第127話 悪夢対策会議に参加する

 ――オデッセイの一画にある貴族の屋敷に、フードを被った男達が入っていく。男達は何かに追われるように急ぎ奥へと向かっていった。


「これはどういう事だ!」


 部屋の奥で腰掛けていた中年風の男は、部屋に入ってくる男達の報告を聞き怒りの声をあげる。


「我々にも分かりかねるのです。十年もの間気付かれなかったのに、昨日、突然発見されてしまったのです」


 中年の男の怒声を聞いたフードを被った者達は慌てて釈明する。


 あれだけ念入りに進めていた計画が、直前になって破綻した。この領地を治める領主だけじゃなく王族やその側近達にも悟られず、あと一歩のところでだ。


 何故だ!


 ドンッ! と、中年の男は拳を硬く握りしめ苛立ちを机にぶつけた。


「おいっ! 魔核の部屋を管理していた者はどこだ。現状を報告しろ」


 青ざめているフード付きの男達に鋭い視線を向ける。


「そっ、それが、まだこちらに到着していないようです」

「なんだと! 直ぐに使いを送れ! あー、待て。あの場所に騎士団が向かっているかもしれぬ。同胞を集め急ぎ占拠するのだ」


 報告を聞く限りは、既に魔核を中心とした各拠点は制圧されている……だが、人族との戦いの最中だ、魔核の部屋に差し向ける騎士の数は多くはないはず。魔核の魔力を使い暴走させる事ができれば、この街の結界を外から破壊するのは容易だ。

「グズグズするな! 早く行けボンクラ共!」


 部屋を出る男達に、肩を上げ苛つく気持ちをぶつける。


「はは、失敗しちゃった? おじさん、失敗? ダサいなぁ、あれだけ力を貸して上げたのに失敗するなんて、本当に使えないなぁ」


 中年の男の後ろに、黒髪の青年が姿を現す。


「まだだ、我は失敗なぞしておらぬわ! 黙って見ておれ!」

「ふーん、僕にそんな口聞いていいんだ? じゃー、僕、街の外の人達と合流しちゃおうかなー。おじさん使えないって報告しておいてあげるよ」

「まっ、待て。我が悪かった、許せ。そうだ、その方が気に入る女を何人か用意してある。時が来るまで好きにするが良い」

「気が利くじゃん、おじさん。金髪ロングのエルフのお姉ちゃんよろしくね。前に用意してくれた女の子、皆壊れちゃったから困ってたんだよねー。しょうがないから、もうちょっとここにいてあげるよ」


 扉の向こうから、執事が現れ青年を連れ出す。


「ひひひ、やっぱり異世界に来たらチートハーレムエンドでしょ」


 訳の分からない事を口走り去っていった。


 あんな小僧に良いように使われようとは……しかし、中年の男は逆らえなかった。青年の持つ能力のひとつに「制限解除」がある。我らの内に秘めた力を解放するにはあの力が必要なのだ。


「まだだ、まだ終わらんよ……」


 階下から聞こえる女達の絶叫を聞きながら、中年の男は邪悪な笑みを浮かべた。




 ――朝食後、宮殿の一室で夢の話をお父様達に説明する。


 あまり思い出したくない内容だったけど、自分の話に頷きながら真剣に聞いてくれているので喋らざるを得なかった。


「ふむ、魔力と精霊の力が使えなくなるか……、確かに上書きされた箇所に我も見た事のない術式が上書きされておった。残りの拠点も念入りに調査せねばならぬかもしれぬな」

「ディオス様、巨大な穴がオデッセイに出現していたというのも引っ掛かります。魔力吸引、もしくはこの街の結界を上回る魔力無効の地場を作るとなると、膨大な力が必要になります。そのような力を持つものがいましたら魔力感知で気付くと思うのですが……」


 お父様が顎髭を撫でながら思案していると、王妃様も自分の話で気付いたところを皆に投げかける。お母様も、メリリアも参加し、朝食の席より議論が活発になっていた。


 自分はもう思い出せる事は全部喋ったので、お母様の膝の上に座り、大人しく皆の話に聞き耳を立てる。時の女神が示したのであれば……、時の女神のお告げ……議論の中で何度も出てくる言葉。自分もあの夢が正夢になってほしくない。酷い夢だったけど、時の女神様が分岐点を示してくれたんだ。


 そう思うようになったら、ゾワゾワともモヤモヤしていた頭がすっきり晴れやかになっていく。王妃様の膝にいるシャーリーも、自分を心配してくれていたのか少し暗い表情をしている。自分は、そんな彼女を見て「もう大丈夫」と思いを込めて満面の笑みを向けた。


 ハッとシャーリーが自分の笑顔を見て、両手を顔に当て目をチラリと覗かせる。彼女が安心してくたと理解して、右手を振って応えた。


 お父様達が万全の体制で防止してくれているんだから、もう大丈夫! あんな恐ろしい事は絶対起きない!


 何度も自分に言い聞かせ成り行きを見守った。


 大人達の真剣な話し合いはお昼まで続く。「術式改変の魔道具があるかもしれない」、「魔術師百人でも不可能な魔力量を補える場所は……」、「混血種で王族に恨みのある貴族のリストを持ってきて」と、テーブルの上いっぱいに次から次へと紙の束や魔道具が積まれていった。


 会議の結果はこうだ。


 お父様と王妃様は、大きな穴が空いた場所を特定したのか、結界の魔法陣の中心に近衛兵とオデッセイに駐留している王国軍の第十五大隊を率いて向かう。


 お母様とお姉様は、護衛騎士と近衛兵の一部を連れ上書きされた拠点の修復を担当。結界の各拠点には街に滞在していた王家の所縁のある貴族と王国軍が守りを固める事になった。


 話の終わり際にお父様から聞かされたが、オデッセイの沿岸部近郊の都市に人族が侵攻してきていて、この街も安全ではないそうだ。結界が内部の謀反者による手引きも考えられ、予断を許さない状況なんだとか。


 自分の護衛騎士であるロアーナとリーシャ、近衛隊長と彼が指名する精鋭の騎士が守る宮殿で自分とシャーリーは留まる事になる。


 宮殿の一室には、貴族の女性と子供達が避難されているそうで、何が起こるか分からない状況で歩き周るのは厳禁。王族であるシャーリーもおいそれと顔を出す訳にもいかないそうで、皆が戻るまで自分はシャーリーの部屋でお相手するようにお母様に告げられた。


 昼食を皆揃って済まし、午後のお乳タイムからお昼寝をする。


「アリシアちゃん、少しの間お母さんもお役目で出てしまうけど許して頂戴ね」


 お母様の温もりでうとうとして寝落ちのカウントダウンが始まっていたけど、「はいっ」っとしっかり返事をする。幼いながら空気を読む自分。ちょっと大人になったね。


 まぁ、中身はいい歳なので、聞き分けて当然ですよ! 


 ……と思いつつも、今まで上手く感情の制御は出来ていないんだよねぇ。ちょっと現実を横に置いといて、ふんすと胸を張って見せた。


「ふふ、お利口さんですねー。直ぐに終わらせてきますわね」


 次に目を覚ました時にはベッドにひとり。皆、それぞれの任務を全うすべく出発していた。部屋の中には、ロアーナとリンナしかいない。


 お母様達の姿が見えない事に少しだけ心がシクシクする。だけど、我慢! あの悪夢が本当にならないために皆頑張ってるんだし!


「アリシア様、ご立派です。シャルロット様がお待ちになっておりますので、お着替えされてから向かいましょう」

「はい!」


 リンナの言葉に励まされ、寝間着とぱんぱんに膨れたおむつを交換してもらい、シャーリーが待つ部屋へ向かった。


 廊下の窓から、どんよりした雲がこの街を覆い隠そうとしているように映る。


 夢で見た空はもっと重く暗い色だった事を思い出す。


 大丈夫! っと、思っていた心に不安な気持ちが湧き上がった。


「あちらをご覧ください。少しずつ日が射してきておりますよ」


 暗くなりかけた気持ちを察したリンナが、自分を胸に抱え遠くの空を指で示す。視線が高くなり、オデッセイ街と海が見渡せた。


 海の向こうに見える雲の間から、光の線がいくつも降りている。前世でも何度か目にした事のある幻想的な光景。


 あの光が、どうかこの街にも照らされる事を願った。


 ――自分が来るのを待ち侘びていたのか、部屋に入るや笑顔で迎えてくれた。


 王妃様もお母様もいないので、夕暮れまで身体を寄せ合って絵本を読んだり、書字板に文字や絵を描いては見せ合い過ごした。


 宮殿内に避難してきた貴族の子供達がいる事をふと思い出す。彼等はここでどう過ごしているのか気になった。いきなり戦争が始まってしまって集団避難が始まったから、怖がったり泣いちゃったりしてないだろうか。


 幸いな事に、この部屋には沢山の見た事のない本があり、自分より勉強が進んでいるシャーリーがあのね、これはねと教えてくれるので退屈しない。


 王妃様がいない時は、シャーリーはとてもお喋りさんで可愛いのです。そんな彼女と共にいるだけで癒されるので、今が戦争中だという事を忘れてしまう。


 もっと子供達で集まって遊べたら、不安な気持ちも払拭できるんじゃないかな。


 何か皆で遊べる玩具はないだろうかと思案する。ボーリングセットにお母様が作ってくれた、ただぐるぐると転がり続けるだけの丸いゴーレム……絵本は一応王女様の物だから雑に扱うと大変だから避けるとして……もう少し何か違うものが欲しいな。


 鬼ごっことか汽車ぽっぽ遊びはルールを理解させるだけで骨が折れそう。汽車がそもそも存在しない……いや、実は何処かにあるかもしれないけど、自分は見た事ないので説明出来ない。


 積み木もあるかと思いながら、書字板を何と無く眺める。


 あー、カルタか。


 シャーリーと二人で作って、皆を読んで遊ぶのは有りだね。ふむ、これだけあれば皆退屈しないで避難生活を楽しいものに変えられる気がする。


 早速、リンナにお願いして薄くて小さい木の板を三十枚くらい持ってきてもらった。絵札と読み札を半分に分ける。


「シャーリー、おもしろいあそびをおもいついたの。いっしょにつくろう」

「いいですわ。どんなあそびですの?」

「ここに、ほんのえをまねしてかいて、こっちにもじをかくのです」

「それで、それで?」


 シャーリーが興味を示してくれたので、遊び方まで伝えると「はやくつくりましょう!」っと、興奮した面持ちで板を手に取り、絵本を広げた。


「これがいいかしら? うーん、これはかけないかも」


 絵札作りに直ぐに集中し始めたシャーリー。あれこれと悩みながらも羽ペンで絵を描き始める。


 小さいこの身体で絵を描くのは思ったより苦戦した。何度か失敗して、板を補充してもらい気づけば絵札が二十枚。何と無く描かれている絵が判別できる仕上がりになった。


 シャーリーの顔も手も飛び散ったインクが付いている。


「シャーリー、おかおがまっくろです」

「アリシアもくろくなってますわ」


 お互いにインクのついた箇所を指差し笑い合う。


 シャーリーの側使えに温かい濡れタオルで顔を拭ってもらい、出来上がったカルタで遊んだ。


「もう! アリシアばかりとってずるいですわ! まけませんの!」


 ちょっと札を取りすぎたせいで、シャーリーが頬を膨らませてプンプンし始めた。ついつい楽しくなって、本気を出してしまっていたようです。


 怒った顔も可愛いねー。ちょっと涙目になっているので、彼女が慣れるまで手加減する。しかし、流石王族というかシャーリーの自頭が良いのか、数回こなすと札を全部覚えてしまったようで、手加減しないでもいい勝負になってしまった。


 恐ろしい子や……。


 シャーリーとの勝負が拮抗し始めたところで、自分は彼女に提案した。


「あしたは、ここにいるこもよんでみんなであそびません?」

「それはいいはなしですわね、よびたいですわ」


 チラリとリンネとシャーリーの側使えに視線を向ける。


 二人とも了承してくれたのか、瞼を一度ゆっくり下げて見せた。


 今日は思ったより頭と身体を使ったよ!


 並んで夕食を食べていると、シャーリーは既に舟を漕いで眠そうにしていた。その姿を見て、自分も脱力してしまい、スプーンを握ったまま意識が途切れ眠りに就く。

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