第18話 お父さんは何でも知っている
ドカドカドカッ!
床を力強く踏み歩いている音が聞こえてくる。
「お父様が、こちらにいらっしゃるようですね」
「はい、先ほどお仕事からお戻りになられました。いつも通り、こちらにいらっしゃいます」
「アリシアちゃん、危ないのでメリリアの側にいてくださいね」
「どうぞ私の後ろへ、アリシア様」
お父さんがやってくる時は、周りがやたら警戒する。
そう、お父さんは、自分たちを見ると嬉しさの余り、力加減を誤ってしまう傾向があるのだ。
エルフの男の容姿と言えば、やたらイケメンですらっとした優男なビジュアルをイメージしてたが、お父さんは真逆の容姿だ。
筋骨隆々、頭の中まで筋肉が詰まっていそうなくらいの肉体派。
武闘派エルフ、と言ってもおかしくないくらい厳つい。
見た目は、武神のようなオーラを放っているけれど、事務仕事や繊細な細工もこなせる。
おまけに、美人なお母さんや、可愛らしい天使のような娘もいるし、お父さんはいわゆるチートって奴なのだ。
そんなチートお父さんの子供として存在している訳だが、平凡だった自分では、将来見劣りさせてしまう気がして不安に思うこともある。
「エルステア、アリシア!元気にしておるか!?」
「はい、お父様。今日も、アリシアちゃんと絵本で神様の名前を覚えてるところですわ」
「おお、そうかそうか。神様の名前を憶えるのは大事だからな。しっかり励むといいぞ。アリシアはどこまで覚えられたのだ?」
「4つの属性神と、太陽神までは覚えられているようですよ、旦那様」
「なんと、もうそんなに覚えておるのか。アリシアは賢い子に育っておるな!」
「ふふふ、私の教え方が良いのですよ、お父様」
「エルステアは教えるのが上手なのか! うちの娘は本当に聡明であるな。お父さんは嬉しいぞ! して、エルステア、アリシアはどこにおるのだ? 姿が見えんが」
お父さんはメリリアの後ろにいる自分を探している。
このまま姿を見せなかったら、部屋をひっくり返しかねない気がするのだけど。
と思って、ちらっとメリリアを見た。
メリリアは自分の様子を見て、お父さんに声をかける。
「旦那様、その場から動かないようにお願いします」
「お父様、絶対に動いてはいけませんよ」
「あい分かった。動かぬ。アリシアの顔をはよ見せい」
メリリアが、後ろにいる自分をそっと前に出す。
お姉さんは、自分とお父さんの間に塞がるように立った。
「おとうさん、ごきげんよう」
「おぉ、アリシア! そこにおったか! 今日も可愛いのう」
お父さんがそう言いながら一歩踏み出そうとすると、
「旦那様、そのままです。お約束を守りましょう」
「お父様、動いてはいけませんよ」
「おっおう。しっ、しかしだな、我もアリシアに遊んでやりたいのだが」
お父さんは、少し寂しそうな表情でお姉さんとメリリアを見た。
巨体を小さくして、自分を見る姿がなんとも可愛らしいのですけど。
なるほどね、お母さんが絆されたのも、こんな一面があるからかな?
そんな事を想像してしまい、思わず顔がにやけてしまった。
お父さんは、興奮すると繊細な力加減がきかないので、なかなか近づく機会がない。
お母さんやお姉さんと比べると、スキンシップは少ない方なのだ。
今日は落ち着いているので、せっかくだし触れ合う時間を貰って、お父さんからいろいろ話を聞いてみたい。
「おとうさん、いっぱいおはなしをきかせて」
お父さんの顔が、ぱっと明るくなる。
「おうとも、おうとも。いっぱいお話してあげるぞ。うむ、メリリアなんとか何とかならぬか?」
メリリアは少し考えてお父さんに条件をつけて接触を許した。
「旦那様、こちらのソファーにおかけになって、両手を降ろしたまま固定してくださいませ。決して固定した手と腕は動かしてはいけませんよ。動くとアリシア様が潰れてしまうので、微動だにしない事をお約束いただけるのであれば可能でございます」
お父さんは、メリリアの言う通りにソファーに座って両手を下げる。
「どうだ? メリリア。これで良いか?」
「はい、旦那様よいかと存じます。アリシア様を旦那様のお膝にお連れしますので、動かないようにお願いします」
「うむ。問題ない。早うこちらへ連れてくるのだ」
メリリアは自分を抱き上げて、お父さんの膝に降ろしてくれた。
顔をあげると、お父さんの顎の下が見える。
口元が下がっているようで、たぶんめっちゃ笑顔なんだと思う。
「アリシアがこんなに近くにおるぞ。おほほぅ、幸せである。エルステアも我の横に座るがよい。共に話をしようぞ」
「はい、お父様。私もお父様のお話を聞いてみたいです」
「今日は、我が昔行った国々の話をしてやろう。其方らには話した事はないからのう。どうだ聞きたいか?」
さすがお父さんだ。
いろいろな国の話を知っているみたい。
まだまだ、この世界を知らない自分にとっては貴重な時間だ。
お父様の言葉を聞いてワクワクしてきた。
「では、まずは我々が住んでいる国に一番近いイルジェンタの話をしてやろう。アヴィニョンというのはこの国の西側にあり、獣人族が代々王となり治めている国だ。獣人というのは普段は人のような姿をしているが、いざ戦いに出ると獣のような姿になって物凄く強くなる種族なのだ」
「おとうさんよりつよい?」
「うむ、今のアヴィニョンにいるかは分らぬが、昔は我と比べて強いと思うのは数人いたぞ。良く手合わせをして競い合ったものだ。獣化すると手が付けられないくらい厄介であったがいい勝負をさせてもらった」
お父さんといい勝負をする相手がいるのも驚きだが、獣化っていうのも凄いんだな。
獣耳とか尻尾とか付いてたりするのか……気になるところだ……。
「おとうさん、じゅーじんはしっぽついてるの?」
「獣人は獣のような耳が付いてたり、角が生えていたり、獣人の種族によっていろいろ特徴が変わってたりするぞ。尻尾がない奴もおったな」
「へーそうなんだー。おもしろいです」
お父さんに獣人の話を聞かせてもらっている間、お姉さんが少し青ざめた顔になっていた。
「お父様、私……獣人が少し怖く思います」
お父さんの腕を、お姉さんはギュッと抱きしめていた。
そんな様子を見て、お父さんはそっと彼女の頭に手を添える。
「そうか、エルステアには嫌な思いをさせてしまったからな。気を配らずに話をしてすまぬな」
「お父様、大丈夫です。一瞬思い出してしまっただけですから。お父様にギューってしたのでちょっと落ち着きました」
そう告げると、頭に乗ったお父様の手をお姉さんは握り返す。
「うむ、では違う話にしよう。そうだ! エルステアが洗礼式を行うユグドゥラシルの麓にある都の話をしてやろう。エルステアも楽しみであろう」
「ありがとう存じますお父様。私、お母様にいろいろ準備していただいているので、洗礼式がとても待ち遠しいのです。ぜひ教えてください」
洗礼式ってなんだろ?
お姉さんが喜んでいるという事は、何かお祭りとかイベントなんだろうね。
ユグドゥラシルって、神話に出てくる世界樹的なものなのかな。
ふむ、これまた面白そうな話ではないですか。
「おとうさん、ゆぐどらしるなにーおしえてー」
「ユグドゥラシルと言うのはだな、我々エルフ族がお祀りする神様がいる場所でな。毎年、5歳を迎えた子供達が国中からユグドゥラシルに集まって、洗礼の儀式とお祝いをする日のだ。洗礼を受ければエルフ族の仲間として正式に認められる大事な行事である」
「だいじー。」
「アリシアには少し難しい話かもしれぬが、5歳になれば其方も洗礼式を行うのだ」
「せんれいしきいく!」
なるほどね。
無宗教だったから行事とかさっぱりだけど、日本で言う七五三とかそんな感じかな。
お姉さんも、きっと可愛いドレスを着て、お洒落して行くのかなと想像してみた。
「ユグドゥラシルの麓には4つの都市があってだな、そのうちの一つは、ユグドゥラシルから湧き出しす温泉を利用した街もあるのだ。その温泉に浸かると傷や病気が瞬く間に治って、元気になれるのだよ」
温泉街もあるのか。
まだ赤子なのに爺臭いけど、いつか行って1日中浸かってみたいな。
「ユグドゥラシルから湧き出る水は、そこらで売ってるポーションとかエリクサーよりも治癒効果が高い。高値で取引されるくらい貴重なのだ。むやみに持ち出すと余計な争いを生んでしまうのでな、持ち出せる数は制限されておる」
「この家にもあるのですか? そのお水」
「其方らに何かあった時に使うために数本あるぞ。だが、くれぐれも怪我をしないようにしてくれ。其方らが怪我をしてしまうと悲しいからのう」
お父さんは、自分とお姉さんを優しく見つめてくれる。
「エルステアの洗礼式は、すこし早く行って温泉街で遊ぶのも良いな。どうだ行ってみたいか?」
「行ってみたいですお父様」
「うむ、ではそうしよう。そこには子供が遊べる温泉もあるのでな、其方も楽しめるであろう。料理もなかなか食べられない美味しい物もたくさんあるのだぞ。甘いカヌの実を練って作った団子は女子に人気でな、我も食べたことがあるがあれはなかなか美味であった」
子供が遊べる温泉って滑り台でもついているのかな。
甘味もちょっと気になるが、自分は食べさせてもらえるのか分からないね。まだ幼児だし……。
でも、下呂とか草津みたいな風情のある温泉街か、それともハワイアンリゾートみたいな感じなのか。
どちらにしろ行くのが楽しみになった。
お姉さんも、お父さんを見る目がキラキラしていて、自分と同じように楽しみにしているようだ。
「メリリア、ユステアにも話をしておいてくれないか」
「はい、旦那様。ユステア様も、温泉を楽しみにされると思います」
なんだか、メリリアも嬉しそうだ。
やはり女性に温泉というのはありなんだろう。
ほら美肌とかデトックス効果とかいろいろあるみたいだし、ユグドゥラシルの温泉もきっと美容効果があるのだろうね。
お父さんからユグドゥラシルの話を聞いて盛り上がっていると、メイノアールがやってきた。
相変わらず紳士の佇まいである。
「メイノワールごきげんよう」
「ごきげんよう!」
「ご機嫌麗しく存じます、エルステア様、アリシア様。本日もお元気でございますね」
メイノワールは、自分たちに挨拶をしてからお父さんに身体を向ける。
「お楽しみの最中で恐れ入ります旦那様。残りの執務を始めたいと思いますがよろしいでしょうか」
「おぉ、もうそんな時間か急いで参ろう。エルステア、アリシア、今日はここまでだ、またいろいろ聞かせてやるので良い子でいるのだぞ」
「はい! お父様。いっぱい勉強して良い子にしてますね」
「いっぱいべんきょうします!」
「うむ、良い返事だ。将来が楽しみであるぞ。なぁメイノワール」
メイノワールはにっこり微笑むと、
「はい、旦那様。エルステア様は、すでに算学も歴史も音楽も合格しておりますし、アリシア様は、言葉を覚えて話すまでがとても早くございます。将来立派になれる事は間違いないでしょう」
「そうかそうか、二人とも優秀であるか。我も鼻が高いのう。はははは!」
お父さんは、メイノワールの言葉に上機嫌になりながら、お仕事に向かっていった。
もっとお父さんと話をしたいと素直に思いながら、今日の話を忘れないように、お姉さんと振り返るようにおしゃべりをして過ごした。
今度は、お母さんやママ母にもいろいろ聞いてみよう!
何か面白い発見があるかもしれないよね!
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