第22話 初めてのお風呂

 1歳を迎えた日から、自分の生活が少し変化を見せた。


 寝る時は、お母さんに添い寝してもらって、お乳をいただきながら眠りにつく。毎朝の貴重な授乳タイムは変わらないから、些細な変化なのだけどね。


 この世界では、一歳から教師を付けられて、お行儀だとか、エルフの貴族の常識を躾けられ、文字を覚えたり、習い事が始まる。


 お姉様もグレイも、お父様もお母様も、皆んなそうされてきたそうだ……。


 この家はお金持ちというか貴族に該当するっぽいし、一般とは習慣が違うのだろう。一歳から躾が始まるなんて、自分の見識では普通じゃないと思ってる。


 それよりも、お受験とかあったらやだなぁ。いまさら試験なんて、うんざりですよ......。


 ベッドから出ると、メリリア達に、レースであしらわれた襟のある、シルクのように滑らかで、肌触りがとても良い、ピンク色の寝巻きを脱がされる。


 寝ている時に満タンになった、おしめを交換してもらい、下着を履かされて、日替わりでデザインが変わった、フリフリの可愛いドレスを着せられる。


 ドレスを着せられている間は、メリリア達の邪魔をしないように、自分はビシッと微動だにしない。


 「腕を伸ばしてくださいまし」と指示されれば、腕を伸ばし、腰を曲げてと言われれば、腰を曲げて、着させやすくなるように動く。お人形さんの着せ替えのように、黙って着替えが終わるのを待つのだ。


「アリシア様、こちらで髪を結わせていただきますね」


 服を着たら髪をとかしてもらい、髪飾りを着けて貰えばメイクアップ完了。メリリア達から解放されるのだ。


 髪飾りは、エルグレスお兄様からいただいたリボンを、なるべく付けてもらうようにしてる。このリボンの髪飾り、この容姿に似合ってるので、結構、気に入っている。


 可愛いは正義です!


 男の時は、服装に無頓着だったので新鮮だ。女の子になったのだから、着飾ってもらう分には、大いに結構ですよ。


「それでは、お稽古に向かいましょう」


 身支度が終わると、メリリアに連れられて勉強部屋に移動する。スカートの裾が長くて歩きづらい……。


 勉強部屋には、教育担当のリッチェル先生が、少し長い指揮棒みたいなのを持ち待機している。挨拶の仕方とか、歩き方など、生活の基本を教えてくれるのだ。


 お客さんが来た時の挨拶仕方は、両手でスカートを少し摘んで上げてから腰を曲げて、膝も少し曲げてから頭を下げる。


 女性の挨拶の仕方として、必ず身につけねばならないようで、上品かつ優雅にできるまで何度も練習するのだ。頭下げるだけじゃダメらしいし、端折るのは絶対に許してくれなかった……。


 挨拶の言葉は問題ないみたいなので、たどたどしく動かなければ、合格をもらえそうです。


 歩き方もコツがいる。お母様やメリリアに、抱っこしてもらうので自分では歩いて移動する事がほとんどなかったせいで、裾の長いドレスで歩くのが、こんなに大変だと思わなかった。


 ドレスの裾を踏んでしまいそうになるから、思わず目線が下になる。だけど、それは、美しくないのでダメなんだって。


 ふむ、「ドレスの裾を蹴るように歩くと良いのですよ」と、言われたので蹴ってみたら、ドレスが勢いよく捲れあがって、「蹴りすぎですわ」と注意された。


 加減が難しいですね……。


 そもそも、こんな裾の長いドレスなんて着たことないので……いきなりやれと言われても出来ないですよ。


 胸を張って前を見て、ドレスの裾を蹴りながら、ゆっくり優雅に歩く事ができれば合格だそうです。


「ぶべっ!」


 失敗して裾を踏んづけ、盛大に顔面強打して涙目になる事もあった。泣かずに我慢できたので、褒めてください。鼻が潰れるかと思ったけど、受け身をかろうじて取ったので、致命傷にはなりませんでした!


 リッチェル先生、そんなに心配そうに見ないでください。


 ちゃんとやります!


 お昼まで延々と続く……ドレスで優雅に歩く講座。


 やっぱり女の子大変すぎじゃないか?


 優雅で美しく振舞うなんて無縁の人だったので……おまけにこの小さい体だ。思うままに身体が動かせない中で習得するには、骨が折れる……。


 思ったけど、普通の人達はこんなこと……小さい頃からやらないんじゃないかと?


 これが貴族って奴なのか?


 自分には荷が重い……この先やっていけるのか……マジで。


 昼食の時間になったので、本日のマナー講習は終了です。


 お勉強は終わりましたが、ここからが本番。さっき教えてもらった事を、実践せねばならないのだ。


 視線を落とさないように、ゆっくり、ゆっくりと、スカートの裾を軽く蹴っ飛ばしながら、廊下を歩く。


 ちょま! ガイアが嬉しそうに自分に付きまとってくる。


 後でな! 後で! 


 一緒に遊ぶから、今は側に来て絡まないで! やめてー!


 っと、思ったら案の定、裾を踏んで盛大にコケた……。


 今度は横受け身を取ったから、顔面強打は避けたられた。


 でも、痛いものは痛い。


 ガイアを横目で恨めしそうに見るが、そんな事おかまいなしに、尻尾をブンブン降って自分の顔を舐めてくる。


 ちょっと……空気読もうか……ガイア……。


 メリリアにすかさず起こしてもらって、再度、前を向いて歩く何度か裾を踏んづけたけど、転ばずに一階に続く階段に到着した。


 まだ階段を歩くには不安過ぎるので、ここからはメリリアに運んでもらう。階段でスカートの裾踏みコケたら、幼女が大惨事なのでね。


 池田屋の階段落ちを、身を以て体験したくないのだ。


 そうこうしている間に、皆んなが待つ、昼食を取る部屋まで辿り着いた。


 ここでも成果を見せねばなるまい。


「ごきげんよう、みなさま」


 スカートの裾をちょっと摘んで、皆んなに向かって挨拶をした。


 これはうまくいったかな? 成功じゃない?


「ごきげんよう、アリシアちゃん。だんだんと振る舞いが女の子らしくなって来ましたわね。とても良くできていますよ。お母さん嬉しいわ」

「アリシアちゃん、ごきげんよう。お姉ちゃんも誇らしいですわ」


 お母様もお姉様もとても喜んでくれているようで、このまま身体に染み付けさせれば失敗は少なくなりそうだ。


 ちょっと希望が見えてきたんじゃない?


 お母様とママ母様、お姉様達と昼食を取った後は、どうしても眠くなる。お母様に抱かれながら、お乳を頂いてお昼寝した。


 午前中の勉強のせいで、自分のスタミナは無いのですよ。燃費は、未だ悪いままで改善されないのです。


 気持ち良く眠り、体力を回復した昼下がりの午後。


 ここからは自由時間だ。お姉様とグレイとガイア達と庭で遊ぶのが日課になっている。


 以前は、ガイアの背中に乗っかって駆けまわってもらってたけど、ここ最近はお姉様のお相手に徹して、花飾りとか腕輪を作って遊んでいる。年長だけあって、お姉様の手先はとても器用です。


 綺麗な花冠を作って頭につけてくれる。


 自分は覚束ないのでそれらしい雰囲気の花冠だ。嫌がらせではないが、不格好な花冠をグレイに押し付けるんだが、本人は喜んでくれているので良しとしよう。


 ん? 自分にも欲しいって?


 ガイアにも、ヨタヨタの花冠をあげたら喜んでくれた。


 お前ら優しい!


 日が落ちかけるまで皆んなと遊んで、メリリアに呼ばれて家に戻った。


 今日も充実した一日です。


 夕食は、お父様も叔父様も一緒だ。


「アリシアも立ち振る舞いが上達してきたと聞いたぞ、さすが我の娘だな。立派だぞ」

「まだ小さいのに、挨拶も歩き方もとてもお上手ですのよ、お父様」


 夕食の始めは、大体自分の話から始まって、次にお姉様のお稽古の話、そしてグレイの話になり、まだまだ頑張らないといけないといった話で落ち着く。


 概ね子供の話で終わるんだけど、今日はお姉様の祈念式の話も出た。


 祈念式は六ヶ月後らしく、それまでに準備しないといけない事がたくさんあるらしい。お姉様の儀式用の服を仕立てたり、道中で泊まる宿を何処にするとか、まだ空きがあるのか、などなど……。


 そう言えば、温泉にも行くんだよね?


 皆んなで夕食を取った後は、湯浴みの時間までまったり過ごす。


 けれど、今日はちょっと違った。


「アリシアちゃんも大きくなったから、お母さんと一緒にお風呂に入りましょう」

「お母様、アリシアちゃんとお風呂に入るのですか?私が髪を洗ってあげたいですわ」

「ええ、いいわよエルステア。貴方が洗ってあげてくださいな」

「ありがとうございます、お母様」


 お風呂についに入れるのですか?


 湯船に浸かれるなんて久々ですわ。


 あーでも、自分入っていいのか?


 一応、外面は可愛い幼女ですけど……ちょっと罪悪感が……。


「メリリア、お風呂の準備はどうかしら?」

「はい、既に整っております。これから入られますか?」

「そうね、では今からいただこうかしら。エルステア、アリシアちゃん、お風呂に行きますわよ」

「はい、お母様」

「あら、それでは、私もご一緒させてもらおうかしら。」


 ママ母様も一緒にお風呂に入るらしい。


 ますます罪悪感を感じる。


 いまは幼女だ……問題ない、問題ない……。


 お母様に連れられて、二階の奥の部屋に行く。


 この先に浴場があるのか。


 知らなかった。


 部屋の扉を開けると広い脱衣所がある。


 体重計とか扇風機とかそんな物は無いけど、化粧台とか鏡が壁際に並んでいた。


 ここは女性専用なのかな?


 柱の装飾や、棚もちょっとお洒落だ。


「それじゃ、アリシアちゃんお洋服脱ぎましょうねー。ぬぎぬぎー、ぬぎぬぎー」


 お母様は上機嫌で自分の服を脱がせていく。


 あっという間に、すっぽんぽんにされた。


 おむつをいつも替えてもらってるから、羞恥心はないはずなのに、流石に全裸は恥ずかしい。


 お姉様もママ母様も服を脱ぎだす。


 凝視してはいけないと思うのだが、全裸になっても、皆さんタオルとかで隠したりしないのです。

 

 明け透け過ぎて、目のやり場に困ります!


「アリシアちゃん、お風呂の床は滑るからお母さんと一緒入りましょうねー」


 ひょいっと、全裸のお母様に抱かれて、お風呂場に入った。


 全裸の……。


 見てはいけないぃぃ……。


「それじゃ、アリシアちゃんから洗いましょうね。エルステアこちらにいらっしゃい」


 あられもない姿の幼女が、自分の目の前に迫ってくる。


 お母様の膝の上に座っているので、視線がモロでこれまた目のやり場が……。


 ガッチリとお母様が自分を支えてくれているせいで逃場がない!


 不可抗力です! お姉様ごめんなさい!


「はい、アリシアちゃんゴシゴシしますよー」

「ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ」


 鼻歌混じりでご機嫌な美幼女様に、自分、隅から隅まで洗われましたわ。


 ええ、もうしっかりと、丁寧に脇の下から足の先まで……。


 お母様は、自分が洗われているうちに、メリリアに洗ってもらっていた。


 はぇ、身体を洗うのもメイドの仕事なのか。


 初めて知ったよ。


 自分もいつもメリリア達に洗ってもらってたけど、大人になっても洗ってもらうものなのね。


 さっきまでくすぐったい思いをしてたけど、知らない慣習を目にし、思考が切り替わりましたよ……。


「アリシアちゃーん、おまたせー。お母さんと一緒に湯船に浸かりましょうねー」


 全裸お母様に抱かれて、洗い場の向こうにある湯船に入った。


 湯船の広さは大人十人は軽く入れそうな広さで、深さは、自分が入ったら間違いなく溺れるだろう。


 お母様のすべすべの肌と、隙間無く接しているおかげで、物凄く心地が良いです。


 お風呂の暖かさも相まって、これは極楽なのではないだろうか……。


 お母様のすべすべモチモチ肌を、手でペタペタ触りながら、至福のときを堪能していると、ママ母様とお姉様も湯船に浸かった。


「アリシアちゃん、初めてのお風呂は気持ちいいですか?」

「とてもいいでーすー」


 なんか、とても脱力して腑抜けになっていく。


「とても気に入ってくれて嬉しいわ。私も女の子が欲しかったわ」

「あら、あんなに立派な後継がいらっしゃって贅沢ですわよ、ふふふ」

「でも、やっぱり、エルステアちゃんやアリシアちゃんのような可愛い子がどうしても欲しいと思ってしまうのよねー」


 ママ母様の子供は、イケメン男子ばかりでしたね。


 将来的には安泰でいいと思うのだけどなぁ。


「私、アリシアちゃんにお乳をあげたり、可愛いお洋服を選んであげたりしてたら、女の子がいるとやっぱり楽しいと思ってしまうのよねー」

「ふふふ、そうですわね」

「エルステアちゃん、叔母さんの子供になっても良いのよ」

「えっ、叔母様、それは流石に……」

「冗談よ、ふふふ。本当にエルステアちゃんは可愛いわねぇ」


 ママ母様が茶目っ気のある顔でエルステアに告げ、少し目を細めてお姉様の頭を撫でた。その眼差しは、とてもお姉様を慈しんでいるようだった。


 ママ母様に、いつか女の子が授かると良いなぁと何となく思った。


「そろそろ、アリシアちゃんがのぼせてしまいそうね。お風呂から出ましょうね」


 お母様に抱かれたまま、脱衣所に戻る。ちょっとのぼせたのか、頭と身体がホカホカする。


 ママ母様が軽く指を回すと、周囲に優しい風が吹き、自分とお母様、お姉様も風に包まれた。


 あーこの風はとても心地よくて気持ちが良いです。


 しばらくして風が過ぎ去った頃には、自分の身体から余熱が取れたようにスッキリした。


 ママ母様も魔法が使えるんだ。


 魔法って便利ですなぁ。


 メリリア達が下着と寝間着を持って待っていてくれたので、いつもの手際で着替えをさせてもらって、寝室に移動した。


「おやすみなさい、お母様、アリシアちゃん」

「おやすみなさいエルステア。ネルガルが貴方に優しい眠りを授けますように」


 おやすみの挨拶を、お母様とお姉様が交わしているけれど、自分は既にお母様の腕の中で眠りのカウントダウンが始まっていたので、声がかけられなかった。


 ちょっとお上品で優雅になれなかったけど、初めてのお風呂で身体がついていかなかったので許してください。


 おやすみなさい、お母様、お姉様。

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