第23話 ジェットコースターなお父様
「ごきげんよう、リッチェルさま……、えーと、おとうさまが……おめにかかるそうです。ごあんないいたします」
スカートを摘まんでから挨拶して、お客様を中へお通しする。
リッチェル先生が、教鞭の先を掌でポンポンしながら、自分の様子をジッと観察している。
無表情過ぎて、ちゃんとできているか心配……。
「わたしくし、しっぱいしましたか?」
リッチェル先生の反応を上目で見た。
所作はけっこう板についてきた気がするんだけど、優雅さとか気品と言われると、何をどうやれば正解なのかさっぱり分からない。
リッチェル先生の口の端が少し上がった。
「アリシア様、結構ですよ。優雅さには程遠いですが、年相応と考えれば十分でございます」
及第点と言っていいのかな、とりあえず出来ているらしいので緊張を解く。
「今日教えるところまで終わりましたので、お昼までは自由時間にしましょう。メリリアよろしいかしら?」
「リッチェル様がおっしゃるのでしたら問題ございません。アリシア様は、習得がとても早いようですね。」
「私も長い間こうして教師をやっておりますが、アリシア様ほど上達の早い子供は、これまで存じ上げませんわ。ディオスのご息女とは思えませんわね。立派でございますわ」
そりゃね、大学卒業後してから8年ビジネスマンやってましたし、多少言い回しが違うくらいなら適応させるのに時間はかかりませんからね。
思い通りに身体が動かないのはどうにもならない。
けれど、ちょっとずつコツが掴めてきている。
意識と身体が同期するのも、時間の問題かな?
「我の娘がどうかしたかな?」
「あら、駄々っ子のディオスですわ。また任務放棄でございますの?」
勉強部屋にお父様が現れ、リッチェル先生とメリリアの会話に入ってきた。
あらら? 今日はお仕事はないのかな……。
「リッチェル、その呼び方は止めてくれないかな。もういい年齢になったのだ。勘弁願いたい」
「あら、私からすれば、ディオスもレオナールもメリリアもひよっ子同然ですわ」
「うむ、まぁそうなのだが……ほら、アリシアもおるのでな。父の威厳を尊重して……」
ばつの悪そうな顔でリッチェル先生をみるお父様。
リッチェル先生は、お父様に比べてとても上背が低いのに、なんだか大きく見えるよ。
目が霞んでるのかな?
目元を擦って、もう一度見るがやはり存在感があるのか、大きく見えた。
ふむ、彼女の前では、お父様も小さい子供同然か……
リッチェル先生はいったい何者なんだ……。
「ふふ、ディオスも気にするようになったのですね。随分とお父さんらしくなりましたこと」
「はぁっ、まったくリッチェルには適わないな」
「それね、いつまでも貴方は私の生徒ですから、適う日はございませんことよ」
頭をボリボリ掻きながらため息をつくお父様。
だけど、嫌がっている感じではない。
長年の付き合いで培われた二人の子弟関係がそこにある気がする。
自分も、その中に加わった気がして少し嬉しく思えた。
「リッチェル、アリシアの勉強はもう終わったのか?」
「ええ、そうですわ。どうかしましたの?」
「うむ、今日は我も休みになったのでな。アリシア達と休暇を満喫しようと思ってな。今日は庭に遊具を作ろうと考えておる」
「昔から、遊ぶことに関しては才能を発揮してましたものね。良いのではないかしら」
リッチェル先生に許可をもらったお父様は、満面の笑顔で自分に視線を向けた。
「アリシア! リッチェルから許可でたぞ。これから、庭で面白い物を作ってやるからな。お父さんと一緒に遊べるか?」
「はい! おとうさま。あそびたいです!」
そんな笑顔で遊ぼうと誘われたら、断れませんよね。
お父様、なんか童心に帰ってません?
「旦那様、昼食の時間には解放してくださいませ。ユステア様がお怒りになる前に、お願いいたします」
「うむ、我もユステアに怒られたくはないからな。気をつけよう」
そういえば、いつもおっとりした笑顔のお母様が怒るところはまだ見た事ないや。
怒る事もやっぱりあるんだろうな……。
優しいお母様を怒らせる事はしたくないね。
自分も……気をつけよう。
お父様に連れ立って庭に出ると、既にお姉様とグレイとガイアもいた。
お父様から庭で遊ぶお誘いを既に受けていたようで、皆嬉しそうだ。
皆と合流して、お父様は庭にある1本の大きな幹の木に移動した。
そこにはメイノアールが既に居て、太い木の枝にロープを2本吊り下げていた。
メイノアールがロープと木の平たい板を端で結ぶと、見覚えのある物がそこに出来た。
これは、公園にあるブランコではないですか。
しかも、結構高いところの木の枝から吊り下げられているので、アルプスの少女を彷彿させるロングブランコだ。
子供の頃であれば、一度は憧れる夢のブランコを前にして興奮を覚えた。
「メイノワール、待たせたな。なかなか良い出来栄えじゃないか」
「光栄に存じます、旦那様。しばし試運転をして安全を確認しますので、しばしお待ちください」
「うむ、頼んだ。子供達が怪我をしないようにしてくれ」
「ラフィア、試運転をお願いします」
「はい、メイノワール様」
メイドの中で一番若いと言われているラフィアが、ブランコに乗って漕ぎ出した。
心なしか、彼女もブランコに乗るのを楽しんでいるような気がする。
大人でも久しぶりに乗ると、楽しいもんですよね。
斜角三十度くらいまで漕いで、ブランコに揺られるのに身を任せるラフィア。
ロープが長いので、三十度でも相当勢いがある。
スピードもついているせいか、彼女の髪が横になびいている。
やり過ぎると怖そうだね……落ちたら大変だわ。
「旦那様、ロープが緩むなどの危険ありませんで。お使いいただけます」
「ご苦労だった、ラフィア。よし! では、我々も遊んでみようか!」
お父様の許可が出たので、さっそく乗ってみる事にした。
「誰から先にやってみるかのう。この中で最年長のエルステアからやってみるか?」
「はい、お父様。私の力で、ラフィアみたいできるか心配なのです」
「大丈夫だ。メイノワールが後ろから助力する。漕ぐ必要はないぞ」
後ろから押してくれる事を知ったお姉様は、不安そうな顔から笑顔に変わる。
お姉様の笑顔は本当に可愛いので、見てるこっちが幸せになるね。
ブランコに乗って、メイノワールに「ロープをしっかり握って、離さないように」と、助言をもらったお姉様は、ちょっと緊張しながら視線を前に向けた。
メイノワールがお姉様を確認して、二本のロープを持って後ろに引いていく。
ラフィアの時のような角度はないが、十分な速度もあって、お姉様が風を切りながらブランコに揺られていく。
金色の髪を靡かせ、優雅にブランコに揺られているお姉様の姿。
思わず、見惚れてしまうほどだった。
無邪気にはしゃぐお姉様が可愛すぎるよ!
ブランコの揺れが収まって、お姉様が降りると、そのままお父様に駆け寄っていく。
「お父様、この遊びは空を飛んでいるような感じがして、とても楽しかったですわ」
「そうだろう、我も小さい頃はこうして遊んでいたのだ。喜んでくれた何よりだ」
「次は、グレイアス、其方もやってみるか?」
お父様はグレイに声をかけた。
グレイもやる気に満ちていて直ぐにブランコに乗り出した。
さすが男の子である。
メイノワールの話に頷きながら、素早く準備をした。
グレイもお姉様と同じ角度までブランコを引いてもらい、ブランコを満喫したようだ。
「ディオス様、ありがとう存じます。ラフィアのように、自分で高く上がれるように頑張ってみます」
「そうだな、グレイアスも高さを極めてみるがよいぞ。我もどこまで上がれるか試したものだ」
自分もブランコでどこまで漕げるか試した事が何回かあったな。
九十度はさすがに腰が引けて無理だったけど近いところまではいったと思う。
ロングブランコだと、どこまで昇っていけるのだろう。
漕ぐだけで、物凄く力がいるような気がする……。
「さて、次はアリシアだな。やってみるか?」
「はい! あそびたいです」
「アリシアは小さいからな。怪我をさせるわけにはいかぬ。我と一緒に乗ろうぞ。」
「えっ? お父様と一緒に乗るんですか?」
「旦那様、力を加減を抑えてくださいませ。力いっぱいやられますと、枝の方が先に折れてしまう可能性がございます」
「皆、心配するな。我も全力であたらぬよ。最近は、加減にも自信があるのだ」
胸を張ってお父様が説明する。
さっきまでワクワクしていた気持ちが、一気に不安に覆われてしまった。
お父様が本気で漕いだらどうなるんだ。
拒否権はないのは分かっているので、お父様の胸にしっかりしがみついて、絶対に手を離さないようしよう。
振り落とされたら命がない……。
「ではいくぞ! アリシア! 我がしっかり抱いておるから安心せよ!」
お父様の気合の入った言葉に、無言で頷き返す。
ジェットコースターに初めて乗った時のような緊張を思い起こさせた。
たかがブランコなのに……ここまで緊張を強いられるとは思わなかったよ。
「そーれ!」
お父様が地面を後ろに蹴りだす。
ドンッ! と身体に衝撃を受け、斜め上に加速していく……そこから、突如、浮遊感を感じた。
あっこれあかん奴だ……。
と、共に一気に斜め下に落ちていった。
シュゴー!
と、耳に風を切る音が聞こえる。
お父様の服もバタバタバタと音をさせている。
その様子からも、ブランコの勢いがどの程度出ているのか推測できた。
「どうだ、アリシア! 風が気持ちいいだろう! ははははは!」
落ちたら死ぬ、手を離したら死ぬ……。
これは、なんの罰ゲームなんだろうか。
どのくらい長い時間揺られたかわからないが、徐々に勢いが落ちて停止した。
途中で手の握力が無くなり、それでも落とされまいとお父様の身体にしがみつき続け、何とか事も無く終わったのだ。
とりあえず、おしっこはちびった……間違いない。
おしめを代えてもらいたいです。
気絶しなかっただけ、自分大したもんですよね?
「ディオス様、ぼくもディオス様と一緒にブランコしたいです。お願いできますか?」
「おぉ、グレイアス! いいぞ! 我と乗りたいか! よいぞよいぞ!」
「お父様、私もお願いしたいです。アリシアちゃんが羨ましいです」
お姉様もグレイも、自分が楽しそうに乗っていたように映っているのですね。
自分、止めませんので、しっかり味わってみてください。
「では、いくぞグレイアス!」
「はい! ディオス様!」
ドンッとお父様が地面を蹴った瞬間に、ブランコは百二十度まで急加速で上がった。
あーそこまで一蹴りで上がれるのですねぇーお父様はぁー。
俯瞰で見て理解しました。
ブランコでジェットコースター並みの体験できるんですね、お父様凄いです……。
グレイも振り落とされないように、お父様に必死にしがみついている。
あれは間違いなくグレイもちびったな。
着替えを用意してあげた方が、よろしいかと思いますよ。
続いてお姉様もお父様とブランコに乗る。
勢いはグレイと同じだ。あっという間にブランコは空に登っていった……。
「どうだ! 楽しかったろ?」
「えっえぇ、お父様。楽しかったですわ」
「はい、ディオス様、楽しかったです」
二人揃って顔は青い。
お父様の加減って何なんですかね?
ちょっと問い詰めていいですか?
「どれ、もう一回我と乗ってみるか? 遠慮はいらんぞ?」
「わっ私はゆっくり乗りたいので。メイノワールに引いてもらうので十分ですわ、お父様」
「ぼっぼくは……ディオス様のように高く登れるように練習します」
皆揃って、お父様のお誘いは辞退されるようです。
「ふむ、ではアリシア。我ともう一回乗ろうか」
返事を待たずに、お父様に抱えられブランコに乗せられた。
お父様ぁー! 空中散歩の2周目が強制的に始まった。
既に掴む手に力はなく、お父様の胸に全身を持たれかける。
お父様の腕が命綱、ただただジッと終わるのを待った。
既に出るものは出尽くしたので……風が入ってきて下半身が冷たいよ。
「はははは、アリシア、気持ちいいなぁー!」
お父様の無邪気で明るい声と、ゴーゴーと風を切る音だけが聞こえる。
背中から風を受けている最中に、意識がなくなった。
目が覚めると、お母様に抱かれていた。
ちょっと気を失っていたようです。
しょうがないですよ、あんなに加速のついたブランコを2回も体験したんですから。
おしめも交換してくれたのか、すっきりします。
視線をお母様から上に向けると、青々とした葉が見える。
ブランコで遊んでいた場所の近くなのだろう、まだ外にいた。
「アリシアちゃんが目を覚ましましたよー」
「おぉアリシア! 突然気を失ってびっくりしたぞ! 大事ないか?」
お父様が、オロオロしながら自分の様子を見る。
原因は……お父様にありますので……ちょっと反省してください!
と、言いたいけど言えない。
お父様は皆を楽しませるために、わざわざブランコを作ってくれた。
ちょっと加減が利かないのは、最早、仕様ですね……。
「おとうさま、きをうしなってごめんなさい」
「アリシアちゃんは謝らなくて良いのですよー。悪いのはお父さんですから」
お母様は、お父様ににっこり微笑む。
お父様はちょっと居た堪れない様子だ。
自分の意識が無い間に、この二人に何かあったのだろう。
お母様の無言の笑顔にプレッシャーを感じる。
「うっおほん! うん、あ、アリシアすまんかった。ちょっと張り切り過ぎたのだ、許せ」
「おとうさま、ありがとうぞんじます。たのしかったですよ。またあそんでください」
「つぎは、もっと安全なもので遊ぼうな、アリシア」
お父様の腕にそっと小さい自分の手を乗せて頷いた。
次は、滑り台とかジャングルジムをお願いして作ってもらおうかな。
お父様と一緒に、安全に遊べる遊具が無いか考えてみることにした。
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