第111話 友情の証

 王様との謁見はその後も続いた。


 王妃様の言葉に続いて、シャーリーが可愛いお辞儀をしてお姉様に御礼の言葉を述べると、続けて自分にもお辞儀をして顔を向けた。


「せっ、せいじょアリシア、こたびの……はたらきみごとでした。あっ、えっと、こころより……おれいもうしあげます」

「シャルロットおうじょさま、おほめいただきありがとうございます」


 シャーリーはこの日のために覚えた言葉を聞いて、少し嬉しくなり笑顔を見せてお礼を告げた。


 自分の笑顔を見て、シャーリーは安堵した表情を浮かべる。ちょっと前に自分に見せていた尊大な態度も無く、何と無く余所余所しい感じを受けた。


 うーん、何時もと違うから調子が狂いますね……この堅苦しい雰囲気から早く解放されたいかも。


 王族から感謝の言葉をもらった後、褒美の話に変わる。


「褒美は既にもらっている故、これ以上は望みませぬぞ」

「それでは、王家の威信にも関わる。ディオス、受け取ってくれ」


 お父様がバッサリと褒美について受け取りを拒否したけど、王様は何とか受け取って貰いたいようで、王室にある品物や、どこそこの領地はどうだと説得を続けていた。


「むぅ、どこまでも頑なであるな、ディオス。では、王室の宝物庫を解放しよう。気に入ったものを持ってゆくが良い。お主らが望むものも見つかるであろう」


 お父様も流石に王様の申し入れに観念したのか受け入れを表明。その様子を緊張した面持ちで見ていた王妃様や側近人達が、ホッと胸を撫で下ろした。


 よく分からないけど、お父様はあんまり褒美には執着が無いようで、肩を竦めてしかたなく受け取るといった雰囲気を見せている。まぁ、お父様もお母様も、自分で欲しい物を取ってきたり作ったりするタイプっぽいし……名声や名誉にも固執した様子も無いですし、褒美って効果なさそうですね。


 お母様、お姉様、そして自分も褒美の対象のようで、宝物庫から欲しい物が貰える事になった。自分は、素直に喜び、お母様に笑顔を向ける。


「ディオス、こちらには適性の高い物があるかもしれませんし、探して見るのも良いかもしれませんよ」

「ふむ、確かに否定は出来ぬな」


 お母様の言葉に、顎髭を撫でながら思案するお父様。


「……いい機会だ、探してみるか」


 お父様は、何か思いついたのか王様に向かい合い礼を述べた。


 王様は、お父様の表情が変わった事に喜び、直ぐに宝物庫に案内すると言ってついて来るように促す。たぶん、お父様の気持ちが変わる前に渡したいのでしょうね。自分は、お父様の機嫌とは余所に、王様の宝物庫に入れる事に興奮が抑えきれなかった。


 宝物庫へは修復中の宮殿にあるようで、再び馬車に乗り移動する。その前に、早朝から動いていたせいで、おむつが満タン状態だったので、別室に案内してもらい整えてもらった。おむつを交換する部屋では、王妃様もシャーリーも同席していて、彼女もこの機に合わせて交換している。


 メリリアが予備で用意していたおむつカバーに、シャーリーのメイド達が興味深く見ているようです。珍しくメリリアが、彼女達の視線に気が付き声を掛けると、メイド同士で話が盛り上がり始めた。


「これは素晴らしいですわね。なるほど、ここが着脱可能になっているのですね」

「こちらの下着はどちらで買えますの? 王妃様に是非オススメしたいですわ」


 どうやら、シャルドゥーアの街で手に入れた、マジックテープがついたカバーに注目を集めているようです。確かにあれは便利だし、布で結んで固定するより安定感がある。


 だが、一応、自分の下着なので……品評会のようになっている様子を目の当たりにするのは、さすがに恥ずかしいのですが……。


 誰か! あのメイド達を止めてください!


 と、願ったが、その話にお母様も王妃様も食いついてしまい……悲しい事に、おむつの話題で皆んなが花を咲かせてしまった。


 なっ、何で……?


その光景に自分は顔が熱くなっていく。ぴらぴらと自分のおむつカバーを広げては包み、使用感を確かめる王妃様。あぁ、そんなに裏表を捲りながら入念に見ないでください。どっかに沁みあったら……あぁぁ。


 こっ、この羞恥プレイ……堪えられないよ……。


 自分は、興味深々におむつを見ている皆んなから視線を逸らし、早く終わる事を願った。


 おむつ品評会で王妃様は満足したようで、シャーリーにも見せ始め、精神をごっそり削られた自分。同い年の女の子にまで、自分の下着を見られる……これはかなり辛い……。


そのままソファにもたれ掛け、恥ずかしさから顔を隠して小さくなっていた。


「アリシア……さま。とてもよいおめしものですのね。ユステアさまが、わたくしにいくつかゆずってくれましたの。ありがとう……ぞんじ……ます」


 えっ! 何ですと? 何時の間にそんな話に……ソファで蹲っていた自分は、バッと顔を上げ周囲の様子をみる。使用済みのおむつカバーですけど、そんな物を王女様に?


「シャーリー? それはほんとうですか? おうぞくのかたにしつれいなきが……」

「ええ、おかあさまとユステアさまが、おっしゃってくれましたの。代わりにわたくしのとこうかんですわ」


 はぁ? 何だ、そのユニフォーム交換みたいな話は……。


 自分は、目の前で起こっている事に、驚きのあまり口をパクパクさせてしまった。自分の様子とは打って変わって、シャーリーは何だかご機嫌です。


 えぇ? おむつカバー交換でどうしてそんな笑顔なんですか、シャーリー?


「シャーリー? どうしてえがおなの? わたくしのおふるですよ?」

「いえ、せいじょさまのいふくをいただけるのは、こうえいですの。わたくしではダメですか?」

「そういうわけでは……シャーリー、わたくしせいじょではありません。まえみたいにアリシアとして、おつきあいください」


 さっきから、妙に自分への態度を変えようとしていたシャーリー。これが聖女と言われるようになった弊害なのか。でも、せめてシャーリーとはお友達の関係でいたい。たったひとつの思わぬ奇跡で立場が変わって欲しくなったのだ。


「でも……」

「おうぞくのひとなのに、わたくしを、ともだちにしてくれたのはシャーリーですもの。これからも、かわらないでいてほしいです」


 自分はおむつカバー交換の事よりも、シャーリーとの関係改善に頭が回り始める。ここで、正さないと一生直せない気がした自分は、彼女の手を取り見つめた。


「おねがい、シャーリー」


 シャーリーに必死に願いを告げ、瞳に視線を合わせた。


「もう、せっかくがんばったのにだいなしですわ。わかりましたわ。アリシア、いつもどおりいたしますの」


 自分の願いを聞き届けてくれたシャーリーに、胸が熱くなりそのまま手を引き寄せて抱きしめる。


「ありがとう、シャーリー。わたくしのたいせつなともだちです」

「アリシア、わたくしもあなたがいちばんのともだちですわ」


 バッと、腕を伸ばしてシャーリーの顔を見ると、自分の目を見て笑顔を向けてくれていた。堪らず、自分は嬉しくなり再び彼女に抱きつき、喜びを現した。


「では、おむつカバーはとものあかしですわね。わたくし、たいせつにしますの」


 あぁぁ、そんなものが友情の証だなんて……なんたる話……。これから、お互いのおむつカバーを履いている時に、友情を感じる関係。自分は、それを想像して顔から火が出るほど火照ってしまい、耳の先まで熱を感じた。


「シャーリー……おむつでゆうじょうをかんじるのは……」

「あら? わたくしはすてきだとおもいますの。ふふふ」


 自分は考えすぎなのだろうか……奇妙な友情の証を手に入れた事に複雑な気持ちになった。


「エルステア、アリシアちゃん、それではお父様がお待ちですから行きますわ。よろしくて?」

「はい、お母様。アリシアちゃん、行きますわよ。シャルロット王女様も、どうぞお手を取ってくださいまし」


 抱き合うシャーリーと自分にお姉様が、両手を差し伸べて出発を促す。自分達は、そのままお姉様の手を取り、歩き出した。まだ、自分の耳は熱いままで、どこかで冷やしたい気分だ。


 シャーリーとの関係は、元に戻った気がするけど……何がどうしてこうなったのか、気持ちの整理が付かぬまま宝物庫へと向かった。


「我、サントブリュッセルの血を受け継ぎし唯一の王。我が問いかけに応え、金色の扉を開かん!」


 宮殿の奥のさらに進んだ先に、金色の扉の前で王様が杖を掲げて声を上げた。


 唯一の王と言う言葉に、自分は訳も分からず興奮を覚える。魔法の呪文もそうだけど、こんな言葉ひとつで何かが起こる事に、身震いしてしまう。自分もいつか、こんな感じにかっこよく魔法を唱えて見たいなぁ。そんな事を思いながら、ゆっくりと開く扉の先に目を向けた。


「ディオス、扉は開かれた。この中からひとつでもふたつでも好きなだけ選ぶが良い。我等には過ぎたる物が多い故、遠慮は要らぬぞ。ユグドゥラシル様の血筋であれば、使える物もあるであろう」

「王よ、我らへの心尽くし痛みいる。ありがたくいただこう」


 お父様が王様に礼を述べると、先陣を切って宝物庫の中へ入っていった。


「エルステア、メリリア、アリシアちゃんをお願いしますわね。あまり奥には行ってはいけませんよ」

「はい、お母様。扉の側を見てまわりますわ」

「ええ、そうして頂戴。良い物が見つかったらメリリアに鑑定をお願いするのですよ」


 お母様は、お姉様に告げると、リンナを連れて宝物庫の中へ入っていく。


「おかあさま、わたくしもついていってもいいですか?」

「ええ、シャルロット、エルステア様の側を離れないようにするのですよ」


 お姉様の手を握るシャーリーは、王妃様に宝物庫の同行を願い出る。王女様でも、この場所には入る事はないのかな? 何だか、初めて中に入ったような様子で中をキョロキョロ見渡していた。


「シャーリーもはじめてなの?」

「そうなの。ここは、おとうさましかはいることはないへやですのよ」

「へー、そうなんですね。じゃぁ、いっしょにたからものさがしですね!」


 シャーリーは、宝探しの言葉に反応し、白い歯を見せて自分に笑いかけた。子供らしい純粋な笑顔に、自分は眩しさを感じ目を細めて彼女を見つめる。本当に、いい笑顔のお姫様です。自分は、その笑顔をもっと近くで見たいと思い、お姉様に回り込みもう片方の手でシャーリーの手を握った。


 お姉様を中心に輪になって、ぐるぐると踊るように回りだす。


「ふふ、アリシアちゃん、宝物を見つける前に疲れちゃいますよ」

「なんだかうれしいの、おねえさま」

 

 皆んなで宝探しをする事への喜びを身体で表現した後、手を繋いで宝物庫の中へ足を踏み入れた。

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