第118話 いつまでもともだちで

 軍艦に乗れる事を知ってから、テンションは上がりっぱなし。


 既に明日になるのが待ち遠しく思い、オデッセイの街で何処を回ったのか覚えていない。露天でイカっぽい何かの姿焼きや、ホタテっぽい貝類の網焼きの匂いくらいしか記憶にないのだ。


 お貴族様は、買い食いなんてしないようです……匂いだけ……と思い鼻をスンスン。


 食べられないのは、ちょっと残念です。


 街の散策を終え、夕食時に魚介類満載の料理を出してくれたので、そんな気持ちも直ぐに失せてしまったんですけどね。


 食べ歩き出来なかった分、イカとかタコっぽい食感の料理をしっかり食べられたので満足です! おまけに、白身魚の唐揚げまで出てきて、最高のバカンスですよ!


 さすがに、一日中はしゃいでいたので、自分もシャーリーもお疲れモード。


 アレク宮殿の豪華な露天風呂に、王妃様にシャーリーを含めて、皆んなまとめて入る事になった。高台の上にある宮殿なので、外から見られる心配は無さそうだけど、護衛騎士達がしっかり持ち場を決めて見張ってくれているので安心してお風呂に入れます。


「アリシア、はやくおふろにはいりましょう。ほら、いそぎなさい」


 既に衣服を脱ぎ終わっているシャーリーが、嬉しそうに自分を誘ってくる。この世界の女性達は、あまり羞恥心が無いのだろうか……それとも、自分の感覚がおかしいのか……。隠すところ何て無いと言わんばかりに、素っ裸で手を引くシャーリーに、視線が泳いでしまう。


 出るとこは出て、引っ込めるところは引いた美しい曲線を描いている王妃様も、隠していない……。うん、さすが王妃様ですよ。これまで、いろんな美女の裸を目にしてきた自分。王妃様は、そうですねー、ナーグローア様に近いプロポーションかな。と、勝手に思いひとりで頷いた。


「アリシア、なにをみてますの? へんなかおになってますわ」


 王妃様の身体に感心していると、シャーリーが接近してきて、自分の顔を覗き込んでいる。


「なっ、なんでもないです、シャーリー。さぁ、おふろにいきましょう」


 油断して顔が緩んでいたのだろう。王妃様をじっくり観察していたなんて事が知られるのはまずいと感じ、シャーリーの手を取り、お風呂場へ向かった。


「へんなアリシア。おかあさまにみとれるのはしかたありませんの。このくにいちのびぼうですもの」


 グホッ、バレてるんかい……。


 シャーリーの言葉に足を止め、彼女に引きつった笑顔を向けた。


「おうひさまのようにうつくしくなりたいですね、シャーリー」

「そうですわね、アリシア。わたくしたちも、おんなをみがきましょう」


 見惚れていた理由の真相を悟られず、上手くかわしたと感じ、シャーリーに合わせて返事をした。女磨きって、何をするんだろうね……。身体と髪をちゃんと洗うとか、そんな話じゃないのは分かるけど、お化粧とかそんな話かな。


 よく分からないまま、取り敢えず女磨きに意気込むシャーリーの話に相槌を打っておいた。


「アリシアちゃん、王女様、足元を滑らせて危険ですの。そこでお待ちくださいな」


 お風呂場の扉に手を掛けようとした時、後ろからお母様の静止する声が聞こえる。おっと、いけませんね。また、ツルッとお風呂場で転ぶところでしたよ。


「はい! おかあさま!」

「あら、そんなことにはなりませんのに。ユステアさまはしんぱいしょうですのね」

「シャルロット、あなたもですよ。お尻にキズがついたら女磨きもできませんわよ」

「いっ、いやですわ、そんなこと。ごめんなさい、おかあさま」


 王妃様が、自分達の後ろに立ち声をかける。確かに滑って転んで、お尻に擦り傷がついたらみっともないですね。王妃様の言葉に、あたふたするシャーリーが可愛くて、思わず笑ってしまった。


「もう、アリシア! わらいごとではありませんことよ!」


 ぷっくぅーっと頬を膨らまして怒るシャーリー。そのまま、王妃様に抱きかかえられ、先にお風呂場へ入っていった。


「お待たせしました、アリシアちゃん。さぁ、入りましょうね」


 続いて、お母様に抱かれお姉様とメリリア、リリアと共にお風呂場に入る。


 お風呂場の入り口から、夜のオデッセイの街と、月明かりに照らされた海が見渡せた。船着場の周辺は灯りが煌々としていて、宮殿に近くほど灯りは少なくなっていく。今日のお月様は、満月の少し前くらいの形をしていて、景色全体を明るく見せていた。


「素敵な景色ですね、お母様。この地に来られて良かったですわ」

「ええ、明日の満月には、もっと素敵な夜空が見られますわよ。楽しみにしていると良いですわ」


 夜景にうっとり眺めているお姉様。月明かりに裸の美幼女が露天風呂の湯気と合間って照らされている。何とも幻想的な光景に、自分はお姉様の姿に見惚れてしまった。


「すてきです、おねえさま」

「ええ、すてきなけしきですね、アリシアちゃん」


 ちょっと今日は、うっかりが多いかもしれない。お姉様のお姿を褒める言葉が、勝手に口から溢れてしまった。特に隠す事でもないけど、あえて訂正せずにお姉様に笑顔を返した。


 シャーリーとお姉様、三人で横並びになり湯船に浸かる。湯船に映る月と、オデッセイの夜景を楽しみ、お風呂を後にした。


 お風呂で完全に一日の活動限界を迎える自分。シャーリーも同じようで、王妃様のお乳を虚ろな目で飲んでいた。お母様のおっぱいの匂いに、意識が飛び飛びです。


 瞼が落ち掛けそうな自分達を、王妃様とお母様はベッドに寝かせてくれる。柔らかい布団に包まれ、お母様の手の感触を頬に感じて、そのまま眠りについてしまった。


 ――翌朝、目を覚ますと隣にシャーリーが寝息を立てて眠っていた。


 ぷにぷにしたほっぺたが、何とも可愛らしいですね。ちょっと顔が近いけど、しばらく身動きせずに彼女の顔を眺めていた。まだ小さいのに、シャーリーは睫毛が長いんだね。眉毛は自分と似ていて、ちょっと上向きで気が強そうに見えるよ。王妃様似て鼻頭がシュッとしていて、将来、美人が約束されているように感じますね!


 何となく、悪戯心が働き、シャーリーのほっぺを指でツンと押して見る。


「ふすー」


 ぷにっとした感触に、思わず顔がにやける。突っつとシャーリーが悶えるのを見て、性懲りも無く数回繰り返した。


「んんー! なに、なんですの?」


 さすがに悪戯し過ぎて、シャーリーが声を上げてしまった。自分は、素知らぬ顔で目を閉じ眠る振りをする。


「アリシア?」


 確かめるようなシャーリーの声が聞こえる。ああ、シャーリーも夢現だったし、ベッドに一緒に寝かされていたなんて知らなかったよね。


「きれいなかおをしてますのね」


 シャーリーの指が、自分の頬を伝っていく。妙な感触に眉間に力が入る。ちょ、シャーリー、仕返しですか? 


 ここで目を開けると、悪戯がバレると思い、彼女のなぞる指先に堪える。


「いつまでもともだちでいてくださいね」


 彼女がボソッと呟くと、一瞬、唇の先にほのかな温もりと湿り気を感じた。


 えっ?


 こっ、この感触は……。


 何が触れたのか理解すると、顔がボッと熱くなる。いっ、いかん! 自分は咄嗟に、寝返りを打つように身体を捩りシャーリーに背を向けた。


 心臓の鼓動がドンドン早くなる。シャ、シャーリーは、なっ、何をしてるんですか……顔がさらに熱を発し、身体が火照ってくる。


 シャーリーの不意打ちに、またしてもやられてしまった自分。


 メリリアが起こしに来るまで、ドキドキする気持ちを抑えながら寝た振りを続けた。


 ――朝から想定外の出来事が起き、頭がボーッとして意識がはっきりしない。


 そんな自分を他所に、大精霊様に会うための支度が行われていた。今日は、移動から水着を着用するようです。メリリアにされるがままに水着を着させられ、王様に貰った十賢者のマントを羽織る。


 このマントの効果なのか、水着だけしか着ていないのに服を着ているような温かさを感じます。保温機能バッチリのマントですね。


「ふふ、三人ともお揃いですわね。アリシアちゃん、ちっちが出そうになったらちゃんと教えてくださいね」

「はい、おかあさま」


 まだ意識がぼんやりしているけど、オムツを履いていないのでおしっこには注意です……。おもらしだけは、阻止しなくては。


「シャルロット、あなたもですよ。よろしいですか?」

「はい、おかあさま。わたくし、これをきかいにおむつをそつぎょうしますの」

「良い心がけですわ、シャルロット。がんばってご覧なさい」


 あんな事をしたのに、シャーリーはいつもと調子が変わらない。鼻を高々と上げて、こちらに笑顔を向けた。


「アリシア、あなたもおむつをそつぎょうしないといけませんわよ。がんばりなさい」


 えー? シャーリー、もう卒業した気分になってますけど……。何とも気の早い事で……。膀胱さんは、なかなか自分達の言う事を聞いてくれませんよ。


 意気込むシャーリーを見て、失敗した時の彼女の落ち込む姿を想像して不安に思ってしまう。


「シャーリー、あせりはいけませんの。ほら、こうかんしたおむつカバーがむだになってしまいます」

「そっ、そうですわね。それはいけませんの。きょうだけ、がんばりましょう」


 ハッとした表情を見せたシャーリーは、少しだけハードルを下げて決意を修正し言い直した。


 そうだね、今日だけはおもらししないように頑張ろう!


「シャーリー、がんばろうね!」


 ボヤッとしていた意識が、シャーリーの笑顔を見てはっきりしてくる。朝の出来事で視線を合わせるのが恥ずかしかった。でも、そんな事で気後れしているうちに、変に方向に突っ走りそうなシャーリーが心配になる。


 今朝の彼女の思いに応えるように、視線を合わせ笑顔を見せた。


 ――船着場には、七隻の少し小さな船が停泊している。まず、王妃様と側使え、護衛騎士と魔導師が乗り込んだ。


 よくよく見ると、船を漕ぐ人がいない……オールも無い……どうやって船を動かすのだろうと疑問に思った。


 王妃様が船に乗るのを確認して、自分とシャーリー、お母様とメリリア、リフィア、リーシャは別の船に乗った。お姉様の乗る船には、リリアとサーシャ、ロアーナとレイチェルが一緒だ。


 お父様達は、既に軍艦に乗船していて、自分達の到着を待っているそうだ。


「おかあさま、これはどうやってうごくの?」

「ふふ、王女様もアリシアちゃんも、ちゃんと見ているのですよ。お手本を見せて上げますわ」


 それぞれの船の船尾に、王妃様、お母様、お姉様が座り何かに触れて呪文を唱え出した。


「メリリア、リフィア。王女様とアリシアちゃんをお願いしますわね」


 お母様が触れる何かが金色の光りを帯び、船尾からボコボコと泡が出てくるのが見えた。あれは、もしかして魔道具? 何か、モーターボートのエンジンみたいだ。あれが動力源になるのか……自分のいた前世と同じ物だと感じて、興味がそそられた。


「王女様、アリシア様、我々にお掴まりください。振り落とされて海に放り出されてしまいます」


 メリリアにしがみ付き、お母様に視線を向ける。


「火の神アーバルヴィシュア、風の神エンリエータよ、我らに大海を駆ける、神速の如き加護を与えん」


 ボフゥッ!


 お母様の声に合わせて、船尾から大きな泡が起き、当時に水を切るように魔道具が噴射する。


 噴射に合わせて、船が急に発進したのでお尻が宙に浮いてしまった。自分達を乗せた船は、物凄い勢いで波を切るように疾走し始める。


「王女様、アリシア様、口を開くと舌を切りますのでご注意ください」


 当然の事に驚愕の声を上げそうになったが、メリリアの言葉を聞いて口を噤み、目で訴えた。


「ふふ、驚いたでしょう。ちょっと稀少な魔道具ですけど、あちらに泊まっている船より速くて頑丈ですのよ」


 お母様が示す船はどれも大きな帆が張っていて、沢山のオールがついている。小さい船だから速さは理解できるけど……頑丈……?


 何となく凄い防壁の魔法が付与されているとか……お母様と目を合わせると、ニッコリ微笑みを向けてくれた。


 あー、うん、そういう事だね。仰らなくても納得しましたよ!

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