法もなく野蛮人だと、周辺の諸国の民によって
「この蛮族王が、かなりの知恵者……か?」
だが蛮族王が提示して条件は、明らかに理に
まずは圧倒的な武を持って、野戦で相手を制する。
その後、非常識なほどの好条件での降伏勧告。
税も安ければ自治も認める。
地天の助けにも感じる条件であった。
これでは大抵の諸国は、全面降伏を受け入れるであろう。
かなりの知恵者が、この大遠征を立案し運営しているのだ。
「いや、もしくは影の誰か、がいるのかもしれんな……」
カネンは交渉の間を、鋭い視線で見渡す。
この遠征軍の仕組みを考えた“知恵者”を探していく。
相手側の幹部には、屈強な蛮兵が連なっている。
それ以外にも元バルカン公国の公女ミリアや、他国の騎士たちもいた。
「いや、この中にはいない……な」
目的の相手を見つけられず、カネンはため息をつく。
たしかに蛮族以外の者たちに知性はある。
だが蛮族軍の快進撃を操るほどの知恵者は、彼ら諸侯たちの中にいない。
「一目だけで分かるとは……さすがはカネン様ですね」
「サガイで生き抜いてきた力や。リットンも嫌でも分かるようになる」
大商人カネンは特殊な力を持っていた。
それは“人を見抜く力”……いや才能といった方が正確かもしれない。
商人の国であるサガイには、
その全てのライバルを押し退けて、カネンは
人を見抜く特殊な能力は、その中で身につけた処世術ともいえよう。
――――そんな時だった。
「飯の時間だ。食っていけ」
相手側を値踏みしてカネンたちに、蛮族の外交官が声をかけてきた。
交渉もひと段落したので、宴の時間がきたのだ。
「飯の時間ですか? それは楽しみですわ」
カネンは何気ない顔で外交官に答える。
だが内心では胸が高まっていた。
大事な商国サガイの命運を賭けた、大勝負の時間がやってきたのだ。
「い、いよいよ……ですね、カネン様」
「ああ、蛮族たちの“噂の飯”の時間や」
カネンが集めた極秘の情報によると、蛮族軍には秘密があった。
それは晩餐の食事の時。
総大将である蛮族王が、警護の固い玉座から降りてくるのだ。
(そして謎の料理か……)
カネンは心の中で警戒を強める。
バルカンの間者から仕入れた極秘情報によると、宴に謎の料理が出てくるという。
誰も見たこともない料理を食べてから、諸侯たちは軍門に降ると噂されていた。
(おそらく、かなりの豪華な料理。しかも珍品に宝食材……といったところだろう)
戦乱が続くこの大陸では、食の文化はかなり衰退している。
ゆえに交渉や晩餐会での食事に、各国の統治者たちは力を入れている。
有名な
豪華な料理を出せるものが、権力と文明度の高さで上に立てるのだ。
(だが、こっちも奥の手があるんや……)
カネンには絶対的な自信があった。
この後の宴で、どんな食事が出てこようが関係ない。
その秘策があれば、蛮族共に負けないことが可能なのだ。
(ワシら商国の力を舐めてもらったらこまるで! ん? ふむ?……むむ? 何だ、この香りは……?)
カネンが心の奥で勝ちを確信した、その時である。
その大きいな鼻に、
(これは……タレか?)
それは何かのソースが、香ばしく焼けるような匂いであった。
これは宮廷料理に出てくる高級ソースか?
いや違う。初めての香りだ。
「この匂いは何や……?」
思わずカネンは、匂いの出どころに意識を向ける。
匂いの先は交渉の間の片隅。
柱の影から、この香ばしい匂いは流れてきたのだ。
(この音は……鉄板で何かを焼いているのか?)
商国サガイの大頭カネンは、かなりの食通だ。
巨万の富と権力で、大陸中の様々な料理を口にしてきた。
音を聞いただけ、ある程度の調理方法も推測可能なのだ。
(だが、何だ……これまで
だが、そんなカネンですら未知の匂いだ。
今までの人生で食したことのない、不思議なソースの匂い。
フルコースの高級ソースとも、全く違う風味なのだ。
「あの柱の影か……これを調理している者がいるのは⁉」
香りにつられて、カネンは足を進める。
あそこに行けば、この香りの正体が分かる!
噂の料理を作る料理人(シェフ)がいるのか、あそこに?
強欲なカネンどうしても知りたくなり、その場所へと向かう。
「こいつは
だが、たどり着いた場所で、カネンは眼を細める。
大広間の後方にある調理場にいたのは、エプロン姿の青年だった。
しかし料理人にしては目つきが鋭すぎる。
「黒目黒髪……東の海の向こうの者か……?」
青年は不思議な
この大陸では珍しい黒い瞳と髪の持ち主。
噂では東の大海を超えた地に、似た風貌の人種は住んでいるらしい。
カネンは大航海を終えてきた船乗りから、そう噂で聞いたことがあった。
そんな黒髪の青年が、無言で調理をしている。
「ん? なんだ……その不気味な料理は⁉」
鉄板の上の料理を目にして、カネンが思わず声をもらす。
ここでは高級食材を焼いていたと、先ほどまで予想していた。
だが実際には違った。
ドロドロの不気味な液体を、青年は焼いているのだ。
「お、おい、お前さん、これは何だ? もう食えるのか?」
「もう少し待て」
大陸有数の資産家であるカネンを、
「な、何やて⁉ ワシを誰だと思っているんや!」
こうして商国サガイと蛮族軍、宴の戦いが始まるのであった。
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