第115話 夏の予定

 王様との会合はお昼を過ぎた頃に終わり、お父様とお母様は部屋に戻って来た。


 二人とも晴れ晴れとした表情を見せているので、無事に何かが纏まったのだろう。その表情を見て、自分も安心した気持ちになった。


「おとうさま、おかあさま、おかえりなさい!」


 自分達は、シャーリーに招かれた昼食を楽しんだ後、ソファの上でまどろんでいたが、二人の姿を見て立ち上がった。


「うむ、アリシアは大人しくしていたようであるな。安心したぞ」


 迎える自分に、お父様は慎重に自分を抱え顔を寄せる。髭の合間から見える白い歯、堀の深い眉間から赤色の瞳が自分に視ああ線を合わせた。


「アリシア、次の休息日に海へいくぞ。大精霊が其方等を待っておる」


 ニッと白い歯を見せて笑顔を向けるお父様。自分は、唐突な話に反応が返せなかった。うん、まぁ……始祖様に託された使命だから、たまに思い出す事は合ったけど……いきなりですね……。


「ははは、驚いたか。それも無理はなかろう。これも王の褒美のひとつでな、国を挙げて調査してもらった結果をいただいたのだ。この情報を頼りにすれば、ユグドゥラシルの復活も遠くないであろう」


 王様との会合は、この話を聞くためだったのかな? 情報を褒美として受け取る……お父様らしい発想です。ちょっと、話が急すぎて付いていけませんでしたけど……。


「うみといいますと、このちかくにあるオデッセイにいかれますの?」


 シャーリーの問いかけにお父様は首を縦に振る。王都周辺の地理に疎い。と言うより、そもそもこの国の地理や地形を学んでいないので、二人の会話についていけなかった。


 これが王族流の勉強を受けていたから、成せる事なのか。同い年のシャーリーとの学力差に、少し焦りを感じてしまった。


「王女様の仰る通りでございます。ここからほど近い、オデッセイ市沿岸、アルカディアス海岸に向かいます」

「そうですのね、おとまりになるばしょは、きまっておりますの?」


 シャーリーは、海岸の名前が出た時に少し眉を上げて、嬉しそうな表情を見せた。彼女の次の言葉から、何か期待が含まれているようで、自分はお父様の次の言葉に耳を傾ける。


「お察しのようでございますね、王女様。我等が宿泊する場所は、アルカディアスにあるアレク宮殿でございます。王には破壊しない限り自由にして良いと、許可はいただいております」

「アレクであれば、うみとのきょりもちかくさいてきですわね。そう、アレクですのね」


 宿泊先は宿屋じゃなくて宮殿? シャーリーも知っている場所っぽいし、王様の所有地なのだろう。そんな所に泊まらせてくれるなんて。王様は、見た目以上になかなか器が広い方のようです。


「お父様、私も海を見た事がございませんの。どのような場所か楽しみですわ」

「わたしも、たのしみです!」

「ははは、海は良いぞ! 大精霊との用が済めばしばらく滞在出来よう。楽しみにしておるが良い」


 お父様は、自分やお姉様、シャーリーから笑顔を向けられ嬉しそうに笑って見せる。


「シャーリー、きゅうでんをかしていただき、ありがとうぞんじます」

「あら、きにすることはございませんわ。しっかりたのしんでくるとよいですの。うふふ。では、わたくし、きょうはようがあることをおもいだしました。こちらでしつれいいたしますわ」


 シャーリーは自分の手を取り笑顔を向けると、軽く会釈をしてそのまま踵を返す。部屋を後にする彼女の足取りは、何故かステップを踏んでいるよう軽やかだ。この後、何か楽しい事が待っているような雰囲気を感じさせた。


 ――シャーリーと別れ、王妃様と玄関ホールで挨拶を交わす。お母様に手を引かれ、離宮を後にしようと、馬車に乗り込む自分達。


 しかし、馬車に乗車してから数分経っても発進しない。普段なら、乗り込んだのを確認すれば直ぐに出発するのに。


 外からは、何人もの人の声が聞こえてくる。その声には、近衛兵の人達の声も混じっていた。


「おかあさま、なにかおきたのですか?」


 お昼を過ぎて、眠気で思考が上手く働かないけど、外が騒がしく気になり寝るに寝られない。また、なにかトラブルに巻き込まれてしまうのか、そんな不安すら感じてしまう。


「そうですわねー。この騒ぎは一時的なものですわ。貴女達は、気にしなくて良いのですよ」


 お母様は、お姉様と自分を交互に見て語りかける。お母様に顔を向け黙って頷いてみせ、そのまま胸に顔を寄り掛けた。ただ、自分の意思に反して、騒ぎの声は耳に聞こえてくる。その声に、ジッと身を固めて耳を傾け拾い始めた。


 一番大きい声は、どこかの貴族っぽい男の声だな。少し物言いが偉そうで、貴族の中でも位が高い人なのだろうか。


「我は、奇跡の聖女様に一目ご挨拶を述べただけである。そこを早く通せ! 我を誰だと思っておるのだ?」


 うーん、ちょっと関わりたくない感じだ。近衛兵の人、お願いですから追っ払って!


 他の声も大体似たり寄ったりで、「聖女にお目通りを!」やら「ご慈悲を!」と、叫んでいるようです。この騒動の引き起こした原因。それが自分だと理解している。でも、人前に出て「自分は聖女です」と言う度胸も自信もないのだ。


 この騒動が静かになるのを祈りながら、耳を塞ぎ、目を閉じた。


「皆の者、静まれい! この騒ぎは何事であるか! サントヴリュッセルの聖女が乗る馬車の進路を妨げるとは。嘆かわしいにも程がある! 下がれ!」

「しっ、しかし、王よ……」

「ほぅ、我の言葉が聞けぬと申すか?」


 この声は王様かな? 流石、王様だけあって声が良く通りますね。さっきまで騒いでいた人達の声が一斉に聞こえなくなって、静まり返りましたよ。


 シャーリーと友達とか言って馴れ馴れしくしているけど、こういう事に遭遇すると身分の違いを感じますね。王様ってすごいわ……。


「ディオス、道は開けた。行くが良い」

「王よ、助太刀感謝する」

「振れは既に出しておる。このような騒ぎも無くなるであろう」


 王様の声に合わせて、馬車がゆっくりと進み始める。徐々に、馬車を引く馬の蹄がダカッ! ダカッ! と、リズムを刻み出し速度が増していく。


 車輪と馬の蹄の音が一定に聞こえだしたのを耳にして、自分は安心を覚え静かに意識を閉じていった。


 ――離宮での出来事から数日間。シャーリーとの勉強は、王宮や貴族街の復旧に皆んな忙しいので、目途が立つまでお休みとなった。


 家にいる間、貴族からの使者がひっきりなしに訪れ、メイノワールやメリリアが対応に追われて忙しそうにしていた。この面会を求める使者達のせいで、玄関前から長い馬車の列が出来てしまい、迂闊に外へ出る事も出来ない。


 お父様の家は、外からは見えない仕掛けがあるおかげで、窓辺で馬車の列を眺め見ても気付かれなかった。このために施された訳じゃないだろうけど、もの凄く役に立っている。でも、窓を開けると姿が見えるので、決して開けてはいけない。


 目立ちたい訳じゃないから、絶対開けないけどね!


 使者への応対は、午前中と午後はお母様が行い、夜は帰宅したお父様が担当した。沢山の使者が来ても、こちら都合で待たせたり出来るようなので、午後のお昼寝には必ずお母様が来てくれるので、自分の日常にはあまり影響はない。


「この騒ぎも、もうそろそろ落ち着くであろう。ユステア、疲れはないか?」

「ええ、私は問題ございませんわ。それよりも、エルステア、そちらはどうですの? 学院には、王の勅命が届いているはずですから、大きな問題は起きないと思ってますけど」


 お姉様も聖女と皆んなから讃えられてますし、いろんな人からあれこれ言われて、まともに勉強させてもらえてているのか……確かに心配ですね。


「はい。ご安心ください、お父様、お母様。学院長が、関係者以外の侵入を遮断しているそうです。ただ、以前より声を掛けてくださる、学生が多くなったと思います」


 お姉様は、いつもと変らぬ表情で首をちょっと傾げている。


 こっ、これは! 「ちょっと困ってますわ」のポーズ! お姉様に言い寄ってくる輩がいるという事ですか!


「ふむ、やはり子供を使ってくるであろうな。では、其方にこれを託そう」

「まぁ、なんですの、お父様」


 お父様は、メイノワールに指示を出し小さな箱を持って来させた。


「これは、真の友を選別し絆の深さを示す盟友の指輪である。ここにある宝玉の色によって、信頼すべき者か遠ざける者かを判断するのだ。ただ、ひとつ言っておく、今の時代において、この宝玉が信頼の色を示しても油断をしてはならぬ。良いか、家族でもだ」


 お姉様に真剣な眼差しを向け、指輪を渡すお父様。隣で見ているお母様も頷き、指輪を取る様に促していた。


「家族でも、ですか……お父様。どうして……」

「其方も見たであろう、ドネビア王妃と王子の姿を。望まぬ悪意に侵食されては、どのような強い心を持っても抗えぬ」


 望まぬ悪意か……ドネビア王妃様もちょっと前は優しい人だったと聞いた。自分の意思と関係ない力に操られてしまう感じ? ちょっと待てよ……なんだか、自分の謎の力と似ている気がするぞ。そう考えた瞬間、背筋がゾワリとする。


 ユグドゥラシルの戦いでは、完全に自分は操られていた。その力で悪意を追い出せた。そして、葬式では、操られはしなかったけど、悪意に殺された人を生き返らせる癒しを振りまいた。


 この謎の力と、悪意の力が……相対する可能性は……いや、これが同類だったら?


 妙な不安を感じ、お父様の言葉を聞いて妄想に耽る。


 しかし、その妄想はお父様の言葉で否定され、杞憂に終わった。


「そのような不安な顔をせずとも良いぞ、二人とも。幸いな事に、我等には悪意を除去し打ち倒す術を持っておる。これまでと違い、悪意の芽すら見つける事ができるのだ。だが、大事にはならぬとは言え、用心は必要である」


 お父様達は、悪意の力を持つ王子達を倒した。ユグドゥラシルの戦いと違って、今回は戦いには自分は参加していない。


 悪意を見つけ対抗する力は、お父様達が持っている。自分の力が同類だったら、今頃何か対処されているよね……。


 うーん、じゃぁ、この謎の力は……?


 本当になんなんだろうね……。


 分からない事に頭を使ったせいで、知恵熱が出てしまい、そのまま寝込んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る