第9話 香織の義体の秘密

 店の休日は日曜だ。店が入っているビルは駅からオフィス街に通じる通りに面してるので、土日になると客足が鈍る。開店早々の土日は営業をしたが次の週に当たる今日は休みとなった。土曜は通常よりも閉店が早い。だから昨日は香織と一緒に飲んだのだった。

 そんな日曜の朝、俺は微睡みの中に居た。中年になると休日が有り難い。若い頃は少々徹夜しても何ともなかったが、この頃は堪える。そんな俺の耳に呼び鈴が鳴った。回らない頭で誰が来たのかと考える。そう言えば香織が何か言っていたと思いだした。まさか……。あれは悪い冗談では無かったのかと思い直す。ゆっくりと起き上がって玄関まで行き、除きの穴から外を見ると魚眼レンズの向こうでは、香織が手を小さく振って笑顔で立っていた。悪い夢を見ているのだと思う事にした。俺がグズグズしてるのでもう一度呼び鈴が鳴った。

「判った。今開けるから」

 そうは口にしたが、部屋の中を見回す。見られて困る物はないと確認をする。それからゆっくりとドアを開ける。

「おはようございます。来ちゃいました!」

 溢れんばかりの笑顔を見せる

「本気だったのか」

 まさかと思っていたのは事実だった。

「だって今日は私の秘密を教えると言っていたでしょう。バッテリーのことがなければあのまま一緒に来ても良かったのですよ」

「まあ入れ」

 俺は香織を招き入れると狭い廊下を突き当たったリビングのソファーに座らせた。カーテンは閉めていないので日曜の午前の陽が注いでいる。

「いい部屋ですね。賃貸ですか?」

 俺の部屋は見た目はマンションみたいだが、実質は少し見てくれの良いアパートだ。

「何か飲むか?」

「いいえ、今は結構です。秘密を見せてから戴きます」

 秘密を見せる? 

「取り敢えず着替えて来る」

 俺はパジャマのままだったので、ベッドのある部屋に行き着替えた。後ろに気配を感じたので振り返ると、香織がニコニコして立っていた。

「おい、驚くだろう」

「すいません。どうしても高梨さんがどんなベッドで寝ているか見たかったのです」

「中年のオッサンのベッドなぞ、興味を起こすようなものじゃ無い」

 そう言うと香織は部屋に入って来て、ベッドに横になった。

「あ、私の体重にも耐えるんですね」

 香織は義体なので普通の人間の倍以上の重さがある。とても普通の人間では抱き抱えられないほどだ。

「おいベッドを壊したら弁償して貰うからな」

「大丈夫です。そのへんはちゃんと計算してますから」

 それにしても男が寝ていたベッドなぞ、普通は嫌うものだが。そんな俺の考えを読んだのか

「私、男の人の匂い嫌いじゃないです。これは昔からです」

 結局、香織に見られながら俺は着替えたのだった。これじゃ逆ではないかと思った。

 リビングに戻ると香織は早速話し始めた。

「高梨さん。私、もうすぐ新しい義体に変わるんです」

 ソファー座って長い脚を組んで嬉しそうに語る。

「それは今のとどう違うんだ」

 俺としてはそこを説明してくれないと訳が判らない。

「はい、今は肺と脳がセットになっています。今の私に入っている核融合装置は規模が小さいので、義体全てのエネルギーを制御出来ないのです。だから別にバッテリーが必要で、それで動いている部分も多いんです」

「だから昨夜は充電に帰った訳か」

「はい。でも次の義体では核融合の装置が大きくなり、義体の全ての動きを賄えるようになります」

「そうなると充電は必要無くなる訳だ」

「はい。そうなれば研究所には月に一度の定期点検だけで済むようになります」

 そうかならば……。

「何処かに部屋でも借りて一人暮らしをするのか」

「そうなんです。もう会社が契約してくれています」

 香織は喜んでいるが、恐らく会社の監視付きだろうな。プライバシーは無いと思った。すると香織は俺の先読みをして

「プライバシーはあります。私の脳内の量子PCは研究所や会社のサーバーと繋がっていますので、遮断することも出来ますから」

 そう言って胸を張った。なら何も問題はない

「それだけか」

 それで終わりなら大した問題はないと思った。そうしたら香織が

「カーテンを閉めても良いですか」

 そんなことを尋ねて来たので

「構わないが」

 そう答えると香織は立ち上がって部屋のカーテンを閉めた。俺は部屋の灯りを最大限にした。

「高梨さん。セクサロイドって知っています?」

「漫画か? 確か……」

「それもありますが、実態としてのセクサロイドです」

「所謂、セックスを目的として作られたアンドロイドだろう」

 俺の言葉に香織は頷いて

「そうです。或いはその機能を持たされたアンドロイドです」

 まさか……香織がそうなのだろうか?

「今の私の義体には実はその機能が入っています。でも躰が冷たいので実用的ではありません。今の私は恋愛も出来ないのです。でも次の義体では躰が人並みの温度を持つことになっています。そうなれば、もしかして……。そんなことを考えるのです。人に少し近くなる気がします」

 そう言って香織は立ち上がり、それまで着ていた衣服を脱ぎ始めた。

「見てください。そして覚えておいて欲しいのです」

「覚えておく……とは」

「誰からも秘密扱いされ、私の真実を知る人はいません。だから高梨さんには、私の全てを見て記憶しておいて欲しいのです」

 それは理解出来る。だが何故俺なのだ。香織の見事な裸体を見ても、俺は冷たい義体なぞ抱きたくはない

「抱いてくれとは言いません。でも私が少しでも、人の心を持った存在だと認めて欲しいのです」

 香織は上着のジャケットを脱ぎ、ブラウスの姿になった。腰から下に履いてるスリムなジーンズも脱いだ。ブラウスのボタンも外して下着姿になった。白いブラジャーとパンティだけになった。そして腰に手をかけて下に落とした。更に背中に手を回してホックを外し、両手で少しカップが大きめの下着を脱ぎ捨てた。

「見てください! これが素の今の私です!」

 目の前に現れた裸身は作り物とは思えなかった。

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