第1話:公女とバルカン牛のハンバーグ (前編)

 今、大陸は戦乱の時代。

 各国の諸侯たちは戦に明け暮れ、罪のない多くの民が巻き込まれていた。


 そんな中、一つの事件が起こる。

 辺境の大森林を治める蛮族王が、蛮兵を率いて大遠征を開始したのだ。


 人間離れした圧倒的な武を有する蛮族軍。

 抵抗する周辺諸国は次々と戦に敗れ、蛮族王に併合されていく。

 

 そして大陸東部で勢力を誇るバルカン公国。

 その首都“公都”にも、蛮兵の剣は達していた。


 ◇


「本当に乗り込むつもりなのですか、ミリア様」


「ええ、アラン。女の身である私なら、敵も油断するでしょう?」


 バルカン公国の若き公女ミリアは、騎士アランと共に馬を進めていた。


 向かう先は公都を包囲している蛮族軍の本陣。

 彼女の目的は交渉の場で、憎き蛮族王の命を奪うことである。


「蛮族王か……噂には聞いていたけど、本当に実在していたのね」


「はい、ミリアナ様。私も幼い頃に聞いた、作り話だと思っていました」


 今から数か月前。

 大陸の東の辺境に広がる大森林。

 そこを治めていた蛮族王が突如として、軍を率いて森を出てきたのだ


「それにしても、アラン。こうして事前に降伏勧告をしてくるなんて、蛮族らしからぬ行為よね」


「たしかに不思議ですね、ミリア様」


 蛮族軍は森の外の諸国に、次々と攻め込んでいく。

 

 だが戦いの中で彼らには変わった習慣があった。

 それは攻城戦の前に、必ず降伏勧告を行うことだ。


 これは大陸の戦の常識では、考えられない異例な習慣。

 だから公女ミリアと騎士アランは不思議に思っていたのだ。


「でも公国にとって、これは起死回生のチャンス……」


 ミリアは懐のナイフに手をやり、改めてその決意をつぶやく。

 何故ならミリアとアランの祖国バルカン公国も、彼らから降伏勧告を受けていた。


 今から数日前のこと。

 バルカン平原の決戦で公国軍は、蛮族を相手に大敗していたのだ。


 そして蛮族軍の降伏勧告の使者は、公国の首都に訪れてきた。

 今ミリアたちはその使者に連れられて、敵の本陣へと向かう最中であった。


「見て、アラン……あれは……?」


 敵の本陣に到着。

 公女ミリアは信じられない光景に、言葉を失う。


「あれは鉄鎖てっさ騎士団⁉ それにあっちは紅蓮ぐれん騎士団⁉ まさか彼らまで蛮族軍の軍門に下っているなんて……」


 蛮族軍の本陣の様子に、ミリアは唖然とする。

 軍門に下っていたのは、武勇と誇りで名高い各国の騎士たち。

 彼らは蛮兵と一緒に、同じ釜の飯を食べていたのだ


「あの噂は本当だったみたいですね、ミリア様。多くの諸国が降伏勧告を受け入れて、蛮族の軍門に下ったという話は……」


 騎士であるアランも、言葉を失う。

 何故なら彼ら騎士は、名声を最優先にする。

 これまで野蛮人として見下してきた蛮族。

 その軍門に降るなど騎士とって、絶対に有りえない行為なのだ。


「いったい何が起きているの? ここで」


「予測も出来ませんね……」


 目の前の現実を直視しても、二人は驚きを隠せない。

 この数か月でいったい何が起きたのであろうか?


 短期間の周辺諸国を、次々と併合している蛮族軍。

 もしかしたら何か秘密が、あるのかもしれないのだ。


「着いた。ここに入れ」


 そんな時、蛮族軍の案内の使者が、短く口を開く。

 陣内の目的の場所に、着いたのだ。


 少し片言かたことなのは、共通語に慣れていないからであろう。

 

「えっ? これは家屋ゲル……こんな巨大な物が……」


 ミリアたちは家屋ゲルと呼ばれる、仮設の建物に案内された。


 小さな館ほどある家屋ゲルの大きさに、またミリアは驚愕する。

 蛮族がこれほど高度な建築技術を持っているとは、想像していなかったのだ。


「早く。中に入れ」


「わ、分かったわ」


 使者に急かされて、ミリアとアランは家屋ゲルの中に入る。

 足元に注意しながら、薄暗い通路を進んでいく。


「見てアラン。これはペルン様式の柱よ」


「こちらはブロズ様式の建築様式です、ミリア様」


 家屋ゲルの内部を歩きながら、二人は更に驚く。

 この建物はいろんな様式の建築技術が、応用されていた。


 蛮族たちがこれまで併合してきた諸国の、優れた技術が取り入れられていた。


「こんなことってあるの、アラン?」


「私にも信じられないです。もしかしたら彼らは適応力に、優れているのかもしれません」


 その事実は二人にとっては、衝撃的であった。


 何故なら各国や各部族には、長年にわたって育んできた誇るべき文明がある。

 それをいきなりこんな風に、他国の文化や技術を、簡単に流用できるものではないのだ。


 だが蛮族軍は、そんな常識にとらわれていない

 優れている物を、全て応用していたのだ。


「ここで待て。王がくる。話し合いをする」


 家屋ゲル内の広い一室に、ミリアたちは案内される。

 ここがバルカン公国と蛮族軍との、交渉の場になるのだ。


「ここが交渉の間……公国の未来を決める場所なのね」


 祖国の命運の重さを感じ、ミリアナは唾を飲み込む。

 自分の対応一つで多くの兵や民の運命が決まってしまう。


 国を代表としての大きな責務が、華奢きゃしゃな公女の身体に襲いかかる。



「王が来た。席に座れ」


 いよいよ公国の命運を賭けた、蛮族との交渉が始まる。


「蛮族の王が、いよいよ……」


 ミリアは誰にも気がつかれないように、懐のナイフを確かめるのであった。

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