第7話 作り物は想像を超えることが出来るのか

 店は本格オープンを迎えていた。ワイドショー等のマスコミの報道もあり、店の来客は順調だった。それぞれの調理人やスタップが己の仕事をしていた。その中で異彩を放っていたのか香織だ。

 普段はバックヤードで寿司ネタの仕込みをしていたり、コース料理の作成の手伝いをしていたりしていたが、その仕事の正確さや速さは目を見張るものがあった。若手の日本料理担当の者と、帰りが一緒になった時に電車の中で彼が

「それにしても香織さん。凄いですよね。板前は普通は巻物ぐらいは出来ますが、握りは店に出せる水準は中々出来ませんよ。彼女はあの若さで何処で修行したのでしょうね」

 そんなことを言って来たので

「あの子は高校生の頃からバイトで入っていたそうだ。その店が忙しくて色々な事をやらせられたらしい。その後正社員になって修行したらしいからな」

 そう言う。この部分は本当のことだ。元から器用なバイトで重宝されていたらしい。高校を卒業したら正社員になることを進めたのは当時、その店の店長をやっていた甘利だったという。これも甘利から聞いたことだ。

「彼女幾つなんですか」

「今年二十五歳になるはずだが」

「じゃあ七年やってる訳ですか。その前もあるなら、あれぐらいは出来るスキルがあるのですね。でも、仕事のテンポというか、スピードの落ちなさは異常ですね。自分なんかも、ずっと同じ仕事してると少し落ちて来ますが彼女全く変わりませんからね」

「それだけ体力があるんんだろう」

「そういえば、ガタイ良いですからね。胸も大きいしね。彼氏が羨ましいですよ。美形だし」

 これを聴いて俺は返事に困ってしまった。本当に彼氏がいたら何と思うのだろうと思った。

 その日は特に混んでいて、カウンターの中の握る職人が間に合わなくなって来ていた。俺は香織に

「カウンターの中で握れるか?」

 そう直接尋ねてみた。他の者が見れば技術的なことだと思うだろうが、俺の問いかけの真意は

『お客との会話は大丈夫か?』

 なのだ。その問いかけに香織は

「大丈夫です。予測を超える問かけには聴こえないふりをします。前に出た時にそう教わりました」

 そう言って頼もしそうな表情をした。

「なら頼む」

「判りました」

 香織は他のカウンターの寿司職人と同じ制服制帽に着替えて店に出た。早速注文を受けて握って行く。寿司の世界では長らく女性は敬遠されて来た。それは女性の手が暖かいとか、身体的な問題で不浄であるとかの迷信によるものだった。今や女性の板前は沢山居るし、女性の寿司職人も大勢居る。中には店のメンバーが全員女性だけの寿司屋もあるぐらいだ。それでも香織を見て嫌な顔をする客が居る。それは仕方ないとは思うが、それに対してクレームを入れられるとは思っていなかった。五十過ぎの痩せた神経質そうな男が大きな声で

「おいおい店長さんよ。この店は偉そうなこと言っておいて、女に握らせるのかよ。女の生暖かい手で握られた寿司なぞ食べられたものじゃねえ」

 そう喚き立てたのだ。そんなことを思ってもいない他の客は露骨に嫌な表情を見せた。急いで甘利が飛んで来る。

「お客様、他のお客さまの迷惑になりますので大きな声はお控えください」

 そう言って取りなすが男は更に

「声が大きい? 声が大きいのは地声だ。生まれつきだ。それがどうした!」

 更に声を大きくして騒ぎ出した。すると、それをカウンターの中で見ていた香織が客の前に立ち、お客の両手を自分の両手で握ってしまった。お客の目の前には香織が少しかがんでいる状態になっている。

 カウンターに出る寿司職人の制服は胸の部分が少し飽いていいる。これは真夏等の暑い時期に仕事をする為の工夫でもあるのだ。男なら何も問題はなかったが、香織は一応義体と言えども女性だ。見た目は人工とは区別がつかない作りになっている。客の目の前には香織の深い胸の谷間が展開されていた。両手を握られ、更に深い胸の谷間まで見せられて、男はそれまでの威勢の良さは消えていた

「どうでしょうか? 私の手暖かいですか?」

 ニッコリと微笑んで香織は男に問う

「い、いいえ、冷たいです」

 男はそれだけ言うのが精一杯だった。香織が手を放すと男はホールの者に

「勘定にしてくれ」

 そう告げて席を立った。レジで支払うと

「オマケにいいものを見せて貰ったから釣りは要らない」

 と告げたそうだ。

 その後、カウンターも通常に戻ったので、香織はバックヤードに戻って来たのだが、制服はそのままだったので、他の調理人から

「香織ちゃん元の白衣に変えてよ。それじゃ俺達が仕事にならない」

 そう言われて香織は慌てて着替えたのだった。それほど胸が目立っていたのだ。香織は

「すいません。私そっちの方は鈍くて」

 そう言って謝っていたが、正直、彼女は自分の躰であって躰ではない感覚なのではないだろうかとも思うし、後で甘利に訊いたところ、高校生の頃から男の職場に入り込んだだけあって、そんな所も元々あったそうだ。つまり、頭脳に補助のPCが入っていようと、元々の性格が強く出るという事だと理解したのだった。

 数日後、店が終わり帰ろうとした時だった香織が俺の後ろから付いて来て、

「明日休みですから、何か奢ってください」

 そう言って俺の肩を掴んで来た。まさか腕を引きちぎられることはあるまいと思ったが一応

「何だ珍しいな。奢ってやっても栄養にはならんのだろう?」

 そう言うと香織は珍しく少し中腹な言い方で

「でも分析すれば仕事の役に立ちます。それに私の記憶の中の味と照らし合わせれば、普通の人と同じ気分になれるのです」

 そう言って俺を睨んだ。正直今まで女性とは無縁の生き方をして来た俺だが、彼女の言った意味は理解出来た。

 俺が修行時代。俺の師匠は

「今は女にウツツを抜かしてる時期じゃない。生活の全てを仕事に捧げろ! 腕が上がれば女なんか幾らでも後から付いて来る」

 そう言われたが、俺の場合ついては来なかった。だから未だに独身なのだが

「そうか、悪かったな。機嫌直せ」

 そう言うと、香織は俺の腕を自分に引き寄せ腕を絡めて来た。なるほど、これでは若い奴らが困ってしまう理由がよく判った。意識的ではないのだろうが、香織は自分の胸を俺の腕に押し付けるように絡めて来たからだ。この感触。本当によく出来ていると感心をした。そんな俺の表情を見て香織は

「もしかしてエッチなこと考えていませんか? でも無理ですからね」

 そう言って明るく笑うのだった。

 

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