第128話 看破

 ――結界拠点


「ここは随分と派手に壊されてますわね。エルステア、貴女の力も必要になりそうです。こちらにいらっしゃい」


 時の女神の気まぐれは、間違いではなかった。


 今、目の前に映るこの街の結界の魔法陣は、何者かの手によって邪悪な瘴気を放つ吸引の魔法陣に書き換わっている。


 ここまで誰にも悟られず上書き出来るなんて……。


 相手は相当な実力者と見た方が良いわね。


 先ずは、この魔法陣の効果を消しましょう。


「邪悪なる意志により、我らの安寧を汚すこの力を封じ給へ。エルフェスデュールの名において、浄化の力を行使せん! クリエンティア ディル ルーア!」


 隣に控えるエルステアも、続いて魔法を唱える。


 禍々しい瘴気を放っていた魔法陣は、中心から徐々に消えていく。その下に書かれていた結界の魔法陣が姿を現し、魔法の成功を確信する。


「エルステア、お上手でしたよ。魔力の流し方も申し分ありません。立派になりましたね」


 学院に通い、魔法を行使する機会が増えたせいか、娘の成長は著しかった。普通の成人でも、これだけ強大な魔法陣を消すには大量の魔力と操作が必要。


 自分の補助とは言え、ここまで魔力が扱えるなんて……流石、私の娘ですわ。


 褒められてはにかむエルステア。


 その成長を間近で見られ、嬉しい喜びに心が満ち溢れた。


「さぁ、次へ向かいますわよ、エルステア。ここに侵入する者が現れたなら、切り捨てて問題ありません。皆の者、よろしいですか?」

「はっ! ユステア様! 何人足りともここへの侵入を防いでみせましょう! サントブリュッセル騎士の名において!」


 ドンッ! っと、力強く胸を叩く騎士達。


 彼等の忠誠心にこの場を託し、次の拠点へと向かった。


「サントブリュッセルの騎士は、皆、頼もしいですわね、お母様」

「ええ、この国の騎士は世界一と言っても差し支えありませんわね。これで、アリシアちゃんの悪夢も少し遠かったはずですわ」


 一つ一つ、悪夢の憂になる箇所を潰して回る。


 そう言えば、時の女神のお仕置き方法をまだ考えていませんでしたわね。


 アリシアちゃんを泣かせたのですから……。


 次の目的に着くまで、お仕置き方法を笑顔で思案した。




 ――二つ目、三つ目の結界拠点には異常は見当たらなかった。


 ただ、隣接する家屋から瘴気が発生しているのを見つけ、原因の魔道具を破壊し回収する。


 この魔道具は、王都でも騒動の原因になった物と類似していた。


 始祖様を天に戻らせただけじゃ無く、この国を本気で葬りたい。ここまで憎しみが増幅するなんて……。


 アリシアちゃんの夢で、黒幕の一部は明らかになった。


 混血種主義ですか。


 まだ、人をモノの様に扱い人体実験を繰り返す組織が蘇ろうとは。


 今回の戦争に同胞が絡んでいると見て間違いない。混血主義の根城と化している聖霊院にエルステアを行かせていたらどうなっていたか……私の判断は、正解だったようですわ。


「エルステア、お母さんから離れてはいけませんよ」


 ずっと、ずっと側にいてくれていいのよ。と、ちょっとだけ込めて、娘の肩に手を置き手繰り寄せる。


「はい! お母様もしっかり援護いたしますわ」


 まぁ、なんて頼もしい子。早く、邪な輩を退治してしまわないといけませんね!


 愛くるしい目を向ける娘をギュッと抱きしめる。


 アリシアちゃんも寂しがっているはずですし、ぱぱーっと解決して抱き締めてあげないといけませんね。


 本気を少しだけ出して、残り三つの拠点を掃除し娘達の待つ宮殿に戻った。




 ――結界拠点中心部


 こいつでここは最後か。


 結界の中心に潜んでいた刺客は、全て始末が完了した。


 あと少し到着が遅れていたら、結界の中心に置かれた魔力炉の力が枯れるところだった。吸収された魔力の大半が、既に外に持ち出されてしまったのは如何ともし難い。


 あれだけの強大な魔力を隠蔽し持ち運ぶとは……厄介な相手がいるもんだ。


 鮮やかな手際に敵ながら見事。


 敵の計画は恐らくこうなんだろうと推測。


 膨大な魔力を内包できる魔力炉を枯渇させ、周囲の結界魔法陣を吸引の魔法陣に上書きし発動。魔力を集めようと暴走する魔力炉は、魔法陣を起点にさらに吸引力を上げていく。


 守るための結界の魔法陣は、無限に魔力が吸われる続ける装置と化す。


 アリシアの言っていた、魔力が使えなくなる理由はこれを指しているのだろう。


 持ち運ばれた魔力は、侵攻中の人族の軍隊に持ち運ばれ、兵器の燃料として使われるまで推測出来た。


 時の女神が降り立たねば、我らに未来はなかったな……。


 中心部の安全を確認し、王妃と側近達に魔力炉の補充と防衛を頼む。


「ここが占拠出来ないとあらば、奴等も本腰を入れてくるであろう。我は、拠点前に出て迎え撃つ、後陣は王妃にお任せしたく」

「ええ、承知しましたわ。どうかこの国をお護り下さいませ」


 あの場所を戦場にし、魔力炉が破壊されれば別の危機を招く。念には念を……侵入阻害の結界を展開し、この後を予想し拠点前に移動した。




 ――オデッセイ中央拠点前


「結界魔法陣の修復は完了しましたわ。王都での騒動と類似した魔道具を発見しております。くれぐれも用心してくださいませ」


 ユステアの伝令鳥の知らせを受け、敵側の狙いはほぼ潰れたとみる。


 ここに誰が来るのか……謀反に協力する者もいるだろう。その中心に立つ者に心当たりがあった。


 同じエルフ族として生活を約束されてはいるが、不遇を今尚、受けている者達。彼らは、知恵は人並み以上だが、生まれの定めでエルフ本来が持つ能力は半分しか受け継がれない。


 ハーフエルフ……。


 頭脳を活かした職業に就き、貴族となる者もいる。しかし、古い考えを持つ者が少なくないエルフ族では、貴族となっても迫害を受け、出世を妨げられる事もあった。


 現国王になってからは、ハーフエルフを差別する事を禁じ、等しく評価する事を公にしている。長年に渡る軋轢も少しずつ溶けかけていた。


 その矢先に……この様な事が起ころうとは……。


 出来れば、自分の前に立つ者が想定していた人物でない事を願った。


 この戦時中に、城壁の援軍に向かわず街の中を駆ける一団。領地持ちの貴族を表す旗のシンボルに覚えがある。


「正夢になってしまったか……」


 ふぅっと大きく息を吸い、一団に向かって声を上げた。


「そこの者達! この戦いの最中、何用であるか!」


 拠点に張った陣の前で一団は止まり、大剣を携えた大柄の男とフードを深く被った男が前に出た。


「久しいな、ディオスよ。我らはこの地の危機を聞きつけ戦列に加わりたく参った次第だ。前線は大英雄の到着を心待ちにしておろう。ここは我らに任せ、行くが良いぞ」

「随分と口が回る様になったな、ジョゼフ。戯言はその辺にしておけ、ここを明け渡す訳には行かぬ。其の方の企みは看破したぞ、無駄な足掻きを辞め投降するるが良い。今ならば、減刑の口添えをしてやらん事もない」


 こんな言葉で立ち止まり、考え直す事もないだろう。


 再び、大きく息を吸い込み、ジョセフに睨みを利かせ声を上げる。


「ジェセフ男爵は我らサントヴリュセルに弓引くものぞ! 皆、剣を取れ! 一人も逃してはならぬ!」

「おうっ!」


 騎士達の気合の篭った声が、広場に響き渡る。


「ちっ! まさか我の前に立ち塞がるのがお前とはな。大義のために行かせてもらう! 死ねっ! ディオス! 悪しき慣習と共にこの地で散るがいい!」


 ジョセフを先頭に、拠点内部へ侵入しようと反乱軍が突撃を始める。


「其の方の相手は我だ! 来いっ! ジョセフ! 引導を渡してやる!」


 ガシンッ! ギャインッ!


 大振りの大剣がぶつかり合い、火花を散らす。


 こうして奴と打ち合うのは、何十年振りだろうか……。


「制限された身とは思えぬその力、見事であるな! だが、我には及ばぬよ!」


 ジョセフと俺は、騎士の頃から何十、何百と試合をし、己の腕を互いに磨きあった。ハーフエルフという能力の制限がありながらも、奴は屈せず研鑽を続け、遂にはエルフの騎士達を抜き、第八騎士団長まで上り詰めた。


 この国を守る精鋭として認められ、誉ある地位をハーフエルフとして初めて得たのだ。


 これ以上、罪を犯させてはならない。


 まだ、奴に正気があるうちに終わらせねば!


 大剣に魔力を込める。


「くたばれ! ディオス!」


 ジョセフは勝機と見たか、剣速を上げ連撃を放つ。


 初手を交わし、二撃目を捌くと同時に、奴よりもさらに加速し奴の剣の真ん中目掛けて剣を振り下ろす。


 パキンッ!


 と、ジョセフの大剣が真っ二つに折れる。


 叩き折った衝撃で、手の痺れを押さえるジョセフに、剣を突きつけた。


「これまでの血の滲む努力を無駄にするな、ジョセフ。まだやり直せる、引くのだ!」


 観念した様に項垂れるジョセフ。


 誰よりも奴の努力を知っている。エルフの長い寿命の中であれば、やり直せる機会は幾らでもあるのだ。


 そう思い、ジョセフの目を見ようとした瞬間、瘴気が包み込み姿を消した。


「うっわー、本当にこいつ弱いわぁ。マジ使えない」


 今まで何も行動を起こさなかったフードの男が口を開く。その横には膝付いたジョセフがいる。


「おっさん、つえぇじゃん。あれだ、神の使いとやった時より強くなってんじゃない? マジで邪魔ばっかすんのな、イラつくわぁ」


 爪を噛み、怨みがましく目を向けるフードの男。


「まっ、これで余裕ブッこいてらんなくなるけどな!」


 袖口から何かを取り出し、ジョセフの口元に手を当てる。


「させるか!」


 咄嗟に、危険な動きと判断し剣撃を飛ばす。胴体から真っ二つになるフードの男。


 しかし、切り離された腹から下は黒い靄になり消え失せたものの、胴から上は気にする事なく平然としている。


「ククク、残念、残念。おじさん、勘はいいけど詰めが甘いよねー。もう、ここには用はないから、僕はこの辺で。大切な友達なんだっけ? こんなんなっちゃったけど、仲良くしてあげてね」


 フードの男に何かを飲まされたジョセフ。


 跪いたまま動きを見せないが、奴の内側には悍ましい魔力を感じる。


「貴様! 何をした!」


 今度は頭を狙い、さっきより早く剣撃を振るう。


 音も無く身体が霧散し、男の頭が残る。フードで隠れていた男は、黒髪でまだ幼さが見える容姿だった。


 異世界の勇者……また、こいつらの仕業なのか。


「力が使えなくて可哀想だから、神が掛けたリミッターを僕が解除してあげただけだよー。おー、怖い、怖い。まぁ、頭のネジもぶっ飛んじゃうけど、ククク」


 ルードヴィヒに飲ませた薬と同じ物であるのは間違いない。ジョセフの身体から瘴気が溢れ出す様は、あの時と何一つ変わっていないのだ。


「仲良く二人で地獄に落ちるといいよー。では、さいなら、さいなら」


 青年の男は最後の言葉を残し、靄と共に消え去った。


 眼前には、完全に闇に飲み込まれ狂気に染まった戦友が、敵を見定める様に揺れ動いている。


「すまぬ、ジョセフ。手を差し伸べるのが遅かった我を恨むがいい」


 グッと大剣を握る手に力を込める。


 まだ正気だったジョセフの面影を吹っ切り、加速し剣を突き放った。

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この異世界で、転生幼女は何を願う 〜TS幼児エルフは”おむつ”がとれませんっ!〜 しろ @shiro_chi

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