第25話 おしっこトレーニング(入門)
いつものお母様の匂いで目が覚める。
ドガドガと地面を蹴る車輪の音が聞こえる……。
まだ自分は馬車の中にいる事を思い出した。
グレイ達と別れてどのくらい経ったのだろう……。
目に映っているのは、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっているお母様の服。少し姿勢を上げて、周囲を見回すと刺繍をしているお姉様がいる。
視線を上にあげると、お母様が優しく微笑んでくれた。
「アリシアちゃん、おはよう。ちょっとお顔が乱れてますね」
そう告げるとお母様の人差し指がポウッと光を帯び、そのまま自分の顔に優しく触れた。
「はい、アリシアちゃんお顔が可愛い顔になりましたよー」
お母様が触れたおかげか、腫れぼっく感じていた顔がスッキリした。
いつものように、魔法を使ってくれたのかな。お母様は本当に、何でも癒してくれるんだよね。
「ありがとうぞんじます。おかあさま」
「どういたしまして、アリシアちゃん」
癒してもらい身体も軽くなったので、お母様の横に座り直してみた。
さっきまで感じなかった馬車の揺れが、お尻に響く。
ちょっと、このバイブレーションは刺激が小刻みすぎて、おしっこをもよおしてしまいそうだ。気持ちいいとかそんなものではなく、膀胱への刺激が強いのだ。
おしめをしているとはいえ、垂れ流しは……そろそろ卒業したいのですよ。
「おかあさま、おしっこでそうです」
恥を忍んで、お母様におしっこアラートを告げる。ここで我慢をしておしっこを決壊させては、余計な手間をお母様にかけてしまうので、躊躇してはいけない。
「おりこうさんですね、アリシアちゃん。メリリア、便器を用意してくださるかしら」
お姉様の横に座っていたメリリアが、サッと陶器で出来た器を出して、自分のスカートを捲り上げ下着の紐を解いてズルッと下げる。露わになったおしめを、シュシュッと取って下半身を丸出しにされる。馬車の中で、下半身すっぽんぽんにされるとは思わなかった。
ちょっと恥ずかしんですけど、メリリアさん……。
「アリシア様、どうぞこちらに跨りください」
スカートの両端を持ち上げて、メリリアの指示に従って器に跨った。
なるほど、これは簡易便所か何かで、この中におしっこすれば良いのか。
高速道路に乗っている時に、渋滞にハマって動けない状態で用を足す携帯トレイの要領かな?と、思うことにしたけど、携帯トイレを使ったこと自分はないので合っているかは分からない。
馬車の振動でふらつく自分をお母様が支えてくれて、器からはみ出さないように放尿する。これで器からおしっこがずれたら……大惨事になりかねない。
慎重に器を見定めて跨った。男の用を足す要領とちょっと感覚が違うので、標準をどこに合わせていいのか分からないぞ……。しかし、膀胱はそんな自分を待ってはくれる余裕などなかった。
チロチロチロと、器におしっこが掛かっている音が聞こえる。
どうやら問題無くおしっこが出来ているようだ。強張った身体が一瞬身震いさせたが、気持ちよくおしっこが出たので身体から力が抜けた。
とりあえず、難関を自分はクリアしたようだ! やったぜ!
「おしっこできました!」
「よくできましたねーアリシアちゃん。お利口さんですねー」
メリリアは、自分の下に置いた便器をサッと取り出して、馬車の窓から中身を放り投げた。馬車の窓に出した便器に向かって、指先から水の魔法を出して洗い流しているようだ。
えーと、おしっこそのまま窓から捨てるんですね……。何とも言えない光景……に、目を丸くして戸惑う。
メリリアが便器を洗っている間に、お母様は自分を横にして股間を優しく拭いておしめを変えてくれた。まだまだ子供なんだよなぁ……自分。恥ずかしいとか羞恥心なんてありゃしませんよ。おしめを変えてもらって、下半身はスッキリ爽やかです。
でも、このまま馬車の振動が直に伝わってくると、何回ももよおしそうなので、お母様の膝の上に座る事にした。お母様の膝上クッションが、馬車の振動を抑えてくれて丁度良いのだ。
いやもうね、何回もメリリアと便器にお世話になりたくないのよ、マジで!
「お母様、そろそろトゥレーゼ領に入りますか?」
「そうねー。もうそのくらいの時間は経っている気がしますわ。どうかしらメリリア?」
「日の落ち方から見て、もう間も無くかと存じます」
お父様が治めている領地にそろそろ入りそうなのか。窓から見える光景は、延々と木々が続いている感じがして、境界線なんてわかるんかな?
何か目印とかあるのかね……。
「今日は、トゥレーゼの境界門の近くにあるマシスに一泊しますわよ」
「そうなのですね、てっきり家まで行かれるのかと思いましたわ」
「お家まで直ぐに行ければ良かったのですけれど、これだけ荷物があると早く着くのは難しいのよ」
大きい荷馬車が五台と、自分達が乗っている馬車を含めれば、結構な規模の車列だ。速度が出ないのもしょうがないですね。一台は、巨大ぬいぐるみと自分の荷物が積まれているのだ。
小さい癖に荷物が多いの……何故だろう。
「ユステア様、間も無く境界門に到着いたします」
今回護衛を担当してくれているエルグレスお兄様が、馬に乗りながら馬車の中にいるお母様に告げる。
叔父様がこの日のために、エルグレスお兄様を中心に三人の騎士が馬車を護衛してくれているのだ。護衛騎士の中には女性もいて、中学生くらいの幼い雰囲気が少し残った感じの年齢に見える。
まぁ、エルフは長寿過ぎるので、実際何歳なのか全く容姿からは判別できませんけどね。お母様も、五百歳を越えているらしいですし……。
「エルステア、アリシアちゃん、もうすぐお父様の領地に入りますわよ」
馬車の速度が少しずつゆっくりになり、境界門の近くに来ている事が分かる。
「領主様、ご帰還お待ちしておりました」
境界門と推測される場所から、大きな声が聞こえてくる。
「長い間の不在、変わりないか?」
「はっ、境界門を通行する者で不審な者はおりませんでした」
「うむ、これからも監視をよろしく頼む。何かあれば直ぐに知らせるように」
「かしこまりました! 領主様はお通りである、門を開けよ!」
ギシギシと何かが軋む音を立てる。
ググッゴゴ! ゴンッ!
と、鈍い音が聞こえると、自分達を乗せた馬車がまた動き出した。
「アリシアちゃん、境界門を潜ればお父様の領地ですよ。まだ本当に幼かったから、記憶に無いと思うけれど貴方のお家がこの先にあるのよ」
お母様はちょっと不安そうな顔で自分を見つめている。
そんな顔しないでとお母様の頬に手で触れる。
「わたしのおうち、はやくみてみたいです。おふろもあるの?」
「ええ、お父さん自慢の大きなお風呂があるのよー。アリシアちゃん一緒に入りましょうね」
「新しくお家を新調なさったと聞きましたけど、何が変わったのかしら。楽しみですわ、お母様」
「ディオスの事だから、面白い仕掛けがいっぱいあると思うわよー」
んー? お父様のお家はからくり屋敷か何かですかね?家に仕掛けって何ですか? ちょっと面白そうなんですけど!
着いたら、色々探検してみたいな!
――しばらく馬車に揺られていると、陽が陰り夜が迫る。
ランタンに、メリリアが火を灯し始めた。
「ユステア、マシスの街に着くぞ」
先ほどまで不規則な振動だった馬車が、リズムの良い振動に変わった。ゴトン、ゴトンと等間隔で馬車が揺れるのだ。次第にその間隔も長くなり、馬車は止まった。
どうやら、今日の目的地に着いたようだ。
「エルステア、アリシアちゃん着きましたわ。馬車から降りる準備をしてくださいね」
馬車の扉が開けられると、お父様が顔を出して来た。
「着いたぞ、我が娘達よ。今日はマシスの市長の家に泊まる事にした」
そう告げると、お父様はお母様の手を取り、馬車から降りるのをエスコートする。
お姉様は、メイノワールにエスコートされ馬車を降りていく。
最後に残された自分は、メリリアに抱っこされて降りた。
うん、馬車から降りる階段はなかなかの高さがあり、ひとりで降りられませんので。
「領主様、この度は、マシスにお立ち寄りいただき有難うございます。私、マシスの市長を勤めておりますニーチェでございます」
「ニーチェ、今日一晩厄介になるぞ」
「領主様ご一族をお迎えでき大変光栄に存じます。宴の用意をさせていただきましたのでどうぞこちらへ」
お父様は、ニーチェさんに促されて市長の館に入っていく。お母様もお姉様も、お父様に続いて行くので、自分も上品な動きを心掛けながら続いて行った。
うっかり裾を踏まないようにな!
「領主様のご帰還を祝い、太陽の女神シュレスのお導きに感謝を!」
ニーチェさんの歓迎の言葉に続いて、宴に招かれた人達は祝杯を掲げる。
自分も、飲み物が入ったグラスを見様見真似で掲げてみた。
「ふふ、アリシアちゃんお上手ですね。可愛いわよー」
少しだけグラスに入った飲み物を飲んでみた。
何かの果実を生搾りしたような感じで、喉がスーッと爽やかになるジュースだった。かなり糖度があるようで、美味しいのだけど口の中がすごく甘ったるくなる。水か何かで薄めた方が、飲みやすい気がするなぁ。
「領主様のお子様は大変麗しく存じます。幼いのにとてもお行儀がよろしいですね」
「ありがとう存じます、ニーチェ。私の妹のアリシアはとても賢いのですよ」
「さようでございますか。流石、領主様のご息女様でございますね。トゥレーゼ領の将来は明るいですな」
今まで見たエルフはマッチョかイケメンなのだけど、このニーチェさんは腹が出て太ったおっさんなのだ。エルフというよりゴブリンに近い気がするのだけど……。失礼だけど……失礼なのは分かっているけど、そう思ってしまったのだから……許せ……ニーチェさん。
「領主様、せっかくの機会ですので、私の息子達もご紹介させていただいてよろしいですか?」
「うむ。構わぬぞ」
「ほれ、お前達、領主様に挨拶の許可が出た、こちらへ参れ」
ニーチェさんの合図で、二人のエルフ男子が来た。
「領主様、お初にお目に掛かります。私、ニーチェの長男でニールセンと申します。以後、お見知り置きください。」
「ニールセン、トゥレーゼ領のためにしっかりニーチェを支えるのだぞ」
「私は、その弟レイクリースと申します。ニーチェ様に養子として拾って頂きました」
「其方もしっかりニーチェを支え、トゥレーゼ領のために尽くしてくれ」
ニールセンさんは、茶色の髪に少し太めな眉毛で、ニーチェさんと同じくらい中背のエルフで、レイクリースさんは緑色の髪に少しシュッとした目をしていてニールセンさんより背が高い。どちらかと言うと、エルグレスお兄様に雰囲気が近いイケメンさんですね。養子と言ってたから、ニーチェさんの血は引いてないのだろうね。
「もう一人息子がおりまして、ご紹介させていただきます」
ニーチェさんが告げると、この館のメイドさんに連れられて一人の男の子が部屋に入って来た。
「レイアス、こちらに来て領主様にご挨拶をしなさい」
「はい、お父様」
男の子はお父様の前に少しぎこちない動きで歩きだす。
年齢的には、グレイと自分の間くらいかな?
人の事は言えないけど随分幼いですよ。ちゃんと挨拶できるのかね?
まぁ、女性の挨拶より所作は簡単だろうから、心配無用って感じかな。
「おはつにおめにかかります。りょうしゅさま。わたくし、レクリースのおとうとレイアスともうします」
「レイアス、幼いにも関わらずよく出来ておる。これからもしっかりと励むのだぞ」
「ありがとうぞんじます。りょうしゅさま」
レイアスくんは挨拶がよく出来たようだ。
他人の事ながら、歳が近い子が上手に出来たので、思わず拍手をしてあげたい!
ニーチェさんも少し緊張していたのか、肩の力が少し抜けたように見える。
うーん、ニーチェさんってもしかして良い人なのかな?
やっぱり人を外見で判断しちゃダメだね、反省。
宴はまだまだ続くらしいのだけど、お父様とお兄様、男の護衛騎士をその場に残して、自分とお母様とお姉様は途中で中座し用意された寝室に移動した。
今日は全員身体を拭いてもらう程度で、お風呂は入らなかった。
寝室の外の扉の警護に、今回護衛騎士として来ているロアーナが担当し、中ではもう一人の護衛騎士のレイチェルとメリリアが警護に着いた。うちのメイドは騎士並みに強いらしいので、交代で夜の番をするそうだ。
自分の番になるまでは、隣の部屋で仮眠を取る手筈になっている。
何から何までお任せして申し訳ない感じに思うけど、それが仕事なので問題ないそうだ。
――ぐっすりとお母様の胸に抱かれて眠っていると、扉の向こうで話声が聞こえて来る。
こんな夜更けに何だろう……と思っていると、お母様もお姉様含め全員扉を睨んで起きていた。お母様は私をしっかり抱えているようで、外の様子に気を配っていた。
一体何が起きているのですかね。
安眠妨害は迷惑です、寝不足になったらどうしてくれるんすか!
「エルステア、もっとこちらにいらっしゃい」
「はい、お母様」
お母様はお姉様を抱き寄せました。
「なりません。この部屋に男性は立ち入ることが認められておりません。お下がり下さい!」
外の警護を担当してたレイチェルさんらしき人が、嗜める声が部屋に響く。
誰か入って来ようとしているのかな?
しっかし……夜更けに訪問とか何考えてるんですかね?
「護衛騎士風情が逆らおうってのか? 俺は市長息子だぞ? 領主夫人に挨拶して何が悪いってんだ?おー?」
「領主様の許可無くこの部屋に入ろうとするのであれば切って捨てますよ!」
「やれるもんならやってみろよ! お前がどうなっても知らねーぞ!」
なんか、酔っ払いに、レイチェルさんが絡まれてる感じがするなぁ。
いい迷惑……。
で、この状態はどうしたら良いですかね?
この部屋に酔っ払いが入って来て、お母様とかお姉様が襲われたらどうしよう。だんだんこの状況に恐怖を感じて、心臓がバクバク音を立ててるんだけど。
ちょっと気持ち悪くなってきたぞ……。
お父様、お兄様、メイノワールは一体どこにいるの?
お母様とお姉様のピンチなんですけど!
「ええい! 良いからどけクソ騎士が!」
扉の向こうからガタガタンと激しい物音が聞こえ、扉が激しく揺さぶられた。しかし、直ぐに扉が静かになり、扉の向こうからも音が聞こえなくなった。
静寂がしばらく続くと、何かを引き摺る音が聞こえてくる。
その音も無くなると、扉がゆっくりと開けられた。
喉の奥がからからに乾いて声が出ない。
唾を飲み込む音が耳に響いてくる。
これが恐怖なのか……。
開けらる扉から視線が外せない。
ドクッドクッと心臓の鼓動が早くなっていき、お母様の服の裾を掴む手が汗ばんでいく。
「ユステア! 無事か?」
扉から入ってきたのはお父様だった。
お兄様は扉の向こうで待機している。
どうやら自分達のピンチに間に合ったようです。
「貴方!」
「お父様!」
お母様もお姉様もお父様を見て安心した顔になった。
自分もお父様の顔を見て安堵し、緊張が溶けたのか泣き出してしまった。自分が泣き出したと同時に、お姉様も緊張が溶けて泣き出す。
お母様はそんな自分達を抱きしめて、お父様に視線を向けた。
「ディオス、ちょっと悲しいですわ、私」
「あっ、いや、すまん」
お母様は頬に手を付けて首を傾け、毅然とした視線でお父様を見つめている。
「ニーチェの息子が飲み過ぎたようで、廊下で暴れまわっていたようだ。先ほど、縛り上げたのでもう問題はないであろう。我々も羽目を外して飲み過ぎていたようで駆けつけるのが遅くなった。本当にすまん」
「こうして間に合ってくれたので何も言いませんわ。でも、貴方しか私達には頼れないのですからしっかりしてくださいませ」
「ああ、反省している。自領に入って少し気が緩みすぎた。もう同じ事は起きぬので安心してくれ」
「はい。ディオス頼りにしてますわ」
お母様はお父様に笑顔で言葉をかける。
お父様はキッと顔を引き締めて部屋の外に出る。
「ニーチェおるか! 此奴の事で話し合おうではないか。エルグレスは廊下の警護を任せる。一人たりとも通すな! レイチェル! 扉に手をかける奴は問答無用で切って捨てろ! 俺が許す! この部屋に誰一人通すでないぞ」
お父様の気合の入った頼もしい声が、扉の向こうから聞こえてくる。
深夜の不法侵入者はいなくなり、安堵した空気が屋へに満ちた。
そっとメリリアは、お母様に暖かいお茶を勧める。
「ありがとう、メリリア。貴方達もありがとう」
「不埒な輩には、指一本触れさせませんのでご安心ください。奥様」
「ふふ、そうね貴方達がいれば心配はいりませんものね」
お母様とメリリアは目を合わせて微笑んでいる。
その見つめ合う目は、信頼に満ちていて歴戦の友を見るような感じに映った。
だんだんと心が落ち着いてきたところで、下半身に冷たさを感じた。
あ……ちびってますね自分……。
「おかあさま、おしっこでました」
「たいへーん。アリシアちゃん、おしっこ出ちゃったのねー。お着替えしましょうねー」
「エルステア様、どうぞこちらでお召し替えいたしましょう」
自分がおむつを替えている間に、お姉様もお着替えをするようです。
そりゃーねー、あんな怖い思いすれば小さい子じゃそうなりますよ。
お姉様の着替えに視線が行かないように、お母様におむつを替えてもらった。
おむつを替えてもらうついでに、少し身体も拭いてもらったので、スッキリ爽やかです。
これで、何の心配も無くゆっくり眠れそうです。
おやすみなさい、また明日――
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