第28話 冬と一緒に

 庭の木が風に煽られて、カラカラと枯枝がぶつかりあう音が聞こえる。時折、カーテンの向こうから、ビュオッっと音がして、今夜は少し不気味だ。


 コンコンと、お姉様の部屋に繋がる扉からノックする音が聞こえ、リリアが部屋に入ってきた。横には、枕を抱きしめたお姉様がいる。


 リリアは、不寝番のリフィアと何やら話した後、お母様のところへ来た。


「奥様、エルステア様が外の音を不安に感じているそうです。本日は、こちらで夜を明かしたいそうですが、いかがいたしますか?」

「そうですのね。もうじき寒くなってきますし、しばらく三人で寝ても良いわね。こちらに通しなさい」


 リフィアに招かれたお姉様は、ベッドの前に立っている。心なしか、身体が震えている気がする。外から聞こえる風の音を聞いて、広い部屋にひとりで寝るのはちょっと心細いよね。怖く感じてもしょうがない。


「エルステア、こちらにいらっしゃい。一緒に寝ましょう」


 お母様は、自分の左側をぽんぽんと叩いてお姉様を誘う。お姉様は少し表情が柔らかなくなって、ベッドに入ってきた。


「心細かったでしょう。もう安心ですわよ。冬の間はお母さんと一緒に寝ましょうね」

「ありがとう存じます。お母様。この音がとても怖くて」


 お姉様は、お母様に腕を回してギュッと抱きついて目を伏せる。


「貴方ぐらいの歳だった時、私も同じようにお母様と一緒に寝てましたもの。気持ちはわかりますわ」


小さい頃の自分を懐かしむように、お母様は優しそうな目でお姉様を見つめ、髪を撫でてあげた。


「リリア、今日からこちらで皆で寝ます。貴女も、今日はお休みなさい」

「ありがとう存じます、奥様。こちらで下がらせていただきます。リフィア、後は頼みましたよ」


 今日から、お姉様も一緒に寝る事になり、自然と嬉しい気持ちが湧き上がる。心がほんのり温かくなるのを感じながら、お姉様とお母様のいつもの寝物語を聴いて眠りに落ちた。


 メリリアがシャッとカーテンを開けると、部屋が朝日で照らされ、目が覚めた。陽の光が眩しいので、朝日に背を向け、むくっと、身体を起こし周りを見渡す。お母様もお姉様も、まだ夢の中にいるようで、気持ち良さそうに寝息を立てていた。二人とも寝顔まで美しいのです。思わず見惚れてしまった。


 自分は通常業務のように再び布団に潜り込み、お母様の薄いシルクのような寝巻きの胸をずり下げて、ボンっと露わになったおっぱいを頬張る。お乳をいただく動作に無駄は一切ないのだ! もう、手慣れたもんですよ!


 お乳を夢中で吸っているうちに、皆んな起きてくる。お姉様はまだ少し寝ぼけているのか、覚束ない足取りでリリアに連れられ、自分の部屋に着替えに行った。お母様も、自分がお乳を満足するまで飲むのを待ってから、着替え始めた。待っている間、布団の中に潜って遊んでいる事にした。


 今日は、お母様の匂い以外に、お姉様の匂いも布団に染み込んでます! 二人とも、身体に香水でも付けているのか分からないけど、いい匂いがしますよ! 布団の中で転がったり、跳ねたりして悶えながら一人遊びを堪能した。


 あはは、美女と美少女の香りが堪らん!


 自分の着替えの番が回って来たようで、メリリアに布団をひっぺがされ、寝巻きを脱がされた。えっ、今日、寒すぎじゃない? おむつを残してひん剥かれた自分に、冷たい空気が襲ってきた。


「くちゅんっ!」


 可愛いくしゃみが自分から出てしまう。何この子、可愛い! って、自分の声ですねと、心の中で突っ込みを入れる。


「今日はちょっと冷えますので、少し暖かいお召し物にされると良いでしょう。」

「そうね。アリシアちゃんが熱を出すといけないから、厚手のドレスにしましょう。メリリア、用意できますか?」

「こちらにいくつか用意してございます。どちらにいたしましょうか?」


 メリリアが案内する方へ視線を向けると、ふわふわの飾りが付いたドレスがテーブルに並べられていた。どれも、この美幼女に似合いそうな可愛いドレスばかりだ。ここに用意されている服は、すべて自分用らしい。着飾ってくれる事に、自分は文句は言いませんので……。


「どれもアリシアちゃんに似合ってしまうから、お母さん迷っちゃいますわー。あーん、どれにしましょうー」


 お母様が自分に着せるドレス選びに迷っているようです。下着姿のまま放置されているので、そろそろ決めてもらっても……いいですか?


「くっちゅん、くちゅん!」


 おーふ、さみぃっす。昨日までそこそこ暖かかったのに、一晩でめちゃくちゃ寒くなりましたよ……これは、たまんねぇです。寒暖差が半端ないのですよ! 叔父様の家にいた時は、寒い日はほとんど無かったのに、こちらは気候が違うように感じた。


「あら、いけない。アリシアちゃんの身体が冷えちゃいますわ。メリリア、こちらにしましょう。着替えさせてくださいな。」

「承知しました、奥様。」


 お母様が選んだドレスをメリリアに着せてもらい、さっきまで感じていた肌寒さはなくなった。うんうん、なかなか暖かいドレスですね。服の内側にも生地が縫い付けられていて、保温性バッチリ! いつも着ているドレスと違って、冬らしい感じの装いに様変わりです。スカートの裾に付いているふわふわな飾りが、自分をより可愛らしく見せてくれている。本当に、自分は、どんどん可愛くなってくなぁ……。


「まぁー、アリシアちゃん可愛いですわー。よくお似合いですわよー」

「アリシア様は何を着られても、お似合いでございますね」


 着替え終えた自分を見つめる二人は、とてもいい笑顔を見せる。まぁ、喜んでくれるのであれば、この身体、着せ替え人形として差し出しましょう!


 お母様の黄色い声を耳にしながら、諦めの気持ちで立ち竦んだ。


 着替えを終えたので、いきなり到来した寒さの原因を確認するために、窓の外を眺める。昨日まで緑が広がっていた庭は、一面、白で覆われていて木々やゴーレムにも雪が積もっていた。


 ですよねー。この寒さ、雪が降ったせいですよね。ここでは、どのくらい雪が積もったりするのかね。雪だるまとか、かまくらが作れるくらい積もるのかな?積もったら楽しめる遊びは幾らでも思いつくよ! 寒いのは嫌なんだけど、積もった雪を見て無性にワクワクしてしまった。


 しばらく白くなった庭を眺めていると、ゴーレム達がいる場所よりさらに奥から、何かがこちらに向かって来る。さらにその奥から、人の群衆が現れた。ゴーレムが微動だにしていないところを見ると、たぶんお客様だと思った。動いているところを見てみたいですね。でも、お母様が自分達用に作ってくれるって言ってたし、ここは、大人しく声が掛かるのを期待して待っても遅くないかな。


 勢いよく走ってくる何かは、一直線にこちらに来ず、白い庭を駆けずりまわっていた。あれは動物だよね。犬は喜び庭かけまわるって感じだわ。うーん、自分も駆け出したいと思っていたのに、先を越された感じだ。許せぬ。


「奥様、旦那様がお呼びでございます」

「メリリア、アリシアちゃんをよろしく頼みますわ」


 お母様はリンナを伴って寝室を出て行った。多分、窓から見えたお客様をお迎えするのだろう。いったいこんな朝早くに誰がきたのかね。まだ朝食も食べてないのですけど。


「アリシアちゃん、おはよう。あら、今日は暖かそうな可愛いお洋服ですわね。とても良くお似合いですよ」

「おねえさま。ありがとうぞんじます。きょうはさむいので、このおようふくをきせてもらいました」


 着替え終わって戻ってきたお姉様に、スカートを摘んで会釈をする。お姉様も今日は、暖かそうな少し濃い目の赤いドレスを着ている。落ち着いた赤なので、お姉様の金色の髪と、白い肌が強調されるように見えて、とても綺麗だ。自分は相変わらず白がベースのドレスなんだけど、何か決まりとかあるんかな? 鏡で見て似合っていたから文句はないのだけどね!


「おねえさま、おにわはごらんになりました? しろくて、きれいです」

「今日はお庭が白くて綺麗ですわね。庭でアリシアちゃんも知ってる狼さんが喜んで駆けてますわ」


 うーん? 自分が知っている狼って一匹しか知らないのだけど。まさかここまで来たと?


「あのおおかみはガイア?」

「そうよー。どうしてここに来ているのか分かりませんけど、あの狼はガイアですわ。ちょっと大きくなったみたいですわね」


 遠路はるばる、ガイアがここまで訪ねて来たらしい。という事は、家に向かって来た一団は叔父様達なのかな? でも、ここに着いてそんなに日は経っていないので、違うかもしれない。けれど、ちょっと期待してしまった。


「おじさまがこられたの?」

「ガイアはいるけれど、叔父様達かは私も分かりませんわね。後で様子を見に行きましょう」

「はい。おねえさま。おじさまたちだといいですね」

「ふふ、そうね。叔父様達が遊びに来たかもしれませんものね」


 しばらく、お姉様と、窓から庭を駆けまわっているガイアを眺めていた。


「お嬢様方、お食事の準備が出来ましたのでご案内いたします。旦那様より、本日はお客様も同席されるとの事でございます」

「メリリア、お客様はどなたなのかしら?」

「はい、先ほどからご覧になられていましたのでご存知かと思いますが、ランドグリス様とエルグレス様でございます」

「グレイはいないの?」

「グレイアス様は、お越しにはなっておりませんでした」


 そっか、お兄様達だけなんだ。グレイお兄様も来れたら良かったのに。このからくり屋敷を色々案内してあげたのに、残念だなぁ……。お兄様達に、次はグレイお兄様も連れて来てもらうようにお願いしておこうかな。ちょっと残念だけど、とりあえずグレイお兄様の事は置いといて、メリリアの案内に従って、朝食会場に向かった。


「ようこそお越しくださいました。ランドグリス様、エルグレス様」

「ようこそおこしくださいました」


 お姉様の見真似で、お兄様達に挨拶をしてみた。皆んな何も言わないから、失敗していないはず……。


「エルステア、アリシア、元気そうでなによりだ。新しい家の住み心地はどうだ?」

「お父様が考えてくれたお家なので、とっても快適ですわ」

「からくりいっぱいです」


 ランドグリスお兄様が、からくりという言葉に目を輝かせる。


「やはりディオス様ですね。また新しいからくりを増やされたのですか?」

「おお、以前よりさらに増えておるぞ。その話は後でゆっくりしてやろう」

「ありがとうございます。ディオス様」


 お父様とランドグリスお兄様の性格というか趣向は、かなり近いものがあるのだろう。まぁ、からくり屋敷に興味を持たない男の子は、少なくないと思います。自分も、めっちゃ楽しんだからね。


「二人ともすっかり旅の疲れは無いようだね。安心したよ」

「お気遣いありがとうございます。エルグレス様」

「げんきいっぱいですよ、おにいさま」


 エルグレスお兄様は優しく微笑んでくれた。イケメンエルフのキラキラ笑顔はヤバイ! 普通の女性なら一発で恋に落ちちゃう気がする。自分もお姉様も子供なので、カッコイイ身長の高いお兄さんでしかないけどね。


「おにいさま、ガイアもきてるの?」


 いまだに庭で駆けまわっているであろう、ガイアの事を聞いてみた。よっぽど雪の庭が楽しいのだろう、ご飯を食べには来ていないのだ。


「うむ。ガイアはな、皆を追いかけて家から脱走したのだ。マシスの街で、我等が任務を行なっている最中に追いついて来たようでな、家に返すには遠すぎるので、こちらに連れて来たのだ。」

「滅多に敷地から出ないガイアが、ここまで来るとは思ってなかったよ。こちらに来ると分かったら、妙に元気になってな」


 自分達を追っかけて家を飛び出すとは、なかなか無謀な事をしたんだな。遠いところから来てくれたんだし、今日は一緒に遊んでやらなくちゃいけないね。


「ランドグリス様、エルグレス様は、今日は泊まっていかれるのですか?」

「ゆっくりしていきたいところなんだが、まだ任務の途中でな。ディオス様に報告をした後に直ぐに立たねばならんのだ」

「次にこちらへ来るときは、ゆっくりしようと思っているぞ」

「そうなのですね、次を楽しみにしていますわ」


 そっか、直ぐに帰っちゃうのかぁ。残念だな。という事は、ガイアともゆっくり遊べないのか。


「ガウッ!」


 ちょっと寂いしいなと思っていたら、庭で駆けまわっていたガイアが部屋に現れた。尻尾ブンブン振り回して、ご機嫌じゃないですか。無茶したよね、お前。


「ガイアげんきそうだね。おそとたのしかった?」

「オオンッ!」

「そっかー、たのしかったかー。でも、きょうはもうかえるって。ガイアばいばいだよ」

「クゥゥン」


 なんだよー。自分も、ガイアが直ぐ帰っちゃうって知らなかったんだよ。悲しそうな声を出すガイアの背中を撫でて慰めてあげた。


「ディオス様、お食事もいただけましたので、任務に戻ります」

「あぁ、報告すまなかったな。次はゆっくりしていけ。レオナールにもよろしく伝えてくれ」

「はっ! 確かにお伝えいたします!」

「よし、ガイア帰るぞ!」


 ランドグリスお兄様とエルグレスお兄様は、お父様に礼をして部屋を出て行く。だけど、ガイアは自分のそばを動かないでジッとしている。


「ランドグリス様、エルグレス様、道中お気をつけて」

「おにいさまおげんきで」


 お姉様と自分は、お兄様達に別れの挨拶を告げる。ほれ、ガイアも帰らないといかんぞ。皆んな待ってるじゃん!


「ガイアもばいばいだよ」

「グルルル。ガゥッ!」

「おい、ガイア帰るぞ、早くこっちに来い!」


 ランドグリスお兄様が、ガイアを引っ張って行こうとするが、頑なに抵抗を続けている。


「お前、まさかここに居るつもりじゃないだろうな?」

「オンッ!」

「うわー最悪だ。そのつもりで俺達について来たのかよ」

「オオンッ!」

「どうする、エルグレス。こいつ帰るつもりがないぞ」

「ガゥゥゥゥッ!」


 ガイア威嚇までし始めた。いやはや、お前、無茶するよなぁ。いくらなんでも、その要求は通らないと思うぞ……。また遊びにおいでよ。ガイアは、ランドグリスお兄様が呆れている隙を狙って、自分を盾にするように後ろにまわり込んできた。こいつ、以外と賢いんだよなぁ。


「ランドグリス、エルグレス。こうなると此奴は言う事を聞くまい。レオナールに話を通しておくので、其方らは行くが良いぞ。白狼一匹くらい、こちらで面倒は見れるからな」

「しっしかし、それではご迷惑に」

「此奴と我とレオナールは友達みたいなものだ。心配はいらんよ」

「そうですか、かしこまりました。では、お言葉に甘えてガイアをお願いいたします」


 ひぇー。ガイアの我儘が通ったよ。と言うか、お父様と叔父様と友達って、ガイアあんたは何者ですか? そっちの方が驚いたよ!


 お兄様達は、お父様に一瞥して帰っていく。残されたガイアを皆んなが見つめた。当の本人は、めちゃくちゃ嬉しそうに尻尾をバタつかせて、伏せをしている。


「良かったですわねガイア。しばらくここに居られるそうよ」

「オンッ!」


 ここに居られるって決まって良かったな。うんうん、ガイアが直ぐ帰ってしまうと聞いて、正直ここに居させて欲しいなと、思っていた。我儘を言える気がしなかったから黙っていたけど……お父様が一声かけてくれたおかげで、一緒に居られると決まり、モヤモヤっとしていた心が晴れて、嬉しい気持ちが溢れてきた。


「ガイア、またいっしょにあそぼうね」

「ウオンッオンッ!」

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