第19話 静かな湖畔の中から
グレイが、朝早くから張り切っている。
メリリアに抱えられて窓の外を眺める事を覚えたので、ここ最近は起きたらこうして外を眺めている。
たまに、見たこともないデカイ鳥が庭に来て、ガイアが追いかけ回したり、霧の中に黒い物体が見えたりと、面白い物を目することがあるので習慣になってしまったのだ。
今日は、グレイの稽古の日だ。
カン! カンッ! カン!
カン! カンッ! カーン!
リズムよく木刀が交わされる。
グレイの相手は執事のウェインだ。
以前に、執事のメイノワールと練習している風景を見たけど、二人とも凄い腕前だった。
この目をもってしても……二人の太刀筋が見えませんでしたよ。
カン! カカン! カンッ! ボグッ!
鈍い音がしたと同時に、グレイの体がくの字に折れてその場に塞ぎ込んだ。
ウェインはグレイには結構厳しく指導しているようだ。
やっぱり男の子は厳しく育てられるようで容赦ない。
自分もグレイくらいになると、痛い思いするのかなぁと考えて身震いする。
幼少期から英才教育恐るべし。
いつもなら倒れて泣きじゃくるグレイだが、今日は泣かずに起き上がって木刀を構え直す。
「おぉ、グレイたったよ!」
「グレイオス様は、今日は稽古に身が入ってますね」
思わず、グレイが立ち上がった事に驚きの声を上げてしまった。
今日のグレイは一味違うようだ。
何かいい事あったのかな? 珍しいね!
気合の入ったグレイをしばらく眺めていたけど、同じことの繰り返し……飽きてしまったので、メリリアと絵本を読む事にした。
しばらく、メリリアと遊んでいるとグレイが部屋に戻ってきた。
土埃と汗が付いて泥々な服を見て、今日の稽古の激しさが分かる。
癒しの魔法をもらったのか、顔も腕にも擦り傷はない。
「アリシア、おはよう!」
「おはよう、グレイ」
グレイのテンションは高いままだ。
本当に、何でこんなに元気なんだろうね。
「グレイはきょうはごきげんだね。いいことあったの?」
「うん、今日はバハムート様がいらっしゃるのだ」
「バハムート?」
「お父様の友人で、剣の腕前が凄くて騎士団の副団長をしている人なんだ。いつも来てくれると馬に乗せて遊びに連れて行ってくれるから楽しみなんだ」
「へぇー。それはよかったね」
なるほどね、尊敬する人が来るからテンション高いのか。
騎士団ですって。エルフの騎士なのかな、名前だけでかっこいい容姿を想像してしまうけど、お父さんの例もあるからな……期待は裏切られるだろうね。
「もうすぐ到着するって連絡があったから、着替えに戻ってきたんだ」
「そうなんだ、じゃはやくしたほうがいいね」
「うむ、そうだな。着替えてくるよ!」
グレイは足取り軽く着替えに出て行った。
「バハムート様ご到着!」
ウェインが到着の知らせを告げると着替え終わったグレイが足早に玄関ホールに向かった。
自分はお母さんに抱っこしてもらって、優雅に下へ降りるのだ。
「おぉグレイオス様、大きくなりましたな」
「バハムート様もお元気そうで何よりです。今日は長くいらっしゃるのですか?」
「うむ、今日は一晩滞在させてもらうつもりだ」
「本当ですか!僕とても嬉しいです。またいっぱい騎士団のこと教えてください」
グレイがバハムートと楽しそうに会話しているのが視界に入る。
ふむ、バハムートはこれぞエルフって感じのイケメンさんですね……正直がっかりですわ。
お父さんみたいな筋肉マッチョを実は期待していたのに……。
で、グレイくんは騎士団のお仕事を教えてもらうとな?
自分もとても興味あります! さりげなく付いて行って仲間に入れてもらおうかな。
「バハムート、よく来た。先ずは報告を聞こうか。レオナール執務室を借りても良いか? 其方と共に聞いてもらいたい」
「うむ、では部屋に行こうか。付いて参れバハムート」
「はっ!」
「グレイオス様、要件が済んだらまた会おう。まだ日が昇ったばかりだ、今日は馬に乗って湖まで行こうか」
「はい、バハムート様。こちらでお待ちしております」
「それと、忘れない内にこちらも。ユステア様、仕立て屋からこちらを預かって参りました。どうぞお納めください」
「ありがとう、バハムート。これの到着をすごく待っていたの。助かりましたわ」
バハムートは、従者を手招きし大きな白木の箱をメリリアに渡し、お父さんの後ろに付いて部屋に入っていった。
お母さんとママ母は、バハムートから届いた荷物を見ながらとても嬉しそう話をしている。
中に何が入ってるのだろう……。
薄い箱だから絵画とかかな? 自分に関係のないものだろうし、すぐに興味はどこかにいった。
衣食住は事足りてますし、特に何が欲しいという欲求も今はないのだ。
お父さんとバハムートが部屋から出てくるまで、グレイのバハムート様すごい話を延々と聞かされた。
騎士団を率いてどこそこのドラゴンを討伐したとか、その時に腕が傷ついたが気合で治したとか、さも自分がやったように雄弁に語ってくる。
なかなかの陶酔振りだ。子供だから、そういう話をしてくれる人のに憧れるんだろうな。
ははは、グレイはお子ちゃまだな。
と、子供扱いしてみたが、無意識にお母さんの膝の上で脚をぶらぶらさせている自分がいた。
お?
ちげーし! 自分、お子様じゃねーし!
「グレイオス様、お待たせしました。今日はもう任務はございませんので、お約束通り、湖に行きましょう。支度は出来ておりますか?」
「はい! バハムート様、いつでもいけます!」
「バハムート、良かったら私たちもお供させていただいて良いかしら? エルステアもアリシアも行ってみたいそうなの」
「かしこまりました、ユステア様。御二方は、ディオス様とユステア様に同乗して行かれますか?」
「えぇそのつもりですわ。ディオスよろしいかしら?」
ひゃふーお母さんありがとう! 自分も「行ってみたい!」と思っていたのを察してくれたんだろうね。さすがお母さん。
「うむ、構わんよ。レオナール、其方も行くか?」
「良いだろう、湖に顔を出さねばいかん時期でもあるしな。グレイオス、今日は良きタイミングかも知れぬぞ」
「もうそんな時期であったな。エルステア、アリシアも良いものが見られるぞ。楽しみにしておれ」
湖で何かあるらしい。
またこの世界の不思議に遭遇できちゃうのか。
馬に乗せてもらうのも始めてで楽しみなのに、まだ何かあるんですね!
これは行くしかないでしょ!
グレイはバハムートの馬に同乗して、自分はお母さんに抱かれて乗った。
お姉さんはお父さんと一緒だ。
バハムートを先頭にして、森の中に細く続く道を駆け抜けていく。
木々の緑が過ぎては去り過ぎては去っていく、駆け抜ける風が優しく顔を撫でていく。
抱かれて揺れるこぎみの良い振動も相まって、自分はいつのまにか眠ってしまっていた。
「アリシアちゃんお目覚めですねー。お馬さんがとても気持ちよかったのね。ほら、湖に着きましたよ」
お母さんが指差す方に視線を向けると、木々に囲まれた底まで見えそうなほど澄んだ湖が見える。
「きれー」
「綺麗ですわねー。叔父様のお家にはこんなに綺麗な場所があるのですね。来られて本当に良かったですわ」
自分もお姉さんもこの美しい景色に見入ってしまった。
「エルステア、アリシア、これだけではないのだ。もっと凄い物が見られるぞ! レオナールを見ているが良い」
お父さんは叔父様に顎で合図をすると、何かを口ずさみ始めた。
小声で言っているので聴き取れないが呪文か何かだろう。
叔父様が口ずみながら両手を上げる。
湖の中央が突然ドバッと天に向かって大きな水柱が立ち上がった。
「ええっ!?」
「何が起きてますの?」
自分もお姉さんもグレイも、突然の出来事に驚き口が開いたままになった。
何ですか? 叔父様は、超絶魔法とかやっちゃった感じですか?
大きな水柱が形を変えながらこちらに向かってくる。
「お父様、逃げないと危ないですわ!」
お姉さんが慌てて逃げるようにお父さんを促した。
だけど、お父さんもお母さんもバハムートも、誰一人動き出さない。
いやいや、ぼーっとしてたら津波に飲まれちゃうから!
「心配いらぬよ、エルステア。しばし見ておるが良い。もうすぐ、あやつが顔を出すであろう」
眼前まで先程の水柱が迫ってきた。
先頭に立つ叔父様が片手を差し出すと、水柱からキラキラ光る水色の手が出てくる。
人の手が水から出てきて、ギョッとした。
叔父様はゆっくりその手を取り引き入れると、光を受けてキラキラと輝く水色の肌の美しい女性が現れる。
うん、もう何が起きてるのかさっぱりですよ……。
「待たせたなウェンディア。元気そうか?」
「今年は早く来たのねレオナール。いつもと違って賑やかじゃないの。あら、そこに見えるのはディオスにユステアかしら、ひよっこのバハムートもいるわね。そこの小さい子達は誰かしら? こんな所に珍しいこと」
「ははは、相変わらずだなウェンディア。今日は、我々の子供を紹介しようと思ってな」
「あら?そこにいる子供達はレオナールの? 相変わらずフレイは恵まれていること」
「いや、我の子はこちらである。グレイオス、ウェンディアに挨拶せよ」
「彼女は、このラナンデュースの湖を治めている妖精のウェンディアだ」
叔父様は、グレイオスをウェンディアの前に出す。
「ごきげんよう、ウェンディア様。僕はレオナールの息子グレイオスと申します。以後、お見知りおきを」
「ごきげんよう、グレイオス。しっかりと教育されているようですね。将来いい男になるわよ。父を見習って励みなさい」
「ありがとう存じます」
ウェンディアはそう告げると、グレイの額に唇をつけた。
グレイはウェンディアのキスに一瞬固まり顔が強張る。
だけど、男の子だ。ギクシャクした動きのまま、ウェンディアに挨拶し後ろに下がれた。
バハムートに良いとこ見せたかったのだろうね。
拳を固く握って、必須に身体を動かそうと頑張ってたようだ。
やるじゃん、グレイ!
「レオナール、では、そこの子達は誰の子なのかしら?」
「この二人は我の子だよ、ウェンディア」
「あら? ディオスとユステアにもやっと子供が授かったのね。それは、おめでたいわね。紹介しなさい祝福をさしあげますわ」
ウェンディアは微笑みながら、自分とお姉さんを見つめる。
お姉さんがスッと前に出て、スカートを少し摘まんで挨拶をした。
「ごきげんよう、ウェンディア様。ディオスの娘エルステアと申します。お初にお目にかかり光栄でございます」
「ごきげんよう、エルステア。ディオスとユステアの良いところだけが備わったようね。貴方の将来が幸せであるように」
ウェンディアはそう告げて、両手を掲げると、美しい水流の輪が現れる。そのまま、お姉さんの頭にそっと冠した。
「この水流の輪で祝福された者は、どんな困難にも立ち向かえる心が芽生えます。貴方は既に、ひとつの試練を乗り越えたので、貴方の心が育つほど、多くの者が勇気づけられるでしょう」
お姉さんは、にっこりとウェンディアに微笑む。
「ありがとう存じます、ウェンディア様。いただいた芽を大事にいたします」
「そうよエルステア。がんばって育てるのですよ」
ウェンディアはお姉さんの後ろにいる自分にも視線を向ける。
現れた時から、やたらウェンディアと目が合うので、ちょっと怖いなぁ。
自分だけ獲って食われたら……。
変な事を考えて、思わず背筋がゾッとする。
「ユステア、その子も貴方の子供なのかしら?」
「はい、ウェンディア様。つい最近授かった私の子供です」
「そう。貴方もがんばりましたね。エルステアと良い、その子といい将来楽しみですわ。その子にも祝福を授けて良いかしら?」
「ありがとうございます。ウェンディア様」
お母さんは、自分を抱えたままウェンディアに近づく。
グレイじゃないけど、やっぱり自分も顔が強張ってきたよ。
妖精って姿は人だけど、間近で見ると普通に怖くね?
そんな気持ちを他所に、ウェンディアは自分に語り掛けてきた。
「貴方の知る世界が綺麗に交わり融け合った先、永遠の幸せが訪れますように」
ウェンディアは腕を交差させて空に向かって掲げると、湖の水がドッと噴き出し綺麗なアーチを形作る。
太陽の光に照らされた水しぶきがキラキラと輝き舞い、美しい虹が現れ始めた。
アーチがより一層輝きを増し、自分とお母さんに降り注いでいく。
すごく綺麗な光景なのに、心は妙に落ち着かない。
心と身体が離れてしまいそうな不安な気持ちになってくる。
「ふふふ、まだ慌てなくていいのよ。ゆっくり、ゆっくり成長しなさい」
そう告げるとウェンディアは手を降ろす。
同時にアーチはバシャッと崩れ元の静かな湖に戻った。
「あ、アリシア。アリシアです。ウェンディアさま。しゅくふくありがとうございます」
「はい、よくできましたアリシア。うんうん、貴方はとても慈悲深い子ですから、その優しき心でたくさんの傷つく者、病める者、貧しき者の力になりなさい」
「がんばります。ウェンディアさま」
自分、慈悲深い子だそうですよ。
そんなこと言われたの始めてだ。でも、何の力も無い凡人だと思うんですけど。
期待されても困ってしまうなぁ。
「ウェンディア様、子供達に祝福をくださりありがとうございます。この子達が真っすぐ進めるように、私達がしっかり導いていきます」
「ユステア、ディオス、レオナール、しっかりと子供達を守りなさいね」
お母さんもお父さんも叔父様も、そろってウェンディアに頷く。
「ウェンディア様、私も一応いるのですが。見えてます?」
「あーバハムートもいましたね。貴方も早く伴侶を見つけていらっしゃいな。私は待ってますよ」
「うっ。がんばります……。ご縁の加護とかないのでしょうか?」
「そんなものありませんね!」
ウェンディアの言葉に、ガックリ項垂れるバハムート。
グレイに聞いてた武勇伝の人とは思えないくらい肩を落としていて、その様子に思わずクスリとしてしまった。
イケメンなのに、バハムートは嫁がいないのか……。
この世界のイケメンの基準はちょっと違うのかな? がんばれ! バハムート!
そのまま落ち込むバハムートは、ウェンディアに弄られ続けてどんどん小さくなり、終いには半べそ状態になってしまった。
落ち込むバハムートが見てて不憫だったので、ウェンディアに挨拶をして湖を後にする事になった。
グレイは、バハムートの違う一面を見て驚いていたが、叔父様から「他人事ではないぞ!」と叱責を受け、顔が青ざめる。
エルフ男子の嫁取りはなんだか奥が深そうだ。
うーん、自分が嫁を取るなら、お母さんみたいなエルフ美女がいいな!
と思いながら、お母さんの腕に抱かれ眠りに落ちたーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます