第3話 赤ちゃんですよね?

 少し意識が醒めてきた。


 周りがザワザワしている。


 けれど、もう少し寝ていたい気もする。


 そう思ったが、起きる事にした。


 薄目で周りを見ると、いつも見ている天井ではない。


 そう思って、目をしっかり開くと、眼前に女の子がいる。

 自分をジッと見つめているようで、視線が合った瞬間にドキッとしてしまった。


 彼女の様子をジッと伺う自分。


 とりあえず、美人だ。美人というより美少女かな。この状況がなんかよく分からないけど、ガン見しても嫌がられていないので、もう少し眺めた。


 サラサラでツヤのある金色の髪に透き通った翡翠色のカラコン。エルフっぽい耳を髪から覗かしている愛らしい顔をした女の子。纏っている服は、リトルワールドで見た事ありそうな西洋風のドレスを着ている。


 今日は……ハロウィン?


 後ろにいる人達も、仮装しているっぽいし。


 病室にいる子供達を喜ばすために、ガチコスプレする看護師さん達ですね。これから小児科の病室で、ハロウィンパーティでもするのだろうと、勝手に納得した。


 自分、こう見えて小さい子供が好きです! 一緒に参加して盛り上げたいなぁ思ったが、あいにくまだ起き上がる事は出来ないので、遠目で見る事すら叶わないですね。残念なり。


 ボケーとそんな事に思考を巡らせていると、目の前にいるエルフの耳を付けた女の子が、愛らしい顔をくしゃくしゃにさせて、目から大粒の涙を流し始めた。


「おおおお? 突然どうしちゃった?」


「おっ、お願いだからここで泣くのは……」


 少女がなぜ泣いているのか理解できなくて困惑する。こういう時、どうしたら良いのだろう。三十年以上生きてきましたが、答えなんて持ち合わせていません。


 可及的速やかに対処する必要があると、脳みそをフル回転させたが……名案が浮かばない。とりあえず、抱きしめて背中をさすって落ち着かせてみようと思い、少女に手を差し伸べてみた。


 なかなか思考と連動してくれなく、身体が思うように動かないが、両腕をピンと張るように伸ばして抱きついてみた。


 目測は間違っていないはずなのに、何故か届かない……。


 ん? んん?


 必死に伸ばした手が、自分の視界に入ったその時……違和感に気付いた。


 驚く事に、自分の腕が物凄く短い。おまけに、ふっくらプニプニ、可愛い手。


 ――誰の手?


 ――自分の手?


「そんなはずは……無い!」


 受け入れられない気持ちから、手のひらを自分の前に出す確認する。


「ほら、俺の手はこんなに……」


 言葉を飲み込んでしまった。


 ゴツゴツもしていないし、指毛もない。おまけに手の平には皺も少なくピンク色。よく見ていた黄土色の汚い手じゃない。


「はぁっ?」


 しばらく思考が停止した。手の形や色、大きさから、自分がどんな姿になっているのか想像がつかない。


 もしかして、胴体はタマゴみたいになっていて、手足はピンク色で短小になっているのか? それともコウモリみたいな身体で羽が付いているのかと、可能性を探るように考えてみる。


 しかし、看護師さんがいつも見て微笑んでくれていたし、人外ではないだろうと勝手に思ったが、愛玩動物の線も捨てきれない。


 だんだんと自分の置かれている状況に不安が募る。


 最悪の妄想で自分を追い込んで自滅したくない!

 自分の身体を恐る恐る見ようと決意。


 だが身体が起き上がらない。いや、起き上がれない。

 せめて首だけでも動かせればと試みるが、難しかった。


 ――万事休す。


 腕と脚を全力で使えばチャンスが生まれるはず。


「ふぬぅー!」


「ふんぬぅぉぉぉぉー!」


「ふん! ふぬぉぉぉぉぉあぁぁー!」


 力一杯、全身全霊をかけ身体を動かす。


 その瞬間、くるんと、視界がひっくり返った。


「おぉぉぉぉー」


 うつ伏せになったらこっちのもの。這いつくばって自分の姿を拝まなくては!


 鏡はどこだ?


 しかし、うつ伏せ状態から動こうにも頭が重力に引き寄せられて突っ伏してしまった。

 

 頭が重い。

 重すぎて動かない。

 いっ、息が出来ない。


「ヤバい、ヤバい、ヤバい、窒息する!」


 腕を顎に潜り込ませて持ち上げようとしたが、肩が思うように稼働しない。


「ひぃっ、ひぃっ、お願いします! 起こしてください」

「このままでは、窒息してしまいます」


 周りにいたハロウィン衣装で盛り上がっていた人達に叫ぶように懇願した。


 しかし、そんな事御構い無しに、周りの人達は何故かテンションを高めに声を出すだけだ。


 そっ、そんな事より起こして。


 最早動くことさえ叶わぬとぐったりし始め……諦めた瞬間……


「ぶはぁっ」


 視界が明るくなり、息が吸えるようになった。


「助けるの、遅くないですか!」

「自分いまヤバかったですよ?」

「あんた達、自分殺す気ですか?」


 自業自得と言われたらそれまでだが、起こしてくれた人に涙ながらに八つ当たりしてしまった。

 

 もともとあんまり怒らない性分だけど、ここのところ感情のコントロールがうまくできなくなっている。


 散々叫んだ後、さっきまで泣いていた少女が笑顔になっている事に気付く。


 自分の捨て身の行いで、彼女が泣き止んでくれたのかなと思ったら、少し心が落ち着いた。


 落ち着いた気持ちで周囲を見渡す。天井しか映すことのなかった視界から、広く景色が開けている事に気付いた。この視点であれば、当初の目標である自分の身体を認識できる可能性があるのではと思い、視線を自分に向けてみた。


 すごく近いところに……つま先だよね。

 ふーん、なかなかふっくらした脚ですね……。


 そこから視線を胸元に近づけていくと、布が幾重にも巻かれているのか、ぽっこり膨らんでいる下半身がありますよ。


 そして視線をさらに胸辺りに寄せると、可愛らしいレースで縁取られている前掛けを着ていますね……えぇ?


 自分の容姿を想像して絶句した。


 これは、紛う事なきバブバブ赤ちゃんスタイルだ。


 はははは、自分いつからこうなった?


 ――誰でも良いから三行で説明求む。

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