第117話 軍艦サント・ロワイヤル
何の心構えもなく、幼児用の水着を着せられた。
膝から崩れ落ち、尻を床につけ固まる自分。
愛らしい水着姿の女児達が心配して囲んでいる……こんな慣れない状況のせいで気持ちはさらに動転した。
自分の事に意識を向けると、恥ずかしさでおかしくなってしまいそうだ。二人の姿に意識を向け仰ぎ見た。お姉様もシャーリーも水着がよくお似合いですよ……ははは。
女の子の水着姿って可愛いねぇ……。
「アリシアちゃん、突然倒れちゃって大丈夫ですの?」
「なにかわるいものでもたべましたの?」
口々に、心配そうな表情で気づかう声をかけてくれる。
何とか、何とか立ち直らないと……グッと歯を食いしばり、手を床に付けて立ち上がろうと力を入れる。腰が抜けているのかなかなか立ち上がれない……皆んなに心配をかけてはいけないと思い、踏ん張りながらも表情だけ取り繕い、笑って見せた。
少し頬が引き立っているせいか、上手に笑えているか自信はない。
視線の先には、赤と黒のチェック生地に、白いフリルが付いたワンピースタイプの水着がよく似合っているお姉様が見える。
その隣には、フリルがいくつも重なり、薄いピンク色の生地のワンピースタイプの水着を着ているシャーリーが、心配そうに自分を見つめていた。
シャーリーの水着がちょっとだけ豪華に見えるのは、フリルに施された刺繍のせいだろう。さすが王族のお召し物。水着にも手抜きはなく見事な意匠です。
「なっ、なんともないです。しっ、しんぱいかけてごめんなさい」
まだ表情が強張ったままだけど、二人とも自分の言葉を聞いて安心したように、笑顔を見せてくれた。
いい加減、この程度で取り乱してはいけないよね……もう男ではないのだ……。
でも、全てを受け入れられるには、まだ時間が掛かりそうです。
水着を見せ合い、はしゃぐ二人の姿を眺め見る。徐々に、困惑していた気持ちは落ち着きを取り戻し、股とお尻の締め付けに身体と心が受け入れ始めた。まだ腰が少し引けているけど、持ち直した気がします……。
「身体はどこも悪く無さそうですけど、日差しが強いせいで、立ちくらみしちゃったのかもしれませんわ。今日は安静にしておいた方がよいですわね」
「ざんねんですわ。このまま、うみにいけるとおもいましたのに。でも、むりはよくありませんものね」
ごめんなさい、自分のせいで貴重なバカンスを台無しにしてしまって……。
「アリシア、そんなかおしなくてもいいのよ。ここは、うみにはいれなくても、たのしめるところはたくさんありますの」
しょんぼりする自分に、顔を向けて慰めてくれるシャーリー。くりくりとした目で自分を覗き込む姿に、何故か耳が熱くなってしまった。
無性に恥ずかしい気持ちが湧いてくる。咄嗟に視線を下げた先には、彼女の小さな唇が目に映った。
ドクッ!
鼓動が突然強くなり、頭に血が登り、顔から火が出そうなくらい熱い。
どっ、どうした?
ドクッ、ドクッ、ドクッ
と、強い鼓動で胸が苦しくなる。
これ以上、シャーリーを直視すると、心臓が破裂してしまいそうです。バッと、自分の顔を手で覆い、シャーリーから視線を隠した。
「ふふふ、可愛らしいこと。王女様、エルステア、アリシアちゃん。お着替えしてお昼にしましょう」
「はい。お母様。こちらではお魚料理が有名ですものね。楽しみですわ」
お母様の声掛けに救われ、お姉様もシャーリーも着替えを始めた。あのまま、シャーリーに見つめられ続けたらどうなっていたのか……。
突然の胸の高鳴りを落ち着かせようと、胸を押さえながらお母様の側にふらつきながら向かった。
水着を脱がしてもらい、いつものおむつを履かせてもらうと、さっきまで騒いでいた胸は落ち着きを見せ、平静を取り戻せたようです。一度着たから、明日は水着を着ても取り乱さない筈だ。……たぶん。
昼食では、オデッセイで獲れた魚を使った料理が並んだ。
なんと! 白身魚風の料理があるではないですか!
魚料理はこの世界に来てから、何度か目にした事はある。だけど、身が薄くて、こんがり焼けた皮と骨をカリカリして食べる感じだ。歯がしっかり生えてない自分には、食べる機会が少なかった。
しかし! 今、目の前にある白身魚は、身がしっかり付いていて、自分にも盛り付けしてくれます!
あぁ、これこそ本物の魚料理です! 見るからにホクホクな食感が想像できますよ! これなら、歯が生え揃ってない自分でも食べられる!
自分は、目の前に置かれた魚料理に釘付けです。
早く、早く食べてみたい!
お父様の神に祈りの言葉に続き、終えると同時にバクッと魚を頬張った。
口の中でホロホロと身が崩れ、磯の香りが口いっぱいに広がっていく。うんうん、この味は前世でも覚えている感覚です。正真正銘、これはお魚ですよ!
ほっぺが落ちそうになる。まさにその言葉通りに、落ちそうな頬を手で抑え、口の中の魚を味わった。
うまい! うまいです! お魚、万歳!
歓喜に震える自分は、一心不乱に身を頬張った。
「アリシアちゃんは、お魚料理がお気に召したみたいですわね。元気になってよかったわぁ」
夢中で魚料理を食べている自分を、お母様は微笑みながら見守っている。
「おかあさま。おさかな、おいしいです!」
「あら、良かったわー。お母さんのお皿から分けてあげましょう。たくさんお食べなさい」
お母様は、お皿から白身魚を切り分けて、空っぽになった自分のお皿に移してくれた。お皿の上に再び現れた白身魚に、喜びで心が躍った。これ以上ない喜びに、お母様に笑顔で返した。
しっかりお魚料理を堪能した自分は、お母様の腕の中でお昼寝です。朝から自分達を待ち受けていたシャーリーも、王妃様に抱かれて頭がふらふらと揺れ眠そうにしていた。
「アリシア、あとでいっしょにあそびますの」
シャーリーは、次の予定を自分に告げると、パタッと王妃様の胸に顔を付け眠りについた。
窓から入ってくる海風が心地良い。目を閉じて、潮騒に耳を傾ける自分。なんか、凄く贅沢な気分です。そんな事を思いながら静かに意識を閉じていった。
――白い布にフリルで縁取られた日傘。王妃様とお母様のような美人が持って歩くと、西洋の油絵を見ているようだ。二人とも肩が見えるドレスの上に、涼しげな薄いショールをかけていて、とてもお洒落に見えた。
お姉様と自分、そしてシャーリーは、それぞれ大きなリボンの付いた帽子を被せてもらった。自分の幅よりもかなり大きいので、歩くたびに帽子のツバがバルンバルンするのだけど、それが楽しかったりする。
しっかりお昼寝した自分とシャーリーは、元気いっぱいです! オデッセイの街を、我先にと駆けるように歩いていった。
海岸沿いには、大きな船が何隻も停泊している。
「おかあさま、おおきなふねばかりです。りゅうのひともいます!」
「オデッセイは、色んな国の人がお仕事をしに船で集まってくる場所なのよ。ほら、あちらのお船は、ヴェルシュットシュテルン王国から来られたようですわ。ナーグローアの国の人がいますわよ」
お母様の指差す方を見ると、ツノの生えた屈強な男達が大きな樽や木箱を船から降ろしていた。
ツノが生えているから、一見して魔族って分かって便利ですね。チラリと護衛騎士として同行しているサーシャとリーシャに目を向けた。二人とも立派なツノが生えているのだ。
「サーシャもリーシャも、このくににふねできたのですか?」
二人に何となく質問してみると、サーシャが答えてくれた。
「はい、私共はナーグローア様が所有する軍艦で参りました。ちょうど、あちらの船の三つ入るくらいの大きさでございます」
「えっ! そんなおおきなふねがあるの?」
「サーシャ、そんなに大きいと船が着けられませんよね? どうやって上陸したのですか?」
船着場に停泊している船はどれも見事で、船頭には竜や女性の彫刻が付いていた。大きさも自分が知っている船の中では、南極観測船の宗谷並みに見える。
これの三つ分って……戦艦とか空母くらい大きいって事に……。さすが魔王様です。スケールが違いますね。
「軍艦を船着場に寄せると座礁してしまいますので、沖合に停泊させ、小さい船で船着場に上陸させるのですよ、エルステア様」
「そうでしたのね。私、船に乗った事がないので勉強になりましたわ。ありがとう、サーシャ」
「エルステアさま、あちらが、サントヴリュッセルがしょゆうするふねですわ」
シャーリーが水平線に指を向ける。小さな島みたいな物がボヤッと遠くに見えた。
「シャーリー、しまみたいなものしかみえませんよ?」
「あのしまみたいにみえているのが、おとうさまのふねですわ」
ええええ? 水平線から見える陸地みたいなのが船ですか! どれだけ大きいのよ……。
「ほんとうですか、シャーリー? みまちがえにしかみえないですよ」
「まぁ、わたくしうそはもうしませんの! ねぇ、おかあさま」
憤慨するシャーリーは、王妃様に顔を向ける。
「アリシア様、あちらは我が国の軍艦サント・ロワイヤルですよ。その向こうに、見えませんがサン・ミレイユ、プロヴィデンスが続いていますの」
王妃様の言葉に、シャーリーは「私が言った通りでしょ!」と言わんばかりに、ドヤ顏を自分に向けてきた。
「ごめんなさい、シャーリー。そんなにおおきいとおもわなかったのです」
「わかってくれたらそれでいいのです、アリシア。わたくしもはじめておしえてもらったときは、しんじられませんでしたもの」
疑った訳じゃないんだけど、にわかには信じられなかったのだ。素直に謝って見せると、彼女は逆に自分を気遣うように言葉をかけてくれる。
うーん、もう少し彼女の事や、この世界のスケールに対して、素直に受け入れないといけないな。前世の常識では、この世界は推し量れない……。
「アリシアちゃん、明日はあちらの船に乗って大精霊様にお会いしに行くのですよ。楽しみですね」
シャーリーと自分の間に、屈んで顔を寄せるお母様。
「えっ! ほんとうですの!」
「あら? しらなかったのですか、アリシア?」
お母様とシャーリーを交互に見ると、二人とも微笑んでいた。
いつの間にそんな話になっていたの?
驚いた自分は、お姉様も知っていたのかなと思い視線を向ける。
「私も知りませんでしたわ。楽しみですわね、アリシアちゃん」
首を少し傾げ頬に手を当てて微笑むお姉様。
お姉様が知らない事なら、自分が知らなくてもしょうがないですね!
妙に安心を覚えた自分。それと同時に、船に乗れる事を理解し気持ちが高ぶってきた。
あんな大きい船に乗った事ない! まさか乗って移動するなんて……想定外です! ウヒョー!
「あしたが、たのしみです!」
嬉しさがふつふつと湧き上がり、居ても立っても居られない!
皆んなの視線に入る位置に駆け出し、喜びいっぱいの笑顔を向けた。
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