第4話 母乳派ですが何か?
病院に運び込まれて眠っている間に……自分に何が起こったのか。
いろいろと思案したが、明確な答えはひとつとして出なかった。
分からない事をいつまで考えてもしょうがない。今この瞬間に何をするべきかへと思考を切りかえる事にした。
長い社会人生活のおかげで、割り切りは良い方なのだ。
くよくよと、あーだ、こーだ、と考えても……好転する事なんてなかったし、今これからを考えて行動する方がよっぽど建設的。最終的には、その方が、結果が良かったりする事を自分は経験済みなのだ。
自分の考えが全部叶うような、百点満点の人生なんてありはしない。
とりあえず、あれこれ考えていたらお腹空いた。
「すいません、ご飯はまだでしょうか?」
起きてからずっと自分を抱っこしてくれている女性に問いかける。
言葉を発せずにジッと自分の様子を見ていたようで、話しかけると微笑み返してくれた。こちらの女性は天使か何かだろうか。銀色に輝く艶のある長い髪に、ファッションモデルのように小顔に凛とした青い眼、ハリウッド女優か何かでしたか? と、質問したいくらい綺麗な女性なのだ。
「■■■■■x■、■■■■■■■■■■■■、■x■■■■■■」
おもむろに、その女性は抱えた自分のポジションを変えだし胸元を開きだした。
そこからバルンと溢れる肌色。眼前に現れたのは惑う事無き乳房だ……言葉にならず一瞬凍りついた。
少し深呼吸して、思考が回り出す。
うん、そうだよね。自分、赤ちゃんだよね。ご飯って言えばそれしか無いよね。目が見えなかった時からいただいていたご飯って……これ?
視線を逸らしたい意識とは逆に、本能が目の前のご飯に釘付けなのだ。早く飲まねばならないと急かされる。
そう思うと同時に、ガシッとそれを掴み吸い付く。口の中に広がる甘い匂いと、喉を潤していく母乳で心も身体が満たされていく。以前からいただいていたものと微妙に味が違う気がしたが、与えられるものに贅沢を言ってはいけない。
これはこれで、多少違いがあっても美味いのだ。
自分は赤ちゃんなので、これは断じてプレイではない。この身体になる前であれば……間違いなく欲情したかもしれない。だが、今はこの乳房無くして生きられないと本能が呼びかけてくるのだ。
「自分は赤ちゃん」という言葉を反芻し、不可抗力と自分に言い聞かせ吸い付いた。
「んぐっ。んぐっ」
「ぱはぁっ」
「んぐっ。んぐっ」
「んぐっ。んぐっ」
「ぷはっぁ!」
「ご馳走様です!」
んー、もう! いいやっ!
これは、赤ちゃんから新しい人生やり直せって事なのだろ? 誰の差し金かしらないけどさ! 受け入れて生きてやるよ! あはははは……。
おっぱいを飲んだ充足感から、心が寛容になる自分。
どうなりたいかなんて考えられないし、どうなのかも分からないけど、これはこれでいいんじゃね? ケ・セラ・セラ。成るように成るさ、この赤ちゃん人生! そう豪語していたら、突然、睡魔が襲って意識が閉じた。
――気持ちの整理もついて、目覚めがとても良い。
仰向けから、顔と目をできる限り横に向けると、美少女と母乳をくれた女性、メイド服を着ている女性が側にいた。
いまだにコスプレしているようですけど、ここでは当たり前の事なの? 日常的にコスプレしているなんて、なにかの作品の熱狂的なファンなのかな? 何の作品かは、皆目見当がつきませんけど……。
ジッと視線を向けていると、美少女と視線が合った。
視線が合った事に少し気恥ずかしさを覚えたが、美少女はそんな事を気にせず、笑顔で自分の側に寄ってくる。
自分の顔を覗き込むように見ると、とっさに手にしていたぬいぐるみを目の前に差し出してきた。
「■■■■■■■■■。■■■■■x■」
何か言いながら、ぬいぐるみの右手がぴょんと上がる。
自分は、それに釣られて、無意識に目で動きを追う。
「■x■■、■■■■■■■■■■■」
ぬいぐるみが右へ、左へ、左右の手が交互に上がったり、下がったりしながら、脚がふりふりと揺れる。
「■■■■■■■■■、■■■■■■■■」
くるりとぬいぐるみが回転して、また顔が戻ってくる。
「きゃはっ!」
大喜びである……自分……。
わけがわからないが、自分はこのぬいぐるみの動きに対して喜んでいる。
そんな子供だましの遊びに釣られて……。
ぬいぐるみの耳が左右交互にぴこぴこと動く。
「きゃははっ!」
おぃっ! 抗う事がまったく出来ない。本能がそれを許さないのだ。美少女の操るぬいぐるみに、さんざん翻弄された自分。反射的な行動と、自分の意識の乖離で精神がゴッソリ削れ疲れ果ててしまった。
心も身体も疲弊しすぎたせいで、この身体の活動限界時間が迫っている。意識があるうちに補給しておきたいと思い、後ろで様子を見ていた女性を呼ぶ。
「すいません、また母乳をいただけますか?」
その呼びかけに女性は反応しない。
反応してくれない様子に不安を感じたが、目の前の美少女にメイド姿の女性が何かを渡す。渡された何かに視線を移すと、その形状から理解した。ぷっくりした柔らかそうな先端から、円筒状の筒が付属。
そう! それはHONYUBIN!
きっと中身は、粉ミルク……。
母乳との違いは、確かに気になります。良いでしょう、美少女よその哺乳瓶をください!
美少女が手にした哺乳瓶へ手を差し出し、ぷっくりした先端を頬張る。吸い出し方は母乳と変わらず、舌を使って吸い出す!
「ぶへぇっ!」
吸い込んだミルクを思わず吹き出してしまった。
「くっさっ!」
何だ? これは……。
粉ミルクって、こんなに臭くて喉の奥に膜が張ってきて、おまけに味も母乳と似て非なる物だ。
流石にこれは飲めない。
「すいません。臭くて飲めないのでいつものでお願いできませんか? 贅沢言って、申し訳ありません」
あまりの不味さに、涙目で美少女に訴えかける。
「■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■」
美少女と、母乳をくれた美人さんが顔を見合わせて話し合っている。母乳をくれた美人さんが頷くと、自分を抱えて授乳の姿勢を取ってくれた。
あぁ、やっぱりこれだよね。
食欲をそそる甘い匂い、満タンに補充されたいつでも出てきそうな豊満な房。口直しにまずひと吸いし、口の中を洗浄する。滑らかに液体によって口の中に甘い匂いで満たされる。
そこからは遠慮は無用と一心不乱に吸い出す! 吸い出す! 吸い出す!
だんだんと自分の顔が幸せを感じながら緩んでいくのが分かった。
「あぁ、母乳って最高だわ」
そう呟いて、人肌の温もりとお乳の甘い匂いに誘われて、自分はおっぱいに吸い付いたまま眠りに落ちた。
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