第26話 新しいお家

「ユステア様、良くお眠りになられましたでしょうか」

「ええ、メリリアや番を務めてくれた皆のおかげで、いつもと変らず眠れましたわ。ありがとう」


 昨日の夜、市長の息子が酔っ払って部屋に入ってこようとしてた騒ぎのせいで、一応、眠れはしたけどすっきりした感じではないのだ。お母様は、警護してくれた皆んなを気遣っているけど、いつもより顔色はよろしくない。もともと肌が白いので、顔色が分かり辛いけど、自分にはそう映った。


「お母様、私もよく眠れましたわ。皆ありがと存じます」


 お姉様も顔色は良くない感じがするけど、気丈に振舞って見せている。いやはや、お母様もお姉様も精神的に参ってるはずなのに、皆んなへの気遣いが出来て凄いね。これも出来る女性らしさって奴なんですかね? とても真似できそうにないよ……。


 お母様のお乳を吸う事に必死になっている自分を顧みてそう思った。今はお腹を満たすのが自分の使命。その内、嫌でも教育されて女性らしくなるってもんですよ。


「それでメリリア、館の様子はどなったのかしら。問題なく出発できそうかしら?」

「はい、奥様。昨晩のうちに、旦那様とエルグレス様が片づけましたので、問題ございません。荷馬車への被害もございませんので、ご安心ください。予定通りここを出る事ができます」

「それは良かったわ。ディオスは頑張ってくれたようね。安心したわ」


 メリリアの言葉を聞いて、お母様は自分の頭を優しく撫でて見つめている。何にも起こらなくて本当によかった。お乳を吸いながら、お母様に笑顔で返してあげると、「ふふっ」と笑い、微笑んでくれた。やっぱりお母様には笑顔が一番です! もっと笑ってくださいな。


 いつものように、メリリア達に着替えさせてもらい一階に降りる。玄関ホールに、お父様とメイノワールが自分達を待っていたようです。直ぐに、お父様はお母様も見て、真剣な顔をして駆け寄ってきた。


「ユステア、よく眠れたか? 昨晩は我がいながら心配をかけてしまった、すまん」

「こうして皆無事ですから、大丈夫ですよディオス。貴方が駆けつけてくれなかったら、私が排除してましたから」

「おっおぅ、そっそうだな。しかし、それではだな……跡形も......」

「ふふふ、冗談ですわディオス。駆けつけてくれてありがとう存じます」


 お父様は、頬をぽりぽり掻きながらお母様を見つめている。それよりも、お父様が来なかったら、お母様が排除しようとしたと言うのはどういう事でしょうね? お母様も強いって事? ただ強がりを見せただけ? お父様の反応を見る限り、たぶん前者な気がするけどどうなんだろう。そうなると、お母様も怒らせると大変な事に……ゴクリと唾を飲み込み、お母様に視線を向ける。自分の視線を感じて、にっこり微笑み返すお母様に裏を感じないけど、何と無く凄味を感じます! 自分、お利口なので怒らせたりしないです! ばっちり理解しました!


 心の中でそう呟き、お母様の頬に顔を寄せて従順さを現しておいた。


「レイクリース!」

「はっ! 領主様、こちらに」

「後の事は頼んだぞ、しっかりこの街を正しく導くように。頼んだぞ」

「お任せください、領主様。父上と母上の名に懸けて、マシスを良い街にいたします」


 レイクリースってニーチェさんの養子だったような。ニーチェさんに代わって、マシスを治めるような会話になってます? 当のニーチェさんの姿が見当たらないけど……どこに行ったのかな?


「エルグレス、すまないが後は任せるぞ。出所が分かったら知らせてくれ。レオナールには俺から伝えておく。其方もくれぐれも用心して事に当たれ」

「はっ!」


 エルグレスお兄様とレイクリースさんは、揃って館から出て行った。お父様は彼らを見送った後、振り返って自分達を見る。


「今日は、ここでは朝食は取れぬ。メイノアールが用意した軽食で済ます事になるが、理解してくれ。支度が整い次第ここを出る。良いか?」

「問題ございませんわ。ここから我が家までそう距離もありませんし」

「お家でご飯が食べられますもの。私も大丈夫ですわ」

「うむ、理解が早くて助かる」


 とりあえず、ここに長居は出来ないって事ですね。分かりました! 次に何が起こるか分からないし、とっとと家に帰った方がきっと安全に違いない!


 エルグレスお兄様と護衛騎士のニルソンをマシスに残し、自分達は馬車で移動を始めた。


 お父様の家に向かう道の途中で、倒壊して誰も住んでいなさそうな街をいくつか目にした。お母様が言うには、我が家の襲撃に助力した貴族達が治めていた街だそうで、謀反の罪で街ごと取り壊されたらしい。住人のほとんどは、新しく赴任した貴族が治める近隣の街へ移動しているので問題ないそうだ。マシスの街も新しく作られた内のひとつだそうだ。


 街ごと取り潰しになるって、なかなか大胆ですね。いくつもの取り壊された街を見て、騒動の規模が大きかった事が推測できる。お父様もお母様も、よく無事だったなぁ。自分だったら、真っ先にやられてしまいそうだよ。


 しばらく道なりに馬車が進んでいくと、黄金色に輝く田畑が広がった場所に出た。田畑の中には、小さい集落が点在していて、中心辺りにちょっと大きい村が見える。村の横を横切ると、農民風のエルフがたくさん働いていて、馬車の音を聞きつけて、皆んなこちらへ顔を向けていた。農村で働いているほとんどのエルフは、元犯罪者だそうです。従属の契約紋で縛られていて、魔力も封印されてしまっているので、反抗する事はできないらしい。刑期が終わると開放され、元の生活に戻る事ができるそうだ。ただ、刑期が200年とか500年もあるので、刑期が終わった後、農業の楽しさに目覚めてしまって、そのまま続けるエルフの方が多いみたいです。


 農村で働くエルフは、詐欺や窃盗、不倫などの軽犯罪者がほとんどで、外患誘致や謀反を起した重犯罪者は奴隷の契約紋で縛られ、争いが起きた際に最前線で死ぬまで戦わされるそうだ。エルフは繁殖力が低いので、重度な犯罪者でも処刑は気軽に行わず、有効に命を活用するスタンスらしい。ちょっと話がおっかないんですけど……犯罪を犯しちゃダメって事ですね。


 ちなみに、メイドや執事で働いているエルフは、そういう職業専門の学校があるらしい。自分から率先して、メイドや執事を目指して勉強するらしい。メリリアやリリア、リンナ、リフィア、メイノアールは、かなり優秀な成績で卒業したエリート。卒業後の勤め先は自分で探すようで、悪い噂のある主や、不埒な事を要求してくる主には誰も就いてくれないし、途中で分かればすぐ様、退職してしまうそうだ。行いの良い主には、逆に見返りを要求せずに働きたいと願いでる事があるみたいです。


 あれですよね、超大手のメーカーで待遇が良さそうだけど、内情はセクハラやらパワハラ当たり前、自殺者も毎年必ず出てる所を避けて、同等の待遇で黒い噂の無い優良企業に、さっさと転職しちゃいますってことだな。


 お母様とメリリアがいろいろ馬車の中で教えてくれて、自分、ちょっと賢くなったのではないだろうか。ただ、この脳みそがどこまで覚えていてくれるのかは……。


 「犯罪ダメー!」って事だけは、忘れずにいられると思う。


「もうじき我が家ですね。ほら、あの大きな木見えるかしら」

「見えますわ! お母様。あぁ、やっとお家に帰ってこれたのですね」


 お姉様は、大きな木を見て目に涙を浮かべている。自分はいまいち、家に帰って来たという実感がわかない。産まれた家らしいけど、まったく記憶にない。


「アリシアちゃん、もう少しで貴方の産まれたお家に着きますよ。ここに来るまで、本当に長かったですわ」


 お母様も涙で目が潤んでいた。メリリアも懐かしい光景を目にしている様子で、皆んなが、大きな木に視線を向けていた。自分だけ、この雰囲気に共感できず、場違い感が半端ないのです……。


「開門!」


 ゴゴゴゴっと重厚な物が動く音が聞こえてくる。すごい物々しい感じがするのは気のせいですかね? 我が家の大袈裟な感じに、呆気にとられてしまった。


 ガゴッと大きな音が響くと、馬車は暗い中を突き進んでいく。外の景色が見えず辺りは暗くで、どこを走っているのか分からない。きっと、トンネルっぽい所を進んでいるのかな?


「アリシアちゃん、今、お家の門をくぐってますのよ。ここを通過すると、新しくなったお家が見えますわ。楽しみでしょう」

「はい、たのしみです、おかあさま」


 家に続く道の途中に、長いトンネルが付いた門があるって、最早想像を越えてしまっているので、自分の家がどんなものか期待せざるを得ないです! お城? 我が家は、お城みたいになってるのですかね? それとも、ヴェルサイユ宮殿とかタージマハールみたいに大きくて広い建物ですか? トンネルの中で、どんどん妄想が膨らんできて、興奮してきます!


 強い光が馬車を包み込んだと同時に、広い草原が眼下に広がる。広さは、叔父様の家と遜色ないくらいで、所々に大きな木が立っている。側には、いくつも人の形をした石造が建っていた。どこかの美術館の屋外庭園のような雰囲気を感じます。なんか、めっちゃお金持ちの家って感じがするよ!


「おかあさま、あのせきぞうはなに?」

「ふふふ、アリシアちゃんの興味は果てしないですね。あの石造は、ゴーレムなのよ。悪い人が来たら動いて戦ってくれるのよ」

「あれ、うごくの?」

「そうよー。うごくのよー。すごいでしょ」


 うわーまじかー。あれゴーレムって奴ですか。動くところマジで見てみたいわぁ。


「おかあさま、うごかせる? うごいたのみたいです」

「うーん、ゴーレムは普段は動かないのよー。そうねー、お家の整理が終わった後に、動くゴーレムを作ってあげますわ。それで我慢してもらえるかしら?」


 えっ、お母様がゴーレムを作った? ゴーレム作れるってマジですか。凄すぎて、言葉にならないのですけど......。


「ありがとうぞんじます、おかあさま。ゴーレムほしいです」

「ええ、アリシアちゃんのお願いですもの、お母さん腕を振るって作って差し上げますわ」

「アリシアちゃんだけですか? 私も作って欲しいです、お母様」

「もちろんよ、エルステアにもちゃんと作ってあげますからね」

「お母様ありがとう存じます。楽しみですわー」


 お姉様と一緒にゴーレムを作って貰える事を喜んだ。どんなゴーレムを作ってくれるのだろう、今から待ち遠しい!


「私、あの羽のついている天使のようなゴーレムがいいですわ」

「おねえさま、あれもはねがついてます」


 お姉様と庭にいるゴーレムを眺めながら、あれが良いかも、これが良いかも、と嬉々としておしゃべりを続ける。お母様はそんな自分達を見ながら、優しい顔で見つめて笑っていた。


 お姉様とゴーレム探しに夢中になっていたら、馬車の歩みが止まり扉が開いた。


「旦那様のご帰還、お待ちしておりました」

「皆、待たせたな。其方らも誰も欠けておらぬようで安心したぞ。留守の間、この家も随分見違えたではないか。想像以上の出来栄えに驚いたぞ」

「ありがとう存じます、旦那様。ドワーフ族のバウス様を筆頭に、職人が腕を振るって改築に協力いただきましたので、このような素晴らしい館にすることができました」

「そうであったか。バウス達にも落ち着いたら礼をせねばならぬな」

「バウス様も、旦那様のお言葉で喜びいただけるかと存じます」


 お父様と挨拶を交わしているお爺さんエルフが、馬車から降りた自分達に視線を向ける。


「奥様、お嬢様方、お変わりないようで何よりでございます」

「アリシア様はお初にございますな。私は、ディオス様の執事を長年務めておりました、メーガスと申します。メイノワールは私の息子にあたります。以後お見知りおきくださいませ」

「メーガス、ごきげんよう」


 メイノワールのお父さんなんだ。どことなくメイノワールに雰囲気が似てるし、親戚と言われて納得。いつも通り、上品さを心掛けてメーガスに挨拶をした。もうすっかり、挨拶の所作は慣れたもんですよ! ふふふん!


「旅のお疲れもございましょう。お部屋にご案内いたしますので、ゆっくりお寛ぎくださいませ。メイノワール、メリリア」

「奥様、お部屋はこちらでございます。ご案内いたしますのでどうぞ」

「メリリア、ありがとう。エルステア、アリシアちゃん新しいお部屋に行きますわよー」

「はい、お母様」


 玄関を抜けると大きなホールが広がる。叔父様の玄関ホールよりちょっと広いくらいで、内装は同じくらい豪華な感じだ。叔父様の家がそもそも大きかったので、比較対象として分かりやすいです。メリリアは二階へ案内してくれるようで、ここの階段もひとりでは昇れない……お母様に抱えてもらい向かった。


「こちらの部屋が奥様の寝室になります。その隣がエルステア様のお部屋でございます。アリシア様は奥様と同じ部屋をお使いになられます。お風呂はこの廊下の一番奥にございますので、改めてご案内させていただきます」


 部屋の作りはほぼ叔父様の家と同じようだ。それにしても部屋がいくつもあるのだけど、誰が使うのかな? 護衛騎士の部屋とかメリリア達が使う部屋になるのかな?


「リリア、エルステア様もお部屋までご案内さしあげてください」


 お姉様はリリアの案内で隣の部屋に入っていく。


「おねえさま、またあとであそんでくださいね」

「ええ、アリシアちゃん。お部屋の様子をみたらそちらに行きますわね」


 お姉様と約束をして自分はお母様と部屋に入った。


 部屋に入ると陽が良く入りそうな大きな窓に、薄い布が幾重にも重なって垂れている天蓋付きベッド、装飾がこれでもかと施されている洋服箪笥、金色に縁どられた大きな鏡の付いた化粧台やらなんやらと、家具がビシッと備え付けられている。


「あら、この化粧台は無事だったのですね。よかったわ」

「はい、こちらは無傷で残っておりましたので、奥様の部屋に置かせていただきました。残念ながら寝台の方は、修復は不可能なほど損傷しておりましたので、新調した物に交換させていただいております」

「お母様からいただいた化粧台が無事でよかったですわ。寝台はちょっと残念でしたわね。でも、こちらもアリシアちゃんが大きくなる事を考えれば、ちょうどいいと思いますわ。ありがとう、メリリア」

「もったいないお言葉でございます」


 メリリアは、お母様の言葉でかしこまって見せる。そっと化粧台を指でなぞるお母様は、懐かしそうな顔で見つめていた。あの化粧台は、お母様にとって大事な物なんだね。粗相して壊さないように気をつけよっと。傷つけたらお母様が悲しみそうだし、そんな顔にさせたく無いし、見たくないのです。


 初めての長旅で、気持ちはちょっと頭も身体も疲れを感じてきました。


 目の前の映るベッドが物凄く気持ちよさそうです。


 はしたないと責められちゃいそうだけど、思わずベッドに駆け寄り上品さなんてものを捨ててダイブ!


 ボフッと柔らかい感触を身体に受け、布団からお日様の匂いがしてすっごい気持ちいい!


 今日からここが自分の家になるのか……。


 うんうん、なかなか良いと思う!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る