第110話 聖女礼賛
お父様に、魔力共有の足輪が渡されたのは翌日だった。
葬式の日から、王様に呼び出され王都の防衛強化に依頼を受けたそうで、城壁の改修やら騎士団や近衛兵の編成やらと大忙しで戻れない日もあったようです。
お母様から事情を説明されたお父様は、大きな声を上げながら喜んでいた。
「ははは、娘の魔力を譲り受けられるとは、これほど嬉しいことはないぞ! アリシア! ガンガン魔力を余らせるが良い!」
いや、魔力が溢れる感覚が分からないんだって! 無茶言ってもらうと困りますよ……。そう思っていると、お母様がお父様の前に立って叱ってくれた。
「ディオス、アリシアちゃんの魔力を溢れさせないために差し上げたのですよ。これ以上派手な事が起きたら、ここに住めなくなりますの」
「おっ、おぅ……そうであるな。噂を聞きつけた者達からの面会依頼に、我も困り果てていたところだ。すまん」
頭をボリボリと掻きながら、お父様は自分に視線を向ける。
「アリシア、これからは我等と一心同体である。其方が苦しいと感じた時には、直ぐに駆けつけてやるからな、ガハハハ!」
お父様は、そっと自分の頭に触れて満面の笑みを見せた。自信たっぷりのお父様の表情に頼もしさを感じる。もう胸が痛くなる事も無いと思うと嬉しくなってしまった。この喜びを伝えたくて、少し下がって皆んなに向き合う。
「おとうさま、おかあさま、おねえさま。わたくしのためにありがとうぞんじます。このいえにうまれて、しわせです」
今の自分で表現できる最大の言葉を選んで、皆んなに御礼を告げた。
「おぉ、アリシアー!」
お父様は、猛烈な勢いで自分の前に立ちはだかり、そのまま自分を抱き上げる。
ビュオォッ! っと、音を立て、床が遠くに見えた……。
「ひぁっ!」
急な勢いで高く持ち上がる自分の身体に、悲鳴にもならない声が勝手に口から出る。胃の中の物が、喉まで競り上がり、口元を咄嗟に押さえた。うぅっ、このままだと……折角飲んだお母様のお乳が溢れてしまう。
「アリシアちゃん!」
お姉様が自分を呼ぶ声が聞こえると同時に、全身が暖かい風に包まれた。部屋の中で浮いているような感覚から、少しずつ身体が下へ降りていく。
何この感覚……ちょっと楽しいかも! 眼下には、慌てた表情のお父様と、腕を抓っているお母様、そして両手を掲げているお姉様が見える。ゆっくりと降りていく様子を、皆んなが眺めていた。
浮遊状態は些細な時間だったけど、なかなか貴重な体験です。ちょっと降りるのを一瞬躊躇ったが、観念して床に足を着ける。床を踏みしめた瞬間、バランスを崩しフラつく自分。お姉様はそれを予想していたようで、自分の側に来ていて、支えるように抱き締めてくれた。
「おねえさま、からだがふわーと、ういてたのしかったです!」
傘は持っていないけど、メリーポピンズのワンシーンのような体験が出来て、子供心に喜びを伝えた。
「もう、お父様はやり過ぎですの!」
自分の事なのに、お父様に頬を膨らませて抗議するお姉様。うーん、怒った顔も可愛いです。お姉様とお父様のやり取りを横目に、ギュッとお姉様に腕を回し幸せなひと時を満喫した。
「ディオス、王との会合は明日になるのかしら?」
昼食後の家族との団欒の席で、お母様が首を少し傾けてお父様に問いかける。
「うむ、そのつもりだ。アリシア、身体の具合はどうだ? 宮殿まで行くのが難しいようであれば時期を代えようと思う」
巨大ぬいぐるみに埋まり、ライネとじゃれ合っている自分に、お父様が振り向き声をかけてきた。
体調は特に問題ない。シャーリーが心配しているかもしれないし、行ってもいいなら行きたいかな。お母様に視線を向けると、微笑みながら頷いてくれた。
「おとうさま、わたくしはげんきです。シャーリーにあえますか?」
「うむ、シャルロット王女も同席するであろう。退屈になればエルステアを連れて遊んでいても良いぞ」
ニッと白い歯を見せて笑顔を見せるお父様。ふふ、シャーリーと遊べるなら、行くしかないです!
「ありがとうぞんじます、おとうさま。おねえさまもいっしょにいけるのですね! わたくし、うれしいです!」
三人で何をして遊ぼうか……今度は変な事に巻き込まれないだろうし、宮殿の中を探索するのも良いよね。
「ピッ!」
もふもふに包まれて少し眠そうな顔のライネが、少し頭を上げて自分を見て声をあげた。
あぁ、ライネも一緒だよ。
「ピィッ!」
眠そうなライネの頭を撫でて上げると、再びぬいぐるみの毛並みに頭をもたれ掛け目を閉じた。そのまま身体を摩ってあげていたら、寝息をたて始めるライネ。気持ち良さそうに毛並みに埋もれているのを見て、自分もボフッとぬいぐるみに身を委ねお昼寝の体制を整えた。
あー、このもふもふ感……たまらない……。
「アリシアちゃん、おやすみなさ」
意識が途切れる寸前に、お母様の優しい声が聞こえてくる。その声を反応して胸がほんのりと温かみを感じ、そのまま眠りに誘われていった。
――翌日、早朝から馬車を走らせ宮殿に向かう。
以前見た貴族街の静かな光景とは異なり、街道沿いには木材や石が積まれ、屋敷の修復作業を行う職人達で賑わいを見せていた。
宮殿を囲っていた城壁も、大きく崩れたところが無くなり順調に修復されている様子が伺えます。これだけ修復されていれば、不審者も入れないだろうし安心ですね。
今日は、宮殿ではなく、客人をもてなすために建てられた離宮へ向かう。完全に宮殿の修理が終わるまで、王様もシャーリーもそこを利用しているそうです。
離宮に到着すると、玄関の入り口前には近衛兵がズラリと並んで迎えに出ていた。ざっと見るだけでも、二、三十人はいる。
近衛兵ってこんなにいたんだね。と、感心してしまった。
「トゥーレゼ様、お成り!」
自分達が到着した事を知らせる声が響くと、待機していた近衛兵の人達は一斉に片膝をつき頭を下げ始める。
なっ、何が起きているの? 突然の様子に、自分は目を見開いて眺めみた。
「エルステア、アリシアちゃん、行きますわよ。ちょっとだけ胸を張って堂々としてくださいね。皆、貴女達に感謝してますの。期待に応えてあげましょうね」
あー、そういえば近衛兵の人達は、宮殿の戦いで負傷したり、一度死んでしまったんだよね……。皆んな、血色が良さそうだし、身体もちゃんとある。無事に回復出来て良かったよね。
跪いている人達を眺めながら、一人一人に視線を向け確認した。
「はい、お母様。アリシアちゃん、顎をちょっと引いて、真っ直ぐ視線を向けると凛々しく見えますのよ」
お姉様は、クイっと顎を引き自分を見つめる。
「おねえさま、こうですか?」
自分は、お姉様に習って顎を少し引いて向き合うと、ニコッと微笑んでくれた。
「ええ、よく出来てますわ。王様とお会いする時も、その姿勢でいると良いですわよ」
「はい、おねえさま!」
お母様に抱きかかえてもらい、馬車から降りると、近衛兵の一人が自分達の前に出て跪いた。
「聖女エスステア様、聖女アリシア様、此度は我らをお救いくださり、有難うございます! 近衛兵を代表して御礼を申し上げます!」
「ボンドーワド、あまり過剰な期待を我が娘に向けるでない。すでに大いなる力は、この子らにはないのだ」
近衛兵の人達の好機の眼差しが、お姉様と自分に向けられ一瞬怯みそうになる。お母様が、耳元に「大丈夫よ」と囁いてくれたおかげで、毅然とした態度を崩さずに視線を前に向け続けた。
「ディオス様、聖女様は我らの潰えた命を蘇らせてくれたのです。言わば恩人。この奇跡に感謝せねば騎士の名折れでございます。ご容赦ください」
「まぁ、気持ちは分からんでもない。だが、次は無いのだ。その事だけは忘れるでないぞ。良いか皆の者!」
お父様は、近衛兵のボンドワードさんに視線を向けた後、周りで跪いている人達を見渡し、声を上げた。
「はっ!」
近衛兵の人達は、さっきまで向けていた自分達への視線を下げ、声を揃えて返答を返す。何となく、この人達はお父様の言葉を理解してくれたような気がして、内心ホッとしてしまった。
「では、王の元へ案内してくれ」
「はっ! こちらへどうぞ、ディオス様」
近衛兵のボンドワードさんを先頭に、自分達を取り囲むように他の近衛兵が付いて離宮の中を進んでいった。
離宮の中は、正直、宮殿と遜色がないくらい豪華な内装だ。壁紙も絨毯も、宮殿で見たものとほとんど違いがない。天井に描かれている絵は、ちょっとだけ宮殿の方が煌びやかな感じがしたけど、その違いは見る人にとっては優劣がつけ難いものだと思った。
残念ながら、自分には審美眼なんぞ持ち合わせていないので、素人感覚で比較した感想に過ぎない……。
離宮の中央の廊下を突っ切って、突き当りの部屋に通される。
大きな彫刻が施された茶色の扉を開けると、天窓から光をふんだんに取り入れた広間が見えた。
「よく来た、トゥレーゼの者達よ。ささ、ここまで来るが良い」
お父様を先頭に中へ進むと、聞き慣れた王様の声が聞こえる。葬式であった時よりも声に張りがあるようで、王様も元気になったと確信した。
「ディオス、改めて今回の働きに礼を言う。我等のために尽くしてくれた事、感謝する」
「勿体無きお言葉。サントヴリュッセルの民として当然でございます」
お父様が、王様の前に跪き言葉を返す。お母様とお姉様は、少し膝を曲げて腰を低くして頭を垂れた。
「其方等、頭を下げるでない。聖女様にそのような事を強いては、我の立場が危うくなるではないか。頭を上げてくれ」
王様は、小さな声でお父様とお母様に告げると、二人ともニッと笑い立ち上がった。
「ウォッホンッ! 聖女エルステア、聖女アリシア。其方等がいなければ、この国は大いなる悲しみに包まれていたであろう。この国を代表して感謝する。我等の同志を救ってくれた事、永劫に忘れることは無い」
お父様達に頭を上げさせると思ったら、逆に、王様が頭を下げて礼を述べ始めた。おっ、王様がお姉様だけじゃなく、自分にも頭を下げるなんて……。
何となく、やり過ぎたと不安に思い始める。
「アリシアちゃん、ちゃんと前を向きましょうね。こんな事は滅多にないのですから、良い機会ですわ」
たっ、確かにお母様の言う通りです。王様から御礼を言われるなんて、前の人生でも有り得なかった光景だ。
ちょっとは人の役に立ったって事で、素直に受け取る事にした。
「そうそう、それで良いのですよ。ふふふ」
真っ直ぐ、王様に視線を向ける自分。
横目でお母様を見ると、自分の様子に微笑んでいる。
ちょっとはしっかりしてきたでしょ、お母様?
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