第4話 誕生
映し出された動画には事故の時の彼女の姿が映し出されていた。
「これは酷い」
ストレッチャーに載せられた珠姫香織が映っていた。交通事故なのだろう。ストレッチャーが道路上を動いていた。その姿を見ただけでも緊張感が漂う。三田が
「高速道路を八十キロで軽自動車で走行していた彼女は、たちの悪い車に、後ろから煽られていました。一旦はやり過ごしたのですが、今度は前に回って彼女の走行を妨害し始めました。その結果、急ブレーキを踏んだその車に彼女の軽自動車は追突。エンジンルームが潰されて運転席まで潰されてしまいました。エンジンとフレームに挟まれてしまった彼女の躰はもうボロボロでした」
映像は救急車の中の様子を映し出していた。呼吸器のマスクをされているが、それが虚しく感じた。やがて映像はストレッチャーに載せられた彼女が、何処かの病院に運び込まれた様子を映し出していた。
次の映像は珠姫香織の怪我の状態がイラストで書かれたものが映し出されていた。三田博士が説明をする
「これはCT画像をイラスト化したものですが、赤い部分はもう既に機能していない部分です」
そのイラストでは首から下は殆どが真っ赤になっていた。
「これは酷い」
思わず甘利が口にする。俺も同じ気持ちだった。
「僅かに肺機能が動いていたのが良かったです。それと救いだったのが彼女が運転免許の裏に臓器提供に関して意思を表明していました。そこで我々は直ぐに両親に連絡を取り、我々の研究施設。ここですが、ここに移転して治療の継続の了解を取りました」
俺は三田博士に尋ねる
「彼女の事故の様子がどうして撮影されているのですか」
俺の質問に博士は
「彼女はと元々我社の社員です。そして彼女には実は研究に協力して貰っていました」
そう言って更に
「研究とは、これは口外無用に願いまいすが、産業用アンドロイドの研究です。この地下研究所もそのために作られました」
そう言ってこの施設の秘密を語った。
「産業用のアンドロイドって」
俺の疑問に博士は
「今の産業用のロボットは、アンドロイドではありません。見た目は普通の機械という感じですが、我々が研究しているアンドロイドは人の形をしており、人の代わりととなって作業をするアンドロイドなのです。そのために彼女には体型は勿論、普段の行動のパターンを記録させて貰っていました。当日は運転状況のパターンの記録と脳のシナプスの動きの採取でした」
ウチの会社がそんなものを研究しているとは思わなかった。
「何故ウチがそれを研究するのですか?」
俺がそんな疑問を持つと思っていたのだろう、博士の回答は明確だった。
「料理の世界では以前は大勢の若者が入って来ました。でも挫折して一人前になる前に辞める者も多かった。それでも人材が育ち、次世代に技術が引き継がれて行きました。でも最近は3kになる飲食業には、なり手が少なくなって来ました。ファストフードやファミリーレストランなど、特別な技術を持たなくても出来る店は別ですが、日本料理やフレンチレストランやイタリヤン、本格中華などはなり手が少なくなって来ています。このままならこの産業は廃れてしまいます。そんな考えは万国共通だったようで、世界各国の大手の飲食産業のトップが集まり合同で研究所を立ち上げたのです。ここも世界中にある研究施設の一環です」
博士は珠姫の怪我の状態のCT画像から別な画像に変えた。それは彼女の体がどのように変えられたかを示した画像だった。
「これをご覧ください。我々は彼女の肺組織と脳組織を彼女の駄目になった躰から取り出しました。そしてアンドロイド用に作ってあった義体に移植しました。そうするしか彼女の意識を維持出来る方法が無かったからです」
それじゃあ彼女はサイボーグだったと言うことなのか?
俺が口に出す前に甘利が
「これで彼女は身体的には何の問題もなくなったが、脳が一部損傷していたそうだ」
そう言って俺の顔を見る。それは今まで秘密にしたいた事を俺と共有出来た安心感が見て取れた。
「脳に損傷?」
博士が説明をする
「彼女は事故によって脳の一部に障害が発生していました。そこでそれを補う為に、脳に小型の量子PCを組み込みました」
「量子PCとは?」
「簡単に言うと量子コピュータのことです。彼女に埋め込んだのは超小型ですが、性能は今のスーパーコンピュータを上回る性能です」
「そんなものが今の世で完成していたのですか?」
俺の驚きに博士は
「実は世間には公表していないだけで、色々なものが既に完成しています。ここでは言いませんけどね」
それは俺にも理解出来た。色々な権利関係もあるのだろう。
「それで彼女の脳は正常になったのですか?」
「一応はなりましたが課題も出て来ました」
「課題とは?」
「社会で生きて行くのに不都合なことはありませんが、それでも以前の彼女と比べると変な所があります」
「それは?」
「人間性の欠如です。元々の性格もありますが、彼女は理論的過ぎる傾向がありました。言い換えると融通が利かないということです。規則や規制を遵守しすぎるということです」
「そうでしたか……それじゃ」
隣の甘利が口を開く
「あなたに彼女の教育をお願いしたいのです」
「俺に彼女の教育を?」
「はい。我社の数ある店で高梨さんが技術や人間性を教える上で最適と判断されたのです」
「俺にそんな資格がありますか?」
正直言って技術なら問題はないだろう。だが人間性とは……正解がないような気がした。
「世間的な常識で良いのです。間違いがあれば注意して修正して欲しいのです。普通の社員と同じように」
「時には怒っても良いということですか?」
「はい問題ありません」
「普通に扱えということならお受けします。それ以外のことはお断りします」
そう返事をすると今まで黙っていた酉井専務が
「それだけで結構だ。高梨君には期待しているよ」
そう言って笑顔をを見せた。すると三田博士が
「一応彼女の能力を紹介します」
そう言って珠姫香織の能力を述べ始めた
「まず、埋め込まれている量子コンピュータですが、速さはさきほど述べた通りですが、6Gの速度でここの中央コンピュータと繋がっています。6Gは5Gの百倍の速さ、つまり毎秒100Gバイトの量でデーターのやり取りが出来ます」
「6Gなんてもう実用化されているのですか?」
やっと5Gが開始されたばかりで、6Gの研究にNTTが研究に入ったと報じられたばかりだと思っていた。
「勿論通じるのはあの店の中とビルの周囲だけです。その他では5G、それ以外では4Gで通信します」
「その通信ですが、何を通信するのですか?」
「色々なデータです。仕事で言えば未知の料理の食材や料理方法をデータベースからダウンロードしたりします。それ以外でも……」
「判りました」
そこまで聞けば問題ない。俺は店での彼女の行動を思い出していた。
「ご理解戴けましたか? では彼女に合わせます。珠姫くん入り給え」
三田博士の言葉で部屋の横のドアが開き珠姫香織が入って来た。その格好は店の白衣を着ていた。
甘利店長、高梨料理長。これからよろしくお願いします」
珠姫香織はそう言って手を差し出した。それを握ると人としての温かみは感じられなかった。冷たいという訳では無く、室温と同じと感じたのだ。
「手が暖かくないのは寿司を握るには最適なんだぜ」
そんな冗談を言うと彼女は少し微笑んだ。
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