第112話 呼ぶ声

 宝物庫に入ると、古びた棚が無数に並び、煌びやかな装飾が施された甲冑や、何か途轍もない威力を感じさせる武器、細かい細工の置物が所狭しと置かれていた。


 手前の机の上に駆け寄り、置かれている物を覗こうと手をつくと白い粉がつき手形が残る。王様以外は、この部屋に入れない事から察するに、どれも何年もここから持ち出された形跡が無いのだろう。


 指紋を付けてしまい慌てた自分は、すぐさま引き返し、お姉様の手を取り、目に映る宝物を物色していく事にした。


「メリリア、こちらの宝飾品は魔道具ですの?」

「はい、お嬢様。こちらには火の魔石が埋め込まれておりますので、攻撃魔法の補助に効果があると思われます」


 何となく置かれている物を見て思ったけど、魔法に関する物が多いのかもしれない。


 メリリアがお姉様の質問に応え、鑑定の結果を聴きながらそう感じた。


 魔力を暴走させてしまう自分には、使いこなせる代物があるとは思えないなぁ。でも、せっかく王様がくれるっていうのだから、将来的に使えそうな物に絞れば……何かいい物が見つかるかもしれない。


 もしかしたら、魔力を必要としない物もあるかもしれないよね。


 自分もお姉様に続いて、あちこち指差してメリリアに鑑定をお願いしてみた。


「こちらの水晶は、遠く離れた場所を移す魔道具です。魔力の流す量で、距離や映している時間を調整いたします」


 おぉ、千里眼みたいですね! これなら遠く離れてしまったナーグローア様や、ユグドゥラシルの側にいるお婆様の様子を伺えそうですね! これは良いものなんじゃないかな! 魔力が必要じゃなければ、飛びついて喜んだのに……残念ですよ……。


「メリリア、こちらは何の効果がありますの?」

「はい、こちらの腕輪には、水の神エノシガウスの加護がございます。主な効果としましては、嵐や水難など水に関する災いから身を守る効果が得られるようです」


 お姉様は、宝物庫に置かれている宝物から、装飾品を中心に探しているようです。何か思うところがあるのか、メリリアの結果を聞く度に「これじゃない」といった表情を見せていた。


「アリシア、こちらはどうかしら?」


 シャーリーが指をさす方向には、小さなステッキがテーブルに置かれている。


「シャーリー、わたくしまりょくがひつようのないものにしたいの」

「あら、そうですの? たしかにわたくしたちではきけんですものね……いいですわ、わたくしもきょうりょくいたしますわ!」


 幼児期の魔力の使用について、シャーリーにもいろいろ聞かされているのだろう。自分の言葉を察する様な返事を返してくれた。


「これはどうかしら? メリリア?」

「王女様、こちらも魔力が必要でございます」

「そうですのね……むずかしいことですわね。まりょくをひつようとしないというのは」


 シャーリーも協力して、魔力を使わない道具を手当たり次第探し始める。メリリアは、自分達の問いかけに淡々と答えを返してくれた。


 宝物庫の入り口で王様と王妃様は椅子に腰掛けて、自分達の様子を見て微笑んでいる。


「シャルロット、良い物は見つかりそうか? 其方も、ひとつ手にするが良いぞ。困難を退けた褒美である」

「まぁ、いいのですか、おとうさま? ありがとうぞんじます」

「うむ、聖女アリシアと同じ様に、魔力を使わぬ物に限り許す。しっかり探すが良い」


 王様の言葉を聞いたシャーリーは、自分の手を握り満面の笑みを見せた。


「アリシア、おとうさまのきょかをいただきましたの。がんばってさがしましょう!」

「ええ、シャーリー。かならずみつけましょう!」


 宝探しに火がついたシャーリーと同じく、自分も絶対見つけるという決意に燃え、彼女に笑顔を返した。


 ――それぞれお目当の宝物の方向が決まり探し始めて一時間……。


 あれこれと鑑定をしてもらったけれど、自分達の視線で見える範囲の物からは、魔力を必要としない物は出てこなかった。


 いざ探してみると、なかなか見つからないものですね……。


 宝物庫の入り口近辺を、小さい身体であちこち走り回り過ぎたせいで、自分とシャーリーは体力の限界を迎えてしまう。


「アリシア、みつかりませんわね。このなかにはないのかしら?」

「これだけたくさんありますもの、ひとつくらいありそうですのにね」


 くたびれた自分達は、王様達の側にいき一息つく様に座り込んで話し合った。


「もうすこしおくまでいってみたらどうかしら?」

「でも、おかあさまとのやくそくもありますから……」


 シャーリーが小声で宝物庫の奥へ行こうと提案してくる。その言葉に心が惹かれた。けれど、お母様との約束を破る訳にもいかず、即答が出来ない。


『アリシア、こっちよ。こっちにおいでなさい』

「おかあさま? シャーリー、おかあさまがよんでますわ」


 宝物庫の奥から、自分を呼ぶ声が聞こえてくる。ちょっと遠いけど、お母様の声だ。


「アリシア? ユステアさまがよんでますの? わたくしにはきこえませんでしたけど?」


 首を傾け、不思議そうな顔をするシャーリー。お母様の声を間違える筈が無い自分は、耳を澄まして声のする方へ顔を向ける。


『こっちよ。こっちに探している物がありますよ。おいでなさい』

「おかあさまですわ、シャーリー。よんでますの! いかないと!」


 今度は間違いない。お母様の声だ。自分は、直ぐに立ち上がり声のする方へ駆けようとした。


「アリシア、おまちなさい。わたくし、こえがきこえませんでしたの」


 結構大きな声だったのに、シャーリーには聞こえていない? 何かの間違いじゃないか? 自分は、シャーリーの制止に気を止めず、宝物庫の奥から聞こえてくる声を探しに駆け出した。


「おかあさま、アリシアがおくへいってしまいますの!」


 背中から、シャーリーの声が聞こえてくる。その声に振り向く事はなかった。


『こっちよ。こっち。ほら、ここからみえるでしょう?』


 お母様の声に誘われるまま、自分はどんどん宝物庫の奥へ進んでいく。だんだんと灯が少なくなり、真っ暗な中、声だけを頼りに歩いていった。


「おかあさま、どちらですの?」

『ここよ、ここ。アリシアが欲しいものはこちらですよ』


 聞こえる声がどんどん強くなり、お母様が待っている事が嬉しく感じた。もうすぐかな? お母様が探してくれたんだ、早く行かなくちゃ!


「おかあさま、ここですか? どこにいるのですか? まっくらでなにもみえないです!」


 声が聞こえてきた場所に着いたが、暗がりの中、お母様の姿が見当たらなかった。置かれている物を頼りに、辺りを探す自分。一人で出歩く事の無い自分は、お母様の姿が見つけられず不安な気持ちが湧き上がってきた。


「おっ、おかあさま。どこ? どこにいるの?」


 お母様が見えないよ……どこなの? 声は確かに聞こえた。ここにお母様がいるのは間違いないのに。


『アリシア、ここよ。ごらんなさい』

「おかあさま!」


 後ろからお母様の声が聞こえた! と、思いバッと振り向く。


 視線の先にはお母様の姿は無く、古ぼけた小さな机が目に入った。暗がりの中、その机の上から小さな灯りが見え、自分は暗闇から逃れたい一心で駆け寄る。


 灯りが見える机の上に視線を向けると、そこには小さな箱に入ったメダルが七つ置かれていた。


「おかあさま! どこ? すがたをみせてください!」


 自分は、メダルを灯りにしようと思い、ひとつ手に取り出し頭上に掲げる。


『我等の希望、聖女アリシアの行く末に、幸あれ』


 頭上から部屋中に響くお母様の声が聞こえると、メダルが突然光を放ち始め、周囲が見渡せるくらいに明るくなった。まっ、また何かやってしまった? 魔力を暴走させてしまったのかと、焦りを感じる。


 何もしてないです! 勝手に光ったんです!


 心の中で弁解する自分を他所に、自分の身体が光を帯びたように輝き始め、さらに焦りの気持ちが込み上げた。


 ちょ、何? なんで光ってるの?


 手に持っていたはずのメダルはどこかに消えてしまい、床を見渡し探そうとした。自分の光に照らされ、床の繋ぎ目が見えるようになったが、メダルが見つからない。


 王様の宝物を無くしちゃった事に、さらに焦る自分。やばい、やばいよ。貰う前に無くしちゃったとか……一生懸命にシャーリーと探していた時間が無駄になっちゃうよ。


 お母様を見つけられなかった事と、宝物を紛失した気持ちが交差し、悲しみが込み上げてくる。


 気落ちして、視線が下がったその時、自分の肩口にキラッと光る物が目に映った。


「あったー! なんでここに?」


 視線を向け、手でメダルを引っ張り確認すると、確かに無くしたと思ったメダルが見える。その形を見て、見つかった事に安堵し、目尻から涙が零れ落ちた。


 確かに手にしていたのに、滑り落ちたのか? 本当に人騒がせだなぁ!


 肩口で見えるメダルの感触を確かめながら、自分のそそっかしさを責めた。


「アリシア! ここでしたの! ひとりで……まぁ! どうしちゃったのですの、その姿!」

「まぁ、何て神々しい外套ですの。アリシア様、とてもお似合いでございますよ」


 自分を追いかけてきたシャーリーと王妃様が、驚いた顔で見つめている。


 えっ? 何? 暗い中を進んだせいで、自分、埃まみれにでもなっちゃった? 思わず、自分はドレスを摘んで確認しようとしたが、見慣れない布を掴んでいる。


 えぇぇ? 何、このマント! いつの間に羽織ってた?


「アリシアちゃん! 駆け出して行ってしまって驚きました……あら、まぁ……とても上品な外套を見つけましたのね。とてもお似合いですよ」


 駆けつけたお姉様も自分の姿を見て、目を細めて眺め見ている。


「おねえさま、おかあさまのこえがきこえて……」

「まぁ、そうですのね。その姿を見ますと、神様がお導きくださったのかもしれませんわ」

「アリシアさま、そちらの外套はお探しになられていた、魔力を必要としない魔道具でございます。さすがでございます、見事探し出されたのですね」


 自分の弁解に、お姉様もメリリアも全く想像していない反応を返してきた。あの声はお母様じゃない? でも、確かにお母様の声にしか聞こえなかったよ! 


 何が何やら分からなくなった自分は、ひとり混乱し、その場で呆然と立ち竦んだ。

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