第114話 離宮の演奏会

 お母様が戻って来てから程なくして、お父様も手に宝具を持って帰ってきた。


「もどったぞ! ぬぁっ! エルステア、アリシア……シャルロット王女もかっ! うぬぅ……皆、まさに聖女のようではないかっ! いったい何があったのだ?」


 感慨深そうにお父様は自分達に視線を向け、そのまま羽織っている白いマントに視線を移した。


「うーむ、俄かには信じ難いが、この外套はなかなかの業物であるな」


 マントに触れ唸るお父様にも、このマントを入手した経緯を説明したけど、皆んなと反応が全く同じだった。


「ははは、不思議に思うのも仕方がない。アリシア、ここに置かれている宝具には、全て意思があるのだ。宝具が相応しくないと判断すれば抵抗を受け、手に取る事すら叶わぬ事もある。シャルロット王女、エルステア、そして其方は、その外套に選ばれたのだ。」


 神のお導きの一言で片付けられて、納得していなかった自分。お父様はそんな表情を察してか、端的に説明してくれた。


 お母様の声に似ていた点は、説明されなかったけど、このマントの宝具に宿る意思が、そういう声をしているんだと思う事にした。


「どれ、その外套のメダルというのを我に貸してみせよ。我に適性が無ければ、外套にはならぬ。試してみれば一目瞭然である」


 お父様の言葉に従い、胸のメダルに手を掛ける。パチッっと留め金を外すような音がすると、マントはあっという間に姿が消えて見え無くなった。


 ステッキが杖になったり、ブレスレットが鎧になる魔道具を見て来たのだ。もう、この程度のギミックで自分は驚かなくなっていた。


 メダルをお父様に手渡し、頭上に掲げて光るとマントが装着出来る事まで順を追って説明する。そんなに難しい話ではないので、自分の説明でお父様は理解してくれて、受け取ると直ぐに頭上に掲げて見せた。


 お姉様もシャーリーも、掲げた瞬間に光ったけど、お父様が掲げて見せても、メダルは光らずマントは現れなかった。


 お父様の言った通りだ……何も変化が起きてない……。


「どうだ? 外套にはならぬであろう? この宝具は、其方達を主人として認めているという事である。ははは、我が娘達は、十賢者に認められたという訳であるな。ガハハハ、めでたいではないか!」


 掲げていたメダルを自分に返しながら、ホクホク顔で見つめるお父様。


「うむ、ディオスの言う通りである。シャルロット、其方も十賢者の可能性を持ったのだ。その名に恥じぬよう、しっかり励むが良いぞ」

「はい! おとうさま。せいじょさまたちにおくれをとらぬよう、わたくしどりょくいたしますわ!」

「よくぞ申した、シャルロット。其方を娘に持ち、我は誇らしく思うぞ」


 王様はシャーリーを側に招くと、頭を撫でながら微笑んでいた。


「して、ディオス、其方も褒美を手にしたようであるな」

「こちらを頂戴いたします、よろしいか?」

「うむ、良いぞ。では、確認だけさせてもらおう」

 

 お父様もお母様も褒美の品が決まったようで、王様と目録を見ながら確認し了承された。


「その宝具を何に使うのか、聞かせてもらえぬか?」


 王様の問いかけに、お父様もお母様も首を縦に振り頷いて見せる。宝物庫を開けっ放しにする訳には行かず、話の続きは離宮で行う事になり、再び馬車に乗り移動した。


 ――離宮に到着すると、自分達は少し天井の高い部屋に通してもらった。


「エルステア、アリシア。ここからは、我らだけの話になる。其方等は、屋敷へ戻っても良いがどうする?」

「シャーリーとあそべないのですか、おとうさま?」


 せっかく自由な時間があるのだから、真っ直ぐ帰らずに遊びたいです! お昼くらいまでなら、きっと許してくれますよね……。


 お父様にチラリと上目を使い様子を伺うと、顎髭を触りながら少し考えて口を開いた。


「ふむ、それも良かろう。王女に連絡させよう。メリリア、頼めるか?」

「はい、旦那様。こちらで確認いたします」


 メリリアは直ぐにお父様の下を離れ、リンナをシャーリーの元へ行かせた。お父様が決めると、皆んなの動きが本当に早いです!


「では、其方等、連絡が来るまでここで大人しくしておるのだ。アリシア、次は声に誘われても、ひとりで先走るではないぞ」


 お父様は、自分の頭をわしゃわしゃと撫でて、白い歯を見せてニッと笑いかけた。


「もうしません! やくそくします!」


 大丈夫ですよ、お父様。もう、迂闊な事はしませんから! 自分は、お父様の視線を見返して、頷いて見せた。


「うむ、物分かりが良いな。では、何かあればメリリアの判断を仰ぐのだ」

「はい! おとうさま!」


 お父様の許可に嬉しくなり、声を上げ返事を返す。


 自分の返事を聞いたお父様は安心したのか、お母様と執事のメイノワールを伴い、部屋を後にした。


宮殿や貴族街の襲撃が終わったとはいえ、全てが落ち着いた訳ではない……。それを感じさせる緊張感が、見送る二人の背中を見て思わせられた。


 それと……自分の聖女呼ばわりも……何とかして欲しい……かな。


 そんな器ではないのですよ……自分……近衛兵の人達が向けてきた、期待の眼差しに応えきれる自信はありません!


「アリシア! まだこちらにいらしてましたのね!」


 お父様達が部屋を出てすぐに、入れ違うようにシャーリーが部屋に入って来た。急ぎ足で来たようで、少し呼吸が乱れ、頬が紅く染まっている。


「シャーリー! おとうさまのおゆるしがでましたから、こちらでゆっくりできます」

「まぁ、そうですのね。おとうさまのかいごうはながびきそうですし、たくさんあそべそうですわ」


 シャーリーと自分はお互いに歩み寄り、手を取って微笑みを交わした。


 貴重な自由時間は限られている。何をして過ごすのかを早急に決める必要があるので、お姉様を含めて輪になって話し合いを始めた。離宮の中を探索する案が最初に出る。けれど、すぐさまメリリアに「いけません」っと、スパッと両断されてしまった。


メリリアが許可しない理由は単純明確だ。


自分達を護衛する騎士や側使えの人数が心許ない事と、復旧作業で人の出入りが多く安全確保が難しい。近衛兵が出入りを監視しているとは言え、不用意に出歩いて何か起きてからでは遅いのだ。


こういう時だからこそ、慎重に……。すでに、今日は一度やらかしてますし。


自分のわがままでここに留まれたのだ、これ以上余計な負担を掛けてはいけない。メリリアの言葉に素直に従い、安全と思われる場所で過ごす事になった。


離宮の庭か、この部屋か、それとも鏡の間か……。あちこちが破壊されているので、選択肢がそこまでなく遊べる内容も取捨選択されていく。


「では、私が幼児院で学んでいる笛の音を披露いたしましょう。シャルロット王女様、いかがでしょう?」

「まぁ、すてきですわ、エルステアさま。ぜひ、おねがいしたいです」


 お姉様の提案で、この部屋で楽器演奏を聴きながら寛ぐ事に決まり、リンナや護衛騎士のリーシャとサーシャが楽器を用意し始めた。


 お? お姉様の笛だけかと思ったら、皆んな楽器を持ち出してます。これは、ちょっとした演奏会のようですね。思い掛け無い出来事に期待が膨らみ、支度する皆んなの様子に眼差しを向け眺めた。


 お姉様とリーシャが横笛を持ち、サーシャは少し長い縦笛だ。ロアーナとレイチェルは馬頭琴のような楽器を持っていた。


「おねえさま、ロアーナとレイチェルのがっきはなんですか? はじめてみました」

「ふふ、こちらは新緑のモランという楽器ですわ。エルフ族に代々伝わる伝統楽器ですのよ。この四本の弦を弾いて音を出しますの」


 横笛もエルフのイメージにぴったりだけど、この新緑のモランも様になりますね! なんだかチェロみたいでかっこいいです! どんな音が出るのか楽しみですよ。


 お姉様達が椅子に座ると、疎らに音を出して調整を始める。三つも楽器があると、本格的な感じがして期待がどんどん高まっていく。自分とシャーリーは、向かいに椅子を置いてもらい腰掛け、演奏が始まる瞬間を心待ちにした。


「では、私が作曲した、月の女神に捧げる歌を一曲」


 そう告げたお姉様は、横笛に口を付け透き通るような音色を奏で始める。それに続くように、縦笛やモランが合わさっていく。


「なんてすてきなきょくなのでしょう。エルステアさまは、おんがくのかみさまのかごがおありなのですね……」


 シャーリーは、演奏をうっとりとした顔で聴きながら呟いた。こんなに素敵な演奏は家にいた時には聴いた事がない。お姉様の笛の音に、自分も魅了され頬が紅潮していった。


 お姉様の笛の音が、名残惜しそうに止まり聴こえなくなる。


 自分とシャーリーは、この見事な演奏に拍手を送り皆んなを称え続けた。武芸や魔法に秀でるだけでなく、音楽も嗜み魅力するうちの家族達……非の打ち所がないです。


「シャルロット王女様、アリシアちゃん、二人とも、もう少し経つと楽器のお勉強が始まりますの。その時が来たら、一緒に演奏を楽しみましょうね。皆んな、楽しみにお待ちしてますわ」


 お姉様がにこやかな笑顔で自分達を見つめ、演奏への参加を誘ってくれた。あの中に混じって演奏出来たら、確かに楽しそうです。


 自分は、どの楽器がいいかな? と、楽器を見渡しながら思いに耽る。


「わたくしは、エルステアさまとおなじがっきにしますの」


 シャーリーが、少し興奮した面持ちで宣言する。自分は迷いが生じ、この場では決められなかった。ちょっとだけ触れてみたい好奇心に駆られ、皆んなにお願いして、それぞれの楽器の音色を確かめる。


 実際に触れてみると、どれも音色が綺麗で、面白そうな楽器です。でも、本格的に勉強を始めたら、難しい事もあるよねぇ。どれが自分に向いてるのか……うーん……ますます決められなくなってしまった。


「ふふふ、アリシアちゃん。急ぎで決める必要はございませんのよ。覚えていく中で変更も出来ますの」


 迷いに迷う自分を見て、お姉様は微笑みながら助言してくれた。そうですよね、向いてなかったら変えればいいですよね。


「はい、おねえさま。いろいろためしてから、きめようとおもいます」


お姉様の言葉に笑顔で返した後、モランの弦を弾いて、しばし楽器の音色を楽しんだ。

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