第43話 イザベラとティアナ

「お母様!」


 キャロラインがイザベラに駆け寄り抱きついた。


「もう、私よりずいぶん大きいのに、甘ったれなんだから」


 イザベラは背伸びをしてキャロラインの頭を撫でると、キャロラインをロベルトに託してティアナと向き合い、美しいカテーシーをした。


「王妃様におかれましては益々ご健勝の程……」

「ベラ、そんな他人行儀な挨拶……泣くわよ」

「アナ、相変わらずねぇ。とにかく座りましょ。あら、私の好きなクッキー用意してくれたのね。アナ、ほらこのクッキー、キャロの手作りなのよ。食べて食べて。ところでアナ、会うのは久しぶりね、お元気だった?」


 イザベラのすすめでテーブルを囲み、アンリが給仕してお茶を出した。


「もちろんよ!あなたが王室と距離を置いてから、どんなに寂しかったことか」

「私もよ、アナ。でもキャロを守る為だって説明したでしょ」

「ええ。もちろん。私も、キャロラインを守る為には、うちの旦那にバレたらまずいと思ったから、あなたが領地に引っ込んでも我慢したわ。今回は、うちの馬鹿息子と馬鹿甥のせいで、せっかく隠していたキャロラインの無属性が王家にバレてしまって、申し訳なかったわ。しかも、キャロラインにチョッカイまで出して」


 キャロラインの反射の無属性を知っていたかのようなティアナの口ぶりに、キャロラインは驚いてイザベラを見てしまう。


「王妃様はね、あなたの属性のことはご存知だったの。愛娘が王家の盾として使い捨てのように扱われるのには耐えられないって話したら、あなたの属性を隠蔽することに協力してくださったのよ」

「当たり前じゃない。うちの旦那、やっぱりどうしても帝王学がしみついていて、自分の感情よりも国の利益を重視するタイプだから、属性がバレたら侯爵家の話も私の話も聞かないだろうし。ほら、腐っても王様だから、国璽押されちゃうとどうにもならないじゃない」


 うちの旦那とか、腐っても王様とか、王妃なのにカザン王の扱いが軽い気がするがのは気のせいだろうか?


「まぁねぇ、あれは帝王学がしみついているというか、帝王学を振りかざして自分を正当化したいだけなのよ。それに、アキレスったら気が弱くてすぐに国璽に頼るから。なんでも判子押せば自分の意見が通ると思っているのね」


 うちの母親のカザン王の扱いも軽かった。


「全くだわ。私はもっとベラと武者修行して全国制覇したかったのに、無理やり国璽使って呼び戻されて結婚させられてさ」

「あら、そのおかげで私は学園に入学してダンテと知り合えたから。ウフフ、可愛い娘と息子にも恵まれたしね」

「そうねぇ、そう考えるとまぁ良かったのかなぁ。でもさ、うちはベラのとこと違って、子育て自分でできなかったじゃない?」

「そうねぇ。だからあなたそのストレスからか、うちのキャロラインを抱っこしまくってたわよね。うちに入り浸り過ぎて、宰相が怒鳴り込んできたこともあったっけ。王妃の公務怠慢だァッて」

「そうそう。あの人、頭カッチカチだからウザいのよね」


 クスクス笑いながらお茶をするイザベラとティアナは、一見タイプが違うように見えて、従姉妹だからかちょっとした雰囲気とか仕草が似ていた。


「そう、来週の晩餐会、私もアキレスと参加するんだけど、ダンテも呼べるかしら?」


 ティアナが紅茶を一口飲み、カップをソーサーに置くと唇の端をニッと釣り上げて言った。それを見て、イザベラが額に手をやる。


「あなた、何か企んでるでしょ?その顔をするときは、いつも厄介事が起こったわ」

「別に。悪い子にはお仕置きが必要でしょ。うちの悪戯っ子達がダメージを受けるのは何かって考えたのよ」

「それで?」

「ウフフ、いいこと考えちゃったの」


 ティアナが立ち上がり、イザベラの耳元で何やら囁く。


「あら……まぁ、なるほどね。いいんじゃない。……あぁ、それは大丈夫。私がなんとかするわ」


 キャロライン達には聞こえなかったが、ティアナとイザベラの間で何かが決まったらしかった。


「キャロラインは今日から辺境伯別邸に戻りなさいね」

「え?」


 キャロラインの窮地に駆けつけた筈のイザベラは、なぜか一日も一緒にいることなくキャロラインを追い出しにかかる。


「でもお母様、せっかく領地からいらしたのに……」


 女同士話したいこともあるし、一晩くらいは一緒に過ごしたいと、母親の顔を見て里心のついたキャロラインが寂しそうに言う。


「もうすぐ冬の社交シーズンになるし、私はこのまま王都に滞在するわ。いつだって会えるんだから、あなたはロベルト君とまた会いに来るといいわ。私はティアナとつもる話もあるから、あなた達はもう帰りなさい。アンリ、キャロをよろしくね。ほら、キャロとアンリは帰る支度をしてらっしゃいな」


 イザベラに押し出されるように応接間を出される。


「お嬢様、お部屋に戻りましょう」


 キャロラインに聞かせたくない話があるのだろうと、アンリが気を使ってキャロラインに声をかける。


「そうね。でも、支度って言っても……何かあったかな?」

「ほら、学園の制服や鞄。あれを持って帰らないと。明日から学園に復帰するんですから」


 学園から直に侯爵別邸に来てしまったから、確かに制服などはこちらにあった。しかし、それくらいすぐに支度できるのに……。


 キャロラインはアンリに引きずられるように自室な戻った。


 ★★★


「さて、うちのお姫様にはサプライズにしたいから、ロベルト君もキャロには内緒でね。実はね、さっきアナが言ってたのは……」


 ティアナ曰く、ラインハルトもミカエルもキャロラインの気持ちが欲しいくらいには、キャロラインに惚れているらしい。二人はその身分や恵まれた容姿からも、女性にふられるという経験はないだろうということだ。ならば、そんな二人に一番の罰になるのは、キャロラインとロベルトが目の前で幸せになる姿を見せ、盛大に失恋させることだ……というのがティアナの考えだった。


 その方法については内緒、色んな下準備はイザベラとティアナがするから、キャロラインには指輪のことには気がついていないように振る舞うよう、それだけを伝えてほしいとロベルトに言ったイザベラは、詳しい内容は告げずにロベルトもまた部屋から追い出した。


 応接室から出る時、頭を寄せ合って楽しそうに話すイザベラ達は、悪巧みを楽しむ子供のようで、とても王妃と侯爵夫人には見えなかった。


 自分の魅力に今一疎いキャロラインは、ラインハルト達が自分に気があると聞いても、絶対に信じないだろうが、ロベルトもラインハルト達がキャロラインに気があると思っていた。

 たとえ相手が王子だろうがキャロラインを手放すつもりはない。しかし、ちょっかいをだされるのは腹立たしいものだ。

 彼らにキャロラインを諦めさせる為ならば、イザベラ達の話にいくらだって協力しようと思う。


 婚姻届だって何枚だって書いてもいいし、今からだって真実の妻にするのも吝かではない。もちろん、キャロラインに負担をかけないよう、痛い思いなど……少しはさせてしまうかもしれないが……、極力させないように最善を尽くす所存だ!


 ロベルトは風魔法でイザベラ達の会話を拾っていた。

 イザベラ達が何をしようとしているのかもだが、ティアナが話す王家と教会しか知らない反射の無属性のある特徴について。


 そして決心したのである。


 何かあった時にキャロラインを守れるように、これからも共にいられる為にも、今日真実の夫婦になることを。

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