2章:素晴らしき幼女生活

第15話 優しい日の始まり

 甘い匂いに暖かい温もり、ドクッドクッドクッと静かに脈打つ音が聞こえる。この音を聞くと自分の心はもの凄く落ち着くのだ。


 音のする方へ広げた手で掴むと、ふにゅっとした弾力のある人肌に触れられる。


目を開けなくても、そこが何かを自分は理解しているのだ。


 そこへ、口を大きく開けて、顔を寄せると、おもむろにハグッと食いつく。まだ、歯がないので、食いついても歯型すら付かないので心配はいらない。


 口で頬張った箇所を舌で弄る。


 弄って隆起したところを探し当てる。


 そこに舌を絡めて鼻で大きく息を吸って、隆起したところから出る甘い汁を吸い出す。


 お腹一杯に吸い出すまで全ての神経・思考を預ける。


「おはよう。アリシアちゃん」

「いっぱい飲んで大きくなるんですよー」

「んんっ!」


 おっぱいを吸いながら、自分は声の主へ返事をする。


 声の主は、唐突に現れた自分の産みの親。以前までお乳をいただいていた、フレイさんが母親だと思っていたらそうではなかった。中世とか江戸時代の乳母とか、現代だとベビーシッターが代わってお乳をくれていたと思う事にしている。


いや、乳母とかベビーシッターがお乳くれるか詳しく知らんけど、それくらいしか自分の知識では思いつかないのですよ。


 この声の主である女性に会った時、自分は直ぐにこの身体の母親だと直感で理解した。そして、声やお乳の匂いがそれを確信に変えたのだ。記憶は靄っていても、この匂いを身体ははっきり覚えていました。


「おなかいっぱい!」

「はい、アリシアちゃんご馳走さまですねー」

「お母さんのお乳、美味しかったかなー?」

「おいしかった!」


 微笑む美女、いやお母さんに笑顔で頷く。お腹をたぷんたぷんになるまでお乳を飲み、口から香る甘い匂いに酔いしれた。ほぅっと、満足間に浸っていると、お母さんは身体を起こしメイドを呼んだ。


「メリリア、アリシアちゃんは満足したようです。着替えますのでこの子をお願いね」

「かしこまりました、奥様」

「アリシア様、奥様がお着替えしますので、どうぞこちらへ」


 メリリアが満面の笑顔で自分に向かって両手を差し出す。お母さんは自分を抱きかかえメリリアに託した。メリリアは、お母さんの専属メイドのようで、この二人は大体セットでいる。


 リンナとリフィアの二人のメイドが、メリリアの合図で部屋に入ってくる。


「奥様、どうぞこちらへ」


 リンナがお母さんを化粧台らしきところへ案内する。


「リンナ、リフィア、おはよう。今日もアリシアちゃんはお腹いっぱいにお乳を飲んでくれたのよ」

「それは、それは喜ばしい事です」

「奥様が幸せそうで、私達も嬉しく感じますわ」


 二人のメイドは、お母さんの髪に櫛を通しながら答えた。


 髪を梳かした後は、リンナとリフィアが用意した衣装にお母さんは着替える。透けるように薄い生地で仕立てられたワンピースのような寝巻きを、リンナが脱がして下着姿になるお母さん。


 直視してはいけない……。いけないのだ……。

 とんでもない美人さんの霰も無いない姿……。


 リンナがお母さんの寝巻きをささっと片すと、リフィアと共に服を着せ始める。二人とも手慣れた所作で、あっという間にお母さんの着せ替えが完了する。この二人がすごいのかは知らないけど、メイドさんってすごいね。着替えさせる方も着替える方も、阿吽の呼吸的が必要とか何かで知ったことがあるけど、きっとそんな感じなんだろうと感心した。


 お母さんが着替え終わったので、自分はメリリアから解放される。あれ? もしかして自分がふらふら動くから拘束されていた? まさかね……。


 メリリアから解放されたので、お母さんの元に歩きだす。もう、一人で立ったり座ったりできるのだよ! 走るのはまだできないけどね、かなり人間らしくなってきたのだ。ははは……。


「おかーさんっ! つかまえたっ!」

「あらー。お母さんアリシアちゃんに捕まっちゃったわー」


 そう言ってお母さんは自分を抱き寄せてくれた。あー暖かいなぁ。お母さんは偉大だわ。


 潜在的な意識でそうしているのか分からないが、以前より自分はお母さんにべったり引っ付いてしまう。姿が見えないときは、お姉さんやメイド達に居場所を尋ねる回数が増えたのだ。周りに人が居ても、お母さんが居ないと結構不安になってしまう。


 お母さんの指を握って部屋を出る。部屋の前には白い狼がお座りして待っていた。目をキラキラさせて、後ろの尻尾をぶんぶん振っているのだ。


「おあよー。ガイア」

「お利口さんねガイア。今日もアリシアちゃんを見守ってくださいね」

「ウォンッ!」


 この尻尾をぶんぶん振っている白狼はガイア。自分が以前、部屋から脱走した時に助力してくれた良い狼だ。あれ以来、ガイアも遊び仲間になったのだ。遊び仲間と言うか味方? 護衛みたいな感じかな? 自分の行動を先回りしてくれるので、倒れそうになると身体で支えてくれたり、階段や段差があると背中にひょいっと乗せて運んでくれたりと、本当に色々面倒を見てくれる。


「ガイアきょうもあそぶ!」

「ウォンッ!」


 ガイアは今日も自分と一緒に遊んでくれるようだ。


 1階に降りて、皆んなが集まる長いテーブルのある部屋に入る。たぶん食堂だ。テーブルの中央には生花が飾られていてお高そうな装飾品が置いてある、ザ・貴族みたいな雰囲気を醸し出している。


「おはようございます、アリシアちゃん」

「おぉ我が娘よ! 今日も一段と可愛らしいな!」

「アリシアちゃん、おはよう。いっぱい眠れましたか?」

「みなさん、おはよーございます」


 みんなが自分に注目している。お父さん、お姉さん、そして一時お乳をくれたフレイお母さん? いや、フレイママ母さん? そして、その旦那さんにメイド達がいっぱい挨拶してくるのだ。なかなかの大所帯です。


 少し遅れてグレイが挨拶してきた。こいつとは意思疎通がそこそこ出来るようになったので、今は良い遊び相手だ。と言うより舎弟だね。


「グレイ、おはよー!」

「おはようアリシア。よく眠れたようだね」


 こいつも小さい癖に言葉をしっかり話せるのが悔しい。はっ、調子乗るのも今のだけさ。と思う事にしている。くっ、悔しくなんかないのだ。言葉を話せるようになったのは、こいつより早かったらしいし! とは言え、調子に乗ると大人になった時に酷い目に合うので自重。


 こんなに沢山の人が集まって、賑やかに食事をするのはものすごく久し振りだ。家族団欒って良いわ。心がホワッと温かくなってくる。


 今は小さいから自分はリゾットみたいなご飯しか食べられないけど、成長したら自分の知っている料理を振舞ったりして、みんなをもっと喜ばしたいなぁと思った。


「アリシアちゃん、あーん」

「あーん」


 そんな事を思いながら、お姉さんがよそってくれたご飯をパクッと食いついた。今日もご飯がおいしいです!

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