第119話 軍艦乗船までの路
青く澄んだ海を突き進み、遠くでぼんやり見えていた軍艦が徐々に明らかになっていく。
前世で知っている近代的な戦艦とは少し様子が違った。艦首っぽいものはあるけど、帆柱が三本建っていて、砲台らしき物は見えない。船全体は木材が張られているようにも見えます。どことなく、中世っぽい船って感じだ。
魔道具で動いているこの船の方が近代的かも。
凄い速さで波を掻き分け進んでいるのに、全く水しぶきが自分達に掛かってこない。船の後ろを目を細めてジッと見ると、水が空中で何かに当たって弾けているように見えた。
もしかして、この船全体に薄い膜が張ってある?
「少し船の向きを変えますから、しっかり掴まっていてくださいねー」
自分の疑問を他所に、お母様は右手をくるくるっと回す始める。緑色の魔力がお母様の指先から渦になって現れ、そのまま「えいっ」と掛け声を出して手首を振ると、船尾がゆっくり左に移動していった。
ほぇー。
風の魔法で舵を取るのか……。
船にあんまり乗ったことがないけど、魔法で動く船は初体験です。
「ふふ、アリシアちゃんはお船が気になりますね。この船は、火と風の力をこちらの魔道具で融合させて力を増幅させて、水中下で放出させますの。ただ直線移動しか出来ませんから、こうして風の魔法の力を使って船の向きを変えて操作するのよ」
初めての魔法で動く船に興味津々な自分を察してか、お母様は笑顔で教えてくれた。
「おかあさま、ありがとうぞんじます。このちからはばしゃでもつかえないのですか?」
魔法で動く船はあるけど、魔法で動く乗り物はまだ目にした事がない。素朴な疑問が生まれ、思わず口走ってしまった。
「うんうん、アリシアちゃんは賢いですわねー。同じようにこの魔道具が使えれば便利に思っちゃいますわよね。残念な事に、増幅した力を制御させる研究は進んでますけど、実用化は遠いようですの。馬車の荷台に付けて走らせた実験報告では、急な勢いで一直線に進んでしまい、城壁に衝突してバラバラに壊れてしまったそうですよ」
ハンドルやブレーキ、アクセルまで技術的な進歩が無いって事か……。なるほどねー、自分は工業系の学校じゃなかったから、車の構造や仕組みには明るくないんだよなぁ。この世界で実現の役には立ちそうもない。それに、アスファルトで舗装された道なんてないし、でこぼこ道だから乗り心地は最悪だろうね。お尻が痛くなりそうだ。
「いつかできるといいですね、おかあさま」
他力本願、期待半分で返事をする自分。きっとこの世界の誰かが、車みたいな乗り物を生み出してくれるに違いない! お母様の足元に見える魔道具で出来たエンジンを見つめた。
船に揺られている間、シャーリーはリフィアにしがみついたまま一言も言葉を発していない。目を船底に向けて固まっている。
「シャーリー、きぶんがわるいの?」
「そっ、そんなことありませんわ。おほほほ」
気丈に振舞おうと引き攣った笑顔を見せるシャーリー。
もしかして、船が怖いのか?
「ふねからおちても、おかあさまがたすけてくれますからだいじょうぶですよ」
「い、あ、そうですわね……ユステアさまがおりますものね」
余計な一言で、シャーリーはさらにリフィアに身体をくっつけて袖を握りしめた。
あちゃー、余計怖がらせちゃったよ。
「ごめんね、シャーリー。このはやさですし、すぐつくとおもいます。もうちょっとのしんぼうですね」
「アリシアは、どうしてへいぜんとしていられるの……」
眉を下げて上目で自分を見つめてくる。まぁ、メリリアに抱えてもらっているし、お母様もいますからねぇ。何か起きてもどうにかなってきたから、このくらいでは慌てないですよ。
と、シャーリーに伝えても理解されないと思った。
「ほら、ぐんかんにのれるってことのうれしいきもちで、きもちをまぎらわせてますから」
「ア、アリシアは……あんがい、たんじゅんなのですね……うらやましいですわ」
ちょ、ちょっとそれはあんまりじゃないですか、シャーリーさん! くぅ、気を使った言葉が仇になるとは……単細胞ってイメージが彼女に定着するのは困ります!
「たのしいこととか、うれしいこと、あとうたったりすると、こわいことなんてなくなりますよ。じゃー、わたくしがすこしうたいます! きっと、こわくなくなりますよ!」
何とかイメージを払拭させるために、彼女がこの航海が紛れるように歌ってみせた。
海といえば日本の定番の童謡だ。これなら歌詞はまだ覚えている。でも、この歌だけじゃ……もたないと思い、アロハな歌も披露してあげた。船の加速に比べてまったりした曲だ。少しは気分は紛れるんじゃないかな。
アロハーっと歌いながら、シャーリーの様子を伺うと眉間の皺は取れていて、目を細めてほっぺたを紅くしてこっちを見ていた。
あれー? なんか反応がちょっと違うような……。ちょっと反応が読めません。ウクレレとかギターを持ってないから、あんまり雰囲気出なかったと思うけど、とりあえず気は紛れてますよね。
「どうですか、シャーリー? あまりじょうずにできませんでしたけど……」
「アリシアちゃん、そのお歌はどこで覚えましたの? お母さん、びっくりしましたわ」
あっ、やばい……シャーリーのイメージを変えるために必死になり過ぎて、歌詞付きで歌ってしまった。どっ、どうしよう、上手く伝えないともっと大変な事になってしまう。
「えっと、このうみがきれいだったので、その……おもいつきで……す」
嬉々とした表情で見つめるお母様に、覗き込むよう上目で返事をする。
「まぁ、このおうたは、そっきょうですの? アリシアはしもできますの?」
リフィアに抱かれているシャーリーが、目を丸くして前のめりで驚きの声を上げた。いや、即興というかそういう歌がちゃんとありまして……。
うぁ、これはどう収集したらいいのだぁ。
「アリシアちゃんの詩人の才能が開花したのですね。素晴らしい才能ですよ。メリリア、今の詩は覚えられました? 後で教えてくださいまし」
「はい、奥様。詩と音色も把握してございます。到着しましたら、書面をお持ちいたします。アリシア様は、成長する毎にさまざまな才能が花開いております」
「ええ、これも神の計らいでしょう。私、感激のあまり倒れそうですわ」
ダメダメ、そんな事で倒れたないでー! 船の上に立ったまま、額に手をかざしフラついて見せるお母様。慌てて身を乗り出し両手をお母様に向けた。
「ふふ、冗談ですわ、アリシアちゃん。でも、感動したのは本当ですのよ。また、いいお歌が浮かんだら歌ってくださいね。お母さん、楽しみにしてますわ」
「アリシア、わたくしもあなたのうたがもっとききたいですの。ぐんかんについたら、またうたってくださいまし」
これで良いのか分からないけど、自分の才能が開花したという事で皆んな納得している。
あー、これ本当にまずい。小学校で習う民謡と童謡に、少しポップな歌が数曲くらいしか覚えてないのだ。いつか、これはボロが出てしまうよ……。
シャーリーに対する印象の払拭に支払った対価がデカすぎだ。
皆んなが笑顔になるなか、ひとり顔が青ざめていた。
――魔道具で走る船が、軍艦の影に入る。目の前には、王都の城壁並みに高い船側がそびえていた。
はぁー、デカイ! こんなにデカイのか、軍艦って!
あまりにデカすぎて、遠くから見えていた艦首が全く見えず、上を見ていると口が勝手に開いてしまった。
で、これはどこから乗船するのでしょうか? 海上から船に乗った事のないので、入り口のある場所が皆目検討がつかなかった。
自分達の乗せた船は船側に沿って、軍艦の船尾に移動していく。
船尾に到着すると、天井の低い空洞が見えた。その中を船が進んでいくとタラップが置かれている。なるほど、外からではなく、中から乗船するのか。うーん、なんか面白い構造になってますね。
船員の人達がタラップの前に集まり、自分達の船にロープを投げ引き寄せてくれる。その中には、お父様もいて、嬉々としてロープを引っ張っていた。
「せーの! せーの!」
船員たちの掛け声で、船は徐々に船側に引き寄せられていく。
「よし、タラップを降ろせ! 其方等、少し離れておれ!」
船側にピタリと寄せられる。
ガッシャン! っと、タラップが付けられ、お父様が駆け寄ってくる。
「全員無事のようであるな。では、一人ずつここを渡るのだ」
リーシャが素早く降り、周りを警戒する。いや、うん、この軍艦は王様の物だからそこまで気を配らなくても。と思ったけど、護衛騎士のお仕事なんだろう。余計な事は言わずに、見守っていた。
リーシャの合図で、リフィアに抱かれているシャーリー、自分とメリリアの順で降りる。お母様は、お父様にエスコートされて最後に降り立った。
王妃様もお姉様も無事に到着でき、軍艦の船着場で合流。誰も欠けずに、軍艦まで辿り着けました。
地に足が着きホッと一息着くと、
当然、パーッパ、パーっとラッパの音が聞こえ、ビクッと身体が震えた。
あっ……あー……ちょっとだけ……染みたかも。
マントで隠れてるし、垂れてないからセーフ!
「アンヌ王妃様、シャルロット王女様、ユステア様ご一行、お成り! 一同! 気をつけ!」
ババッ! っと、船員さんが一列に並び、胸に手を当て一斉に敬礼した。
うわー、また場違いなところに来ちゃったかなぁ? ラッパの音でちょっとだけちびった事なんてどうでも良くなり、思わずお母様のスカートにしがみついてしまった。
「ははは、アリシアはまだ慣れぬか。可愛いのう」
お母様の後ろに隠れる自分に、覗き込むようにして様子を見てくるお父様。
「いきなりでしたので……おどろきました」
「そうであったか、それはいかんな。船乗りは少々荒っぽい奴が多いのでな、許してやってくれ」
自分が勝手に驚いただけなので、許すも何もないのだけど、ここは大人しく黙って頷いて返した。
「うむ、さすが我が娘。寛大であるな。では、其方等の安全のため、ロイヤルエリアで待機してもらう。案内しよう」
まるで自分の船のように船員さん達の間を悠然と歩き、先導するお父様。その背中が堂々していて、物凄くカッコ良い……。
「ふふ、お父さんは立派でしょう、アリシアちゃん」
「はい、おとうさますてきです。そんけいします」
ニッと笑顔を向けると、お母様は自分を抱きかかえて微笑んでくれた。
「エルステア、アリシアちゃん。お父さんに遅れてはいけませんよ」
「はい。お母様」
王妃様達に続いて、自分達も船員の一糸乱れぬ列を抜け、軍艦の内部に入っていった。
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