第24話 お別れの時期

 お父様とのブランコの一件後、安全な遊具が無いか考えたけど、伝える手段がなくて断念した。


 書いて伝えられないかと思ったけど、書く物も紙も与えられていないのだ。もう少し大きくなれば、勉強用に黒板の小さい物とチョークみたいな筆記具をくれるらしいので、その時が来るのを待つしかない……。


 幼児に与えるには高価なようです。


「レオナール、長らく世話になった。我が家の修復に目途がついたので戻ろうと考えている」

「それは良かった。其方らに仇なす不穏分子も、この国から一掃されておる。戻られても憂いはなかろう」

「エルステアの祈念式も近くなっておる。遅かれ早かれ、屋敷には戻らねばならぬからな。家族一同、世話になった」

「礼など改まっていらぬ。それより何時ここを出るのだ?」


 食事の席で、お父様と叔父様の会話が聞こえる。


 すっかり忘れてたけど、ここは叔父様の家だ。


 生まれてからずっと、叔父様の家が自分の生家だと思っていたからね。ここを離れてしまう事に寂しくも感じるけど、お父様の家も気になります。


「お父様、お家に戻れるようになったのですか?」

「うむ。まだ日取りは決まっておらぬが、近いうちに戻ろうと思う。エルステアも準備をしておくのだぞ」

「はい。お父様」


 お姉様は、家に戻れるのを喜んでいて声が弾んでいる。自分はちょっと複雑な気持ちです。この家から出て、新しい家で生活する事が想像できないのですよ。


 ママ母様やグレイと、離れ離れになっちゃうし訳だし……。


「道中の護衛に、騎士団から数名派遣するように手配をしておく。具体的な日取りが決まったら教えてくれ」

「すまないな。娘二人と移動となると、守りが固めて困る事はないからな。助かる」

「それと、エルステアとアリシアに、護衛騎士を付けるよう伝えてある。こちらに来るのに合わせられるだろう」

「心配かける。腕の方は問題ないか?」

「うむ、騎士団長に選別させた。新米の騎士が付く事になるが、腕も性格も問題あるまい」


 騎士団が護衛してくれるのか、凄いVIP待遇ですね。お父様と叔父様は、本当に何者なんだろ。領主様とか王族に太いパイプを持ってるとか、そんな感じなのかな?


 普段の様子からは、全然想像つかないぞ。


「アリシアちゃん、ご飯に集中しないとこぼしちゃいますよ」

「ほらほら、こんなにこぼしちゃってー。いけませんよ」


 お父様達の話を聞き入ってしまいスプーンの手が止まり、前掛けにべっとりスープが垂れていた。ご飯をひとりで食べられるようになったとは言え、まだ、スプーンを口に運ぶ途中で手元が滑り零してしまう。


 今日は余所見をしていたせいで、酷いことになってる。これはいかんですね、お父様達の会話に興味がそそられたけど、ご飯を食べる事に集中する。


 グレイもお父様達の話を聞いていたのか、寂しそうな顔を見せていた。大人の会話に入っていけないので、何か物申したい雰囲気だけど口を噤んで黙っている。


 グレイともお別れになるんだな……。


 何かにつけて、ライバルとして良い奴だったよ。勉強の方は、グレイの方が全然進んでるので、ライバル視しているのは自分だけだったりするかもだけど。


 張り合いって大事ですし!


 昼食が終わり、お父様達の会話はそっちのけで、いつも通り庭で遊ぶ。


 今日は、メイノアールは忙しいようで、お姉様のメイドのリリアがブランコの補助をしてくれる。自分もひとりで乗ってみたいけど、危なかしいとメリリアに抱っこしてもらって、ブランコに乗った。


 お父様の暴走ジェットコースターと違って、メリリアはゆっくりブランコを漕いでくれる。


 優しく風を切ってブランコが揺れるので、とても気持ちいい。


 ブランコの順番を待っている間は、グレイとガイアと庭を駆け回ったり、お姉様とお花を摘んだりして遊ぶ。疲れてきたら、ガイアに横になってもらって、お腹のあたりをもふもふさせてもらって休憩するのだ。


「アリシアは、この家から出て行ってしまうの?」


 ガイアでもふもふしていると、ガイアの背中の向こうから顔を出し、グレイが質問してきた。


 お父様達の言ってた事が気になるのだろう。


 自分も、どこまで信憑性のある話か理解してないので、返答に困った。


 問いかけてきたグレイが、ちょっと泣きそうな顔になってるよ!


「わたしじゃわからないよ」

「そっかー、わかんないかー。アリシアは、まだ小ちゃいもんね」


 ちっさいとか関係なくねー?


 ちょっと先輩風吹かせちゃいましたね、グレイくん!


 これでも泣かれないように、心配してあげてるつもりなんだけど!


「おとうさまはしってるよ」


 自分は知らないけど、お父様は知ってるからそっちで聞けばいい!


「そうだよね、やっぱり、直接お父様に聞いてみるよ」


 グレイは本当に素直だねぇ。


 遊んでる時、いつも自分の事を気にかけてくれるし、新しい遊びをする時は、分かりやすく教えてくれたり、何かと世話をしてくれるんだよなぁ。


 年は近いけど、お兄ちゃんって感じで、いつの間にか頼ってた。


 「お兄ちゃん」と呼んだらグレイは喜ぶのだろうか。そろそろ、そう呼んであげてもいいかなと思ってしまった。


「そうしたらいいと思うよ、グレイお兄ちゃん」


 ちょっとした悪戯心が働いて、上目遣いでグレイを呼んでみた。


 うーむー、これはこれで、なかなか恥ずかしい。


「あら、グレイもようやくアリシアちゃんに、お兄様認定されたようですね。よかったですわね」

「ぼくはアリシアの兄だからな。呼ばれて当然だろ」

「そうですわね。グレイは、アリシアちゃんに頼られるお兄様ですものね。ふふふ」


 グレイはとても誇らしげに胸を張ってお姉様と向かい合っている。


 しょうがないなー、そんなに喜んでくれるなら、今度からお兄様と呼んであげますよ!


 他のお兄様と同じくらい頼れるようになってくださいな!


「では、お父様のところに行ってくるので、皆んな、遊んでいてくれ」

「いってらっしゃいませ、グレイ」

「グレイおにいさま、がんばってね」


 メルティに叔父様と面会するために先触れに行かせ、少し経ってから家に向かった。


「お父様、エルステアとアリシアと離れるのは嫌です!」

「グレイアス、聞き分けの無いことを言ってはならない。彼女達にはちゃんと自分達の家があるのだから」

「でも、でも、この家には沢山部屋があるから、わざわざ行かなくてもいいではないですか」


 遊び疲れ、お姉様と家に戻ると、玄関ホールでグレイがお父様と叔父様と言い合っている声が聞こえてきた。


 グレイが食い気味に話していて、お父様は困った顔でグレイを見ている。その隣にいる叔父様は、ちょっとだけ眉間に皺が寄っていた。


「決まっている事に難癖を付けるのはよく無いぞ、グレイアス。其方はまだ幼いから許すが、これ以上申すのであれば許さぬぞ」


 叔父様がグレイに少し厳しい口調で窘めた。


 ちょっとビクッと肩を震わしたグレイも、流石にこれ以上何か言える感じでは無いと理解したのか、そのまま押し黙る。


 家長には逆らってはいけないというのは、いつの時代も一緒なんだな。


 自分も反抗期がきたら、お父様に叱られてこうなっちゃうのかね。お父様の怒る顔を想像しただけで、少しちびってしまい、下半身に湿り気を感じた……。


 グレイは下を向いたまま、手をぎゅっと握りしめて涙を一生懸命堪えているように見える。


「グレイおにいさま、だいじょうぶ?」

「お父様、グレイに何かされたのですか?」


 お姉様と自分はグレイを心配して駆け寄り、お父様と叔父様を見つめた。


 二人が自分達を見つめて微妙な顔をする。


「エルステア、グレイ、アリシア。よく聞くのだ。我等、トゥーレーゼ家は逆賊の襲撃によって家が半壊し、長らくヒッツバイン家に匿ってもらっていた。此度の襲撃の後始末もようやく終わり、家の修復も順調に進んでいると報告を受けたのだ」


 なんかちょっと物騒な事言ってますけど、我が家と思わしき家が襲われたのですか。やっぱり貴族っぽいから、お宝目当てに物盗りとか来ちゃうんですかね。


 お父様は相当強いと思ってるのだけど、それでもお構いなしに襲ってくる者がいるって事か。


 自分じゃ太刀打ち出来そうに無いから、あっさり殺されちゃいそうだよ。


「トゥーレーゼ領を任されている身でもあるので、いつまでも不在にしておく訳にもいかぬ。家の修復が完了する七日前、明後日にはここを出立するつもりだ。ヒッツバイン家のお世話になった皆に挨拶を済ませ、出立の準備を整えておいてくれ」


 明後日にはここ出るんですか! もうちょっと早く言ってよー! って、感じなんですけど。


 結構急じゃ無いですか? お父様。


「グレイアス、我々とのしばしの別れは辛いだろうが、理解してほしい。なぁに、高等院に其方らが入学すれば、歳が近いのだ嫌でも会える。それまでに、姉と妹に恥じないよう立派に勉学に励むのだ。エルステアもアリシアも同じだ。グレイアスに負けぬようしっかり教養を身につけねばならぬぞ」

「はい、お父様。グレイのお姉ちゃんとして誇られるくらい頑張りますわ」

「グレイアス、其方はできるか?」


 お父様は優しくグレイの頭を撫でて、返事を待った。


「ぼっぼく、お姉様にもアリシアにも頼られるように頑張ります」


 グレイは涙をぼろぼろ流してくしゃくしゃな顔で答えた。


「よく言った。グレイアスよ。其方には、父自ら鍛えサントブリュッセルで一番の騎士にしてやるからな。しっかり励むのだぞ。めそめそするのは、騎士として恥ずかしい事である。其方の優しい気持ちを強さに変えるのだ、良いか?」

「はいっ! お父様。お姉様もアリシアも守れる強い騎士になるため、もう泣き言は言いません!」


 叔父様は目を細くしてグレイを見つめる。さっきまで、目に涙が溜まっていたグレイは、袖で涙を拭いて力強い目で叔父様を見た。


 漢の誓いですか? グレイがちょっと大きくなったように見えるだけど。


「レオナール、其方は、将来頼もしい息子に恵まれておるな」


 お父様は叔父様の肩に肘を乗せてグレイを見つめる。自分も男であればお父様や叔父様、そしてグレイの男達の会話に混じれたんだよねなぁ。


 ちょっと疎外感を感じてモヤっとする。


 自分は男の輪の中でも、女の輪の中でもズレを感じてしまう。考えすぎなのかもしれないけど、宙ぶらりんな存在に少し不安が残った――


 移動の日程が決まってから、家の中はメイド達が忙しく動き出した。


 もうこの家に居られる時間は、少ししか残されていないから、なるべくグレイと一緒にいるようにしてあげた。グレイもそれを感じてか、自分と一緒に遊ぶ時間を増やしてくれている。


 流石に、お風呂と寝る時は別だけどな。


「グレイおにいさまはどんなきしになるのですか?」


 グレイが目指している騎士ってどんなもんか聞いてみた。


 騎士そのものに、どのくらい種類があるのか知らない。けれど、魔法騎士とか槍を使う騎士とか、それとも空飛ぶペガサスナイトみたいな感じとかいたら凄いよね。


「ぼくは、お父様みたいにグリフェス騎士になりたいんだ」


 はい! 謎の言葉が出てきましたよ、これ! なんですかグリフェスって?


「ぐりふぇすってなーに?」

「グリフェスというのは、ちょっと凶暴なんだけど頭が二つ付いてて、背中に大きな羽のある魔獣なんだ。アリシアは見た事ないかも知れないね」


 頭が二つもある空飛ぶ魔獣ですか。凄いじゃないですかグレイくん!


 自分もそんなカッコ良さそうな魔獣に乗ってみたいなぁ。


「ぐりふぇすに、わたしものれますか?」

「うーん、女の子で乗っている人は見た事ないな。女の人は大体魔法を使うから騎獣に乗らないかも。アリシアはガイアに乗って遊んでいるけど、白狼が背に乗せてくれるって凄い事なんだよ」

「そうなんだー。ガイアにのれるってすごいことなんですね。おにいさま」

「うむ、アリシアも騎士を目指せるかもしれないね」


 グリフェスは乗れないかもしれないけど、ガイアに乗った騎士にはなれるのか。ガイアもお父様並に大きいからなぁ。


颯爽と乗り戦場駆け回る自分を想像。うむ、なかなかカッコいいんじゃないだろうか。


 ちょっと夢が膨らんできたわ。


「わたしもきしになる!」

「うん、アリシアもぼくと一緒だね」


 グレイにいい事を教えてもらったので、調子に乗ってガイアの背に乗って、片手で木の棒を振り回し騎士ごっこを始める。だけど、片手の力では、自分の体重を支えきれず地面にドテッと落ちた。


「アリシア様!」


 側で見ていたメリリアが青ざめて駆けつけ、怪我が無いか確認する。


「女の子がそのようなお遊びをしてはなりません。以後、騎士の真似事は禁止でございます。いいですね、アリシア様。ガイアも、アリシア様が危ない事をしないように注意しなさい」


 自分とガイアはシュンとなって、メリリアの言葉を聞き入れた。


 騎士への道のりは、まだまだ遠いようです。


 ――移動日の当日、メイド達の働きで支度はほとんど終わっていた。


 叔父様の家に持ち込んだ物や新しく整えた物、自分やお姉様の衣服や餞別などで、荷馬車が五台にもなったようだ。


 ランドグリスお兄様から頂いた巨大なぬいぐるみも荷馬車に積まれた。


 それ! 持っていくんですね!


 触り心地最高のもふもふなので、持って行ってくれるのは嬉しいんですけど、ぬいぐるみだけで、荷馬車の一台の半分もスペース取ってますけど……いいんですかね。


 まぁ、気にする事ではないか。


「他に積み忘れはないか?」

「全て積み込みは完了しております。旦那様」


 メイノワールが積み込みの最終確認を行い、お父様に問題ない事を告げる。


「では、レオナール、フレイ世話になった。向こうが落ち着いたら一度寄ってくれ。これまでの件を含めて歓迎させてもらうよ」

「新しい家はさぞ快適であろう。自慢の酒を楽しみにしているぞ」


 お父様と叔父様はお互いの腕を交わして別れの挨拶をした。


 ここはマッチョなダンスはしないのですね。


「フレイ、お世話になりました。いつでも遊びにいらしてくださいね」

「ええ、ユステア。昔みたいに色々お話しが出来て楽しかったわ。今度はこちらから伺わせていただきますわ」


 お母様とママ母様も挨拶を交わす。


 自分にとってはママ母様も母親なのだ。


「ママははさま、おせわになりました。またおあいしましょう」

「アリシアちゃん、ここにいる間に立派になりましたね。一時とは言え、母親になれて私は幸せでした。困ったことがあればいつでも頼るのですよ。エルステア、貴方もよ。いつでも頼って頂戴ね」

「はい、叔母様。ありがとう存じます」

「ママははさま、ありがとうぞんじます」


 ママ母様の目が涙で潤んでいる。


 自分も離れてしまう事に寂しさを感じ、涙が勝手に溢れる。胸がキュッと締め付けられて大泣きしそうだけど、お母様の袖をギュッと掴んで耐えた。


 やっぱり何歳になろうが、親同然の人と離れるのはツライよ。


「エルステア、アリシア元気でな。たまには遊びに来るが良い」

「グレイアス必ず遊びに行きますわ。またブランコで遊びましょうね」

「グレイおにいさま、おげんきで」


 グレイと握手をして別れを告げる。


 色々思うことは沢山あるけど、今は胸にしまってグレイとの別れを惜しむ。こみ上がってくる思いで、涙が怒涛のように溢れてしまうけど、しょうがないのだ。


 なんとか振り絞って笑顔を作ってみたけど、上手くいかなかった。


「アリシア、そんなに泣いてしまうと可愛い顔が台無しだよ」


 グレイがハンカチをそっと出して涙を拭ってくれる。


 ふぁっ! グレイお兄様、イケメンみたいな事してきましたよ!


 ちょっと、不意打ちじゃないですか。


「エルステア、アリシア向こうに着いたら連絡してくれ。待っているぞ」

「ええ、グレイアス。必ず連絡しますわ」


 自分は喉が熱くなって言葉が出なかったが、頷いて返事をした。まさか、自分がここまで感情をコントロール出来ないなんて思わなかった。


 これも……女の子になってしまったからなのだろうか……。


 そんな自分に戸惑いながら、グレイの手を離してお姉様に連れてもらい馬車に乗った。先に馬車に乗っているお母様の胸に飛び込んで、抑えきれない涙を解放し泣き伏せた。


 ありがとう、ママ母様。叔父様。


 そして、グレイお兄様。また会う日まで……。

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