第6話 穏やかに日常

「エウエウアッ!」

「エールゥ、スーテー、ア」

「エーユゥー、エーユゥー、アッ!」


「ママ」の言葉を発してからは、美少女エルフさんが一生懸命に言葉を教えてくれている。自分も早く喋れるようになりたいので、彼女が付きっきりで教えてくれるのは本当にありがたく感じていた。


 いまいち、舌がうまく回らないので、発したい言葉通りにはならないもどかしがあるけど、それでも毎日欠かさず練習をするようになった。


「エルステアお■えちゃん」

「エユゥ、エウ、アーおーおー、えーえーえーん!」


 聞き取れない箇所があるけど、雰囲気で掴んでいくしかない。たぶん、この美少女エルフさんは、自分のお姉ちゃんなのだ。美女エルフの母親に、美少女エルフのお姉ちゃんまでいるとか、この子、マジで恵まれ過ぎじゃない? 前の人生とかもう振り返る気さえ起きないし、後悔なんて微塵もない! おぉ、神よ! 新しい人生ありがとう!


 エルステアお姉ちゃんが今度は、自分を指さす。


「アリシア」

「アリシュア!」


 アリシアとは、たぶん自分の名前なんだろう。ちょっと可愛い名前だが、竜の介やらカミーユやら、女の子なのに男っぽ名前とか、女の子のっぽい名前だけど男の子って場合もあるから、とくに気にならない。


 誰がつけてくれたか知らないけど、いい名前じゃない。


 うつ伏せの姿勢に自分で出来るようになってからは、匍匐前進で這いずり回ることも思いのまま。最近では手と膝を使って四足歩行にまで成長を遂げた。活動範囲が一気に広がり、時にはメイドエルフさんに制止されるほどだ。


 ただどうにも頭の重さはどうにもならず、目線が常に下に向きがちなので、壁やら柱やらに気が付かず頭や体をぶつけてしまう。


 へっへっへ、ぶつかっても泣きませんよ、自分強いので。


 周囲はそう思ってはくれないようで、ぶつける度に慌てて駆け寄ってきて、頭を撫でながらスタート地点に戻してくれる。


 障害物といえば、あいつも厄介だ。毎度母乳争奪戦をしかけてくる輩だ。


 同じ乳を吸っているという事は、兄弟なんだろうが、やたらライバル視してくるめんどくさい。


「アリゥシュアー! あしょぶー」


 軽快に風を切りながら部屋中を這いずり回っていると、ふらつく二足歩行で奇声を発しながらこっちに向かってくるのである。向かってくるだけなら何も言いませんけど、事もあろうにそのままボディプレスかましてきやがるのだ。


 奴と自分では体格がひとまわり以上違うので、プレスによってその場にべちゃっと潰れてしまう。プレスしてから、すぐその場から離れてくれれば良いが、マウントポジションからの鼻フックだったり目潰しだったり、髪の毛引っ張ったりと悪役レスラーかお前は! と、言いたくなるくらい顔面攻撃を受けるのである。


「ほんと勘弁、ほんと勘弁してつかぁさい」


 無抵抗な自分は泣きながら奴に許しを得ようとするが、周りが引き離しに来ない限り終わらないのだ。笑顔で見ている場合ではないですよ……お母さん、お姉さん!


「アリシアちゃん、お■x■■お■■いっ■■■■ね」

「お■■■■■■しょうね」


 奴との強制プロレス中に、お姉さんが自分を抱えるように引き離してくれた。


「助かったー!」


 と同時に、タオルが敷かれた場所に仰向けにされる。


「あー、おむつ交換ですか、出ちゃってました? すいませんね、いつもいつも。」


 下半身にスーッと風を感じ開放。暖かいタオルで満遍なく下半身を拭いてくれるので気持ちが良い。おむつ交換を認識した時から、下半身を見られる事への羞恥は無い。


 だって、自分、赤ちゃんですからねぇ。見られても困る事なんてありませんよ。と、言い訳していると、ふいっと、奴の顔が現れた。


「おい、お前は見るな! ひとのおむつ代え見るとか変態か? ちくしょー!」


 何だか、奴には見られてはいけない気がして訴える。


「グレイ■■■、む■■■■■■ま■x■」


 メイドエルフが遠ざけるように奴を促してくれた。


「ない? アリュシュアないよ」


 メイドエルフに手を引かれた奴は、去り際に自分の顔見ながら指さし訴えかける。


「アリシアさまは、■■■だ■らござい■せ■■」

「だ■ら、グレイ■■さまはアリシアさま■やさ■■■■■■■■■■せ」


 あ? 何だ? 何が無い? まぁ奴の言う事だしどうでも良いか。


 それからしばらくして、奴はボディプレスを自分に仕掛けてくる事がなくなった。メイドエルフさんやお母さん、お姉さんに何か言われたのだろう。聞き分けのいい奴のようなので、これまでの事は不問にしてやろうと思った。


 態度が変わった奴は、ご機嫌取りなのかメイドエルフさんが用意してくれた、木のブロックみたいなので遊ぼうと誘ってくる。ここで拒否って癇癪を起された上に、手に持っているブロックを投げつけられては堪らないので、ここは素直に従う事にした。暴力は反対なのです。


 ブロックを積み上げて高さをつける。外側にもブロックを積んで安定した土台にしていく。残念な事に立ち上がれないので、5つ積んだらそれ以上高くできなかった。これ以上高く積むには、立ち上がれるようにならねば無理なのだ、致し方ない。高く積むのを諦めて、家の間取りっぽいのを作ることにした。


 リビング、ダイニング、自分の部屋と細いブロックで区分けしていく。ちょっと厚みのある板をベッドやテーブルに見立てて設置していく。窓枠っぽいものを積み重ねて作ろうと思ったけど、なかなか指が思い通りに動かず、積んでは倒れの繰り返し。指先のいい訓練になるなぁと思いながら繰り返しトライした。


 奴も、自分のブロックを見て真似ようとしているが、思うように積みあがらずイライラし始めている。


 何度かトライしていた奴の顔が徐々に赤くなり、目に涙を溜め始める。ここのままだと癇癪を起される危険を感じた自分は、自分が作った家の間取りを譲ることにした。


 ブロックを投げつけられるのは堪らんのです。


 譲られた奴は気を良くしたのか笑顔に変わってくれたので、自分は胸を撫で降ろす。


 どうやら危機は去ったようです……危ない所でした。


 ブロックで指の動きを訓練していた中、メイドエルフさんが自分と奴に手招きする。


 そこには小さな椅子とテーブルが用意されており、テーブルの上には何かが設置されている。お姉さんに抱えらえた自分は、テーブルの一角に座らされた。奴はメイドエルフさんに抱えられて対面に座らされた。


 目の前には小さいお皿と小さいスプーンがあり、メイドエルフさんがお皿にドロッとした何かを入れてくれる。


 これは離乳食か何か? と、思って眺めていると、奴はスプーンを握って食べ始めていた。奴にできるのであれば、自分もできるはずと思いスプーンを握った。


 が、スプーンでお皿に入った食べ物をすくえない。何だと、こんな事も自分はできないのかとしばし茫然。ブロックで良い気になっていたが、思うように手、手首そして腕が連動できないのである。


 後ろで様子を見ていたお姉さんが笑顔で、自分の手からスプーンを取って口に運んでくれる。スプーンによそわれた料理から、とてもいい匂いがする。


 口を「あーん」と大きく開けて受け入れ体制万全とアピールすると、お姉さんはスプーンから料理をスルっと流し込んでくれたのだ。


「おほっ、これはうまい!」


 ほんのり塩味かな? じゃっかん甘味もある気がする? 母乳とはまた違った味わいで、これはこれで美味しい! 生まれ変わって初めての食事なのではないだろうか。感激に震える自分。


「もういっぱい、ください!」


 とお姉さんにせがむ。


「アリシアちゃん、いxぱい■■ようねー。はい、あーん」


 自分は余すことなく食事にありつき至福の時間を満喫した。


 奴ことグレン? は二杯くらい平らげていた。「くっ、この食事量でますます体格差が出てしまう」と、思いおかわりを要求しようとしたが、これ以上は、お腹が受け付けない気がしたので諦めた。


 焦りを感じたけど許容限界ではどうにもならない。


 おまけに、睡魔が襲って来ているので、お姉さんに持たれ掛り意識が落ちていく。


 今日も自分、しっかり赤ちゃんしました! そう心で呟き眠りに落ちた。

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