蛮族王の料理番、異世界の戦乱を収めていく

ハーーナ殿下

プロローグ:異世界に迷い込んだ黒髪の料理人

 黒髪の青年は目を覚ました。


「……ん、ここはどこだ?」


 周囲を見渡して、状況を確認する。


「森の中か」


 周りは見渡す限りの深い森。

 しかも自分が見たことがない、種類の木々と植物ばかりだ。


「……オレは誰なのだ?」


 そして気が付く。

 自分に記憶がないことを。


 なぜこんな所にいたのか。

 今までどこに住んでいたのか。

 多くの記憶を失っていた。


「ん、これは?」


 そんな時、自分の倒れていた横に、大きな荷物を見つめる。

 旅行トランスよりも大きな、大きな鞄だ。


「これはオレの物……だな」


 記憶はないが実感はあった。

 中身を開けて確認する。


「料理道具……か。出張料理人……だったのか、オレは」


 その記憶だけが戻ってくる。


 ――――自分はどこかの国で料理人をしていた。


 ――――店を持たずに客の場に出向き、料理していた出張料理人であることを。


 だが、それ以外のことは思い出せない。


「ん? “SAEKI”……サエキ、これがオレの名か」


 包丁に彫られていた名で、自分の名を思い出す。

 それ以外は分からない。


「オレは出張料理人のサエキか。今はそれだけで十分だ」


 恐らく記憶を失う前から、あまり事実に固執しない性分だったのだろう。

 自然と思い出すまで、他の記憶は気にしない。


 ――――そんな時だった。


「ん? そこにいるのは誰だ?」


 木陰に気配を感じる。

 料理人として研ぎ澄まされた五感が、接近者を感知したのだ。


「……このオレに、気が付く。お前は普通じゃない。何者だ?」


 相手は物陰に隠れながら、片言の言葉を発してきた。

 槍のようなもの武装はしている。


 だが敵意はそれほど感じない。

 名乗っても問題はないだろう。


「オレは料理人のサエキだ」


「サエキ……りょうりにん?」


「メシを作る仕事だ」


「メシ? ちょうどいい、付いて来い。我らが王、腹を空かせている」


「王だと? 食材はあるのか?」


「沢山ある。だが我らが王、普通のメシでは満足しない」


「満足しないか……面白い。それなら“客”だな、その王は」


 見知らぬ森に、このままいても食材は手に入らない。

 だから付いていくことにした。


 たとえ相手が未開の部族でも、食材さえあれば、そこは自分にとっての戦場。


 料理人にとっては、メシを作り、食ってもらう場が戦場なのだ。


「楽しみだな。どんな未知なる食材が待っているのか」


 ◇


 こうして記憶を失った異文化の青年は、大森林を総べる蛮族王と出会う。


 王の空腹と満足感を満たして、部族に認められるのであった。


 そして蛮族王の専属の料理番となり、数々の文化と知識を交流していく。


 ◇


 そして戦乱で困窮してきた大陸の平地。

 蛮族王は蛮兵を率いて、進軍を開始するのであった。


 その傍らには黒髪の青年が付きそっていた。


 こうして戦乱の大陸に歴史が、一人の青年によって大きく動かされていく。

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